地獄の8-2(適当)久々に『魂ごと貫ぬかれた』のでは、と感じるほど凄まじい痛みに思わず体が震えた。
「山姥切!」
切羽詰まった声で名前を呼ばれた気がしたが、それが一体誰の声かまでは、その時の俺にはわからなかった。
けたたましく鳴る鐘櫓の鐘の音に皆が動きを止める。それが一体何を意味するのか、わからない者は最近参入した新入りの刀剣男士だけだ。「何事だ!」
そう言いながら廊下に出てきたのは最近特命調査からやってきた水心子正秀。共に配属された源清麿もざわつく周りの刀剣男士を見ている。
それまで穏やかに流れていた本丸の空気が一気に変わり、他にいた刀剣男士達の顔付きや雰囲気が鋭いものに変わった事を、新参者の二振りにも容易く感じ取れた。
近くにいた太刀の一期一振が、いつもの温顔を険しいものにして門の方角を見つめる。戸惑う二振りを見てこの状況についていけない様子を察したようだ。
「お二人は初めてのようですね。あの音は出陣部隊に重傷者が出て急ぎ帰還してくる合図です。初めて上田城に出陣している部隊がおそらく大損害を受けたのでしょう」
それだけを教えると、険しい顔のまま急ぎ足で廊下を歩いていく。
出陣部隊の隊員達を思い出した二振りは目を合わせると一期一振の焦りを察する。
「確か粟田口の者達も多く出陣していたな」
「そうだね。僕達も様子を見に……」
「ちょっと伽羅ちゃん!落ち着いて!」
清麿の言葉を塞ぐような大声が二振りの側から上がった。思わず反射的にその方向を見ると、物凄い剣幕で打刀の大倶利伽羅が早足に廊下を歩いていく。
「伽羅ちゃん!そんな焦らなくてもすでに加州くんが部隊の受け入れ準備をしているから!」
大倶利伽羅の後ろから太刀の燭台切光忠が、普段よりも声を張って大倶利伽羅を諌めている。
「うるさい。俺は充分落ち着いているだろうが」
一度歩みを止め燭台切の方を向くと、大倶利伽羅がいつもより大きな声で唸る。
まだ関わりもほとんど無く、よく知らない相手だが水心子達からしても立ち止まりどすれ、大倶利伽羅の意識が常に門の方角に向かっていることがわかった。体の重心が常にそちらへ向いている。
「皆が皆、門に押し寄せても邪魔になって指示の妨げになる可能性だってあるんだ。せめて少し離れた場所から様子を見て呼ばれたらすぐ対応した方が良いと思うよ」
伊達の刀達のしばしの睨み合いに、いつの間にか水心子達も状況を固く見守っていた。
「俺は俺のやりたいようにやる」
先に目を逸らしたのは大倶利伽羅だった。燭台切光忠の言いたいことも理解している上で、一分たりとも無駄はしたくないと言う雰囲気だ。
「全くもう……」
燭台切も慣れているのだろうか。
深くため息をつくと、もう大倶利伽羅を引き止めることはしなかった。ちらりとこちらの視線に気付くと、ごめんねみっともない所を見せたね、と申し訳なさそうにして大倶利伽羅の後を追っていった。
「開門!」
門番を務めていた大包平の大きな声が響く。ギギギと鈍く重い音が響くと満身創痍の部隊がゆっくりと敷地に入ってくる。
「重傷二名!中傷二名!軽傷二名!」
部隊長の同田貫正国が叫ぶと、すぐさま待ち受けていた他の刀剣男士達が動き始める。御手杵が山姥切国広を背負い、同田貫が博多藤四郎を抱いている。山姥切と博多は気を失っていて、装束もボロボロだ。二振りの金髪は血で汚れ固まっていた。顔も真っ白で明らかに血を流しすぎている。切り取ったのだろうか、ふらつきながらも必死に骨喰と鯰尾が自らの戦闘服の布に何かを包み慎重に抱えていた。
総隊長の加州清光が支持を出す。
「重傷は山姥切と博多だね。主がすでに手入部屋で待ってるから。山伏は山姥切を、一期一振は博多を連れてすぐに移動!」
「わかりました」
「承知した!」
さすがは慣れたもので、支持をする加州も、それを受けた山伏国広と一期一振も動きに無駄がない。周りの手伝いを受けながら、御手杵と同田貫から山姥切と博多を預かると、足早に手入部屋と進む。
骨喰と鯰尾がゆっくりと腕に抱えていた布を広げた。そこには戦闘の激しさを物語る、亀裂や刃こぼれを起こした山姥切と博多の本体が現れる。山姥切の本体を堀川国広が、博多の本体を鳴狐が、大事そうにそれらを審神者の霊力が込められた霊布に包むと山伏達の後についていった。
その様子を見守ると加州は軽く周りに視線を動かした。少し離れた場所から、いつもより眉をひそめた大倶利伽羅がずっと重傷者を見つめている。それを隣で燭台切が宥めているように見えた。
(山姥切が気になるか…)
全くもう、と一人心の中でごちると加州は軽くため息をついて大倶利伽羅を見た。
「大倶利伽羅!おそらく主一人だと大変だから助手について!」
大きな声でそう言うと、大倶利伽羅は弾かれたような顔をしてこちらへ歩いてくる。
「今日の近侍は俺ではないだろう」
「その『今日の近侍』が大典太なんだ。わかるでしょ?」
本日近侍を担っている大典太光世は、最近第一部隊に参入したばかりで、ほとんど近侍をしたことが無い。手入部屋の助手も初めてだ。おそらく困っている可能性がある。
「と言うか、行け。あとで拗ねられたら困るんだけど」
これで今お前を無視したら絶対後で面倒くさいだろ?と言外にほのめかされているのがわかる。にこりと手入部屋の方を親指で指しながら圧のかかった笑顔を加州がすると、バツが悪そうに大倶利伽羅は目を逸らす。この本丸が始まった頃から共に第一部隊に居た二振りだ。大倶利伽羅の性格を加州はよく知っている。
「ほら早く!」
「……承知した」
そう小さく返事すると、言葉とは対象的にほぼ競歩のようなスピードで大倶利伽羅は去っていく。
「素直じゃないなあ…」
先程まで大倶利伽羅の隣に居た燭台切と目を合わせると、色々察したかお互い苦笑いをする。
中傷の骨喰藤四郎と鯰尾藤四郎が『兄弟が先に手入れ受けろ』論争を始め、軽傷の同田貫と御手杵が、俺らは最後だな、と言うのを聞きながら、加州は総隊長って大変だなあと改めて思うのだった。