11月11日「凪砂くん、今日はなんの日か知ってる?」
『Eden様』と書かれた紙が貼られた楽屋で、相変わらずの大きな声で日和は凪砂に訊ねる。
「今日…は11月11日…は一年で最も記念日が多い日となっているから…難しいな…」
「もう!凪砂くん!そういう事じゃないね!
きみに問うのだから、きみがハッピーになる事をぼくは訊ねるね♪」
「殿下…たくさんあげすぎないでくださいね」
「もう!茨は鋭いね!ほら見て見て」
楽屋の机の上には沢山のお菓子の箱が。
「ふふ、この番組のスポンサーらしいんだね♡だからいっぱいあったんだね♪凪砂くん一緒に食べよう」
「すごくたくさんあるね…」
「これは、ビターで、これは限定のだね。あ!凄いこんな立派なものもあるね♪」
日和と凪砂は仲睦まじく色々なポッキーを食べている。ジュンは近くのソファに座って、スマホゲームのルーティンをしていた。
楽屋の中が甘いチョコレートの匂いでいっぱいになる。ジュンも少し欲しくなってきた。
「おひいさん」
「なあにジュンくん」
「オレにもなにか適当にください」
そこのイチゴのやつとか。
日和は少し考えて、ぺろっと舌を出した。
「なっっ」
「あはは!…残念ながら、今ぼくからジュンくんにあげれるのはないね」
「はあ?」
「食べたいなら自分で食べればいいね♪あ、凪砂くんこれ食べた?すごくおいしいね。あーん」
むかむかむか。
ジュンは目を閉じる。
これしきの事でイライラしてもしょうがない。
ジュンはポッキーを食べる気を無くして、また目線をスマホゲームに戻した。
「では殿下、ジュン、申し訳ございませんが我々は先に失礼いたします」
「はい!お気をつけて」
「またね、日和くん、ジュン」
「うんうん」
「閣下、急ぎましょう。次の現場まで道が混みそうです」
バタバタと凪砂と茨が楽屋から出ていく。
「さて…オレ達はもう少し待ちですかねぇ」
スタッフの手違いで移動用のタクシーの手配が足りていなかった。
ジュンと日和は今日はこの仕事が最後であったが、Adamの2人はあと一つ仕事が入っていた為、先に移動してもらう事にした。珍しく日和は文句言わずに楽屋に残った。
混んでいる時間の為、あと20分くらいかかりそうとの事だった。
ジュンと日和は楽屋の机に並んで座っている。
「ジュ、ン、く、ん」
「なんすかぁ」
ジュンは仕事のアンケートを書きながら返事した。
「ポッキー、いらない?」
「はあ?さっきは…」
オレにあげれるのはないって…
ジュンは顔を上げると、日和はポッキーを咥えていた。
「ほ、ら」
日和の突然の誘惑に、ジュンは胸の動悸が止まらない。
「いらない?」
次の瞬間、ジュンはガブっと食べていた。
パキンっと真ん中で割れる。
「あ…」
「へたっぴ」
日和はもぐもぐと残りのポッキーを食べる。
失敗した…
ジュンもモグモグと食べた。
「もう、一本、いる?」
「いります」
「じゃあ、次はコレ」
次のはかなり細い。日和が咥えると、ジュンはそっと慎重に端からもぐもぐと食べていく。
食べすすめていくと、日和の長いまつ毛が近づいて、そして…さらにはツヤツヤの唇も…
ガタンッ
パキッ
「あっっ」
廊下からの雑音が妙に耳についた。
「ふふ、また失敗だね」
「くっそ…」
「まだ、いる?」
「いります」
イチゴ味、ビター、定番、限定品…いろんな味を食べさせてくれる。しかし、全然成功しない。あのピンク色の唇に触れたいのに、あと少しのところでぱきっと変な力が入ってしまうのだ。
誰がいつ入ってくるかもわからない楽屋でこんなこと…
コンコン
ビクンっと2人の肩が動く。
「はーい」
カチャっとドアが開いてスタッフがタクシーの到着を告げ、忙しそうに去る。
「ふふ、残念だったね。じゃあ、いこっか」
日和は余裕たっぷりにゆっくり椅子から立ち上がる。
「おひいさん」
「なあに」
ジュンは日和の頭を掴んで、チュッとキスをした。
「あーおいしかった!ごちそーさまでした!余ったやつ、持って帰りますよねぇ」
ジュンはイキイキとした笑顔で話しながら片付ける。日和は悔しそうに唇を手で押さえた。
「残り、寮部屋で食いますか」
「……食べる」
「もうオレ、コツ掴みましたからねぇ。まだまだ食えますよ。帰ってからもいっぱい食いましょうね」
全ての荷物を持つジュンが楽屋のドアを開け、上機嫌にこう言った。
「11月11日はいい日っすねぇ」