長い時を生き沢山の経験をしてきたつもりであったのに、思い合う相手が小さく柔らかな生き物になってしまった場合の対処方法について何も知識を持っていなかった。
「司令官、何かご不便は……いや、沢山ありますよね。ホイルジャックは3日ほどで戻ると言ってはいましたが」
「私は大丈夫だ。マイスター、君には苦労をかけるが」
「そのようなことは」
「せっかくの機会だ。君と同じように、私もこの体で地球の文化を学んでみようと思う」
心配は尽きないが、変わらぬ前向きな発言に多少心が軽くなる。
「それにしてもマイスター。君の顔が遠いな」
近寄り跪いてみても、地球と同じ色をした青い瞳はまだ下にある。
その視線はいつでも上にあったはずなのに。
「どうぞ」
指を揃えて両手を差し出すと、司令官はなんの躊躇もなさそうに手の中に収まってくれた。
驚く程に軽い体を落としてしまわないように、慎重に持ち上げる。
「これでどうでしょう?」
「うん、君の顔がよく見える。ありがとう」
上唇に司令官の両手が触れた。
その後に、小さな面積しかないふにゃりとした唇の接触。
どんなお姿であっても、司令官との口付けはいつでも私を最高の気分にさせてくれる。
下唇にも柔らかいものが触れた。
張りと弾力がある、しかし心配になるほどに柔らかな2つの膨らみがぎゅっと押しつけられる。
私は人間ではないが、もしかしたら今とんでもなく良い状況にあるのではないだろうか。
「有機生命体との口付けはどうだ?さすがの君もまだ体験したことはないだろう?」
口の中にあなたを入れてしまいたいくらい素晴らしいです。
そう思ったけれど、キラキラと輝く笑顔を向けられるとそんな発言はできない。
「ああ、マイスター。すまない」
司令官の行動が突然なのはよくあることなので慣れているつもりだったが、目の前で上着を脱がれたらさすがに慌てる。
「どうしました?……いや、失礼ですが私に先に発言させてください。私以外の前では絶対上着は脱がないでください」
「善処しよう。口紅が付いてしまったから拭くだけだ。少しだけ我慢してくれ」
これは気づかなかった。
口の周りに色を付けるなんて、人間の文化はとても不思議で魅力がある。
もったいないのでそのままにしておいてほしいが、断ればきっと強制的に擦り落とされてしまうだろう。
「……そのようなこと、していただく必要はありませんよ」
舌を出し、見せつけるようにわざとゆっくりと唇を舐める。
「どうです?」
司令官はこちらの唇を拭こうと上着を広げて構えたまま動かなかった。
このくらいではさすがに動じてくださらないか。
今は2人きりだが、肌をあまり晒していてほしくない。
指の関節部で傷つけでもしたら大変だ。
上着を着るように促さなければ。
言葉を発しかけたその時、水分を沢山含む瑞々しい司令官の肌が一気にピンク色に染まった。
顔を隠すように上着が持ち上げられる。
「司令官、よろしければお顔を」
「駄目だ。今フェイスパーツ周辺に意図しない発熱が起こっている。制御不能だ」
「普段は金属の肌だから分かりませんでしたが、いつもこんな風に照れたり恥ずかしがったりしてくださっていたのでしょうか?」
「そうやってわざと私を困らせる質問をするのはやめるんだ。マイスター」
今、司令官を文字通り手中に収めている。
そっと親指を動かし軽く上着をつついてみると、先程より更に赤みの増した顔が見えた。
上着を脱いでいるから鮮やかに染まった首も良く見える。
これだから司令官を愛することはやめられない。