ヒトツメの家。
着いた瞬間、garbageは目を丸くした。
「……デカい」
驚きとともに、呟く。
「デカすぎる」
目の前にそびえ立つのは、まるで城のような豪邸。
無機質な石造りの壁、重厚な扉——どこからどう見ても、金持ちの住む場所だった。
garbageは思わずヒトツメを振り返る。
「お前、こんな家に住んでたのか?」
ヒトツメは懐かしむように屋敷を見上げ、ぼそりと答えた。
「……昔はな」
その声には、微かな寂しさが滲んでいた。
家の鍵を開け、中へ入った。
扉が軋むような音を立てて開き、二人はゆっくりと中へ足を踏み入れる。
——静寂。
人気はなく、まるで時間が止まったかのような空間だった。
garbageは辺りを見渡しながら、ふと疑問に思ったことを口にする。
「……家族とか、誰かいないのか?」
ヒトツメはしばらく無言だった。
しかし、やがて静かに口を開く。
「……いない」
その声は、驚くほど淡々としていた。
「魔界で起きた天使と悪魔の戦争に巻き込まれて、全員死んだ」
「俺だけが……隠れてた俺だけが生き残った」
garbageは息をのんだ。
聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、思わず口を噤む。
「……悪い」
短く謝ると、ヒトツメは首を横に振った。
「気にするな」
それ以上は何も言わず、彼は前を向いた。
そのとき突然、階段の方からバタバタと何かが飛び出してきた。
「誰だ!!」
鋭い怒声が響く。
驚いてそちらを見ると、階段の踊り場に1人の悪魔が立っていた。
黒く、サイコロのような頭。
その上には小さな帽子。
見たことのない悪魔だった。
garbageはヒトツメの方を向き、疑問を投げる。
「……知り合いか?」
ヒトツメは、じっとその悪魔を見つめたまま答えた。
「……いや……知らん」
この屋敷は、ヒトツメの家のはずなのに。
「泥棒か?」
サイコロ頭の悪魔が、怒りに満ちた目でこちらを睨む。
「ここはクラスター家の家だぞ!」
garbageは再びヒトツメに尋ねる。
「お前の家なんだろ?」
ヒトツメは、困惑したように呟いた。
「……あぁ……そのはずだが……」
「本っ当に申し訳ございませんでした!!」
屋敷に響き渡る謝罪の声。
サイコロ頭の悪魔は鼻をすすりながら、深々と頭を下げた。
「まさか、貴方が……キースさん だとは思わなくて…!」
ヒトツメの表情が一瞬、動いた。
garbageは腕を組み、冷静に尋ねる。
「お前は誰で、なんでヒトツメの家にいるんだ?」
「ふえぇ……」
情けない声を漏らしながら、サイコロ頭の悪魔は答えた。
「私はゼム・デイラーと言います……」
その言葉に、ヒトツメは驚いたように目を見開く。
「デイラー家って、もう滅んだんじゃないのか!?」
「……仰る通りです……」
ゼムは、肩を落としながら続けた。
「自分は後釜に過ぎなくて、本当のデイラー家の者ではありません……」
「拾ってくれたデイラーオーナー が行方不明になってから、私がカジノの経営をしていましたが、経営難に陥り……」
「それでも頑張って続けてきましたが、住む所がなくなってしまって……」
「それで、ここに居候してたんです……」
ゼムは涙ながらに語った。
「生活のためとはいえ、自分の憧れの人の家に不法に入ってたんです……」
「ごめんなさいぃ……」
体を小さく縮こまらせ、必死に謝るゼム。
garbageは肩をすくめた。
ここまで謝られると、もう責める気もなくなる。
一方、ヒトツメはというと
「……別にいいぞ」
「使ってくれていい」
全く気にしていない様子だった。
「えっ?」
ゼムとgarbageは同時に驚きの声を上げた。
しかし、ヒトツメは気にする様子もなく続ける。
「俺はもう、ここに帰ってくるつもりはあまりないしな。今日はあるものを取りに来ただけだ」
「このまま放置するくらいなら、お前が使ってくれて構わない」
「…ほんとに、いいんですか… ありがとうございますぅ……!」
ゼムは涙を流しながらヒトツメに泣きついた。
ヒトツメは自室で探し物をしている間
残されたゼムとgarbageは、屋敷のリビングで雑談を始める。
「キースさんと、そんなに親しいなんて……羨ましいです!」
ゼムはキラキラした目でgarbageを見つめる。
「ふぅん?」
「だって! クラスター家の方と直接話せるなんて……すごいことですよ!」
「クラスター家?」
garbageが首をかしげると、ゼムは嬉しそうに説明を始めた。
「悪魔には一応、身分というものがあって……6つの大きな家系が存在するんです」
「ヒトツメさんは、そのうちの一つ……クラスター家の末裔 なんですよ!」
「……だから、こんなデカい家に住んでるのか」
garbageは屋敷の広さを改めて実感した。
「さっき言ったデイラー家 は、もう滅んでいますが……」
「残っているのは、レダ、アルトロ、バルメイト、スピマリス の4つですね」
「……ふうん」
悪魔の社会にもそんな仕組みがあるのか、とgarbageは興味深そうに聞いていた。
その時
「探し物、終わったぞ」
ヒトツメが、手に小さな箱を持って戻ってきた。
「ぜひまた来てください!」
ゼムは元気よくそう言った後、ハッとしたように口を押さえた。
「……あ、でもここ、自分の家じゃありませんけど……」
garbageとヒトツメは苦笑しながら屋敷を後にした。
——そして、外に出た瞬間。
「さて、次はどこへ……」
ヒトツメがgarbageに話しかけようと振り向いた時——
「……ん?」
garbageが、いない。
「……おい、どこ行った?」
ヒトツメは少し嫌な予感がした。
「garbage!」
周囲を見回しながら、大通りへと足を速める。
その頃、garbageは別の場所にいた。
さっきゼムから話を聞いた「カジノ」へと向かっていたのだ。
とはいえ、特に目的があったわけではない。ただ、「カジノって何だ?」という好奇心から足を運んだだけだった。
「ゲームしてお金を稼ぐ……的な?」
漠然とした理解のまま、カジノの入り口に立つ。
だが、当然ながらgarbageは持ち合わせがなかった。
「……ていうか、ヒトツメは?」
ふと気づく。
「やべ、完全に迷子になった!!」
焦ったgarbageは、元の道を戻ろうとする。
しかし
「…あー…どっちだっけ?」
右も左もわからない。とにかく足を動かし、適当に走る。
すると
誰かとぶつかり、その反動で尻もちをつくgarbage。
顔を抑えながら上げると、目の前には一人の悪魔がいた。
garbageを見下ろしている。
驚いたような表情だった。
garbageの顔をじっと見つめるその悪魔は、低くポツリと呟いた。
「……いや……んなわけねぇか……」
garbageには、その言葉の意味が分からなかった。
とりあえず謝る。
「あの…前見てなくて…悪かったな、ぶつかった」
その瞬間
「garbage!!」
後ろからヒトツメの叫び声が響いた。
「勝手にどっか行くな! 探しただろ!」
そう怒鳴りながら駆け寄ってくるヒトツメ。
しかし、彼は途中でその言葉を飲み込んだ。
目の前にいる悪魔と、ヒトツメの視線がぶつかる。
時間が止まったかのようだった。
お互いの顔を、信じられないような目で見つめ合う。
そして
「生きてるとは思わなかったぜ……」
沈黙を破ったのは、ヒトツメではなく、相手の悪魔 だった。
「ヘルメス……」
ヒトツメの声が、かすかに震えた。
ヒトツメも、こんな偶然があるとは思わなかった。
それは、かつての友人——ヘルメス との再会だった。