昨日は、今までと何も変わらない日だったはずだ。
学校へ行って、勉強をして、幼馴染や友人たちと話したり、遊んだり…。
他の同世代の子と、なんら変わりのない日常。
──そんな日常が崩れ落ちた、たった一本の電話。
自分の携帯ではなく、家の固定電話にかかってきたそれは、母の死を告げるものだった。
踏切内で動けなくなった人を助けた代わりに、母が列車に轢かれたのだという。
…それなら、母はきっと後悔はしていないのだろうと、そう思った。
母も昔、そうやって命を助けられたらしい。
顔すら覚えていない父親は、そうやって命を落としたのだと、いつか母が教えてくれた。
…またその話を聞ける機会は、もう二度となくなってしまったのだけれど。
未成年であるが故に、警察や葬儀業者、その他関係各所とのやりとりはすべて母の兄が担うことになったし、今自分に出来ることは何もない。
そのくせ時間だけはあるせいで、いつもなら考えないようなことまで頭に浮かんでしまう。
おかあさん、どうして死んじゃったの。
おかあさん、どうしてあたしだけ置いていくの。
寂しい、悲しい、苦しい!
いやだ、ひとりにしないでよ。
こんなの、考えるべきじゃない。
こんなの、やつあたりでしかない。
行き場をなくした気持ちを、どうしていいかわからない。
誰も悪くないはずなのに、誰かのせいにしてしまいたくて仕方がない。
心がひどく醜いものになってしまったみたいで、もうなにも考えたくなくて、塞ぎ込んでしまいたかったけれど、そんなこと許されるはずもなく、時間は過ぎていく。
ちっとも眠れない夜が明けてしまえば、否応なしに物事が進み始める。
学校に休みの連絡を入れて、あちらこちらを走り回っているうちに気づけば日は落ちていて、母の通夜が始まっていた。
母が生前通夜や葬儀は身内だけでいいと望んでいたらしく参列者の数は多くはなかったものの、大半が顔も知らない、皆一様に黒い喪服に身を包んだ大人たち。
母との別れを惜しむその人たちは、合間に自分をちらと見て、ひそひそと会話する。
内容が仮にいいものであったとしても聞き取れないし、そうでなくとも、どちらにしろいい気分にはならない。
…まあ、正直、どうでもいいけれど。
居心地の悪さを覚えるような通夜が終わり、通夜振舞いも特に何事もなく終わり、伯父と共に自分の家へ帰る。
少しの間、伯父がうちで過ごすことになったので、物の場所や部屋の位置などを教えて、少し会話を交わして、自室へ戻った。
着替えをする気も起きなくて、通夜に参列するために着た制服もそのままにベッドに倒れ込んで…。
そうして、どのくらい経っただろうか。
なんとなく、ふらりと外に出てしまいたくなったのだ。
音を立てないように家を抜け出し、目的もなくふらふら夜道を歩く。
時間が時間だから、補導されるかもしれないし、危ない人に出会うかもしれない。
ちゃんと分かっている。理解している。
けれど、そんなことどうだっていい。
今はただ、夜の風を浴びていたい。