鋭いような、それでいてとろりと溶けていきそうな紫のオプティックが誘うように真上から見つめてくる。
地球に咲く花のように美しい色だ。
しかし、長年焦がれ見つめ続けてきた青ではないことに違和感を覚える。
いつもはあの手この手でお願いをしてみても開けることを渋られるマスクが、目の前で取り払われた。
「マイスター」
囁く程度の小さな声であるにも関わらず、全身のセンサーが甘く痺れたように反応してしまう。
いや、夜を招くような囁き声だからこそ反応してしまったのかもしれない。
「……司令官、あなたはいつものあなたではない。自分を取り戻してください」
何を言っているのか分からないというように首が傾げられる。
晒される首筋が計算し尽くされたかのように、ほんのりと光を受けた。
「私を抱きたくないのか?マイスター」
「いつものあなたであれば大歓迎ですがね」
「私は私だ。それ以外の何者でもない」
地球の動物が毛繕いをするように、頬をペロリと舐められる。
遠慮なく覆いかぶさってくる体の重みが更に増した。
こうなってしまえば力で逃れることは難しい。
いつも司令官が体格差を計算し、どれほど気を使ってくれているのかよく分かる。
体が少しずらされ、コネクタハッチを擦るようにレセプタハッチが動かされた。
そのまま悩ましげに腰をグラインドさせ、それだけでも気持ち良いのか目を細めて笑顔を浮かべている。
なんて扇情的な光景だろうか。
「どうしても駄目だろうか?君のしてくれることはなんでも気持ち良いから、沢山、好きなようにしてほしいのだが」
低く艶やかに誘う声が、体だけでなく理性までをも揺さぶってくる。
「どんなあなたでも愛しておりますが、きっと元に戻った時にあなたが嫌な思いをすることになりますから」
「嫌な思いなどする訳がない。どんな私だって、君がしてくれることが好きなのだから」
「……ねえ司令官、でしたらキスをしましょうか」
「ああ、もちろん」
ようやくその気になったかと、司令官が蠱惑的に微笑んだ。
弧を描く唇の美しさときたら。
「さあ、ではお顔をこちらに」
普段の司令官ならば何かあるはずだと疑い、警戒したに違いない。
司令官の体の下敷きになることを免れた左手で聴覚センサーを撫でると、もっと撫でてほしいというように頭が擦り寄せられる。
傷つけたくはないですが、申し訳ありません。
あなたのお体はとても大切ですが、お心もとても大切ですので……。
聴覚センサーを抑えて唸る司令官の下から体を引き抜く。
軽快かつ重厚。
素晴らしい音楽だが、恐らく司令官の聴覚センサーには空気を引き裂くような音としか認識されていないだろう。
「スリープモードに移行してください、司令官。そうすれば楽になりますから。大丈夫、怖くありませんよ」
震える司令官に顔を寄せて囁きながら、音量を更に上げる。
「申し訳ありません」
この謝罪はきっと聞こえてはいないだろう。
パチパチと激しく紫と青を行き来するオプティックを見つめながら約束通りキスをすると、司令官の体から力が抜けた。
驚いたことに、少しだけ司令官が嬉しげに微笑んだ気がする。
ずるりと横臥した体を辛くない体勢に整えながら、どんな司令官も私がすることが好きだという先ほどの言葉について考える。
理由をつけて逃げられたり躱されてしまうことも多いが、本当にそう思ってくれているのだろうか。
今すぐにでも確認したいところではあるが、まずはラチェットを呼ばなければ。
きっと痛く、そして辛かったに違いない。
「申し訳ありません」
聴覚センサーを撫で触れる程度にキスをすると、意識がないはずの司令官がやはり少し微笑んだ気がした。