綺麗な星 はー、マジ仕事ダルすぎ、人間やめたら仕事辞めれたりとかしねーかな〜。人間やめてぇーー!
夜警を終え、自分の寮へと向かっていたラヘヤはそんなことを思いながらふと空を見上げた。周りは余計な灯などなく、夜は決まって星が見れるのだ。
「あ、星が降ってる すごいキレー」
無数の星が雨が降るように流れていた。
それはとても綺麗な星だった、何かいいことが起こるのかもしれないと思わせるような、そんな、綺麗な星だった。
「明日訓練の時に先輩に伝えよっと」
ラヘヤは想いを寄せている先輩、ショショウのことを思い浮かべながら帰る足を早めた。
夜遅くまで夜警をしてたラヘヤは疲れたからかまだ重い瞼を覚ますようにして顔を洗った。
「あ、変な寝癖ついてる!?最悪なんだけど!、、あれ?」
ラヘヤは鏡に映る自分を一瞬疑った。
「俺の歯が、変わってる」
目に映る自分には、まるで人間では無いような牙が生えていたのだ。その後数秒だけ鏡を見つめてから、そこまで気にもとめず支度を済ませて訓練所へと向かった。
訓練の休憩中、ショショウを探していたが姿は見えず、昨日の綺麗な星の話を伝えれないことを残念に思いながら何気ない雑談を仲間としていると、何だかざわざわとしてきて、
「おい!向こうやばいぞ!!!」
仲間のひとりがこちらに走ってきて息を切らしながらそう叫んだ。なにか深刻そうで、その場にいたラヘヤたちは伝えてくれた人の後を追って駆けつけた。
野次馬で騒ぎの中心が見えず、ラヘヤは何が起こったのか近くにいる人に尋ねた。
「あのめっちゃ訓練サボってた二等兵いたじゃん、あいつが銃で自殺したらしいんだ」
どうやらサボりで有名だったある二等兵が、何かを喚きながら銃口を己に突きつけ自ら引き金を引き死んだという。あの彼が、とにわかにも信じられ難い話だと思うとともに、なんとも惨い話だった。まさかこんな身近で殉職でもなく自殺をしてしまうとは、、。ラヘヤは知っていた人が突然死んでしまったことに動揺したが、看護係や処理班、上官が駆けつけてきたのでその場を離れることにした。その時彼は気づかなかった。騒ぎの渦中、しかもその事件の中心に彼が想い慕う先輩がいることを。そんなことを、夢にも思わなかった。
あの事件の自殺だと思っていたものが、先輩の能力によるものだったという事を知ってから、ラヘヤは気が気ではなかった。そして彼の中でぐるぐると虫が這うようにして渦巻くことがあった。
あの一件があってから、思い残すことはあったが意を決してすぐに軍隊を抜けたラヘヤは強化した自分の体と、“死ねない”体質になっていたことにその後気づき、軍人から完全に離れた生活を送っていた。
そんな彼が自分の『誰も争わず仲良く』といった平和主義な考えが変わっていたことには気づいていなかった。そのせいか、ショショウが巻き起こしていたことを知ってからの自分の中で矛盾する思いに驚くと共に戸惑っていた。
ショショウは中将になったらしく、持ち前の能力で惨殺を繰り返しているということも聞いた。ラヘヤはショショウのその“立場”に気づいてから、この人を許してはならない、殺さなければいけないという気持ちが芽生えて、その気持ちは消えることなく日々強まるばかりで、自分がこれほど慕ってきて愛していて絶対に殺したくない相手に決して抱えることの無い矛盾した思いに、ラヘヤはとても苦しんだ。
それでも彼は、日々強まる思いに、これ以上の犠牲が出る前に、自分が終わらせてしまおうと凄まじい葛藤の末固く決意した。これはラヘヤにとっての正義であり、そして、愛する先輩への救済でもあった。
ラヘヤは引き出しの奥にしまっていた軍で使っていた短刀だけを忍ばせ、ショショウのいる、二度と赴くことがないだろうと思っていた軍基地へと向かった。
当然足取りは重く、これでいいのかと考えない時間はなかった。だが、これはラヘヤが望んでいたことであり、愛する人を救うためだと考えると不思議と向かう足は止まらなかった。それに、今更引き返すことなど出来ないのだ。
彼を、先輩を、見つけた。その瞬間、緊張か、これからすることへの恐ろしさか、何かわからないけど震えが止まらなくなった。ああ、好きな人を殺めようとするのはこんな感覚なんだ。殺したくない、もっと一緒に居たい、合わなかった間の話したいことも沢山ある、自分の想いを受け取って欲しい、でも好きな人に何の罪もない人をむやみに殺して欲しくない、それで苦しんだりするのなら自分が楽にしてあげたい、救ってあげたい、それでも好きなんだ、俺が、かわりにその苦しみを背負いたい、
「あなたの人生、俺にください」
目の先にいる彼にしか聞こえない声でそう告げながら、震える手で短刀を鍵をかけるように刺した。
見覚えのある顔立ちがこちらにぶつかってきた。何だ。痛い。胸元が生温い。短刀。刺さっている。刺された。誰が?
「あなたの人生、俺にください」
声の主は、私を震える手で刺していた。彼は、泣いていた。私はここまで自分のことを大切に想ってくれていた人をこんな風に泣かせてしまったのか。彼が軍隊にいた時、いつものように「ショショウさんの人生俺にくださいよ〜!!」と言ってきた。確かに彼は普段から私のことを尊敬してくれていたし慕ってくれていた。私は気づくのが、遅かった。遅すぎた。自分の能力の代償によって彼を信じ切ることが出来なかった。信じたかった。
そのことへの償いと、彼の、ラヘヤの想いを受け止めるためにショショウは応えた。
「これは、受け取るしかないな」
ラヘヤは目を見開いた。
そして同時にこの言葉は、ショショウを、一人の人を殺したことへの、ラヘヤが永遠と背負い続け償い続ける“罪”のひとつとなり、死ねないラヘヤを永遠に苦しめることとなる。
「 え、今、なん、て」
聞き返す前に、彼はもう帰らぬ人となった。
俺は、何をしてしまったんだ、決して、取り返しのつかないことを─────
「あ、今日 俺、誕生日だったじゃん」
静かな2人の上を星は流れた。それはとても綺麗な星が。いつかにラヘヤが見た星のような、今思えば2人の全てが変わるきっかけのような星。その星をラヘヤは呪いのように思い、ショショウは知ることも、見ることもなかった。