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    まや^._.^

    FGO鯖ぐだ、OP🐯👒。気分で色々かきます。
    画像や文章の二次利用や改変などはおやめください。

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    まや^._.^

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    新茶ぐだ+若モリぐだ
    モリアーティぐだといった方が早いかも。以前書いたものの続きです

    ぐるぐる“どうしても解けない課題にぶつかったときは、一度最初から徹底的に洗い直してみるといい。視点が変わると、案外コロッと解けたりすものダヨ”

     でもわたしの恋は、解けたつもりがさらにこんがらがってしまった。
     
     コフィンを出てまず最初に捉えたのは、青く輝く鱗粉。次いでニッコリと笑みを浮かべる英国紳士の姿。
    「おかえり、マイガール!……と、青二才」
     ニコニコ、ニコニコ。
     満面の笑みはあくまで朗らかに。しかして目元は弧を描き。だがその瞳の奥は。
    (あ)
     ヤバい、と脳内で警鐘が鳴る。こんなときのモリアーティが相当アレなのは、浅からぬ付き合いの中で学んできた。
     薄氷色の結晶体の中心、黒目に当たる部分がギリギリまで引き絞られ、微動だにしない身体の周りを青い蝶が忙しなく舞う。何羽かが立香の周りを閃き止まっては、さらりと崩れた。
    (あちゃー……)
     有り体に言うならば。教授は大変わかりやすく、臍を曲げていた。
     
     あとで拗ねられてもなぁと思い、事前に己の所感込みで伝えたジェームズとの素材集めは、こちらの認識の甘さおよび予想外の案件のせいで、結構な糖度を帯びたものになってしまった。しかもこのあと、なし崩しのティータイムが待っている。
     そして目の前の紳士は、それらのやり取りをモニター越しに一部始終観ていたに違いない。常ならば出迎えてくれるマシュ達が居ないことも、その証左だ。
     老若の差こそあれ同位体ではある。英国の人は付き合っている人が居ても、他の人との逢瀬も積極的に行うことごできる価値観の持ち主だと聞いたこともあった。
     だからこそ、ごねつつも送り出してくれたのだろうと勝手に思い込んでいたのだが、どうやら立香の読みは浅はかに過ぎたらしい。
     とりあえず何かしらの問題に対応している皆には後で頭を下げるとして、これ以上の騒動は避けるべきだと判断する。
    (とにかく、ちょっとでも上向いてもらわないと…!)
     焼け石に水だとしても何をもしないよりはマシ、とばかりに笑顔二割増しで返事をした。
    「ただいま!」
     横に立つジェームズも目礼で返す。
     コツリ。磨き上げられた革靴が、一歩を踏み出した。
    「――疲れただろう?お茶の用意をしている。美味しい焼き菓子も確保済みだ。是非レイシフト先の話を聞かせて欲しいネ」
     流れるような言葉とともに、こちらの応えを封じるようにゆっくり歩み寄るモリアーティ。目の前に差し出された黒手袋を見つめ、ゴクリと喉が鳴る。
    (ど、どうしよう……っ)
     どう応えるのがベストなのか、分からない。ゴメンね先にジェームズくんと約束してたんだ、そうだ2人が良ければ一緒にどうかなー!?……と言わせる空気に持ち込めない。グルグルする立香の頭上から、呆れを滲ませた声がした。
    「彼女との予約は、私の方が先なのだけれどネ」
     同時にぐいと引っ張られる。
    「あぁそれとも」
     びっくりして見上げると、ジェームズの眉が意地悪く歪んでいた。
    「先ほどまでモニター越しで交わされていた約束すら忘れてしまうくらい、耄碌したかネ?――教授?」
    「なっ!?ジェームズくん何を……」
     あからさまな挑発に、慌てて口を押さえようとして。
    「っぐ、」
     突然の圧に。
     息が、詰まった。

     ***
     
     好きな人ができました。わたしを殺そうとしました。わたしを殺したかったからじゃなく、そういう約束だから、そういう計画のなかで、わたしを殺そうとしました。

     ***
     
    「――ほう?」
     ザワリ。
     ざわり。
     レイシフトルームの独特な雰囲気が一変する。気温が一気に下がり、動かぬはずの空気が意志を持ったかのようにねとりと絡みついた。ザーッという耳鳴りとともに全身が総毛だつ。
     藻掻くような圧。じわりと滲む冷たさ。
     これはまるで、……まるで水底に落とされたかのような。
    「今、“耄碌”と聞こえたが、聞き間違いだったかナ?」
     蝶の翅を模したマントを翻し、銀髪の紳士は顔を僅かに逸らす。すうとまぶたが落ちた。それだけで平伏させられたような錯覚に陥る。肩を掴む腕が、微かに震えた。
    (……)
     流石「犯罪界のナポレオン」だねぇと誤魔化すように胸内で嘯く。しかし自分すらも誤魔化せないくらい、血の気が引いている自覚はあった。
    (………)
     普段は陽気で朗らかな彼ばかり見ているから、こういう態度で真っ向からこられると、酷く動揺する。竦んでしまう。
     ――例え、コレが彼の本質だとしても。
     ――あの時を、思い出してしまうから。
     ぐっと目に力を入れ、滲みそうな涙を堪える。今は他に気をやっている場合じゃない。
     と、立香の肩を掴んでいた掌が、そろりと肩を撫でた。
    (ジェームズくん…?)
     視線を向ける立香には返さず、薄い唇を開く。
    「いいや?一言一句間違ってはいないネ!」
     白衣の貴公子がマントをバサリと翻し、高らかに否やを宣った。モリアーティから少しでも隠すかのように、鮮やかな色の裏地が、右から左から立香を囲い込む。咄嗟に胸の飾りを握りしめたが、なぜそこだったのかはよく分からない。
    「――何を、しているのだ?」
     キィンと空気が歪む。青い閃めきが忙しなく翔びまわる。ジェームズが快活に返答した。
    「何、とは?」
    「私の前で、貴様は何をしているのだ?と問うている」
     抱き込む腕が微かに強ばり、しかしくつくつと喉を鳴らす音が頭上から落ちる。
    「いやナニ、大したことはしていないが?……せいぜいが、マスターくんを抱き寄せて貴方から隠しているくらいかナ」
     ――バサバサッ!大量の翅が翻った。
     重いものが引きずられる音と、無機質な起動音。トリガーの引き絞る音に被せるように爆音が鳴り響く。立香の耳に飛び込む全ての音が、“蹂躙”を指していた。――コレは、戦いの音。
     カチリと意識が切り替わる。
     ヒュッと息を吸い、飾りから手を離した。グッと一度握りしめ、腕を真っ直ぐ前に向ける。同時に足元から照らすように光が奔流した。魔力が神経を焼きながら指先へと走り抜けるのに合わせて、バッと手を開き。
    「――やめなさいっ!アーチャー!!!」
     令呪一画分の魔力を上乗せした、ガントを放った。蒼白い光線が鋭い音を立て真っ直ぐモリアーティへ向かう。咄嗟に引き寄せ盾とした棺桶の真正面に被弾した光弾が、四方へ飛び散った。僅か遅れて低いうめき声。
     至近距離、さらに一画分の上乗せの特製ガントで何とか本体まで硬直させることに成功したようだ。ガシャン!重厚な音を立てて棺桶がモリアーティの手から滑り落ちた。
     間髪入れず、残りの二画を消費し、ジェームズの体力回復と魔力の充填をおこなう。
    「ルーラー!アーチャーの武器を抑えて、本体はわたしが行く!」
    「いいとも、いいとも!」
     快活な応えとともに、巨大な糸切り刃にも似た杖を振るう。糸巻きのようなランプがジェームスの周りを忙しなく飛び回り、普段より抑え目の光が棺桶の側面へぶつかった。床を傷付けないよう、しかしモリアーティから獲物を放す巧みさで光弾を放ちながら、ジェームズは詠唱を始める。未だ硬直した持ち主から少しずつ棺桶が離れ始め、拳ひとつ分程の距離が開いたと同時に詠唱は完結し、ガラリと視界が変わる。
    (――今だ!)
     力一杯床を蹴った。舞い散る紙片の間を全力で駆け抜ける。最後の一飛びでモリアーティに思い切りダイブした。
     ダンッ!
     勢いを殺さず、そのまま床に転がる。打ち身は覚悟したが、伸びた腕が身体を抱き込み、床との接触は免れた。抱きしめる腕はガントの影響か未だ震えている。
    「っ、な、にをっ」
    「何をじゃないっ!」
     ガバッと顔を上げ、憔悴した氷の目を睨む。
    「わたしに当たるのはいい!わたしはどんな貴方だって受け止める!でも、みんなが必死で整えた設備を壊したりしたら駄目だ!」
     ギュッと両手を握りしめる。品の良いスーツに盛大な皺が寄る。
    「何より!」
     ボロリと何かが零れた。モリアーティの目が見開かれる。
    「わたしのサーヴァントでいるうちは、貴方“ジェームズ・モリアーティ”が、貴方“ジェームズ・モリアーティ”を傷つけるなんて、絶対にっ!」
     見開かれた目がゆるゆると細くなり、柔らかな弧を描く。
    「――赦さないッ!!!」

     ***

      ――わたしは死んでもよかったけれど、“わたし”は死んではけなかったから。何より“わたし”が赦さなかったから。
     みんなの、たくさんの想いを借りて、彼を消滅させました。最後に彼は笑っていたけれど、わたしは悲しくて、悲しくて、だから。彼に喚びかけました。もう一度だけ、逢いたかったから。
     彼は、わたしの喚びかけに応えてくれました。
     でも、彼は“彼”とは違ってた。
     分かってたけど、……分かってたから、余計悲しくなることがあることを、わたしは身をもって知ったのでした。バカだよね。
     でも、わたしはこの想いの着地点をうまく見極められませんでした。――彼が、あまりにも“彼”だったから。わたしをとても大切にしてくれたから。
     まるで、“彼”のように。
     あまりにも、“彼”のように。

     ***

     ボロボロと零れる。鬱陶しいから何度も拭う。止まらないからゴシゴシ拭う。それでも止まらない。悔しい、情けない。こんなことで弱るなんて、マスターとして最低だ。あまりに腹立たしいから思い切り頬でも殴ってやろうかと力を込めて……その手をギュッと掴まれた。
    「……君の咄嗟の判断力と決断力、そして最適解の前での容赦の無さは、実践で身に付いたものだろう…素晴らしい、と言っておくよ……!」
     滲む視界で見れば、ゼイゼイと肩を弾ませるジェームズの姿があった。三臨の姿から、一臨の姿に変わっている。未だ口を開くことがが叶わないモリアーティも、同様にウエストコート姿となっていた。
     ――立香の読み通り、カルデア側からの魔力供給が一時的にカットされたらしい。
     さまざまな英霊を召喚し使役が可能な戦闘システムは、メリットもあればデメリットもある。特にデメリットのもたらす被害は、場合によっては甚大な被害に発展しかねないので、出来うる限りの対策がなされていた。これもそのひとつだ。
    「魔力供給の一時的なカットというのは、……うん、予想以上にこたえる、ネ」
     ははは、と引き攣り笑いをしながら、ジェームズが掌を握る力を強める。
     施設内限定だが、想定外なマスター令呪の消失および、サーヴァントの異常な魔力上昇が感知された場合、カルデアの魔力供給が一時的にシャットアウトされる。これは複数の英霊を一箇所で抱え込み、その管理が事実上マスターの采配にゆだねられることへの危惧から措置されたものだ。
     旧カルデアではもう少し細やかに設定ができたらしいが、現状はそこに割くリソース削減も兼ねて、ネモやダ・ヴィンチといった要のサーヴァント以外、現界している者へ一斉に措置される。色々な意味で重い制裁となっていた。
    「……ご、め……」
     たどたどしい謝罪と比例するように、手を握る力が強くなる。施設を壊されず、強制退去でもない策から取れる方法としての精一杯だったが、彼らだけでなく今現界しておるサーヴァント達も不便な思いをしているに違いない。
     またひとつ要らない負担をかけてしまった。唇をぎりりと噛み締める。
     ふと。頭の上にぎこちなくも、柔らかな重みを感じた。
    「先ほども言ったろう?素晴らしいと。君の判断は間違ってはいない。そして、謝るべきは」
    「……私だネ」
     後頭部の重みが、撫で慣れない仕草でそろり、そろりと上下する。抱き止めた形で硬直しつつもようやく口を聞けるようになったモリアーティが、情けない顔で立香を見ていた。
    「……あぁ、泣かないでくれ。君の涙は堪える。……特に、今は」
     酷い思いをさせてゴメンネ、と囁かれる。それに、首を振るだけで精一杯だった。

     ***

     “わたし”にとってはどうでもいい、わたしにとっては深刻な迷いを持て余していたある日。ふと彼の言葉を思い出しました。
     それは、立香の学力低下を危惧した周りの良識ある大人により提案された、英霊達による勉強会の最中。数学教授でもある彼が出した課題が解けずに行き詰まっていいた時の言葉です。
    “どうしても解けない課題にぶつかったときは、一度最初から徹底的に洗い直してみるといい。視点が変わると、案外コロッと解けたりすものダヨ”
     
    (……そうか、)
     わたしは、カルデアの記録装置を開き、“彼”との出逢いから“最後”までを映像で辿り始めました。
     長い時間をかけて、その時の気持ちを思い出しながら。
     そして次に、彼との映像記録を見直しました。夏の馬鹿騒ぎや少し不可解な事件、彼の想い出を巡る旅、なんの変哲もない日々のルーチンでさえも。
     そして、気付きました。
     わたしは新宿で逢った“彼”とか、カルデアで喚んだ彼とかではなく、“ジェームズ・モリアーティ”を好きになったんだと。
     わたしはようやく、心から彼が好きだと、胸を張って言えるようになったのでした。
     ――でもまあ、そんなにうまくいくわけないよね、分かってたけどさ。

     ***

    「……いやぁ、何時もの事とはいえ中々に手厳しいお仕置きだったネー」
    「まだ罰の途中ですから」
    「ついでに僕へ謝ってもバチは当たらないと思うナ!そして老齢の僕はもしや罰慣れしてる…」
     立香の手厳しい言葉に、未だ一臨姿のモリアーティが肩を竦める。身を乗り出して主張やら戦きやらで忙しいジェームズも一臨のままだ。
     これは謹慎中である二体への罰の一環だった。
     あの後、大騒ぎで駆けつけた新所長にこってり絞られた立香は、有事を除く向こう三日間の謹慎を食らってしまった。
     マシュの青い顔とダ・ヴィンチの困り顔を思い出すだけで心が痛い。シオンが悪戯っぽそうにウインクを寄越したことだけは救いだろうか。
     今、立香は同じく謹慎を喰らったモリアーティズと一緒にマイルームへ放り込まれている。提供される霊力は、当然だが悪さが出来ないギリギリまで絞られていた。
     霊体化させておけと言われるかと思ったが、新所長の「痴話喧嘩はもっと穏便にやりなさいね?!」という有難い?お言葉とともに、このような措置となったらしい。
     何だかんだ、皆、立香に甘い。
     それはイコール信頼でもあると思うので、今回のようなことがあると、どうしても落ち込みが深くなる。
     ともすれば項垂れ気味の立香の頭が、ぽんぽんと撫でられた。そろりと目線を上げると、困ったように笑う紳士が居る。
    「ゴメンよマイガール……笑って送り出したのにこのザマさ」
     嫉妬心の経過観察なんて、いやはや、やるモンじゃないねぇ……。
     しんみりと録でもないことを宣う教授に、どんな表情が最適なのか分からなくて、結局また項垂れた。
    「……とりあえず……今回のことはわたしが狡くてダメなんだから、わたしだけに当たって欲しいです……」
     ぼそぼそ呟いていると、今度は少し強い力が肩を掴む。見れば、渋い顔をしたジェームズが小さく首を振っていた。
    「それは違うヨ、マスターくん。明らかに老齢の僕が悪い」
    「……」
    「止める機会はあったし、僕にクギを指すタイミングもあった。だが彼は、あえてスルーして己の感情の機微の測定を選んだのサ。――結果はご覧の通り」
     頭に乗せられた手が離れそうになるのを慌てて掴む。困ったような、情けない顔のモリアーティを見た。
    「いやはや、弁解の余地ナシというヤツだ!……呆れたかね?」
     言葉を反復し、咀嚼して……小さく首を振る。ジェームズの呆れたとでも言いたげな視線が痛い。
     それを言うなら立香の曖昧さがそもそもいけないのだし、何だかんだで嬉しくもあった。
    「……僕が言うのもなんだが。君、彼に甘すぎやしないかい?」
    「う……」
     自覚はあるので見逃して貰いたいところである。
     モリアーティがじろりと若い己を見た。
    「私に対してより、むしろこの青二才に甘いと思うのだが?」
    「甘い?そんなことはない!僕と立香くんは至極真っ当に互いを尊重して付き合っているとも!」
     何せ友人でありパートナーだからネ!と胸を張る若者に、ハッと嘲るような笑みを向ける老紳士。
    「それを言うなら私は立香君のダディであり相棒だモンね!しかも若造より付き合いがと〜っても長い!」
    「ぐぬぬ……!卑怯だそ老齢の僕!ならば僕は人生のパートナーにもなろう!友人であり生涯のパートナー!うんうん、数式的にもとても効率的だ!」
    「はあ?!?何を気が触れたこと言いだしちゃったかなァこの青二才は?!」
     しきりに頷くジェームズを怒鳴り付けるモリアーティ。この部屋が防音で良かったと頭を抱えた。止めればさらに加速するからろくに口も挟めない。
     しかし張りのある良い声で、ナンてことを言い合っているのか。そもそも人の人生を勝手に決めないでほしいし、一般人と英霊がパートナーってナニゴトだ。
    (……でも、)
     赤くなる頬を押えつつ、ため息を付く。
     彼らは基本、立香の不利益になるような嘘は付かないし、許される範囲を超える行為は、今のところしていない。そして、恥ずかしさはあれど、不快な気持ちには一切ならなかった。憎からず想われていると分かれば、やはり嬉しい。
    (何だかんだ、甘やかされまくってるよねぇ……)
     それでも。立香は告げなければならないこともわかっていた。そうしないと、また仲間の手を煩わせ、大切な人を傷付けてしまいかねないから。
     ぐ、と顔を上げる。タイミングを読んだかのように、2人のモリアーティが立香を見た。――ああ、やっぱり分かってるんじゃないか。
    (ほんとに狡いなぁ……)
    「あのね、2人に、聞いてほしいことがあるんだ」
     そして、聞いた上で決めて欲しいんです。
     わたしが“貴方”を。“ジェームズ・モリアーティ”を好きでいて、いいのかを。

    ***
     
     ある日、ある戦場で、わたしは“彼”に出逢いました。若い頃の彼に。そして、哀しく切なく、謎に充ちた結末と引き換えに、彼との縁を結んだのです。
     ……そういうことがあるのは知ってたし、ちゃんと、他の仲間達と一緒にできると思った。別の“彼”だと思うようにしたんだよ。でも、でもね。
     ――あんなにそっくりだなんて、無理だよ!
     
     別側面の存在というのが、わたしにはよく理解出来なかった。ジャンヌさんもオルタさんもオルタちゃんも、わたしには同じに見えた。だって一番の根っこは変わらなかったから。むしろ誰に対しても同じ顔を見せていることが凄くて、人によって顔を態度を変えてしまう自分が酷い人間のように感じた。
     だから、怖かった。
     若い貴方と老いた貴方が違う存在だと何度言い聞かせても、何かの弾みで若い貴方への言葉が老いた貴方に、老いた貴方への態度が若い貴方へに反映されるかもしれないと思うと、怖かった。もちろん打算も抱いた。
     わたしは魔術師ではなくて、ただの一般人だ。皆の助けと少しの運でひたすら走り続けてるだけの、幸運な子どもだ。
     魔術師の常識は分かっても“分からない”。
     分からないけど、理解しようとして、それでも“理解”なんてできなくて。
     
     ――そうして、愚か者のマスターは。
     どっちを見たらいいのか、なんて最悪なことを考える、酷く、嫌らしい女になってしまいましたとさ。
     
     ああ、“わたし”がわたしを蔑むように睨んでいる。ほら見たことか、サーヴァントは頼もしくも恐ろしく、そして人とは一線を画した存在だと、あれほど言われていたではないか、と。
     庇うなんて無駄、心配なんて無意味、ましてや恋なんて、無価値。
     でも、わたしは。
    (わたしは…!)

     ***

     立香が“彼”との出逢いからの想いを、照れといたたまれなさから幾度も言い澱みながらも話し終えた時。2人は何とも言えない顔をしていた。
     白い肌に仄かな血色が上がっているのは、双方ともにだが(元々色が白いので、少しの赤味でもとても目立つ)、その表情は対照的だ。
     モリアーティは困惑と(立香の希望的観測込みで)喜んでいるような、そしてどこか苦しそうな顔で、考え込むように髭を撫でている。立香の我儘な想いに、どう応えるべきか考えを巡らせているのだろう。
     対するジェームズの表情は。
    (これは……納得…?)
     青年が立香の手をギュッと握る。老紳士の顔が顰められた。
    「――そうか!そういうことなのか!」
    「へ、?」
     真っ黒な目がキラキラと光る。おかしな例えだが
    そうとしかいいようがない。
     モリアーティの腕がジェームズの前へス、と伸びた。ほぼ同時に、若者の身体が前のめりになる。
    (あ、これを押さえてくれたんだ……)
     ストッパーをものともせず、ジェームズはぐぐ、と顔を近づけ会心の笑みを浮かべた。
    「マスター!立香くん!僕が前に言ったことを憶えているよネ!」
    「え、っと、多分……?」
     どれだろうと記憶を漁る。一臨姿の彼が立香に言ったもので、この場にそぐうもの。どこから出てくるのか、いつの間やらすぐ後ろにいつものボードが鎮座していた。
    「そう!僕はカルデアに召喚されてから常々不思議に思っていたことがある。それは僕や彼の“基”となるジェームズ・モリアーティ、つまり座に刻まれた僕ということになるんだが!」
     グイッと引っ張られた。モリアーティが慌てて剥がそうとするが、さすがはサーヴァント、力が強い。慌てて腹に力を入れると同時に半ばテーブルの上を引きずられる形で、ジェームズ側へと引き寄せられた。
    「貴様は何をやってるんだ!立香君の腕を引きちぎる気かネッ!?」
    「や、やばくなる前に自分で乗ったから大丈夫...っ」
     引っ張られつつも柳眉を逆立てるモリアーティを宥める。原因はと見れば何処吹く風、開いた手で何かの数式を勢いよく書き込んでいた。
    「英霊とは座に刻まれた思念、実体のない膨大な情報の塊だ!そして召喚時に“完成された”“全盛期”の状態で現界し、現世でいかなる経験を積もうとも余程のことがなければ記録という情報の一部と成り、座への帰還とともにリセットされる。ココまではイイネ?!」
    「う、うん...」
     その辺りはさまざまなレクチャーを受けたし、……何より実体験として知っている。未だ“理解”にまでは至っていないが。
    「サテ、僕の話に戻そう!ジェームズ・モリアーティはかの偉大なる推理小説の祖、ドイル氏が生みだした世界で最も有名な“ヴィラン”の一人だ。モデルが居るともされているが、その辺りにはノーコメントで」
     何となく気になっていたところには、前もって釘を指された。この辺りは、宿敵を始め同じような境遇のサーヴァント達にそれとなく誤魔化され続けている。恐らく、彼らの根幹に関わる話題なのだろう。いつかは聞いてみたいが、聞けなくてもいい。全てを知りえたいだなんて、人同士の付き合いですら重い感情だ。ジェームズの話は続く。
    「原典が有名であればあるほど、その世界を想い裾野を幻想し更なる高みを目指す者が増える。平たく言えばパスティーシュ、パロディと言われる分野だネ」
    「あー、多いね、貴方達は」
     引きずられたまま頷いていると、ひょいと身体が持ち上がった。見兼ねたのだろう、モリアーティが立香を抱き上げその下へ身体を滑りこませてくる。
    「っ?!」
     びっくりして退こうとするが、腰をガッチリと抱え込まれて思うように動けない。座高が上がった分、確かに楽ではあるがそれどころではなかった。斜め下の横顔を睨むが相手も慣れたもので、しれっと前を向いたまま、ジェームズを睥睨している。
     流石にそんなことをされれば原因も思うところがあったのだろう。言葉を止めモリアーティをキッと睨みつけるが、当人は素知らぬ顔で首を傾げるばかり。先を続けたまえ、ということなのだろう。
    (……そういえば、大分いつもの調子に戻ってきた?)
     照れと動揺はひとまず横に寄せ、モリアーティを覗き込こみかけ……うおっほん!と咳払いが聞こえた。慌てて顔を戻すと、眉根を寄せたジェームズが余所見しない!といいたげな顔で立香を見据えている。
    「あっごめんなさい...?」
    「分かればよろしい!あと老齢の僕ばかりは狡いので、後ほど僕も労わるように」
    「おや、私が離すとでも?ほら、講義を続けたまえヨ!」
     抱く力が更に強くなる。清涼感に混ざるエキゾチックな香りが、立香の頭をクラクラさせた。
     ぐぬぬ、と唸るジェームズがしかし、講義を再開する。カカッとボードにチョークの走る音が小気味よい。ほう、と微かな呟きが聞こえた。
    「――話を戻そう!つまり僕や彼は他の英霊と比べ酷く曖昧模糊とした存在という訳だ!それも分かるネ?」
     訳の分からない数式を見ながら、コクリと頷く。最初に出逢った“彼”も、同じようなことを言っていた。
    「そのため複合型の英霊として召喚される。……しかし!それでも僕らは“ジェームズ・モリアーティ”だ。それは座に刻まれた本体が証明している」
     白いチョークが濃い緑の上を舞う。長い指が器用に動いて紋様を描きだす。
    「では、“ジェームズ・モリアーティ”とはそも何であるか?それは例えば原典である彼であったり、パスティーシュの中の誰かであったり、はたまた彼の助手クンが秘した中にあったり……。まぁ色々だネ」
     ジェームズがパチリとウインクを投げた。ククッと笑う声が、振動で伝わる……どうやら己を抱く彼も、講師殿が何を言いたいのか分かっているようだ。立香はちっとも分からない。
    「それが、どうかしたの?」
    「イヤ?どうもしないサ。僕達が至極複雑に編み上げられた存在だと理解してくれれば良い。そして、」
     カッ!一際大きくチョークが鳴った。腕がゆっくり降りる。
     いつの間にか、数式ではなくある紋様が描かれていた。立香もよく知る、むしろ誰よりもよく目にするもの。それは――。
    「僕達を“ジェームズ=モリアーティ”たらしめる情報の中に、藤丸立香、君が組み込まれているということ」
     これが今回の肝なのだよ、マスターくん
     描き上げた主の令呪を背にし、朗らかに告げられた言葉を聞いて、彼らのマスターである立香は唖然と目を見張った。
     
     ***

    “どうしても解けない課題にぶつかったときは、一度最初から徹底的に洗い直してみるといい。視点が変わると、案外コロッと解けたりすものダヨ”

     アドバイス通りに1から考えて、自分なりの答えを見つけてひっくり返されて。
     そうして、わたしの恋は。
     そこからさらに、こんがらがろうとしていた。

     ***

    「……は?な、なんて?」
     とても奇妙な言葉を聞いた気がする。ありえない、そんなバカなことが……。
    「――存外有り得なくもないのサ、マスター君」
     低く響く声が耳朶を打つ。見下ろせば至極愉快そうにモリアーティが唇を歪めている。
    「元々私たちは“幻霊”と呼ばれる存在だ。曖昧であり不確定。故に正規の英霊よりも柔軟なのかもしれなぃねェ」
     抱きしめるモリアーティの腕が、黒い手袋に包まれた指がゆうるり、腰骨を辿る。次いで肋骨、背骨、肩甲骨、首。形を確かめるように、……形を覚えさせるように。
     
    「ほら、君は“あの時”言っただろう?」
     ――楽しかったでしょう?と

    「嗚呼、悪くない味わいだったとも。あのような不確定で不安定で全く読み解ききることの出来ない展開なんて!」
     
     黒い指先が、顎先を撫でた。いつの間にかボードから離れたジェームズが、横に立っている。
    「……不思議だったのだヨ。あの場で消滅し座に戻った僕は、新しく刻まれた情報にすぐさま気付いた。座に時間の概念はないが、経過というモノはあるのかもしれないな。少なくとも“私”は、あの情報を持ち得ていなかったのだから」
     腕を引かれた。小指の先に、薄い唇がそっと押し付けられる。
     
    「――何故君なのかを、知りたいと思った。何故、凡庸で平凡な君が、“ジェームズ・モリアーティ”の核たる深層に食い込む程に刻まれたのかを計算し尽くしたい、と」
     
     薬指、中指、人差し指、と触れる唇が、最後に親指をちゅ、と吸った。ぞわり。肌が粟立つ。
     
    「だから貴様は青いのだ。答えの解り切っている数式を解くことは楽しいか?私は否やと応えるネ」
     
     首元をくすぐっていた指が顎を辿る。耳朶をそっと嬲り、髪をひと束すくい上げた。
     
    「……君の道程は私の計算の埒外を往く。それがもどかしくも痛快であり、清々しささえ覚えるほどだ。分かるかね?この胸踊る感覚が」
     
     口髭に隠された薄い唇が持ち上がり、そのまま蜜柑色の髪に触れる。
     
    「あの時君に感じた感情を言葉にするのは難しいが、君に喚ばれともに歩むにつれ、仮定は確信となり、確定へと進化した。……解るかね?この悦びが」
     
     唇を離し、悪逆なる皇帝は、その名に相応しい笑みを浮かべる。ずくん。肌が、心が総毛立った。
     
    「――いいかい?マスター、マイガール、立香君。君が憂いることがあるとすればだ、私や若造のどちらを云々ではなく、“ジェームズ・モリアーティ”が君を蜘蛛の巣の中心へと据えてしまったことを憂いるべきなのだ」
     
     ――ガリッ!
    「ッ!?」
     
     指先に痛みを感じた。親指の先、皮膚が裂けている。ぷくりと浮いた朱い粒が、赤い舌に舐め取られた。唇の端に付いた残滓を舐めながら、ジェームズは朗らかに歪んだ笑みを浮かべる。
     
    「全く!老人は話が長い。簡素に纏めたまえ……ただの一目惚れだってネ」
     
     何処からか取り出した絆創膏を、立香の指に巻き付けながら、チラリとモリアーティを流し見た。若者の言葉に熟年の紳士は肩を竦める。
     
    「生憎私は臆病者でねェ。確信がなければ大きな顔を出来ないのサ!……君のように、ネ」
     
     絆創膏が巻かれた手の平を、老紳士の手の平が持ち上げる。全く野蛮だねェとブツブツ言いながら検分していたが、ふと顔を上げた。
     
    「……あー、コレは駄目だ」
    「駄目も何も、少し前からショートしていたが」
    「おや、そうだったかナ??」
    「……自分ながら、とんだ狐だと思うよ実際!」
    「はははは!ナンのことやら」
     
     ――告げられる内容と愛撫めいた接触に、哀れ立香の許容量は天元突破し、すっかり外部信号を受信するだけの木偶の坊となっていたのだった。

     暫く後に復活した立香が、二人相手に照れ混じりの癇癪を起こしたのはいうまでもない。

     

    「……そういえば」
     ひとしきり怒鳴り散らした後、ネモ・ベーカリーからの差し入れ兼、陣中見舞いのおやつセットを馬鹿食いしている中、ふと気づいた事があった。
    「結局、教授はなんであんなに怒ったんですか?」
     セットのメイン、新所長お手製のクロワッサンをちぎりながら、小首を傾げる。その言葉に、おかわりの紅茶を注いでいたモリアーティが顔を顰めた。
    「君も中々拘るねぇ……しかし、ふむ。それは怒りではなく好奇心?」
    「それもありますが、今後の対策として」
     口に入れると上質なバターの香りが立香を包む。美味しいものを食べると、頬の筋肉が収縮することがあるが、それを「頬が落ちる」と表現した人は天才だな、と思いながらひとくち一口、噛み締めるように咀嚼した。
     横に座ったジェームズは、立香がたまに差し出すクロワッサンを照れくさそうに口に含みつつ、同じように舌からの幸福に震えていた。
    「若造に餌付けするなら、付き合いの長い私にくれた方がいいと思うんダケドナー」
    「その若造のお茶の淹れ方がなってないって自ら淹れ始めたくせに何言ってるんですか……あとジェームズくんはこうしないと食べてくれないんだもん」
    「もぐ……だから、サーヴァントに食事は……でもコレは確かに素晴らしい……!」
     もごもごしているルーラーに苦笑しながら、次のひとくちを用意していると、目の前にコトリと茶器が置かれた。
    「アレは嫉妬からくる愚行だとすでに告げただろう?」
     反対側に腰掛けつつ、アーチャーが肩を竦めた。お礼代わりに、ちぎったクロワッサンを口元に差し出す。
    「若造から鞍替えカナ?」
    「言い方!」
    「これは失礼」
     ニヤリと笑って開いた口に、ちいさな欠片をそっと押し込む。上品に咀嚼し飲み込んだ後、満足気に頷いた。
    「いやはや、彼の腕は誠に素晴らしい!生まれを間違えたか、生まれ故に開花したのか……興味深いねェ」
     紅茶をひと口飲み、それまで黙って見つめていた立香と、モリアーティはようやく目線を合わせた。
    「それで、マスター君は私の弁解が不満と」
    「貴方らしくない」
     即答すると静かな笑みが零れた。ちょいちょいと反対側の裾を引かれるので、後にして、のつもりで手の平ごと押さえる。と、逆手に取られ、ギュッと握られた。
    「ジェームズくん?」
    「彼の言うことに偽りも含みもナイヨ。教授は僕と君のデートを観察するつもりだった。僕達の動向や感情の動きだけでなく。己の感情が果たしてどのように転ぶのかめ含めてネ。だが予想以上に自己のコントロールが利かなくなって暴走したのサ」
     綺麗なウインクとともにジェームズが告げる。モリアーティを見ると苦笑いを浮かべていた。立香は戸惑ったように2人を見比べる。
    「でも、そんなの……モリアーティらしくないよ……」
     立香の知るモリアーティという男は、ウィットに飛んだ会話と大仰なリアクションに目を奪われがちだが、その実冷静に物事を観察し、計算し、推測し万全の布石の上を歩く男だ。よしんば嫉妬という感情に駆られたしても、それすら計算に入れているはずで、はず……。

    「あ」
     
     間抜けな声が出た。
     モリアーティを見、ジェームズを見る。ニヤリと笑ったモリアーティが、そうそう、とやけに軽薄な声で告げた。
    「秘する想いというのは、秘されているからこそ成り立つのであって、周りに筒抜けでは意味がナイのだよ」
    「君、僕と教授に対してどうしていいか分からなくなってちょっとやけくそになってただろう?だから一度言いたいことをいわせたらどうか、と教授からの提案があったのサ」
    「たまには毒抜きだって必要だ……特に男女の仲の事であれば、ネ」
     よく回るユニゾンが、立香の左右から容赦なく耳に飛び込む。仲は悪くないとは思っていたけど、これはむしろ歳の離れた双子、いや完全に分裂した一人格だ。ツーカーすぎる。個体差と意識の同一化が矛盾なく成立するなんて、さすがはifの上に成り立つ同位体。いや、そうじゃない。そうではなくて。
    (なら、わたしのアノ悩みも筒抜けどころか、歯牙にも引っかけられてなかったってこと……?!)
     そりゃあ英霊は、どういう出自であれ人間とは異なる次元の存在だ。考え方そのものが違うこともあるだろう。
     それにしたって。それにしたって……!
    (〜〜〜〜〜〜!!!)
    「こっの…っ!」
     策士野郎ども!!!
      立香の心からの怒鳴り声に、心底愉快だという笑い声がユニゾンで被さった。
     
     ――あまりにも謹慎中の自覚がないマスターとそのサーヴァント達の態度に耐えかねて、苦笑いするダ・ヴィンチとオロオロするマシュを従え、若干震え声でゴルドルフがマイルームに怒鳴り込むまで。
     あと、10分。
     

    Q:好きな人が老若と分かれて現れたらどうすればいいのでしょう?
    A:その2人が幸運にも貴女のことを好いてくれたのであれば、何の問題もありません。3人で仲良く過ごしてください。
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