はじめてのおくりもの。涼しい風がそよいでいた秋空が、いつからか寒空へと変わり、いよいよ冬へと突入した。
もう半袖の者はほとんど見掛けなくなり、オッチンの体毛も冬毛へと生え変わった。
カギヤ星の街中を見渡せば、クリスマスに備えた彩りでいっぱいだ。
毎年それを目にする度に冬の訪れと、今年の1年の終わりの近くを感じるのであった。
…しかし、レスキュー隊としてそれに浮かれてはいけないのは勿論の事だが、今年はどうにも気分があまり浮かない。
それは先日に起きた、とある出来事に起因している。
それは我がシェパード隊の新米隊員、ベルにまつわるものだった。
新人研修で会った当初は控えめ…というより無口で大人しい印象ではあった。
しかしそれとは裏腹に、秘められた実力を目の当たりにし、それをきっかけに我が隊の一員として迎え入れることにした。
ベルにとって緊急ながらも初任務となった、オリマー氏ら数名の救助活動では、
ベルの意外な一面を見られたが、オッチンと共に成長していくのを見届けた。
その任務での働きが素晴らしいものもあってか、内向的なのは相変わらずだが、
他の仲間とも次第に打ち解けるようになっていった。
そしてあの任務から一年過ぎたある日のこと。
カルタ星からとある救助要請を受け、その担当となったベルは、捜索任務を無事に終え、帰還に向かおうとした。
…しかし、ベルは突然、どういう訳かビーグル号とは別の方向へ向かい始めた。
コリーが通信を通して何度も呼びかけるもまるで届かず。
その光景を見て痺れを切らしたのだろうディンゴの怒声もだ。
辿り着いたその先で発見したのは、
──長いこと行方不明だったベルの『身内』だった。
それからは身元確認や諸手続きなどが度重なり……あまり多く語るには苦しいが、それは大変なものであった。
紆余曲折の末、ベルを始めとする我々の中だけで密かに行われた葬儀は、かつてベルが勤めていたと言う教会で行われたのであった。
葬儀の最中、ベルは終始無表情だった。
…それだけだと、一見薄情なものだと受け取られかねない。
だが実際はそうではない。
人は大切な存在を失った時、大抵は悲しみに暮れるか、戸惑いのあまりにパニックを引き起こし、時に自身を責めてしまうなど、感情的になるものだ。
しかし中には何事もなかったように冷静に取り繕う者もいる。
救助が間に合わず救えなかった者の関係者の中にもそうした人々を幾つか見てきた。
葬儀の帰りに、ベルの行動についてディンゴが普通は泣くのだろうと言い出したのを皮切りに、コリーと少し口論になったが、それはまた別のお話で。
─以上、それが先日起きたとある出来事である。
そして数ヶ月ほど経ち、もうすぐあの出来事から初めてのクリスマスになる。
─────
ベル本人の話によれば、以前から休日では本部近くの教会にて行われる週末のミサに足蹴なく通っている。
ちなみにあの葬儀を行った場所と同じ教会である。そして今年のクリスマスも、夜に行われるミサに参加するそうだ。
あの件以降、コリーはベルを気に掛けては時々声を掛けており、
ディンゴはあの時の自身の発言を気にしてなのか少し気まずそうにしている。
パピヨンはというと、どうやら以前から、しかもあの初任務のあたりの時から、ベルにカウンセリングなるものを施していたらしい。
…それ以外は、特にベルは、以前と変わりないように見えた。
しかしパピヨン曰く、あの件から少しだけカウンセリングを行う頻度が増えたようだ。
だが、『身内』のことは微塵も話そうともしない。
他からも「わからない」と言われるか、煙に撒かれるかのどちらかになってしまうらしい。
「そりゃあ、ああいう人を『身内』だと言われたら大抵は驚かれるよねえ。
…なのに、『身内』と言ってた当人が何も言わないのが妙に引っ掛かるけどお。」
…ある程度の詳細は伏せるが、
ベルの『身内』とされる者の身元確認の際に明らかになった事は、あまりにも衝撃的なものであった。
ベルの身内なのか真偽は定かではない…私もできるならそうであってほしいと思ってはいる。
しかし
「真偽がどうであれ、たとえどんな者であったとしても、
ベルさんにとっては…大事な家族だった事には変わらないですよ。」とコリーは哀しそうな声で言った。
あの時のディンゴとのやりとりの時もそうだが、
コリーはあの発見時の状況を、自身の祖父だった場合を重ねていたのかもしれない。
…最終的には彼に関しての情報について知るのは、身元確認に関わった者達の間だけにすることにし、その事に関する疑問についてあまり深掘りはしないようにした。
…ただ、パピヨンがカウンセリングにてどう出るのかは心配ではあるが。
─────
「ハーイ隊長!寒さも本格的になって、いよいよホリデーシーズンがやって来ましたねー。調子はどうデスカー?」
バーナードが陽気に挨拶をする。
「バーナードか。日に日に寒さが増してきたと思ったら、いつの間にかもう冬なんだな。」
「そうデスネー。この感じだと1年もあっという間デース!」
あの件以降でも彼は変わらず、明るく振る舞っている。流石長年の経験もあってのものだろうと思える。
そうたわいもない会話をしていると
「ところで、隊長。クリスマスについて何かプランとか考えてマスカ?」
と、バーナードが問い掛ける。
「クリスマス?…万が一の事に備えて予定などはないが…」
「そうデスカ。実はベルちゃんについての事ですが」
「ベルについて、なのか?」
訊けば彼曰く、ベルはクリスマスのプレゼントを貰ったことはなかったそうだ。
そもそもプレゼントを期待するような年齢ではないのは、言うまでもないのだが…。
「今年はミー達にとっても、特にベルちゃんにとっても色々ビッグな一年でした。
なので忘年会がてらちょっとした、クリスマスパーティーをしようと思いマース!」
「…知っていると思うが、パーティーをやる予算なぞ、うちには…」
「ノープロブレム!パーティーと言っても、休憩時間にお菓子を食べたり、プレゼント交換をするような感じデース!お菓子大好きなベルちゃんにとってもいいメモリーになると思いマース!」
「…なるほど。それはいい考えだが、またパピヨンに注意されないよう、気を付けるように。」
「アイ・コピーデース!」
…そうして、バーナード発案によるクリスマスプチパーティー計画が始まった。
当日までに何事もなければいいのだが。
「ラッセル、少しいいか?」
「おや隊長。一体どうしたと言うのだ?─」
───
こうしてクリスマス当日。
世間の大抵の者は冬休みに入っており、中には年始まで休む「クリスマス休暇」なるものもあるらしいが、いつトラブルが起きてもおかしくない状況に備えて、我々はそうにもいかない。
幸いにも出動依頼はなかったが、時期故なのか、他と比べて忙しない一日だった。
辛うじて、終業時間まで少し空いた時間でささやかながらもパーティーを催すことができた。
ベルもパーティーについての話を聞いた為に、なんとクリスマスケーキを作ってきたのだった。我々へのプレゼントとの事らしい。
…案の定、大食いのコリーはケーキを多く取ってしまったが為に、パピヨンに強く叱られた。
人数分も含めそういう事態を想定して、あの大きさに作られたケーキなのだろう。
その味は、控えめな甘さながら、実に美味しいものであった。
─こうして、賑やかなパーティーは終わりに近づき、皆もそれぞれ帰路に着こうとする準備を始めた。
…ベルはこの後、あの教会で行われるクリスマスミサへ足を運ぶのだろう。
「─ベル!少しだけ、話せるか?」
私の呼び掛けに、ベルは振り返る。
上から下まで、手の先まで防寒着で身を包み、紫がかった濃いピンクのマフラーは口元を隠すように巻かれている。
かすかながら「隊長?」と返事をする声が聞こえた。
「先程のケーキはとても美味しかったぞ。コリーが思わず多くよそってしまうのも納得できるほどであった!…それと、クリスマスパーティーは楽しめたか?」
感想と質問に対して、ベルははいと答えながら頷く。
「それならば、よかった。…少し掘り返す事になるかもだが、あの件から君が気を落としていないか、皆心配してな。」
「…。」
─ベルは私の目を見つめている。
その目からは心配を掛けさせてしまった申し訳なさを感じるような気がした。
「…なぁに、心配はいらない。君は私達仲間の一人だ。…だからこそ、なにか困ったことがあればどんな些細なことでも相談してほしい。
…たとえ全部でなくとも、少しでも話したいと思った時でいいんだ。辛い時、悲しい時は無理をせず、少しずつ誰かに頼って欲しい。
私やコリーもそうだが、ディンゴも内心そう思っている。」
普段はベルに対しては先輩風を吹かせており、あの葬儀の帰り時の発言でコリーと口論になったが、本人曰く感情を抑え気味であるベルの事を心配していたからこそ、あの発言に至ったらしい。
「─私の言いたい事はそれだけだ。ミサに行くと言うのに時間を取らせてしまい済まなかった。…最後に、君に渡したいものがある。」
「…?」 ─ベルは不思議そうな顔をした。
私は鞄から少し大きめの包みのものを取り出して、ベルに渡した。
今この場で開けてもいいと催促すると、包みからオッチンを模したぬいぐるみと顔合わせになり、ベルは目を見開いた。
「ラッセルにカイハツを頼んで作って貰ったんだ。本物に勝らずとも劣らない仕上がりだろう?」
…あまりの出来映えのよさと可愛さに思わず自分の分も作ってくれとラッセルに懇願したら、とても渋い顔をされながら作って貰ったのは内緒だ。
「…それにお腹の部分を見てくれ。」
「…?」
ベルがぬいぐるみのお腹を見てみる。
そこには私の分のにはない、小さなゼンマイがついてあった。
「そのゼンマイを回すと音楽が鳴る仕組みになっている。
…覚えているか?君の初任務の時に見つけた─」
─それは、花弁が一面に尽くされたあの場所で見つけた、メカニックハープと名付けられたオタカラを参考に作られたものが仕込まれている。
それを見つけた帰りに、どういう訳かベルは、オッチンに背負われながら、眠ったままレスキューキャンプに帰ってきたのは今でも鮮明に覚えている。
その表情は安らかなものであって、パピヨン曰くいつも以上に眠れた様子だったらしい。
その心地よい音色に何か秘密があるのだと、ラッセルがかなり興味を示し、オタカラ鑑定家のシュナウズと議論を交わしあっていた。
「─という訳なんだ。気に入って貰えると嬉しい。」
ベルは小型レプリカのメカニックハープ仕掛けのぬいぐるみを抱き締めていた。マフラーが少しずれてそこから見えた表情は、かつてない程の嬉しさに満ちていた。
そして「ありがとうございます」と口が動いていた。
そしてお互いよい夜を、と挨拶を交わし、それぞれの方向へと足を運んでいった。
傍にいたオッチンも始終を見てたからか、とても嬉しそうにしている。
一方ベルも、ぬいぐるみのオッチンを連れて教会へと足を運ぶのだろう。
─気づけばもう、今年もあと指で数えられる程になってしまった。
バーナードの言っていた通り、今年は色々とあった。…それでも明日も、そしてこれからも、どこかで何かが起きていてもおかしくない。だからこそいつまでも立ち止まってはならない。
どうかベルの心が、この星空のような安らぎがいつか来ますように─
後日、救助探索にてシェパード号にあのオッチンのぬいぐるみを連れ込むほど気に入ってたのを知ることになるのだが、それはまたいつか別のお話で。