”すまない
今日はむりになった”
”風邪を引いたみたいだ”
”うつすと悪いからうちにはこないでくれ”
知らないおっさんが「すまない」と言っているスタンプ。
昼休憩前の講義が終わって、スマホを確認するとスミスから連絡がきていた。水曜日はふたりとも取れる講義が少なく暇で、昼飯を食ったあと映画にでも行こうということになっていた。レディースデイと言っておきながら男女関係なくチケット代が1100円になる映画館が駅近くにある。最大座席数が100席くらいのちいさなところでデカいところより迫力に欠けるが、多少見劣りしても料金が浮くならそっちのほうがよかった。人の座る形に馴染んだイスにどっかりと腰を下ろし、味の偏ったポップコーンを分けあって食べる。その予定がなくなった。映画をひとりで鑑賞するのに抵抗はないが、風邪っぴきを放っておいてまで行こうとは思わない。
多くの学生や職員が食堂にむかうなかで自転車置き場へと急ぐ。「来るな」と言われて、すなおに「はい、そうですか」と引き下がろうとは思わない。大学生になってはじめて実家を離れたことで、家族のいないときの体調不良がいかに大変か思い知らされたからだ。
1限前にはポロポロしか置かれていなかった自転車も昼にはあふれていて、とくに特徴のないママチャリを探すのには手こずる。梅雨時特有の薄暗い雲が空をおおっているのに、天気予報を見ない連中のもので埋まっている。まあ俺も確認せずに家を飛び出したが。
とちゅう寄ったスーパーのレジ袋をガサガサさせながら階段を上り、スミスの部屋のインターホンを押す。ガタガタと音がして、騒がしく扉が開いた。ころがっていたのだろう、髪がぼさぼさになっている。ふだんはつるつるの肌に髭ものっている。それから顔色も悪く、めずらしくしかめっ面だ。
「ライン見たんだよな? 来るなって言っただろう」
「あーすまん返信し忘れてた」
「すまんって思ってないだろ……」
「いや、心のなかでは返してたんだけどな。『ひとりだと辛いだろうから、見舞いにいく』って」
「ありがたいけど、それじゃあラインした意味ないじゃないか」
ゴホッゴホッと咳をする。どうやらほんとうに風邪らしい。疑っていたわけではないが、今までスミスと体調不良とがあまり結びつかなかった。太陽を背負っているようなイメージだったもんで。