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    kosyo_2

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    秘密の話をするマイコン

    「マイスター、君にこれを」
     秘密を共有する、酷く静かな声だった。部屋の中も外もそれを上回る静けさで、聴覚センサーがおかしくなっていないかと不安になる。
     受け取ってはいけない。ブレインの中を悪い予感が駆け巡ったが、手は自然に司令官に向けて動き出す。司令官から与えられるものが全て素晴らしいと盲信している訳ではない。しかし、全てを受け入れたいとは思っている。
     腕を伸ばし受け取った掌に収まる黒い物体は、鈍い金属の光を静かに放っていた。
    「口紅でしょうか?」
     そんなわけはないと分かってはいたが、極力自然な笑顔になるよう表情を調整し探りを入れてみる。形はよく似ているが、カーリーが持っているものと比べて大きさは数倍ある。
    「口紅?」
     司令官は口紅を知らなかったようだ。傾けられた頭に合わせて、考えるようにオプティックが揺れる。
    「カーリーが唇に綺麗な色の塗料を塗っていることがあるでしょう?」
    「ああ、あれが口紅か」
     司令官はいつもと変わらない口調だった。しかし、スパークに引っかかる違和感が消えない。
    「マイスター、そのケースの蓋を開けたらボタンがある。それは私のスパークに繋がっている」
    「……あなたのお心が辛い時にボタンを押したら、全てを癒すような音楽が流れるのでしょうか?」
     きっとこれはそんなものではない。そんな生優しいものではないと分かっている。それでも、頼むからそうであってくれと願わずにいられない。笑顔のまま尋ねてみても、司令官は笑いもしなかった。
    「君にはここから出ていく自由がある。だが、もし私に付いてきてくれるというのなら、私が正しいと思えるならば付いてきてほしい。そして私が道を踏み外していると、狂っていると確信したら、その時はそのボタンを押して殺すんだ」
     変わらない静かな声だった。私が愛する方はあまりにも無慈悲だった。スパークを掻きむしりたくなるような、こちらの願いや思いなんて届かない。自由があると言いながら、私がこれを突き返したりしないと分かっている声だった。
     その信頼を裏切って手のひらに収まる小さなケースを突き返してやりたくなったが、これが自分ではない他の誰かに手渡されるのも我慢ならない。思わず小さなケースを強く握りしめてしまい、キリリと擦れた音に慌てて手を緩める。
    「……これをお預かりすることで、私にどんなメリットがあるでしょうか?」
     愚かな質問だ。優秀な部下であるなら質問などせず受け取るべきだし、愛を語り合うほどに親密な関係であるなら受け取ることを拒否すべきだ。そのどちらもできずにいるなんて自分の主義には反するのに、この方はいつも私の思考を超えてしまうからどうにもならない。
    「君にとって現状が不十分であろうことは心苦しいが、私が君に渡せるものは既に全て渡している。どのようなメリットがあるかという質問については答えられない。強いて言うなら、サイバトロン軍総司令官の命を君の手でどうとでもできるという点だろうか。……マイスター、そんな顔をしないでほしい。質問には答えられないが教えてくれないだろうか。メリットになり得るような、君が望むものはなんだろうか。用意できるよう努力しよう」
     自分がどんな表情をしたのか分からなかった。今、司令官のオプティックに映る自分は先程と変わらない笑顔を貼り付けている。しかし美しく湾曲するオプティックによる歪みで本当の表情はわからない。
    「……共に死ぬ時まで、共に生きてはいただけませんか?そして、私にこのボタンを押させないと約束してください」
     この方が努力するというのだ。成し遂げてくださるはずだ。どれほど過酷な状況であっても、仲間を守る為の正しい道を選ぶと知っている。
    「分かった。それはもちろん努力しよう。そしてそのボタンを君に押させない。私には進むべき道が見えている。そして自由を私は諦めたりはしない。しかしそれ故に戦いに身を任せ、世界を破滅させる存在になるとも限らない。側にいて、私を見極めてほしい」
    「このボタンを押すつもりも予定もありません。司令官の覚悟をお預かりするだけですよ。ですが、いつでも必ず側にいるとお約束します」
     スパークの一番近くにある収納部に小さな黒いケースを入れる。本当に受け取ってよいのか。何かあった時に、己の心の何もかも封じてこの方の尊厳を守る。それだけの覚悟が自分にあるのか。
     不安がブレインを掠めたが、なんでもない風を装って扉を閉める。後で私の身に何かあった場合の対策を考えなければならない。このボタンが誰かの手に渡ることは避けなければ。
    「お話は以上でしょうか?」
    「ああ。マイスター、少しだけ飲みたい気分だ。一緒にどうだろうか」
    「おや、珍しい。直ぐにご用意します」
    「ありがとう」
     本当に珍しいことだ。船内にエンゲックスが多少積まれてはいるが、自分が知る限り司令官がそれを口にしたことはない。
     マスクと落ち着いた声音で全てを覆い隠していたが、司令官も緊張していたのだ。そのことがざわついたままだったスパークを多少落ち着かせた。グラスを2つ出し、普段司令官に見向きもされないボトルから少しだけ液体を注ぐ。
     グラスを手に持ち向き直ると、司令官は握った拳に顎を乗せ考え込むように一点を見ていた。その視線の先には壁しかない。憂いすら感じるその姿に腹が決まる。
     私を巻き込んだことを後悔している?絶対に後悔などさせない。私が司令官を助け、そして守ればよいことだ。それができなくて何が右腕だ。
    「私としては、あなたが私に側にいてほしいと仰ってくれたことに乾杯をしたいところですね。あなたからそんな言葉をいただけるなんて記念日にするレベルの一大事ではありませんか」
     グラスを机に並べながらそう言うと、司令官は申し訳なさそうに少し目を細めた。
    「確かに、言ったことはなかったな。先程君に渡せるものは全て渡していると言ったが、言葉は随分不足していたようだ。側にいてほしいとは、いつだって思っているのだが」
    「…………それは聞き捨てなりませんね」
     声を発するまで間を空けたはずなのに、それでも調整しきれずいつもより低い声が出る。
    「マイスター?」
    「マスクを開けていただけませんか」
    「いや、それは……」
    「マスクを開けなければ飲めないでしょう?さあ、どうぞ」
    「そう、だが」
     マスクが開かれ無防備に晒された口が何かを言い出そうと動く前に、唇を重ねて動きを封じる。
     動揺していたのは間違いないが、なぜメリットがあるかなどと聞いてしまったのだろう。これだけで全て満たされる。これだけで充分ではないか。
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