今日は久々にランランちにお泊まりだ。
とはいえぼくは目を通しておきたい台本があって、ランランも今のうちに溜まった家事をしたいということで、時折会話をはさみつつも、それぞれ自分の作業に没頭していた。
正直自宅の方が集中できるけど、少しでもランランのそばにいたいという恋心だ。
一段落ついて顔をあげれば、すぐ近くの棚を掃除しているランランがなにやら機嫌よく鼻歌なんて歌っていた。
ランランのイメージとかけ離れたこのポップな曲は。
どういう心境?珍しいものを見てしまった。
聞き耳をたてているのがバレないよう、台本に向かうふりをしながら聞いているうちに、どうしてもあの合いの手をいれたくなっちゃう。しょうがないよこれは。
「もういっかい!」
タイミングを合わせて言えば、目を丸くしたランランがぼくを見る。何その表情。
「何をだよ」
「はい?」
「は?」
だめだぼくたちは今完全に話が噛み合ってない。
「もう一回って言っただろ?」
「へ?」
どういうこと?そーゆう歌じゃなかったっけ?
「ランラン、いま鼻歌で歌ってたじゃん。それ聞いたら合いの手いれたくなるでしょ。むしろ絶対言うよね?」
「おれ鼻歌なんて歌ってたか」
「まじ!?無意識!?」
無意識であの選曲って、ランランの新しい一面を見てしまった。
「ランランが選ぶには珍しい曲だからびっくりしちゃった。ご機嫌みたいだったし。なになに、なんか良いことでもあった?お兄さんに教えてごらん」
天井を見上げるように上を向いた後、みるみる朱に染まっていく頬にぼくがあっと思う間もなく、大きな手がぼくの頭を鷲掴みにして思い切り下を向かされた。
「何もねえ!忘れろ」
「いたたたっ、ちょっ、髪の毛は大切に扱って!」
「うるせえ」
ごまかすにしても恋人に対する扱いが雑すぎない?
あんまりしつこくして機嫌が悪くなられても嫌なので、今はこれ以上は追求はしないけど、あの反応をみるとどうやらぼくに関係することみたい。あんなにかわいい歌が無意識にうかんでしまうことをぼくはランランにしたかな?
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嶺二から指摘されてはじめて自分が鼻歌を歌ってたことに気がついた。そして曲も。
なんでその曲だったんだと自分の行動を振り返ってすぐに分かった。
掃除をしている時、ふと目に入ったカレンダーの日付。なにも印はしていないが、あいつと付き合い始めたあたりの日付が近いことに気がついた。付き合ってもうすぐ二年。経緯から正確にこの日という日があるわけではないが、近いうちに少し良いものでも食いに行くか、なんて思った。
間違いなくそのせいだ。ほかにもあるだろ、二年。なんでよりによって。
付き合うに至るまでがあまりにも長くて、付き合ってからも色々あって、一年目はそんなこと考える余裕がないほどおれたちは不安定な関係だった。最近になって、やっと少しは恋人らしいものになれた気がしてる。
今日も嶺二はドラマの撮影前で本当は一人で台本を読み込みたいだろうに、わざわざおれの部屋まで来た。おれの思いあがりじゃなく、嶺二が少しでもおれといたいと思ってくれていることが嬉しい。
仕事の場とは違って、静かに過ごす嶺二との時間はなかなか悪くない。あいつのすぐそばでこんなに穏やかに過ごせることにおれは自分で思っている以上に浮かれてるみてえだ。
聞く機会が多い曲だ。歌詞もなんとなく知っていた。偶然目に入った日付。二年目。横を見れば嶺二がいて。つい連想してしまったのは仕方ねえだろ。鼻歌がでちまっていたのは迂闊だったが。
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「ねえ、やっぱりさっきの気になるんだけど」
あのあとうやむやにするために嶺二を押し倒し、床で1ラウンド。
お風呂入りたいという嶺二を連れて風呂場に向かい、体を洗ってやり、二人で湯船につかってひと息ついたところで、嶺二が蒸し返した。
「……そんな気にすることじゃねえだろ」
「だったら教えてくれてもいいじゃん。どんないいことがあったの?」
たしかに頑なに隠すほどのことじゃねえけど、恥ずかしいんだよ。
言葉に詰まったおれを促すように、湯の中で嶺二の手のひらがおれの手を握る。
「あー、もうすぐ二年だろ、おまえとこういう関係になって。そんなこと思ってたら勝手に歌ってたみてえだ」
嶺二を背後から抱え込むような体勢で風呂に入ってよかった。あいつに今のおれの顔をみられずに済んでる。
「そっか。二年だ……」
前言撤回。こいつは今どんな顔をしている? 嶺二の手が触れていない左手を伸ばそうとした瞬間、嶺二がおれの名前を呼ぶ。そして。
「遠い未来も君が隣にいるといいな」
目の奥がつんとする。声が震えそうになるのをぐっと堪えて答える。
「これから先おまえの隣はずっとおれだって決まってる」
「自信満々だね」
「おまえがどけようとしたってもうどく気はねえからな」
「ランランこそぼくが邪魔になってもどいてあげられないよ」
「ならねえよ、ばか嶺二。……自分で言って泣くな」
「泣いてないもん」
「泣き虫れぇじ」
「泣いてないってば!」
そういって振り返った嶺二の目元は赤く、潤んだ瞳はまったく説得力がない。
嶺二の頬に触れてそのまま目元に口付ければ、一瞬びくりと震えたあと素直に瞼を落とした。瞼にキスをして、場所を唇にうつして何度も軽く触れ合わせる。
唇を離すと、嶺二の瞼がそっと開き、涙で潤んだ瞳と視線が絡んだ。
「好きだ」
「ぼくも好きだよ」
その後、スキンケアやドライヤーをかけている間中、嶺二は機嫌よく例の曲を口ずさんだ。それを聞くたびにまた少し恥ずかしさがこみあげてきたが、あいつの口から紡がれる歌詞に、遠い未来もきっとこうして二人隣どうしでいられると思えた。