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    野田佳介

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    野田佳介

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    🗑👁️本編2

    周囲の喧騒が一層激しくなる。

    「殺せ!」

    誰かの声が響き、それに続くように無数の悪魔たちが叫ぶ。

    「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」

    耳を塞ぎたかった。
    見たくなかった。
    けれど、目の前の光景が焼き付いて離れない。
    ——警官が、エミエルの眉間に銃口を向けていた。
    もう、逃げ場はどこにもなかった。
    エミエルは静かにヒトツメを見つめる。

    「……ヒトツメ」

    最後に、そう呟いた。
    その声にハッとして、ヒトツメは顔を上げた。
    ——その瞬間だった。

    鋭い銃声が響く。
    エミエルの頭が弾かれ、赤い瞳から光が消えていった。
    ——何かを叫ぼうとしたが、声が出なかった。
    足がすくんで動けなかった。
    ただ、ただ、立ち尽くすことしかできなかった。
    ——すべてが終わった。

    悪魔たちが騒ぎを収め、少しずつ散っていく。
    それでもヒトツメは、呆然と立ち尽くしていた。
    何も考えられなかった。
    何も感じられなかった。
    やがて、完全に周囲が静まり返ると、ようやくアデクとヘルメスが声をかける。
    しかし、ヒトツメは何の反応も示さなかった。
    しばらくして、ようやく動き出したかと思えば、フラフラとした足取りで家へ入っていってしまう。
    アデクとヘルメスは顔を見合わせ、重く息を吐いた。

    「……俺たちも帰るか」
    「……あぁ」

    ——ヒトツメは、一人になった。

    自室。
    誰もいない部屋で、ヒトツメはただ座っていた。
    静寂が支配する空間。
    それなのに、胸の奥には得体の知れない何かが響いている。
    それは喪失感だった。
    深く、深く、心に染み渡るような。
    脳内には、エミエルとの短い日々が映し出される。
    初めて出会った日。
    無理やりつけられた名前。
    天使が悪魔になりたいなどという、ふざけた話。
    お互いに騙し合い、しかし気づけば共に考え、共に笑っていたこと。
    思い出が流れ続ける。

    そして——
    ——糸が切れたように、涙が溢れた。
    ヒトツメは顔を覆い、声を殺して泣いた。

    「……守れなくて、すまない……」

    声が震える。

    「……すまない……」

    敵同士だったはずなのに。
    最初は殺されると思った。
    最初は騙すつもりだった。
    けれど——
    あの瞬間、確かに自分たちは、種族を超えた 友人だったのだ。
    その友人を、自分は何もできずに、ただ見殺しにした。
    ただ、見ていることしかできなかった。

    「……すまない……エミエル……」

    泣き喚いた。
    涙が枯れるまで。
    ——しばらくして。

    ヒトツメはふらつく足で、酒場へ向かった。
    店に入ると、常連客たちが軽く会釈する。
    ヒトツメはいつもと違う空気をまとっていたが、誰もそれに触れようとはしなかった。
    席につくと、すぐに注文する。

    「……一番、強い酒をくれ」

    カウンターの向こうのバーテンダーが、一瞬だけ驚いたような顔をする。
    ヒトツメは普段、あまり酒を飲まない。
    飲んでも、そこまで強いものを頼むことはなかった。

    「……大丈夫か?」
    「いいから…さっさと持ってこい」

    バーテンダーは何も言わずにグラスを差し出す。
    ヒトツメはそれを 一気に飲み干した。
    全部、忘れてしまいたかった。

    何もかも。
    だが——
    ヒトツメは 記憶を失うことができない体質だった。
    どれだけ酔っても、どれだけ泥のように眠っても、次の日になればすべてが鮮明に蘇る。
    消えない。
    何一つ、消えない。
    エミエルの最後の呟きも、銃声も、光を失った瞳も、すべてが記憶にこびりついて離れなかった。

    「……くそ……」

    酒を煽り頭を抱える。
    エミエルだけが全てを背負い、死んで、自分は何事もなく生きている。
    それが、許せなかった。
    ——酒に溺れる日々が続いた。
    ヒトツメは、何度も酒場に足を運んでは 浴びるように酒を飲んだ。
    飲めば忘れられると思った。
    酔えば、せめて一時的にでも心が軽くなると思った。
    けれど、どれだけ飲んでも記憶は薄れない。
    エミエルの声が、表情が、死にゆく瞬間が、何度も何度も脳裏に蘇る。

    「……おい、いい加減にしろよ」

    バーテンダーが呆れた声を出す。

    「あと……一杯だけ……」

    ヒトツメは、ろれつの回らない舌で懇願する。
    だが、バーテンダーは首を横に振った。

    「お前に何があったか知らねぇけどな、ここで吐かれちゃ困る」

    カウンターに、水が一杯置かれる。

    「それ飲んだら帰れ」

    ヒトツメは虚ろな目でグラスを見つめる。

    「……金なら、払う……」

    「代金は次でいいから、とにかく帰れ」

    バーテンダーはそれ以上何も言わず、背を向けた。
    ——家へ帰る道は、長かった。
    フラフラとした足取りで帰路につく。
    けれど、どれだけ飲んでも 気分は晴れなかった。
    空を見上げる。
    エミエルは、もういない。
    それがどんなに叫んでも変わらない現実だということが、ただただ苦しかった。

    「……エミエル」

    誰もいない道で、呟く。

    「……エミエル……」

    応える声は、ない。
    返ってくるはずがない。
    それでも名前を呼んでしまう。
    希望なんて、何もない。
    ヒトツメは 自分のせいだ と何度も何度も責め続けた。

    自分があのとき、もっと早く動いていたら?
    自分が、もっと上手く立ち回れていたら?
    考えても仕方がないことを、延々と考え続けた。
    そしてヒトツメは、ある決断をした。

    ——人間界へ降りる。

    目的があったわけではない。

    普通、悪魔は人間界には降りない。
    そこには天使がいるからだ。
    だからこそ、 そいつらに殺された方がいい と思ったのだ。
    このまま魔界で惨めに生き続けるくらいなら——
    いっそ、天使の手で消される方がいい。
    そう思った。
    荷物を 最低限だけ まとめて旅立つ準備をする。

    ドアを開け、外に出た瞬間——

    「……どこへ行く気だ?」

    低い声が響いた。
    目の前にはヘルメスがいた。
    ヘルメスは、宝石のような目でじっとヒトツメを見つめていた。

    「……邪魔をするな」

    ヒトツメは、そっけなく言う。
    しかしヘルメスは動かない。

    「……キース、お前まさか——」
    「……何も聞くな。何も言うな」

    ヒトツメは足を止めない。
    けれど、ヘルメスの声が追いかけてくる。

    「……エミエルのことで、自分を責めてんのか?」

    ヒトツメは、足を止めた。
    沈黙が、二人の間に流れる。

    「……お前には関係ない」

    そう言って、再び歩き出そうとするヒトツメ。
    しかし、次の瞬間——

    「関係ねぇわけねぇだろうが、バカ」

    ヘルメスが、ヒトツメの腕を掴んだ。
    「……人間界へでも行こうとしてんだろ」

    ヘルメスの声が、夜の空気に冷たく響く。
    ヒトツメは立ち止まらない。

    「……死ぬためか?」

    少し怒りの混じった声だった。

    「せっかく俺たちが無実にしてやったのに……」

    ヒトツメは答えない。
    ただ黙って、腕を振りほどこうとする。
    しかし、ヘルメスの手は強くヒトツメを掴んだままだった。

    「おい」

    声が低くなる。

    「……そんなこと、許さねぇからな」

    その瞬間—— 魔術が発動する。
    ヘルメスの手から、青白い光が弾けた。
    次の瞬間、彼の手には光り輝く弓が握られていた。

    「……行くな、キース」

    張り詰めた冷たい声が響く。
    ヒトツメはそれを一瞥した。
    矢をつがえ、狙いを定めるヘルメス。

    「この距離じゃ、いくら俺の矢でも——お前の脳天ぶち抜くことだって出来るんだぞ。」

    脅しだった。
    けれど、ヒトツメは微動だにしない。
    その目はむしろ 『やってみろ』 とでも言いたげだった。
    ヘルメスの手が、僅かに震える。

    ——撃てるはずがない。
    ヒトツメには分かっていた。
    ヘルメスは、そういう奴じゃない。

    「……っ」

    ヘルメスは歯を食いしばる。
    ヒトツメは、何も言わずに再び歩き出そうとした。
    ヘルメスの膝が崩れる。
    宝石のような瞳から、 涙がポロポロと零れ落ちた。

    「……なぁ、頼むよ……」

    声が震えていた。

    「行かないでくれ……」

    ヒトツメは立ち止まらない。

    「……こんな俺と、一緒にいてくれたのはお前とアデクだけだ……」

    ヘルメスの声は、今にも途切れそうだった。

    「遊び相手が減るのは寂しいんだ……だから……だから……」
    「俺と…ずっとここにいてくれよ。」

    懇願の声。

    けれど、ヒトツメには 届かなかった。
    ヒトツメはただ、無言で歩いた。
    その背中を、ヘルメスは 涙を流しながら見つめることしかできなかった。
    —— そして、ヒトツメは駅へと向かう。

    人間界へ。

    自分の “死に場所” となるところへ——。
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