「イルマ様、新しい魔茶はいかがですか?」
「花みたいな香りがして、すごく美味しいです」
至福の朝食の時間、オペラに問われてイルマはティーカップの中で揺れる琥珀色の魔茶を飲み干した。おかわりを注ぎながらオペラは珍しく柔らかく瞳を細める。
「では、バラム君にお礼を言わなければなりませんね」
「バラム先生に?」
首を傾げたイルマはオムライスが乗ったスプーンを口に運ぶ手を止めて、オペラを見上げた。
「その魔茶は大手魔食品企業のものですが、魔茶栽培のための巨大プラントの土壌作り、幼木園の管理、摘採方法や発酵のための湿度温度管理など、バラム君の研究データが基になっています。美味しい魔茶が飲めるのはバラム君のおかげですね」
「すごい!バラム先生って、そんな仕事もしてるんだ」
オムライスを飲み込んだイルマの驚く顔が茶葉の踊るティーポットに映る。
「バラム君は悪魔学校の教師であり、魔生物研究学者でもありますから」
イルマはティーカップの魔茶を数秒見つめてから、ゆっくりと一口、二口と優しい香りのする魔茶を味わう。
「バラム先生がいなかったら今ここに存在しないものがたくさんあったのかな。……バラム先生の研究はみんなを幸せにするんですね」
窓から差し込む朝の眩い光を背中にイルマは花が咲いたような笑顔を浮かべた。
屈託のない少年の笑みに、オペラは学生時代の懐かしい記憶を思い出す。
番長師団で活動を始めて数ヶ月が経った頃、バラムが夜遅くまで寮に戻らず、探しまわった日があった。
『バラム君、探しましたよ』
『シチロウ!何時だと思ってるんだ!』
『うー、ごめん。カルエゴ君、大きな声出すとデビリスが逃げちゃう!』
マスクの前に指を当ててシーとしながら、バラムは傍らの小動物を膝の上に乗せた。髪も服も顔も泥だらけで悪魔学校の敷地を這いずりまわっていたバラムにカルエゴは濡れたタオルを差し出す。
『本当に楽しそうだな、シチロウ』
『楽しいよ!すごく楽しい!!それにね、僕が調べたことが誰かの役に立って、見知らぬ誰かが笑ってくれるなら、それが一番嬉しいから』
星空の下で丸い大きな目を輝かせながら、魔生物学を極めようとする優しい少年は力強く笑った。
「オペラさん、魔茶のおかわり下さい。こんなに美味しい魔茶を作ってくれて、バラム先生にいっぱいお礼を言わなきゃ」
「そうですね、バラム君もきっと喜んでくれますよ」
イルマのための新しい魔茶を淹れるオペラの猫のような耳がピコピコと跳ねた。魔生物を慈しむ両手から生まれる、誰か幸せにするための研究。彼の探究心がみんなの笑顔の礎になる。
優しい悪魔の作った魔茶で、今日も優しい日常が始まる。