盃を交わした友🎩→エンパート様
🍷→カミオ
やたら騒がしい地獄に一時の静寂が訪れる。
某プリンセスの経営するホテルとは違うホテルが堂々と建っている。
城にいるのも今宵はどうも落ち着かず、
なんとなく街を彷徨う悪魔が足を踏み入れた。
🎩「おや、ようこそ紳士様。
しがないホテルに足をお運びになってくださり
至極光栄に存じます。
当ホテルの支配人を務めております、
エンパートと申します。
本日のご希望をお聞かせ願えますかな?」
入って早々支配人の風格を見せる男の話術に少しほど驚くも、すぐさま希望を伝えた。
🍷「.....少し研究をしたいのだが、
あまり音が聞こえず篭れる部屋はあるか?」
🎩「えぇ。勿論ございますとも!
研究のために篭れる部屋なら
2階の部屋をご案内致します」
🍷「あぁ.....」
名簿に名を記して目的の場所へ向かう。
お互いに何かを持っているわけではないが、
感じている強者の雰囲気がそこら中に漂ったまま、2階へと歩いた。
🎩「此方でございますお客様。
ご用件がありましたら使用人や私などにお申し付けください」
🍷「感謝する.....」
エンパートがその場を後にしようとするとカミオは言葉を紡いだ。
🍷「....貴殿は、中々.....
いや、仕事中に無駄話は止そう。
では、失礼........」
何かを言いかけて部屋に入ったお客様....。
その姿をしっかりと見届けたエンパートは、
少しほど思考しながらカウンターに戻った。
疑問ではなく疑心だろうか、それともまた別のものなのか.....。
この手の対応に失敗などはあり得ないため妙に言葉が引っかかる。
まぁ、良いと煙草を取り出し、煙と共に自分の中の蟠りを吐き出した。
翌日の夕方ごろ、昨日のお客様に呼ばれ部屋をノックする。返事を受けるとゆっくりと扉を開け、何用かと尋ねた。
🎩「お客様、大変お待たせ致しました。ご用件は....」
🍷「個人的な用だが、貴殿に少しほど話のお相手を願いたい」
🎩「お相手ですかな?
ご希望でしたら構いませんぞ」
🍷「......此処であれば俺も貴殿も対等だ。
ワインを持ってきたは良いが“1人で”飲むのは少々勿体無いものでな。
ホテルに関しても申し分ない。
礼だとでも思い、
盃を交わしていただけないだろうか」
🎩「まさか私を誘ってくださるとは、
それだけでなくワインの価値までご理解なさっている。これはお見事」
ワイン、経済.....
如何にも難しいと言わんばかりの話は2人でなければ共有することのない世界。
そんな話ができる相手を見つけたことで客である目の前の男は、興味深いものとなっていた。
カミオは、椅子に座るよう促し、グラスにワインを注ぎながら自己紹介をする。
🍷「申し遅れてすまないのだが、
貴殿の事だ.....名は把握済みだろう」
🎩「カミオ様でございますね。
部屋を見る限り相当な仕事量ですな。
何かの書類のように見受けられますが....」
🍷「個人的な研究書類だ。
気にしないでくれ......」
そう言うと彼は椅子に腰をかけ、グラスを持って此方の目を伺った。
エンパートは、ワイングラスを持つとアイコンタクトをとり乾杯した。
その後、照明に当て色味を楽しみ、香りを嗜んだ。そのまま燻らせ、舌の上にそっとのせてからワインの全てを味わう。
渋味は弱く、とてもフルーティーな感覚が舌の心地を良くし、口内を彩った。そしてグラスに残るワインの赤が僅かに口角を上げた彼を映した。
🎩「これは、
“トック エ クロシェ オキュルシュ”ですか。中々良いワインをご存知ですな」
🍷「流石だ。
これほどのワインを知っているとは、そちらの知識も豊富なのだな」
🎩「地獄はワインの価値がわからない輩が多く大変困っておりました。
しかしながら、このワイン.....偶然と言うには違和感を抱いてしまうほど用意が宜しい」
🍷「ふっ......」
面白いと言わんばかりの息の音が部屋中に響く。
何故このワインを持ってきたのかエンパートなら理解するだろうとカミオは予想していた。
それが今、確信に変わっただけだった
それはそうと、肝心の経済の話を進めた。
🍷「本題に入ろう。
このホテルの経営に少しばかり興味がある。かなり、経済に関して知識を蓄えてきたと見ている。
その軌跡とやらをお聞かせ願えるか?」
🎩「構いせんよ。経営当初は、
人も少なく辺りは荒れに荒れておりましたので静寂を保てず手こずるばかりでした。
しかし、某プリンセス下における上級の悪魔達やその他このプランに賛同する者も多く、皆に支えられております。
また、複数の施設を持ち合わせておりますので
他社との連携も欠かせないものです」
🍷「成る程、周りの協力があると言う形か。
それは良い経営環境だ。
だが、経営は景気に左右されやすい。エクスターミネーションなどの劣悪な環境等にはどうしても怯んでしまう。
大体の要因は、人手不足....。
収益性が上昇しずらいことにも問題はあるな」
🎩「左様でございます。
ホテルビジネスに於いて欠かせない3つの条件がございまして、客室稼働率、客室平均単価、1室あたりの収益額....。
これらの均衡が保たれるとホテルのバランスが崩壊することはないでしょう。
地獄は、大半が職を持ち働く者が多く、ホテルを利用したいと言う方が大勢おります。
それが現状、私達の運営を繁盛させているのかも知れませんね。
当ホテルでは、主にビジネスにターゲットをあてた施設のコンセプトとなっておりますので少々ガヤは聞こえますが、結構な防音性を持つ素材を取り入れたり、仕事で生まれる疲れを和らげるべく妙味な料理とリラックス効果を高める部屋の設計を心がけております。
エクスターミネーションにおきましては、防衛システムを取り入れようかと.....。
時として住民の皆様を手助けするのも支配人としての役割ですな」
🍷「そうか、
いやはや支配人の鑑を見たものだ」
それからエクスターミネーションや天国と地獄の経済がどうなっているかの予測。様々な施設におけるシステムと経済的な傾向に問題など数多くの話題で賑わった。
数時間が経過した頃、空のワイングラスを燻らせるとそっとテーブルへ戻した。感心の意を向けたカミオは満足そうにして、組んでいた足を下ろし立ち上がる。
外に目をやると街の明かりが煌々と灯っていた。
🍷「いつの間にか時間が過ぎていたようだな」
🎩「カミオ様との団欒、大変有意義な時間となりましたな」
🍷「あぁ....。時折ワインを飲み交わすのも悪くないな....エンパートよ」
初めて名前で呼ばれた感覚に慣れないエンパートは、この時間を少し良いものだと感じた。
🎩「お次は、
行きつけの店にでも御招待致そう」
🍷「感謝する。
明日には此処を出るが、
連絡が無くとも“その時”になったらわかるだろう」
当てもない言葉にエンパートは苦笑するも承諾してみせた。
“その時”は今宵の事だろうか。少ない情報から手に入れたものは疑う必要もないほどに理解が困難だ。
辿り着くための鍵なのか“今夜は恐らく新月だ”と言った。地獄から月が見えるのかも疑わしいが、彼には見えているのだろう。
エンパートも席を立ち、部屋を出た。空になったワイングラスには窓から溢れる光が注がれていた。
翌朝、案内した部屋は綺麗になっており、姿も形もなくなった。カウンターに行くと一通の手紙とアンティークの小箱が残されていた。
手紙には、“Dear Empert ”と記されている。
使用人が彼の元へ届け、封を開いた。
Dear. Empert
My friends who shared a cup of sake.
“盃を交わした友よ”
It was a meaningful time for the first time in a long time. I'm grateful for last night.
“久しぶりに有意義な時間となった
昨夜のこと.....感謝する”
Use what's in the box however you like.
“箱の中のものは、好きに使うといい”
see you.
“では、また”
by Kamio
手紙を読み終わり、側にあった箱を開けるとライトグリーンの液体が入った小瓶が姿を現した。貼ってあるラベルには“疲労回復”とだけ書かれており、手の凝った物に思わず微笑した。
🎩「飛ぶ鳥跡を残す者もいるようですな」
今日をかなり良い心地で過ごし、ストレスも殆どなかったようだった。
バサッと音が聞こえたと思えば黒い鳥が暗い霧のある場所へと向かっているのが見えた。