「いっぱい食えよ。珍しく俺様の奢りだ」
ヘルメスは笑いながら、テーブルいっぱいに並んだ料理を指した。
「……じゃあ、遠慮なく」
garbageは素直に箸を伸ばし、目の前の料理に手をつけ始める。
魔界の料理…
それは何とも奇妙な見た目をしていた。
毒々しい色彩のスープ、未知の生物の足のような揚げ物、
蠢く生物など…
見た目だけではなく、味もまた、人間界のものとは全く異なる。
(……へぇ、こういう味なのか)
口に合うものもあれば、正直なところ微妙なものもある。
しかし、それすらもgarbageにとっては興味深かった。
「……」
garbageが無言で食べ続ける中、ヘルメスはふとヒトツメに目を向けた。
「そいつは……」
言いかけた瞬間、ヒトツメが遮るように答えた。
「俺が作ったんだ」
「……そうかよ」
ヘルメスはそれ以上、何も聞かなかった。
理由は、分かっていた。
エミエルの代わりなのだろう、と。
それが分かっていたからこそ、ヘルメスはあえて口を閉ざした。
あの時のヒトツメの姿を、思い出す。
深い絶望の底に沈み、何もかもがどうでもよくなったかのようなあの姿。
心を閉ざし、ただ虚空を見つめ続けていたあの姿。
正直、見ていられなかった。
だが今、目の前にいるヒトツメは違う。
塞ぎ込むこともなく、普段通りに過ごしている。
ならば、これはこれでいいのかもしれない、とヘルメスは思った。
「名前は?」
ヘルメスはgarbageに尋ねる。
garbageは手を止め、顔を上げた。
「garbageだ」
もぐもぐと咀嚼しながら簡潔に答えると、
またすぐに視線を料理へ落とし、食べ始めた。
名前も、見た目も…同じじゃないのか?
ヘルメスはそう思った。
だが、詳しいことを聞く前に、ヒトツメが言った。
「……後で話す」
その言葉に、ヘルメスはそれ以上何も言わなかった。
「アデクは元気か?」
ヒトツメが逆に尋ねると、ヘルメスは少し間を置いた。
そして、静かに答える。
「……死んだらしい」
ヒトツメの目が大きく見開かれる。
まるで信じられない、とでも言うような顔だった。
garbageには「アデク」が誰なのか分からない。
しかしさすがに話題が暗すぎて、一度手を止めた。
だが、すぐにまた食べだした。
食器が触れ合う音、周囲のざわめき——
それだけが店内に響いている。
「……そうか」
ようやく、ヒトツメが絞り出した言葉はそれだけだった。
「アイツはな」
ヘルメスはヒトツメを見据えながら、静かに続ける。
「俺と最後に会った時も……お前のこと、ずっと気にかけてたんだぜ」
ヒトツメは言葉に詰まった。
ヘルメスの表情を見る限り、冗談ではないのだろう。
何も言えなかった。
食事を一通り終えたgarbageが食器を置く。
気まずい空気が漂ったまま、3人は店を後にした。
このままじゃ、重苦しすぎる。
そう思ったgarbageが、ふと提案する。
「……他のところも、見てみたい」
少しでも空気を変えたくて、そう言った。
すると、ヘルメスが一瞬驚いたあと、声を明るくして言う。
「だったら、俺様が案内してやるよ」
そうして、3人は歩き出した。
ヘルメスは、魔界の様々な場所を案内してくれた。
遊郭、地下街、人間の養殖工場、そして魔界の上層部——
さすがに重要な機関の中には入れなかったが、
その建物の役割や歴史について、面白おかしく語ってくれる。
魔界にはいくつかのエリアがあり、そこにはそれぞれ特性に合った悪魔が住み着いている。
例えば、体が炎でできた悪魔は溶岩地帯に住み、
水の魔力を持つ者は深海のような場所で暮らす…など。
garbageは興味津々だった。
こういう世界の仕組みを知るのは、何より楽しい。
「少し、周りを見てきたらどうだ?」
ふと、ヘルメスが促す。
「……今度ははぐれないようにな」
ヒトツメがほんのり睨んでくる。
「分かったよ」
garbageは肩をすくめると、その場を離れた。
garbageが去り、残されたのはヒトツメとヘルメスの2人だけ。
「……あいつは」
ヒトツメが口を開く。
「……もう分かってると思うが、エミエルの代わりとして作ったんだ」
ヘルメスは少し目を伏せ、「だろうな」と呟く。
それを聞いたヒトツメは、かすかに笑った。
「でも、失敗してな……もう、あいつはエミエルじゃない」
遠くにいるgarbageを眺めながら、静かに続ける。
「新しい俺の友人……いや、相棒だ」
ヘルメスはヒトツメの横顔を見つめた。
かつて、エミエルがいなくなった後のヒトツメは、
まるで魂を抜かれたような顔をしていた。
だが今は違う。
「……まぁ、上手くやれてるなら良かったよ」
ヘルメスはそれ以上は何も言わず、軽く笑ってみせた。
「……俺たちは、この戦争を止めようとしてる」
ヒトツメがそう切り出すと、ヘルメスは短く息を吐いた。
「分かってるよ。お前が相変わらずの馬鹿なのは」
少し呆れたような笑み。
でも、本気なんだろうとも分かっていた、ヒトツメはそういう奴だ。
一通り案内を終え、そろそろ帰る時間が近づいてきた。
「そろそろ帰るか」
ヒトツメが言うと、ヘルメスもgarbageも、どこか名残惜しそうだった。
「ずっとここにいればいいのに」
ヘルメスが冗談めかして言う。
garbageも「ずっと」というわけではないが、
まだ見たいものがたくさんあった。
しかし、目的は果たした。
また来る日があるかもしれない。
駅でヘルメスに別れを告げる2人。
「また来る」
garbageがそう約束した。
それがただの観光になるのか——
それとも、天使との戦闘のためになるのかは分からない。
だがそれは黙っておいた。