レンからのラインにオッケーのスタンプを返してからだいたい30分。再びラインでエントランスに着いたって連絡にすぐに返信してロックを解除した。
時間を見計らって玄関に向かえばちょうどインターホンの音。ドアを開ければ、ベロベロに酔っ払ってるマサに肩を貸してるレンがいた。
「ごめんね、遅くに。こいつがどうしてもイッキの家に行くって言ってきかなくてさ」
そう言ってレンが眉を下げて隣でぼうっとしてるマサに視線を向ける。つられて俺もマサを見るともうすぐ瞼が閉じそうなほどとろんとしているマサと目が合った。
「いっとき」
今の絶対に漢字じゃなかったな、というような舌っ足らずさで俺の名前を呼んでふわりと笑う。
「こんなに酔ってるマサは初めて見たかも。とりあえず中入ってよ」
苦笑しながら二人を玄関の中に迎え入れた。
中に入るとマサは支えてくれていたレンの腕から離れて俺に抱きつく。段差で身長差がほとんど無くなっているからいつもより顔が近くてちょっとドキドキしたけど、目の前で笑っているレンと酒くささですぐに我に返る。
「マサ、お酒強いはずだけどどうしたの?珍しいね」
「今日はワインをあれこれと飲み比べてて、気がついたらこれだよ」
「あー、ワインね」
納得。日本酒やビールは顔色を一切変えずに飲めるマサだけど、なぜかワインだとそれなりに酔うらしい。いつもはそれを自覚してセーブしてるから本当に珍しい。
よっぽど楽しかったのかな。少しだけ胸の奥が苦しい。
「そうだ、ワインだ!一十木」
「ん?」
ワインに反応したマサががばっと俺から離れると腕に引っ掛けてたトートバッグの中からさらに袋を取り出した。
「土産だ。あまり渋くなくて、一十木も好む味だと思う」
渡された細長い紙袋を受け取ると少し重い。中を覗くと丁寧に緩衝材に包まれたもの。
「イタリアワインだよ。レストランで飲んでずいぶんとお気に召して、その後イッキにもお土産にしようってワインショップで色々試飲したみたいでね。目を離した隙にこれだよ」
「ワインに合う料理も準備しよう。生ハムもあるぞ」
マサは嬉しそうに料理の話をしている。大きなトートバッグには色々と食材も入っているらしい。
瞼は重そうなままだし白い肌も赤くなっていて、いつもより饒舌だ。
「はいはい。分かったよ。でも玄関での立ち話はそこまで」
まったく、と呆れたレンの言葉にまだ玄関でレンとマサは靴すら脱いでいないことに気がつく。
「ごめん、二人ともあがってよ」
「オレは大丈夫。聖川を送ってきただけだから。それに二人の時間を邪魔するつもりはないしね」
「……ありがと」
「じゃあね、イッキ。聖川もこれ以上迷惑かけるなよ」
「かけるわけないだろう!」
「マサはもうあがって。レン、気をつけてね、おやすみ」
「おやすみ。またね」
レンが帰るのを見送ってから、マサの手を握ってリビングへ連れて行く。
とりあえず荷物を受け取り、着ていたコートを脱がせてソファに座らせる。
「マサぁ、水いる?」
マサのコートを片付けながら問いかけるけど、返事がない。キッチンでペットボトルの水を取り出してからリビングに戻るとソファで横になって眠っていた。
「服、しわくちゃになっちゃうよー」
軽く肩を揺すってみても、むにゃむにゃ言ってるだけで起きる気配がない。
これはさすがのマサも二日酔いになるんじゃない?苦笑しつつ、ソファの前に俺も腰を下ろした。
眠るマサの白い肌はほんのりと赤く染まっている。頬に触れればいつもより熱い。なめらかな肌の感触をしばらく指先で堪能していたけど、ちっとも起きる気配はない。
マサの気持ちよさそうな寝顔を見ていると、胸の奥にツンとした痛みを再び感じた。
俺は人並みには飲める方だと思うけど、それなりにしっかり酔うし、飲みすぎれば当然二日酔いにもなる。
マサはお酒に強いのもあるけど、二人で家飲みしてても、俺がそんなだからマサはいつも飲みすぎないようにしているみたいだった。
それがレン相手だとこんなになれちゃうんだと思うと、自分の頼りなさが情けなくなってしまう。俺は甘えてばっかりであんまり甘えさせてあげられない。
マサは優しくて頼りになって、時々ちゃんと叱ってくれるからついつい甘えてばっかりだ。
はあ、と思ったより大きなため息がこぼれてしまう。
「いっとき?」
「ごめん起こしちゃった?」
「いや……、すまん。こんな時間に押しかけてしまって」
ちょっと眠ったら少し酔いが醒めたらしい。眠る前と比べて話し方が戻っている。
体を起こしたから、俺もソファにあがって隣に座った。持ってきていたペットボトルを渡せば、ありがとう、と受け取ってぐいぐいと飲む。
まだ少し酔いが残っているせいか、勢いをつけすぎたのか口の端からほんの少し水がこぼれ落ちる。
気がついたマサが手で拭うのを遮って、ぺろりと舐める。
「一十木」
「ごめん、つい」
「構わん」
そう言うとマサが唇を合わせてきた。
「お返しだ」
俺が目を丸くしてるのを見て楽しそうに笑うのが悔しい。
「今日はほんとにごきげんだね。レンとのごはんそんなに楽しかった?」
言ってすぐに後悔した。嫉妬したのバレバレじゃん。
でもマサは首を傾げてよく分かってない様子だ。
「楽しかった、かは分からんが料理はうまかったな。それに、ほんの少しだが子どもの頃の話もできた」
胸の奥がずきずきする。俺がどうしても敵わないこと。
「イタリアというと、どうしても神宮寺との思い出は避けては通れないからな。昔の俺ならこうはなれなかっただろう。酒の力もあったかもしれないが、それなりに穏やかに会話ができた。まあ、多少売り言葉に買い言葉となることはあったが……」
食事中のことを思い出したのかマサが目を細める。
「話していて、どうしたいかが少し掴めた気がする」
「そっか」
それ以外言葉が浮かばなかった。泣きそうになるのをぐっと堪える。俺はマサが好きで、マサが俺を好きなのは分かってるけどどうしたってマサにとってレンの存在はとても大きくていちいち嫉妬してたらきりがないし、そもそもレンはいいやつだからこんな思いを抱くのはお門違いなんだけど、それでももやもやした感情はいつまでたっても消えてくれない。
「それで、自分で思っていたよりも少し浮かれすぎてしまったようだな。話をしているうちに、一十木ともあの国へ行ってみたいと思った。想像しただけでもてとも楽しい気分になって、ワインも、料理も、一十木ならどんな反応をするだろうと考えたら止まらなくなってしまって、気がついたらあの醜態だ……」
すまないと恥ずかしそうに頭を下げるマサは、もうすっかり酔いは醒めているようだけど、髪の間から見える耳がほんのり赤い。
俺はというとマサの言葉をどう受け止めたらいいのか分からなくて、なんて答えればいいのか分からなくて、声を出したら泣き出してしまいそうで。
「一十木」
顔をあげたマサは微笑んでいた。
「今すぐには無理だが、いつか二人でイタリアへ行こう。お前もきっと気に入るだろう。ああ、イギリスもいいな。ライブの前にお前が見た景色を俺も見てみたい」
やっぱり俺、マサのこと大好きだ。マサの真っ直ぐさは俺の拗らせた感情を優しく包んでくれる。
「それなら、俺もマサが行った国の景色も一緒に見たい」
「そうだな。ふふ、これから先の楽しみが増えてしまったな」
「うん」
「一十木、これからもよろしく頼む」
「俺こそよろしくね」
隣に座るマサにぎゅっと抱きつけば、マサも俺の背中に手を回して抱きしめ返してくれる。
「マサ、大好きだよ」
「ああ、俺も愛している」