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    zakuroamexx

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    zakuroamexx

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    ジョナディオジョナ

    最初に「おにぎりが欲しい」と言い出したのは彼だったのに。

    僕の恋人であり義弟のディオは真夜中まで仕事をする。
    まだほんの十にも満たないうちに施設から父に引き取られてきた彼は、その引け目なのか少し経済面に神経質なきらいがある。
    父は彼と実子である僕とを区別することもなく兄弟のように育ててくれ、金銭的にも愛情的にもお互い満たされてきた筈なのに、どうしても彼の中には常に父や僕への引け目があるらしく、それが彼をこうしたハードワークに駆り立てるらしい。
    彼のプライドに関わるのだろう、表立ってそれを言葉にすることはないが、机に向かう彼の無言の背中には「生まれつき持っている奴には理解できないさ」という無言の想いが常に太字で大きく書かれているようだった。
    その背中で学生の頃には過剰なまでに勉強とスポーツに勤しみ、社会に出てからはこうして倒れるのではないかと心配するまで仕事に打ち込む。
    もっとも、身体が丈夫な彼は、幸いなことに一度も倒れなことなどないのだが。
    父も僕も何度かそうした彼の不健康さを諫めたことがあったものの、そうしたの時の彼は、いつも快活な言葉で理解を示すふりをしながら瞳でおそろしく怒っていた。
    そうして暫く密かに機嫌が悪くなり、家で飼っていた犬をむやみに怒鳴りつけたり、誰も信じなかったが学校でディオに酷く苛められたと言って不登校になる生徒が出るようになった。
    父も僕も好意を示したつもりが、逆に彼を追い詰めるようなことをしたのだと理解してからは、ずっとこうして側で見守ることにしている。

    そんな彼と恋仲になった切っ掛けは幾つもあるけれど、最初の一つは、確か中学生の頃だったろうか。
    僕らは全寮制の一貫校に入っていたが、ちょうど夏休みで帰省していた時だ。
    ただそこでおとなしくしていた飼い犬をディオが蹴り飛ばした。犬に怪我は無かったが、僕はそうした八つ当たりめいた行為をどうしても許せず、文句があるなら僕に直接言えと怒り、口喧嘩から殴り合いになって彼を捻じ伏せた。
    その時。何も言わずに睨み返してきたディオの眼差しに、僕は気付いてしまったのだ。
    彼は何も言わないのではない。
    言えないのだと。

    思えば、彼が僕に何も言える訳がなかった。

    ディオの身元を保証する我が家の存在は、これからの彼の人生を保証する後ろ盾であると同時に、彼を生涯ずっと「持たざる側」「施された側」として分類し続けるラベルでもある。
    彼は僕と対等でありたい筈だ。人としてそれは当然の権利だ。
    それなのに生来持っている金銭事情が僕らの間に、身分差という時代錯誤な越えられない壁を作っている。
    ディオが苦しんでいるのは、そこなのだと。
    昔から彼はよく勝ち負けにこだわり、成績やスポーツや人間関係にまで僕を基準において、そこよりも更に上に行くことを目指していた。
    つまりあれは彼にとって、越えられない金銭の壁を越えようとしている無意識の現れだったのではないだろうか。
    きっと彼と僕はお互いに好意を持っていて、僕は最初から彼と仲良くしたかったけれど、それはディオにとっては上から理不尽に与えられる施しものだったに違いない。
    スタートラインから完全に差がある彼が、素直に僕の好意を受け取ることは、遜って僕の下に就くことでしかないのだろう。
    対等に尊び合える関係になるためには、僕よりも遥か高みへ行けるよう、彼は限界を超えるまで努力し続ける他にないと思い込んでいるのだ。
    例え僕の方にそんな傲慢めいた想いは無くとも。
    僕が彼のすることに過剰に気を配ったり何かを譲ったり遠慮したり、酷いことをされても黙っていることは、全て彼を傷付けるものでしかないのだと。
    そこに気付いてからは、僕は彼に容赦しなくなった。
    彼の自縄自縛な努力を尊重しつつも、自分の想いを率直に言葉にした。
    その代わりに、常に彼を愛していると伝えることも忘れなかった。
    やがて皮肉な躱し方で正面からの喧嘩を避けるようになった彼を、僕は遠慮なく自分のフィールドに引き込んだ。
    愛していることも、腹の立つことも、して欲しいこともして欲しくないことも、素直に彼にぶつけた。
    僕の大切な義弟。僕に甘えたくて構って欲しくて仕方ないくせに、素直になれない弟。どんなに周囲から傑出していても、僕を神格化しているせいでいつまでも不完全だと思い込んでいるプライドの高い友が、僕の好意をちゃんと理解してくれるまで。

    あの中学の時の喧嘩がなければ、僕たちは今と全く違う決別した道を歩んでいたような気がするだけに、確かにあれが僕らの最初の切っ掛けではあるのだろう。
    そうした友愛や家族愛から、今のように僕たちが抗えないほど深く恋愛関係に陥ったのは、実はそこからもう一山がある。
    ディオの苦しみの理由が、立場による引け目の他に、もう一つ。特別な感情が混ざっていたことに僕が気付くまで。
    だがその話は長くなるので今はいい。
    話がすごく脱線したが、とにかく僕は昔からそうして変わらぬ想いで彼の過剰な努力を尊重しつつ、彼が小腹が空いたというので愛情を示すために夜食のおにぎりを作った訳なのだが。

    「なんだこの汚らしい生ゴミは!」

    書斎に持って行った僕のおにぎりを見た途端、ディオの第一声がこれだ。

    「これは豚の餌だ、俺は人間だ! いいかジョジョ。人間は、豚の餌を食わない!」

    死ぬかと思った。
    彼の言葉は時にあまりにも鋭くて、僕の心の奥底まで突き刺さってくる。
    拳で勝てないだけ言葉が鋭いのかもしれないが。

    「確かに僕はおにぎりを作るのが不得手だよ。お米は握っているうちに手に付くし、レンジでチンしたものを握るとすごく熱いし、それでも我慢して君のために頑張ったんだ。それを生ゴミとか豚の餌とか酷すぎるよ!」
    「頑張りは結果を出さなければただの自己満足だ! この場合、これが俺に気に入られるような、俺が感謝せざるを得ないような、きちんとしたものを作ることだ! その努力も怠っておいて報酬だけ求めるようなことをするな!」
    「な、なんて傲慢なんだよ!」
    「それはお前の方だろうが!」
    「だったらもう二度と僕に夜食なんか作れなんて言うなよ!」

    そうして僕は書斎を出て、彼の書斎からは苛立たしくキーを打つ音が響いている。怒っている時にタイピングが強くなるのは彼の癖だ。
    きっと僕が彼のために作ったおにぎりは彼の机の端に放置され、一口も手を付けられないまま冷えて、明日には干からびていくのだろう。
    確かにあれは不格好で大きさも全部違って、皿の周囲には幾つも握り切れなかった米がこびりついていたけれど。指にくっついたご飯が勿体なかったんだ仕方ないじゃないか。
    本当に駄目なんだ僕は料理が壊滅的にできない。
    それを知っていて僕に頼んだくせに、生ゴミとか豚の餌とか。
    なのに彼の論理は確かに一理あると認めざるを得なかった。

    (頑張りは結果を出さなければただの自己満足だ!)
    (努力も怠っておいて報酬だけ求めるようなことをするな!)

    つまりそれは、彼が常にそうやって自分を追い込んできた証なのだろう。
    どんなに頑張って結果を出しても、自分自身に僅かな報酬さえ与えないままに。
    今こうして書斎で仕事をしている間も、ずっと。

    ――そうだな。僕は甘ったれだ。

    今回のディオの言い分はひどくモラハラな部分はあるけれど、僕は僕で省みる部分も確かにある。
    ちゃんとしよう。
    そう思って、僕はもう一度ご飯を炊き始めた。
    スマホで「おにぎりの作り方」を検索してみると、思ったよりも色々な作り方が載っている。
    今度こそちゃんとしたものを持って行って、それでも何か言われるようならまた話し合えばいい。



    「ディオ、これどうかな」
    書斎をノックする。一時間が過ぎてしまったが、いつも彼が寝る時間までにはもう少しある。きっとすごくお腹が空いてるんじゃないだろうか。
    大きかったタイピングの音はさすがに止んでいて、少しは落ち着いているのかもしれない。
    片手に持ったお皿を見下ろして、これならどうだろうと思った。
    ネットで調べた美味しい作り方を参考にしてみると、前よりも少しはマシなものができたのだ。
    見本の写真のようには作れなかったが、ちゃんと形の揃った三角形が三つ。うまくできなくてベタベタと米がついたお皿は新しいものに取り換えた。
    どうせなら白いおにぎりが映えるように、黒いお皿にしてみたがどうだろう。
    味が薄かった時のために、端の方に少し塩を盛って、ついでにデザートにチョコレートも乗せておいた。
    「ディオ?」
    返事がない。
    扉を開けてみて、脱力した。
    なんとパソコンの電源もそのままに、机に突っ伏して眠っているではないか。
    「ええ……」
    なんだ。せっかく作り直したのに。
    「ディオ。風邪ひくよ。寝るならベッドで――」
    せめて何か掛けてやろうと近付いた時――思わぬものを見て、つい笑ってしまった。
    おにぎりが完食されている。お皿についた米も全部だ。
    いつタイピングの音が静かになったのかは気にしていなかったが、僕が作り直している間にこれを食べているディオを想像すると、おかしいような嬉しいような擽ったい感覚が込み上げてくる。
    きつく眉を顰めてパソコンを眺めながら食べたのだろうか。お皿の米粒も一つ一つ指先で抓んで口に入れて。
    ああ――可愛い可愛い、僕のディオ。
    覗き込んだお皿の下に、メモがあるのを見つけた。

    『最初にレンチンするな。握った後にすれば熱くない。手に付くならラップで握れ。素手なら水にしっかり浸せ』

    「……ああ、もう」
    ――やっぱり僕は君が好きだ。
    さて起こしてやるべきかそっとしておくべきか、少し迷った。




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