ばあちゃんがニューインしたらしい。
だけど父さんも姉ちゃんも忙しいだのなんだの言って行こうとしなかったから、一人でお見舞に行こうと思ったんだ。
『らっくんのお話はいつも面白いねえ』
『ばあちゃん、らっくんのお話だあいすき』
『もっと色んなお話、聞かせてくれるかい』
いつもそう言っておれの頭を撫でてくれたしわしわのやさしくてあったかい手は、布団の上で組まれたまま動かない。
動いてくれないから、勘違いしてばあちゃんが死んじゃった!なんて泣いて、カンゴシさんに笑いながら宥められた。
結局ばあちゃんはただしばらく寝てただけで、その日のうちにとはいかなかったけど、目を覚ましたって連絡をもらった時には父さんと姉ちゃんもいっしょに病院に行った。
いつもみたいにこわくて、何考えてるのか分からない顔をした父さん。
つまらなそうで、あからさまに面倒くさそうな顔をした姉ちゃん。
そんなふたりに「ごめんねえ」と申し訳なさそうな顔をするばあちゃん。
途中から来た病院のひとと三人でなにか話していたけど、難しかったのと、妙に居心地が悪かったのとで、会話の内容は何も分からなくて。
ただとにかく、それ以来ばあちゃんは通院しなくちゃいけなくなって、それでも時々入院しては退院を繰り返すようになった。
その頃からおれは学校の帰りにそのままばあちゃんのところに顔を出すようにしてた。
元々ばあちゃんはだいすきだったし、いろいろ変わっちゃってきっと大変だろうと思って、出来ることがあるならなにか手伝おうと思って。
だけどばあちゃんはそんなこと望んでなくて、いつもおれの話を聞きたがる。
『ばあちゃーん!きたよ!お手伝い!ある!?』
『あらあら、今日も来てくれたの?ふふ、ばあちゃんらっくんのお話が聞きたいねえ』
『えー!話すのはいいけどさ!ほんとになんもないの?おれなんでもできるんだよ!今日だってさあ、学校で………』
病室にはいつも誰かしら入院しているひとがいたから、そのひとたちとも色んな話をした。
『あら相崎さんとこの…、元気でいい子ねぇ』
『おっ、楽坊!ずいぶん派手にやったな、喧嘩か』
『……で、それで……なあ〜、聞いてる〜!?』
『聞いてる聞いてる!』
『楽くん、うちの孫になる?なんちゃってねぇ』
それだけじゃなく、みんな優しくて、おやつをくれたり、時々学校の課題を教えてもらったり…。
そんな日々が数年続いて、高校に進学するまでは父さんや姉ちゃんよりも、ばあちゃんや同じ病室の人たちと過ごす時間の方が多かった。
オレとしては、高校へ入ってもばあちゃんのところへ行くのをやめるつもりはなかったよ。
でも当のばあちゃんがいつになく真面目な顔をして友達やら部活やら言うから、そこまで言うならって思って、色々やってみることにしたんだ。
ただのクラスメイトから友達と呼べるようになった人数は日増しに増えて、放課後はいつも誰かと一緒にいるようになった。
チャットアプリは頻繁に通知を鳴らしていたし、校内を少し歩けば誰かしらに声をかけられる。
『相崎くん!放課後ひまー?』
『あー…まあ、特に予定はねえかな』
『おい聞けよらっき〜〜』
『なんだよ、おい重てえ!体重かけんなよ!』
部活は正直どれだって良かったけど、ひとりなんかすごい誘ってくるやつがいたから、陸上部にした。
『頼むよ相崎ー!陸上部!入って!!』
『うわっまたアンタかよ!……まあ、いいか』
『アイちゃーん!!』
『……?』
『お前しかいないだろー!』
『…ハ?』
『あいさきだから、アイちゃん!』
『ハア????????』
『またタイム縮んだのか?やるな、アイちゃん…』
『アイちゃん言うな!やめろ!』
大会で入賞するだとか、そういったことはなかったけど、少しずつタイムは縮んでいったし、なにより誰かと競い合うのは思ってたよりも楽しくて面白い、ってことに気づけたから、あいつには感謝してもいいかな。
……ただ、妙なあだ名で呼ばれんのは、結構勘弁して欲しかったな。
まあ、そんな中でもたまに時間を作ってはばあちゃんのところに行ってたよ。
昔からなんでもにこにこ嬉しそうに聞いてくれてたけど、この頃は友達の話とか、部活の話してる時が一等嬉しそうにしてたっけ。
それからは特に………あー、まあ、何も無かったわけじゃないけど………。
なんつーか……えっと、……いろいろあってさ。
あんま話したいことでもねえし、省いていいか?
…ん。さんきゅ。
まあ、そっからは大体知ってる通りだよ。
ばあちゃんは今も入院してるし、オレは大学行ったけどいろいろあって途中で退学したしな。
父さんと姉ちゃんは…まあ連絡とかねえし、元気なんじゃねえの?