2人で入った布団の中は真冬でも暑いぐらいで、寝苦しさに目を覚ましてしまった。水が欲しいが、枕元のチェストに置かれた水差しの中身はどうにからになっていた。
喉を酷使した傍らの男が全てを飲み干したことを思い出す。眉間の皺を伸ばして穏やかな顔して眠っている、その男の髪を撫でた。
近くに落ちていた下着や寝巻きの上だけを身につけてベットから出る。めんどくさがらずに下も履けばよかった、冬の夜は屋敷の中でも少し寒い。
水差しを手にして外に出ると、廊下はさらに冷える。もうすでに愛しい人の待つベッドが恋しくなる。
「…さむ」
ぱたぱたと消えなかったスリッパの音が静寂の廊下で目立っていた。
キッチンまでは意外と近い。中に入り、常にちょろちょろと小さく流れている水道から水を汲む。止めてはいけないらしい、翌朝大変なことになると言うことだけ知っている。なにが起きるかは知らない。
水差しが満たされるのを待っていると後ろから、扉が開く音がした。
「ウァプラ、起きちゃったのか」
白い髪がひょんひょんと好き放題に跳ねている。そんなに寝相が悪いわけでもないのに。毛質のせいだろうか、細い猫っ毛は絡まりやすいし癖もつきやすいのかもしれない。
寝巻きの上とカーディガン、それから毛布を頭から被っている。ずるずると引きずってきているのが可愛い。
「……起きたらいねぇから」
まだ覚醒には遠いぼんやりとした声がする。伸ばされた手が俺の横を通って、流れる水を細くする。
「あははは、そっか、それは悪かったよ」
「布団が冷える」
寒そうにさらした脚を擦り合わせているのが、情事の際の小さな癖と重なる。毛布ごと引き寄せて、ウァプラの体を抱きしめた。
「さむいね」
「……ああ、はやくベッドに戻るぞ」
そういいながら甘えるように擦り寄ってくる。寝癖だらけの髪がくすぐるのまで愛おしい。しばらくそうやって可愛らしい姿を見せてくれたのに、飽きたのか恥ずかしかったのか、それとも冷えてきたのか、腕の中からするりと出て行った。離れた体温がすでに恋しい。早くベッドに戻ろうと水差しを手にする。ウァプラが俺の空いた手を掴んで歩き出した。伝わる温度がいつもより高い。
2人分の足音がなる帰り道は、行きよりさらに短く感じる。
「冷えて目が冴えたな」
「俺は眠い」
しっかりした声音には眠気を感じさせないのに。
「すぐ寝ちゃう?」
「お前次第だな」
「なら、寝れないな」
「期待してる」
ぎぃっと蝶番の軋む音がなる。
手を引かれるままにベッドに導かれる。チェストの上に水差しをおくと、ウァプラがそれをとって側のグラスに水を注いだ。
「ほら」
「ああ、ありがとう」
一気に煽ったそれはやはり冷たくて、食道を通る感覚が残った。
先にベッドに上がったウァプラがカーディガンを脱ぐ。その姿にまで妙な期待が浮かぶ。ネイビーが肩から落とされて、ゆっくりと腕を抜く。
「アンドラス」
招く指先に誘われてベッドに乗り上げた。
「ん」
膝の上に座ると頰を撫でる温かい手のひらを感じる。擦り寄っていくとウァプラが笑う気配がする。
「ウァプラ」
「…キスしろ」
「ふふ、喜んで」
押し付けた唇をウァプラが柔く食む。柔らかさを堪能してから、うっすらと開いて誘ってくるのもいやらしくてたまらない。少し乾いた唇を舐めて、間から舌を差し込んだ。少し躊躇ってからウァプラの舌が触れる。
「っ、ぅ」
キスに慣れない姿が好きだ。何度もしているのに、その意味を毎回意識させる。初めての時を繰り返すようで気恥ずかしくて嬉しい。
「ウァプラ」
「……なんだよ」
照れた時に顔を埋める仕草も俺しか知らない。肌に触れた頰の熱さが可愛い。触れ合った太ももからも少し上がった体温を感じる。
「好きだなって思って」
「…、ッ、ん」
頷いたような動きが伝わって堪らなくなってその体をベッドに沈めた。まっすぐに見つめる視線に、自然と頬が緩む。
「ウァプラ」
「……」
白いシーツの上、青みのある白髪が散らばる。
「アンドラス、こい」
招く声に従って身をかがめた。もう一度唇を重ねて。
「ところで、キミは寝れそう?」
「よく聞けたなそんなこと」
「キミの言葉にかかってるからさ、今夜のこれからが」
だまって睨み上げる眼差し。
「…からだが、冷えた。温めろよ、はやく」