真柳習作「アイス小夜曲」アイス小夜曲
「おい、仁王。寄り道はよさんか。」
幸村の見舞いの帰り道、ふらふらとコンビニの方へ歩いて行った仁王を注意する。真田が己の奔放な振る舞いに突っかかってくるのはいつものことなので、今更気にも留めない。空は徐々に黄金色になる兆しを見せているというのに、太陽から、地面から、熱がじりじりと全身を焼き付ける。少しは涼まないとやっていられない。
仁王は、振り向きながら、舌を出す。
「お前さんもはしゃいどったじゃろ、”こおり”。」
幸村から部員へのアイスクリームの差し入れがあったのはつい先日のことである。灼熱の中、ひんやりとした甘さが極上であった。通常ならば、部活中の間食に注意をしそうな堅物たちも、アイスクリームの前では心がどろどろに溶けているようだった。浦山をみて、ソフトクリームのことを考える柳生の愉快な顔が思い出される。そして、アイスクリームが届くや否や、一番に飛びついたのは真田と柳ではなかったか。
やはり、アイスクリームの前では、どんな堅物も形無しということか。真田は、寄り道をしてアイスクリームを買うことに関して、それ以上突っかかってこなかった。思考を一巡させる素振りを見せた後、真田は黙ってコンビニの自動ドアを通り抜けていった。
レジの前を通り、突き当りで折れ曲がる。おにぎりや弁当、サンドイッチ陳列棚の向こう、店の一番奥の冷凍コーナーへ向かう。
「箱モノのアイスでええかのう」
仁王が籠にいれたのは、フルーツの描かれたカラフルなアイスの箱。5種類の味、10個いり、コストパフォーマンスも悪くない。アイスクリームを食べて、身体を涼ませたいが、懐が冷えるのは本意ではない。自分たちが学校に戻る時間まで居残っているのは、どうせレギュラー陣くらいであろうから、充分な数である。
仁王がレジに向かおうとすると、真田が引き留める。
「それしか買わんのか。」
「なんじゃ。数はこれで十分じゃろ」
真田がレジ前の個包装のアイスクリーム売り場を覗き込み、迷いなく手を伸ばす。宇治金時のアイスが2つ籠の中に入った。
「参謀は、二個もアイス、食わんじゃろ。」
真田は籠の中の宇治金時をじっと見ている。「1つは俺のだ」
真田の横顔を見て、仁王は目を見開く。
「蓮二がうまそうに食していたから、俺も食べてみたくなったのだ。」
少年のような好奇心か、それとも別の何かか。この純粋な瞳を知っている者はいるのか。朴念仁のような男の瞳に何がうつっているのか、知っている者はいるのか。
仁王はこれまで真田に様々ないたずらを仕掛け、そのたびにころころと変わるリアクションを面白がっていたが、彼の瞳に、このような繊細な色を見たのは初めてであった。
本人すら意識していないだろう秘密を知ってしまった気まずさで頭を振る。アイスクリームコーナーに手を突っ込みながら、アイスの具、ジャリジャリ君、ストライクバー…といくつかのアイスクリームを籠へ追加する。
「おまんらだけ個包装のアイスだと、赤也あたりが騒ぎ出しそうじゃからな」
部室には、冷凍庫もあるし、どうせ多く買っても食べきってしまうだろう。ずっしりと重くなった籠を持ってレジへ向かう。財布を取り出しお金を支払う真田の後ろから、仁王は割り勘分の金額を差し出す。
「アイスを食べる前に財布から凍えそうじゃ」
まあ、結局他の誰かが買ってきたアイスを自分も食べることになるのだから大した損失にはならないだろう。購入した箱アイスの一本を開封する。これは口止め料。シャリシャリと甘い氷菓をくだきながら、夕暮れの長く伸びた影を渡り歩く。一つくらい多く食べたとしても、誰も仁王を咎めはしない。