ここいぬ あまり的中しない降雪予報が今日はどうやら当たってしまったらしい。午前中から降り始めた雪は止む気配もなく、むしろその勢いを増していた。
都内にしては珍しく雪が道路を覆っていて、普段は賑やかな大通りも閑散としている。九井が大学の講義を終えてD&Dに辿り着いたのは午後五時頃。商店街はすでにシャッターを降ろしている店がほとんどで、D&Dでも乾が閉店作業をしながら九井を待っていた。
普段なら店に遊びに来ている松野と花垣の騒がしい声に出迎えられるのだが、さすがに今日は早めに引き上げたらしい。いまだ降り続ける雪を店内から眺めつつ、九井はいつも嬉しそうに自分を迎え入れてくれる乾に表情を緩めた。
時間のかからない簡単な書類だけ片づけて、九井は乾と一緒に店を後にする。
空から落ちてくる雪が街のざわめきを遮っているのだろうか。夜の帳とともに九井に届いてきたのは、傍らにいる乾の心地いい音だけだった。
「ココ、寒くねぇのか?」
「んー、これくらいどうってことねぇよ。イヌピーこそ平気か?」
「そんなの…オレは、大丈夫に決まってんだろ……」
ぎこちない仕草で乾が触れたのは、自分の首に巻かれている九井のマフラーと右手の手袋だった。白い息を吐きながら唇を震わせていた乾に、九井が問答無用でつけさせたものだ。
「ばーか、くだんねーこと気にすんなって。イヌピーが風邪ひいたら店開けられねぇだろ。こういうときは素直に甘えときゃいいんだよ」
差していた傘を閉じた九井は、しゅんとした様子で俯いてしまった乾の頭に手を伸ばす。手袋をしていない右手で柔らかな髪をくしゃりと撫ぜると、マフラーに鼻先をうずめた乾の目許がじんわりと赤く染まっていった。
「ココ、ありがと…」
「そうそう、それでいーんだよ。だいたいイヌピーにマフラーと手袋持たせるの忘れたのオレだしな」
簡単に手のひらで転がせるような、わかりやすい反応。なんの躊躇いもなく九井の前だけで晒してくる無防備さが、いつも隠しているはずの感情を引きずり出してくる。どこまでも甘やかしてやりたいような。もしくは反対にぐちゃぐちゃに苛めつくしてやりたいような――……
「ココ……?」
気づけば足が止まっていたらしい。どうかしたのかと問いかけてくる視線にそっと息を吐き出し、九井は込み上げてくる衝動を抑えつけた。
「んー、こんなに雪降るのもひさしぶりだなぁって思ってさ。そういやガキの頃はイヌピーと一緒にはしゃいでたよな」
「……ココの背中に雪つっこんだら、変な声出してたよな」