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    クリスマスマイコン

     人間のイベントであるクリスマスの日に、突然休暇と外出許可が与えられることになった。司令官の一存だ。
     研究に没頭したい者や喧騒が苦手な者は丁寧に辞退したが、ほとんど全員が司令官からのこのプレゼントを素直に受け取った。それが司令官の優しさであり、気遣いであると分かったからだ。
     いつだって皆が心の底から欲しいと願っているプレゼントは与えることができない。
    「戦争は終わった。故郷に帰ろう。ささやかなものになってしまうがお祝いをしよう。そうして次の年には盛大にパーティができるように星を復興しよう」
     そう言ってあげられたらどんなに良いか。司令官が常に抱え持つ苦悩を全員が分かっていた。

    「遠慮せず君も出かけてくるといい。もしかしたら君好みの音楽がどこかで聴けるかもしれない」
     そう穏やかな声で言った司令官は、もしかしたら独りになりたいと思っていたのかもしれない。だが、そんなことを言う司令官を置いて出かけるほど自分は愚かではない。
     建設中であったデストロンの基地を半壊させたのが3日前。こちらに攻撃を仕掛けるような余裕はないだろうという計算の上で今回の休暇が決定されたが、それでも自分のいない間にこの方に何かあったらと考えると恐ろしい。そして何より、私自身が司令官の側にいたいと思っている。上官と部下という関係でも全く構わないが、可能であれば恋人として。

     この機会に溜め込んでいた書類仕事を片付けてしまおうと、司令官の個室に小型の机を持ち込んで2人で黙々と作業を続けた。明日にずれ込むことになった作業の割り振りまで終了し顔を上げると、司令官の方もあらかた片付いたようである。しばらく横顔を眺めていると目が合った。
    「ねえ司令官、プレゼントをいただけませんか」
     仕事中のものとは違う少しだけ砕けた口調で話しかけると、司令官は困ったように僅かに頭を傾けた。
    「あいにく何も用意できていないのだが、何か欲しい物があるのかね?」
    「ええ、私が今から言う言葉を聞いていただきたいんです」
    「聞く?それがプレゼントになるとは思えないが」
    「いいえ、なりますよ。司令官」
    「そうか。話を聞くくらいならいくらでも……。いや、待つんだ、マイスター。やはり聞かない。何も言わなくていい」
     私の笑顔を見て途中で何かを感じ取ったらしい司令官がそう言ったが、勝手に遠慮なく喋らせてもらうことにする。
    「司令官、お綺麗です。そしてとてもお可愛らしい」
     マスクで覆われていたが、司令官が『ああ、やっぱりな』という表情をしたのが手に取るように分かった。長年の付き合いの成果だ。
    「……マイスター、そういうふざけたことを言うのはやめるんだ」
    「ふざけてなどおりませんよ。あなたに対して向ける言葉は全てスパークの底から真実です。お優しくて、清らかで、あたたかくて、美しく、そしてやっぱりお可愛らしい」
    「マイスター……」
     こんなにも誠実に話しているのに、司令官は咎めるように、そして若干の呆れを含んだ声でこちらの名前を呼んだきり視線を手元のパッドに戻してしまった。
    「あなたは私の愛する方です。スパークの底から」
     下げられていた司令官のオプティックがこちらに戻ってくる。バイザーで覆われた目は見えていないはずだが、それでもピタリと視線が合った。
    「それは……同じだ。私にとって君も」
     どう言葉にすべきかを悩んだのだろう。いつもの雄弁さが鳴りを潜め、辿々しくマスクの向こう側から発せられた言葉にスパークが踊るように跳ねる。自分を褒める言葉には耳を傾けようとしないのに、愛を紡ぐ言葉だけは妙に真面目にしっかりと受け止めようとするのだ、この方は。
    「それはよかった、安心いたしました」
     スパークの奥底から湧き上がってくる巨大な感情を暴走させないよう慎重に笑みを浮かべてそう言った時には、美しいオプティックは再びパッドの上に戻っていた。それでもパッドの端を撫でるように動く司令官の指先が、動揺をこちらに伝えてくれる。滅多に見ることのない珍しい動きだ。
     照れているあなたの姿が見られるなんて、最高のプレゼントです。
     そう言いたかったが黙っておくことにする。司令官の照れる姿が見たくて狙ってこの会話を始めた。そして、私の狙いがなんなのか司令官も恐らく分かっている。こちらの行いに付き合ってもらったのだ。これ以上何かを求めるようなことをしてはいけない。
     もう少しで日付が変わる。時間に対してきっちりしている者達はまもなく帰還するだろう。
    「クリスマスのお土産話、楽しみですね。何もトラブルを起こしていないとよいのですが」
    「そうだな」
     そろそろメインルームに移動して皆んなを出迎えようと、司令官と手分けしてパッドの山を抱え立ち上がる。通路に出る扉の前に立ったところで、司令官がちらり伺うようにこちらを見た。
    「マイスター、クリスマスプレゼントに私の言葉も聞いてもらえないだろうか」
    「もちろんです。あなたのお言葉でしたらいくらでも」
     顔を上げてそう答えたが、司令官はしばらく何も言わなかった。
    「……私達2人で、2人だけで何かすべきことがあるように思うのだが、どうだろう」
     たっぷり間を空けて伝えられた抽象的な言葉の意味を、瞬時に、そして正確に理解した。やはり長年の付き合いの成果だろうか。それとも自分に都合の良いように司令官の言葉を解釈しているだけか。
     両手で持っていたパッドを左腕にまとめて抱え、右手を頬に伸ばして軽く引き寄せるように動かすと司令官は逆らわずに上半身を倒してくれた。その優しさに感謝して、マスクにそっと口付ける。掌で聴覚センサーを撫でそのまま首筋に滑らせてから唇を離すと、目の前でカシリと小さな音がしてマスクが開いた。
     何も表情に出さないようにと努力をされている様子ではあったが、そこには照れと緊張とそして僅かな抵抗が見て取れる。自分から口付けを欲するような行動を取ったことに対して、何か思うところがあるのかもしれない。
     やはりお可愛らしい。
     今度は司令官の頭の後ろに手を添えて強めに引き寄せ、吸い付くようにキスをする。パッドで塞がった左手が使えないことがもどかしかったが、このタイミングで言葉をもらえたことにも感謝しなければならない。もし左手も自由だったら、更に先を求める自分を止めることができなかっただろう。
     遠くから複数のエンジン音とタイヤが土を擦る音が聞こえる。もう少し、もう少しだけと願いながら艶のある唇を舐め、応えるようにうっすらと開けられた隙間に舌を捩じ込む。
    「ん……」
     無理矢理抑え込んだような司令官の小さな声がブレインとスパークに響いた。全てを手に入れたような心地がする。
     すぐそこにあるこの部屋の扉を誰かが叩くまでは、この優しく甘いプレゼントは私だけのものだ。
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