別に君を(中略)その香水のせいだよ 手遊びにラブホのライターを弄りながら、写真の一枚でも撮っておけば良かったと歯痒く思う。
そしたらそれを新聞部に売り飛ばしてアイツが女を喰ってるウワサをばら撒くこともできたかもしれないのに。あ、無理か。
この学園には、一般生徒は四天王には絶対服従、という暗黙の了解がある。一応、生徒会長側につけば抗うこともできるらしいが、生憎私は徒党を組むことには興味がない。
四天王のメンバーは、新聞部、帰宅部、華道部、そして、保健委員。
その保健委員と私は、夜の帳が下りる頃、示し合わせて学園近辺のラブホに入り、そこで夜が明けるまでを過ごした。
なぜ学園近辺なのか。自分でもそう思う。
たぶん、結局、私たちくらいの年齢のガキはどんだけエラソーなツラしてても自分の行動範囲しかものを知らないのだ。ダッセー箱庭の中で生きてる私たち。
私が30分遅れて息を切らしながら待ち合わせ場所に着いたころ、アイツは「私は信用されているからね」と涼しい顔でそこに立っていた。
「その様子を見るに、ご家族の許可がなかなか降りなかったのかな」。その通りだ。
何度も友人の家に泊まると言った。が、「あんた、そんな友達なんているの」と訝しがられるばかりだった。
まー無理もない、私は家に友人を呼んだことなどないし、家族の前で電話をしている素振りすら見せたこともない。それに、私が小学校高学年の頃に弟が生まれてから、家族はそっちにかかりっきりなのだ。そのくせ、こうして外泊ひとつに難儀することになるんだからタチが悪い。
ただのしがない図書委員である私はこうして、昨日の一晩の過ちの残骸を弄ぶしか能がないようにシュボシュボと火を出したり消したりしてるのであった。
「お〜い、図書委員」
酒焼けしたような女の声が頭上を掠める。
ここは食堂前、購買横のベンチ。
目の前にいる声の主が片手に持ったテトラパックには、『いちごミルク』と紅い文字で書かれている。
青いツナギを着たいかにも治安悪そうな色の抜けてるパツキン頭の女——たしか、用務員だったか?
私は顔を上げ、口を開く。
「な、なんか用スか……」
「校内で火遊びは危ない。オネーサン感心しないなァ?」
わたわたしている間に、ライターを取られてしまう。
「ふぅん。使い捨てねぇ……お。これ、ガッコ出て左に真っ直ぐ行ったラブホのやつじゃねーか」
こいつは、なぜこうも……なぜこうもあけすけにそういうことが言えるのか。年の功か。いや、年増の功だわ。はっはっは。
「あそこ、遠くから見てもわかるくらいスゲーオブジェだよな。で、行ったの?」
だから。だからだな。
「……そんなこと貴女に関係あります?」
「てことは、行ったのかぁ」
「貴女には関係ないというだけで、私が行ったかどうかの話はしていないです。私がこれを道端で拾ったという可能性は考えられないですか? 家族からくすねたなどは?」
「……ま、そこら辺は聞かないでおくとするわ。なんかいい匂いさせてるから話しかけちゃったんだな」
どういう意味だ……と考えて、ハッと気付く。
昨日、アイツは香水をつけていた。そして私はそれを小瓶に分けてもらった。
どっかのお高いフレグランスをベースに、アイツが改良を加えたやつらしい。
曰く、「巷に出回るフェロモン香水というものではないけれどね、君が本能的に反応してくれるように調整してみたんだ。ひょっとしたら、私から離れられなくなるかもしれないよ」とかなんとか。
ちょっと嗅いでみただけだと、私が幼い頃に無理して買ったトワレみたいな香りだ。しかし、そっちはお値段相応なチープなものだった。じっくり嗅いでいると、格の違いを感じざるを得ない。
「少し薬品じみた匂いがするだろう。そこに惹かれてね。まるで私の生き写しみたいだ、ふふ」
長いまつ毛に縁取られた垂れ目を伏せつつ、アイツは言っていた。
そう、そして今朝、悲劇は起きた。
その小瓶のデザインは結構私の好みだったので、登校して席についてHRの前に手中で弄んでると、うちのクラスのデッカイリボンの女がこれまたデッカイ声で
「ねぇ、これ、どこの香水? 綺麗な瓶じゃない! あなたも香水なんてつけるのね!」と話しかけてきたのだ。
私はビクッとした。
その拍子に、だ。
中身を机の上にぶっちゃけてしまったのである。
HRはちょっとした騒ぎになった。
デッカイリボンの女は拭き取るのを手伝ってくれたが、あの女の掌にまでこの匂いが染み付いていると思うと癪に障る。