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    鶫雨音

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    鶫雨音

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    赤い糸が見えるフロイドのお話。

    #フロカリ
    floccarii
    #凍った涙が溶けるまで
    tillTheFrozenTearsMelt

    運命の行く先 錬金術で失敗することはよくあることだ。例えば恋人であるカリムがペアだった時だとか、朝からやる気が全然なかった時だとか。今回は後者で、派手に鍋を爆発させた。ペアだった生徒はフロイドを恐れて遠巻きにしていたおかげで難を逃れたけれど、鍋をぐるぐる掻き混ぜていたフロイドはそうもいかなかった。
     錬金術の教員であるクルーウェルが怒鳴るがどうでもいい、あまりに派手な爆発だったから逆にテンションが上がった。上がったは良いが、怒る教師から逃れることは出来ず、放課後には補習を受けることになった。せっかく今日はモストロ・ラウンジのシフトが入っておらず、バスケ部へ出る気にもならなかったから、カリムの元へ遊びに行こうと思っていたのに台無しである。上がったテンションもまた下がって、不機嫌さを隠せないし、隠そうとも思わない。
     放課後になるまでそこらへんの小魚をつついて遊んで、いっそ補習を受けることもやめてしまおうと考えたが、その後のことを考えると余計に面倒なことになるのは分かりきっていたので真面目に補習を受けた。脳内で自分を褒め称え、愛らしい恋人を思い浮かべながら何とか補習を切り抜けた。終わったのはとっぷりと太陽が水平へと沈んでからだった。時間があればカリムに会いに行こうと思っていたフロイドの思考を読み切っていたらしいクルーウェルの性格の悪さに舌打ちしつつ、その日は会いに行くのを諦めた。
     異変が起きたのはその翌日だった。

    「なにこれ」
     朝目が覚めて、すぐには起き上がらずベッドの上でごろごろとしていたときに気がついた。小指から伸びる細くて血のように赤い糸。最初は怪我でもしているのかと思ったが、痛みはないし、よくよく見ればくるりと小指に巻き付いた糸であると分かった。糸はかなり長く、ドアの下を通って部屋の外に続いているようだった。同じようにドアの下を通るもう一本の糸を見て、片割れであるジェイドを見れば、彼の小指にも赤い糸が巻き付いている。
     じっとそれを見ていると、すでに起き上がってすっかり身仕度を済ませたジェイドがフロイドの視線に気づいたのか、ことりと首を傾いだ。
    「どうしたんですか、フロイド。変な顔をしていますよ」
    「なんかオレとジェイドの小指に赤い糸が付いてんだけど」
     思った通りのことを言えば、ジェイドははて、と不思議そうに小指を確認する。暫く両手を確認した後、しかし表情は不思議そうなままで、フロイドに向き直る。
    「僕にはその赤い糸が見えませんが……」
    「えー、嘘でしょ。めっちゃ長い糸が巻き付いてんじゃん」
     糸を摘んでぴろぴろと振って見せるが、ジェイドは不思議そうな顔をしたままだ。それからふと、思い出したように顎に手を当てて思案する。
    「そう言えばフロイド、貴方は昨日の錬金術の授業で失敗していたでしょう。その影響では?」
     確かに錬金術で失敗すると何かしら影響が出る。昨日は特に何もなかったから気にしていなかったが、確かにそうかもしれない。こうなるとクルーウェルに報告をしなきゃいけなくなるので大変面倒である。たかが赤い糸が見えるようになっただけなら別に報告することでもないかと結論づけたフロイドは気にしないことにした。
     気にしないことにしたのはいい、が。部屋から出るとうんざりするような光景が広がった。床を這い回る赤い糸、糸、糸。まるでホラー映画のようだ。こうなるとうざくて仕方がない。幸い糸に足を取られるようなことはないかった。糸を容赦なく踏みつけ、教室に向かう。
     それにしても、この糸は何なんだ。そんな疑問が湧く。教室に向かう途中でも小指から糸を垂らした生徒をいくつも見つけた。というより糸がない生徒がいない。必ず指から赤い糸が垂れている。その糸は大抵、学園の外に向かっていたが、中には糸が繋がっている生徒もいた。この違いは何なんだ。分からないことがあるのなら誰かに聞くのが手っ取り早い。ジェイドは分かっていなかったようだから、フロイドはアズールから聞くことにした。
     アズールの教室までやって来て、「アズール〜」と声を出せば、面倒くさそうにアズールがやって来た。同じクラスのジャミルは関わりたくないとでも言いたげにあからさまに他人のふりをしてくる。まぁ用事があるのはアズールのみなので構わないが。
    「なんですか貴方は。用件があるなら後にしてくれませんか? もうすぐ授業が始まるのだから早く教室に戻りなさい」
    「だってぇ、なんか変なもん見えるんだもん。小指から赤い糸が出てんのが見えんの。これなに?」
     小指を立てて見せつけるが、アズールも見えないようで怪訝そうに首を傾げた。しかし、小指から赤い糸という話は知っていたようで、「そういえば」と話し始める。やはり持つのは博識の友人である。
    「陸では赤い糸は運命の相手と繋がっていると言われるそうですね」
    「運命の相手?」
    「ええ。運命の恋人とか、結婚相手だとか。全く運命なんてくだらない事です。不確定要素を誰が信じると言うんです? 少なくとも、僕は信じないですね」
    「だよねぇ、運命とか訳わかんねー」
     ケラケラと笑って、用が済んだと教室に戻ることにした。おざなりにアズールに対して感謝を述べて、今度こそ教室に向かう。あるきながら小指を持ち上げ、たらりと撓む糸を眺めた。
     運命の恋人、ねぇ。
     ならばフロイドのこの糸の先には、カリムがいるのではないか。先程は運命なんてどうでもいいとばかりに笑ったが、あの太陽のように明るい笑顔のもとに、この糸が繋がっていると思うと悪くはない。後で確認しに行こぅと足取り軽く、始業の鐘が鳴る直前に教室へと滑り込んだ。

     楽しみがあればどんなにつまらない授業もあっという間に過ぎていく。今日は魔法史の授業でも眠らなかったし、飛行術でもいつもよりうまく飛べた気がする。昼は最近はもっぱらカリムと二人きりで食べている。中庭のりんごの樹の下でカリムは弁当を広げ、フロイドは購買で買ってきたパンを食べる。
     購買で買えるだけパンを買ったら中庭へと急ぐ。カリムはいつも食べずに待っているから、あまり遅くなってしまうと弁当が食べ切れなくてジャミルに怒られるのだ。めんどくさい従者だなと思いつつも、カリムが怒られるのは本意ではないのでフロイドも急ぐ。
     中庭のりんごの樹の下にあるベンチには、やはりというべきかすでにカリムがいた。カリムはぷらぷらと足を揺らし弁当を膝に載せ、空を仰いでいた。驚かせようと後ろからそっと近づいて、声をかけようとした時だった。カリムの小指から垂れ下がる糸がフロイドと繋がっていないことと、何より他の生徒は一本だけだった赤い糸がカリムには複数本あったことに逆に驚かせられる。
    「なにそれ?!」
    「うわ! びっくりした!」
     びっくりして弁当をひっくり返しそうになったカリムが目を瞠ってフロイドを見つめる。けれどそれもすぐにふにゃりと柔らかい笑みに変わって、フロイドの持っている袋の中身を覗いては無邪気そうに「今日も大量だなぁ」と言っている。が、フロイドはそれどころじゃない。カリムの指からたくさんの赤い糸が垂れ下がっているという事実にショックを受けていた。つまりそれだけカリムに運命の相手がいるということだ。自分とは繋がってないくせに、他にはたくさん繋がっていると考えると、なんだか腹立たしくなってくる。
     運命なんてどうでもいい、だけど、もしもカリムに繋がっていたらいいな程度だった思いが、自分以外に運命の相手が大量にいるらしいという事実にどこかへ行ってしまったようだ。突然不機嫌になったフロイドと食事をすることになったカリムは傍から見て可哀想だったが、フロイドはそれどころではなかった。
     思った以上に自分が嫉妬深かったことに驚きと、なんとかして自分の糸とカリムの糸を結びつけることを考えるのでいっぱいだった。自分とカリムが結ばれていないのが気に入らない。カリムの糸が見知らぬ複数の人間に繋がっているのがもっと気に入らない。運命の相手だかどうだか知らないが、カリムは自分の恋人である。今の所、飽きることも誰かに譲るつもりもない。
     おかげで午後の授業は不調だった。ずっと糸のことを考えてしまって上の空のところを教師に当てられるし、聞いてないと正直に答えれば怒られた。それもこれも、この糸のせいだ。フロイドは八つ当たりするように糸をつまみ上げ、指先に力を入れる。すると、糸は簡単にぶちりと千切れた。え、まじで。
     たらりと行き場をなくした糸がフロイドの小指から垂れている。引っ張って伸ばしてみると、伸縮はするがそれだけだ。それを見てピンとひらめいた。思い立ったが吉日とばかりに授業中であることもお構いなしでフロイドは席から立ち上がった。そのまま教室から飛び出す。後ろから教師の呼び止める声が聞こえたが気にしない。カリムの教室に乗り込むと、眠たそうに授業を受けているカリムを見つける。隣に座っているシルバーはもう眠っていた。
     授業中にいきなり教室に入ってきたフロイドに視線が集まる。そんな視線など全く気にせずにずかずかとカリムの元へと向かった。授業中だと喚くこっちの教員も無視して、眠そうにぼんやりしていたカリムの腕を掴む。そこで漸く意識がはっきりしたのか、カリムがパチリと目を瞬いて「フロイド?」と、不思議そうに名を呼んだ。相変わらず小指には複数の糸を巻きつけたままのカリムの腕を引っ張って、机から立ち上がらせる。驚きに目を瞠るカリムの表情に気分が良くなって、脇に手を差し込んで抱え上げた。そのまま荷物でも背負うように肩に乗せ、教室から出ていく。
     またも背後から静止の声が聞こえたが、全てを無視して誰もいない裏庭へと向かう。カリムも何度かフロイドの名を呼んだが、それも無視した。
     フロイドの長い足で走れば、裏庭にはあっという間に到着した。木陰に設置されたベンチにカリムを座らせると、その隣にフロイドもどかりと座り込む。そして赤い糸が巻き付いている小指の方の手を取り、複数の糸をまとめて掴んだ。
    「フロイド? どうしたんだ?」
    「これからいいことすんの。ラッコちゃんはじっとしててね」
     カリムには見えないであろう赤い糸を、フロイドは思い切りよく全部千切った。ぶちぶちぶち、と音がしたような気がした。複数の糸が一本に収束し、フロイドの糸と同じように行き場なく垂れている。そのカリムの糸の端と、フロイドの糸の端を器用に結びつけた。すると、どうだろう。はじめから糸が繋がっていたように、フロイドとカリムの糸が一本に繋がった。それをフロイドは満足そうに見つめる。
    「フロイド、さっき何したんだ?」
     フロイドが何をしているのか分からないカリムは、終始不思議そうにフロイドの行動を見守っていたが、フロイドがなにか成し遂げたとでも言うような表情をしたので問うてみた。フロイドはご機嫌にフフンと笑うと、カリムに告げる。
    「ラッコちゃんの運命の相手はオレだけだからね、ちょっと直しただけだよ」

     見ず知らずのカリムの運命の相手達にご愁傷さま、と内心舌を出して、フロイドはカリムと繋がった赤い糸を嬉しそうに眺めた。
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