優しい人ほど・・・①
アベンチュリンという男は部下に対して厳しいが、恋人に対してだとそれはそれは甘い。
内容にもよるが、ミスをした部下には圧の籠った言葉でちくちく刺してくる。もちろん全て正論のため、お叱りを受ける部下は言い返す言葉もない。
しかし彼の恋人であるレイシオであれば「も~、仕方がないな~♡」の一言で片付いてしまうのだ。
あまりにも態度が違いすぎないか?と部下は何度も思ったことか。しかし、それ故にレイシオという存在に助けられたことがあるアベンチュリンの部下は一人や二人だけではないのだ。
アベンチュリンがレイシオに対してあからさまに甘いのは周知の事実であり、レイシオ自身も分かっている。
彼は自分に対して決して怒らない。そう思っていたからこそ、今目の前に立っているアベンチュリンから伝わる怒りの感情に、普段の強気な態度はなりを潜めてしまうほどだった。
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時間を遡ること数日前。
アベンチュリンの仕事に協力するため、レイシオは彼と共にとある星に訪れることとなる。
経済や技術が発展しておらず、星の住民たちは自給自足の生活を強いられていた。
そのうえ一部の貴族が己の私腹を肥やし、厳しい法律や重い納税義務で住民たちを苦しめていたのだ。
殆どが人間が貧困によって満足に食事をとることもできない環境。当然ながら医療技術の発達も遅く、本来であれば注射一本で治せるはずの病気さえも、この星の住民にとっては重い病なのだ。
レイシオがアベンチュリンと共に訪れたのは、彼らの治療のためだった。
スターピースカンパニーからの支援を受けることを決めた星の代表は、数か月前に星を牛耳っていた貴族達の支配を破った英雄と呼ばれる男。
自分の故郷を住みやすい星にしたい。そんな願いからカンパニーとの取引を持ち掛けたのだ。
代表との取引は滞りなく進み、カンパニーは正式に星の支援の為に物資の供給や医療班の派遣を始める。
廃墟だらけの街で、安全な建物には既に人が住み着いている。故に、医療班は治療を行うためにだけの仮設テントを設置し、無償で住民たちの治療や診察をすることとなった。
ようやくまともな治療を受けることができると歓喜した人々でテントは溢れかえり、訪れた全ての患者を捌ききる頃には夕方。レイシオは丸一日休憩なしで働き続け、すっかりくたくたになってしまう。
この星に宿などという物はないため、アベンチュリンと共に町の最上部に位置する屋敷を拠点としている。
元は圧制を敷いていた貴族の屋敷ではあるが、住民らが全ての貴族を処断した際に一部は孤児院などに再利用され、アベンチュリンとレイシオに貸し出された場所も外部からの客人が寝泊まりするための所謂ゲストハウスとされている。
エントランスの広い階段を何とか登りきり、覚束ない足で自分に割り当てられた部屋に入れば、すぐさま風呂の準備に取り掛かった。
着ていた服をさっさと脱ぎ捨て、持参していたローブを羽織る。
ぼんやりと待っているうちに浴槽には十分な量のお湯が溜まっていた。
畳んだタオルの上にローブを置くと、お気に入りのアヒルの玩具と本を持ってゆっくり湯舟に浸かる。
疲労困憊の体に、風呂の温かさは沁みた。
心地よさに息を吐きながら彼女は水面にアヒルを浮かべると、ふわふわと水の上を浮く玩具をつんとつついた。
ぐっと腕を伸ばせば、硬くなっていた体が解れていくようにも感じる。
豪華な装飾とランプで飾られた天井を眺めながら、レイシオは今日の事を思い出す。
まともな医者がいるかどうかさえ怪しいこの星で、様々な病や悩みを抱えた患者が途切れることなくやってくる。
中でも多かったのが女性や年端もいかない少女だった。その理由の殆どが異性から移された性病であったり、望まない子を宿してしまったからお金をかけずに堕胎できる方法はないかなど。
生きるために体を売る者、抵抗も出来ずに複数人の異性から性行為を強いられてしまった者。事情は違えども、そんな女性達の姿に心を痛めずにはいられなかった。
そっとレイシオは首にかけていたネックレスに触れる。
普段は襟の中に隠された細いチェーンには一つの指輪が通されており、この星へ来る前にアベンチュリンから記念日のプレゼントとして渡されたものだ。
恵まれた環境で勉学に励み、好いた男と愛し愛される関係になれることは当たり前のことではないのだと改めて感じてしまう。
雑念を振り払うように首を軽く左右に振ると、持ち込んでいた本を開く。
彼女が満足して浴室から出る頃には、寝間着姿のアベンチュリンが我が物顔でレイシオの部屋のベッドに寝転んでいた。
「寝るなら自分の部屋で寝ろ」
「つれないこと言わないでよ。いつも一緒に寝てるのに」
「提供された屋敷とはいえ、ここは自宅ではない」
一息つける時間であっても、今の彼らは出張の真っ最中。恋人同士でも、仕事とプライベートの線引きはきちんとしなくては部下達に示しがつかないのだから。
共に過ごすつもりはないとレイシオはつっぱねるが、アベンチュリンに「君が一緒じゃないと眠れないんだ」と瞳をうるうるさせながら見上げられれば、これ以上強くは出られなかった。
彼のおねだりに滅法弱いことを自覚しているにもかかわらず、どうしても彼女はアベンチュリンの甘えた声と顔に勝てないのだ。
本当に一緒に寝るだけだと何度も彼に念押しをすると、渋々レイシオは彼と共にベッドへと潜る。
最初は静かに横になっていたはずのアベンチュリンが隣でもぞもぞと動き始めると、レイシオの体に腕を回してきた。
「おい! 寝るだけだと言ったはずだろう!」
「うん。もちろん寝るだけだよ。いつもみたいに、ね」
ぎゅっと彼の腕に後ろから抱き締められると、自然に体から力が抜けていく。
慣れない星、そのうえ治安が良いとはお世辞でも言えないような場所での仕事は、無意識の内に彼女の体を緊張で強張らせていたらしい。
アベンチュリンの方も、先方とのやり取りや、部下への指示出しに奔走していたのもあり相当に疲れていたのだろう。まるで抱き枕のようにレイシオを抱き締めた途端、すやすやと寝息をたてはじめる。
そんな彼を起こしてしまわないように、ゆっくりとレイシオは体の向きを変えた。
彼の胸に自身の頭を寄せれば、心地よい心音と温もりが眠気を誘う。
鼻腔に漂う彼の香りは、どんなアロマキャンドルやルームフレグランスよりもレイシオに素晴らしい安眠を提供してくれる。
アベンチュリンと同様に、すっかり疲れ切っていた彼女も、瞼を閉じてから数分も経たずして意識が落ちていっていたのだった。
=====
②
医療班のテントには、時々患者と呼ぶには怪しい者も混ざることがある。
故郷の外からやってきた見目の良い女医。豊満な胸と細い腰、タイトスカートからすらりと伸びる長い足には程よく肉が付いていて、膝枕をしてもらったらさぞかし気持ち良いものだろう。
無償であるのをいいことに、邪な感情を抱く男たちがレイシオの元へやってきては彼女に対して品のないセクハラ行為をするのだ。
体調が悪くもないのに「熱で寒気が酷いから先生に温めてほしい」から始まり、ストレスで不眠気味だからレイシオに寝かしつけてほしい、勃起不全になったけどレイシオに触ってもらえたら治りそう等々、その要望は様々。
こうなってしまうのを予想できていたからこそ、彼女は石膏頭を被りたかったのだが、アベンチュリンから「住民を怖がらせるわけにはいかないだろう」と止められてしまっていた。
もちろん全ての男性がこういった面倒なことをしてくる者ではない。
病に苦しむ者には平等に手を差し伸べ、そうでない者には罵倒の言葉に盛大な舌打ちまで付けて容赦なく物理的に追い出した。
見事な放物線を描きながら投げ出される男達の姿に、周囲では拍手が巻き起こっていたのだとか。
それでも懲りずにやってくる勘違い男にちぎっては投げを繰り返すレイシオの元に、また一人の厄介住民が現れた。
向かい合うなり、男の視線は彼女の立派な胸部へ一直線に注がれる。
当然レイシオがその視線に気付かないはずもなく、男が(性的に)手を出そうものなら、レイシオも(物理的に)手を出すつもりでいた。
「先生さぁ、絶対彼氏とかいないでしょ?」
「……は?」
何だこの失礼な男は。いつでも反撃ができるようにと拳を握っていたレイシオは、彼の言葉に思わず間の抜けた返事をしてしまう。
「顔と体は最高なのに性格がねぇ……それにおっかないときた。遊びで楽しむんならまだしも、恋人となると」
自身の性格が難儀なものであることは、己が一番良く分かっている。
男の言葉は、そんなレイシオを受け入れて愛してくれているアベンチュリンをも馬鹿にするようなもの。
これまでのストレスも相俟って、レイシオはテーブルに置かれていたコップを掴むなり中身の水を男に向かってぶちまけていた。
何が起こったのか分からずきょとんとしていた男だったが、目の前の医者に水を掛けられたのだと理解した途端みるみる顔を赤くさせる。
「不愉快だ。今すぐ僕の視界から消えろ」
「てめぇ……!」
男がレイシオに掴みかかろうとした瞬間、騒ぎを聞きつけたカンパニーの社員によって彼は取り押さえられた。
代わる代わる男性からセクハラまがいの事を受けているレイシオを見かねたスタッフが護衛を要求したらしい。
しかし、そうなれば必然的にレイシオの状況についての話題が彼の耳にも入ってしまったことだろう。
あまり心配をかけたくなかったのだが、無駄なことに時間を取られてしまうのにもうんざりしていたところだ。
カンパニーの護衛が張り付いてからは騒ぎを起こすような人間はいなくなり、診察も円滑に進むようになる。
お陰で早く患者の治療を終えることができ、屋敷へ戻る足取りは昨日よりも軽い。
正面の扉が開けば、彼女が予想していた通り、不機嫌な表情を浮かべていたアベンチュリンがエントランスの階段に座り込んでいる。
器用にトークンを手で転がしながら、レイシオの帰りを待っていたのだ。
「おかえり。随分と大変だったそうじゃないか」
「スタッフ達が大袈裟に言っただけだ」
確かにレイシオだけでも対応できないことはない。しかし周りで見ているスタッフからすれば、失礼な住民が彼女の怒りを爆発させるのではないかと冷や汗ものだったという。
何事も無く彼の横を素通りしようとするも、レイシオの手はアベンチュリンによって掴まれてしまい階段を上がることができなかった。
そのまま強い力で引き寄せられると、彼女の身はアベンチュリンの腕の中へと閉じ込められてしまう。
「本当は僕が行けたら良かったんだけど……」
「君にもやるべきことがある。こちらのことは気にするな」
自分の知らないところで恋人が他の男からセクハラを受けていると聞いて、気が気ではいられないだろう。
本当なら自分の持ち場を飛び出してでもレイシオの元へ駆けつけたかったが、総監という立場が現場を放棄することを許してはくれない。
断腸の思いで自分の部下をレイシオの護衛に回すことしかできなかった。
「レイシオが強いのは知ってる。それでも、僕にとって君は大切な女の子だから、何かあったらと思うと心配で堪らないんだ」
抱き締める腕が強くなり、ほんの少し苦しくなってしまう。
彼の背を軽く叩くことで離してほしいことを伝えれば、アベンチュリンの体はすんなりとレイシオから離れていく。
「お風呂、準備してあるから」
また後でね、という言葉と共に彼の手がレイシオの頬をするりとひと撫ですると、そのまま階段を上がって部屋へと戻っていった。
アベンチュリンを追いかけるように階段を上がり、レイシオも部屋へと入る。
浴室を覗けば、確かに湯舟には既にお湯が張られていた。
彼なりの労わりの気持ちなのだろう。早速レイシオは入浴の準備を整えて、温かいお湯の中へと身を沈める。
待つことなくすぐに風呂へ浸かれるということに、ありがたみを感じた。
後でお礼を言わなければと、胸元のネックレスへと手を添えようとした時、彼女は違和感に気が付く。
「ん……?」
何度まさぐっても、首に掛けられていたはずの細いチェーンの感触がない。
慌てて湯船から飛び出したレイシオは、浴室内の鏡に自分の姿を映す。
「そんな……一体どこで……?」
肌身離さず持っていたはずのネックレスは、忽然と姿を消していたのだ。
恋人から貰ったプレゼントを無くしてしまったショックで、レイシオは暫くその場から動くことができずにいた。
殆ど湯船に浸かることもせず、すぐに浴室から出てくるなりバスタオル一枚を体に巻いただけという恰好で部屋を隅々まで探すものの、残念ながらアベンチュリンから贈られたネックレスが見つかることはなかった。
=====
③
大切にすると約束した。
決して無くしてしまわないようにと指輪にネックレスのチェーンを通して、ずっと身につけていたほどに。
だのに、アベンチュリンから貰ったはずの指輪は消えてしまっている。
「あれ? まだ着替えてなかったの? そんな恰好でいたら風邪をひくよ?」
寝間着に着替えたアベンチュリンがレイシオの部屋へとやって来た。
いまだバスタオル一枚で部屋の真ん中に立ち尽くしていた彼女は、指輪が無くなったことを悟られないよう咄嗟に彼に背を向ける。
「もしかして、その気になっちゃった?」
彼にしてみれば、冗談半分のからかいの言葉。だが、今の彼女には都合が良かった。
テーブルの上に置いていたバッグからサニタリーポーチを取り出すなり、中から繋がったままの避妊具の束を引っ張り出したのだ。
出張だから持ってきたわけではない。彼と恋人関係になり、体を重ねるようになってからエチケットとして持つようにしてた物が役立つことに大いに感謝した。
「そうだと言ったら、どうする?」
「えっ!? ちょっ……レイシオ!?」
動揺するアベンチュリンへ近づき、彼の首に自分の腕をまわす。
誘うためにバスタオル越しに胸を押し付けてやれば、観念したのかアベンチュリンの手が彼女の腰を引き寄せる。
「ん、ん……」
重ねた唇が、湯冷めし始めていたレイシオの体温を徐々に上げていく。
「煽った責任はとってもらうよ」
その身を隠していた一枚のバスタオルは床に落ち、一糸纏わぬ姿になってしまう。
ひったくるようにレイシオの手から避妊具を奪うなり、アベンチュリンは彼女の体をベッドの上へ押し倒した。
+++++
深夜の時間、レイシオはぱちりと目を覚ます。
隣で眠る恋人は、仕事の疲れもあって深く眠っている様子だ。
音をたてないよう気をつけながらベッドから下りると、必要最低限の服だけに袖を通す。
扉の閉まる音が響かないようにしながらそっと慎重に浴室へ入ると、密かに持ち込んでいた奇物を手に取る。
目的の場所は、医療班のテントが設営されている敷地内。
青く燃える炎を足元に落とせば、彼女の体は瞬く間に炎に包まれる。
炎が収まるとと同時にレイシオの体は浴室から消え、彼女は目的の場所へと転移するはずだった。
「……?」
目の前には医療班の白いテントはおろか灯りすらない。
慣れない星ということもあって、転移の座標に微妙なミスが生じてしまったのだろう。
不幸中の幸いと言うべきか、彼女の目的地は目と鼻の先にあった。
医療器具の盗難対策のため、周囲は常にカンパニーの社員が敷地内の警備を行っている。
本来とは異なる場所へ転移してしまったことへに少々動揺はしたものの、暗闇に目が慣れてきたタイミングで彼女は戻る事なく歩き出す。
灯りが無いうえに舗装もまともにされていない道が、彼女の体のバランスを崩そうとする。
端末のライトで道を照らすということも考えたが、こういった環境で目立つようなことをしてしまえば厄介なことが起きるということは分かっていた。
しかし、いくら本人が気を付けていても可能性はゼロではない。
「っ!?」
目的の場所まであと少しというところで、レイシオの体が突然何かに引っ張られるかのように更に暗い路地へと引きずり込まれる。
叫ぶ間もなく口元を抑えられてしまえば、助けを呼ぶことさえできない。
必死の力で逃れようとするも、彼女の周りにいるのは一人や二人ではなかった。抵抗も虚しく、そのまま固い地面へと体を倒されてしまい、その勢いでぶつけてしまった頭に痛みが走る。
「くっ……手を離せ!」
暴れる手足を男四人がかりで抑え付けられてられてしまえば、レイシオをいえどもまともに身動きがとれなかった。
「よぉ、先生。随分といい恰好してるな?」
ふいに聞こえた言葉にレイシオの動きが止まる。
その声は、日中の診察で彼女へ無礼な言葉を言い放った男の声と同じものだったからだ。
目を凝らした先にいる男の顔は暗くてよく見えない。それでも、にやりと笑う口角はしっかりと目視できた。
「叫んだって無駄だぜ? なにせ、この場所じゃあこんなことは日常茶飯事だからな」
「ぃっ……!」
昼間の憂さ晴らしといわんばかりに、男の手は服の上からレイシオの胸を乱暴に掴む。
力の加減など全く考えない。自分の欲を満たすように、手から零れ落ちるほどの胸を強い力で鷲掴みにされ、その痛みに思わずレイシオは顔を歪ませてしまう。
「やめろ……! ッ、触るな……!」
同時に複数人の男の手が彼女の体に無遠慮に触れる。女の意思など無いも同然。
目の前の男達にとって、女は自分の性欲を満たすための都合の良いものでしかないのだから。
不安に顔を曇らせ、体を震わせながらレイシオの元へとやってきた女性達の姿を思い出し、一発殴り飛ばしてやりたい気分だった。しかし、生憎レイシオ自身も今まさに貞操の危機に陥っている。
アベンチュリン以外の男に触れられ、体には明らかな拒否反応が出ていた。
粟立つ肌、せりあがる吐き気、恐怖で荒くなる呼吸。
こんなことならば、一人で探しに来なければよかった。
指輪を無くしてしまった事を正直に話して、彼に謝罪をしてから日中に探すべきだった。
自分が招いてしまった事態に後悔ばかりが浮かぶ。
服の上から触るだけでは満足がいかなくなったのか、男達がレイシオの服を剥ぐために手をかけようとした時だった。
「今すぐ僕の前から消えるか、それともこの世界から存在を消されるか、どっちがいいか選ぶといい」
上玉の女を犯せると盛り上がっていた男たちの空気は一瞬で凍り付く。
この星へ取引にきたというカンパニーの男が、自分の頭に銃口を突きつけている。快楽という名の天国から、一気に死の恐怖という地獄へと落とされていくような感覚だった。
なかなか動こうとしない男達に痺れをきらしたのか、彼は銃口を上へ向けるとトリガーを引く。
けたたましい音と共に発砲されたことで、手の中の武器が本物であることが証明される。
「あと一度しか聞かない。今すぐ僕の前から消えるか、この世界から消されるか。──どっちだ」
向けられる銃口と、暗闇の中で怪しく光る極彩色の瞳に圧倒された男達は情けない悲鳴を上げながら逃げていく。
地面に転がされていたレイシオが上体を起こすと、彼は手にしていた銃をホルスターへと仕舞うところだった。
「アベンチュリン……」
いつもの彼であれば、レイシオの体を抱き締めて「もう大丈夫だよ」「怖かったね」と彼女を安心させるように優しく声を掛けてくれていただろう。
だが、今レイシオを見下ろす彼の目からは強い怒りの感情が出ていた。
何も発することなくレイシオの腕を掴むと、座り込んでいた彼女の体をぐっと引き上げる。
すたすたと歩きはじめる彼に強く腕を引かれてしまうが、彼女が何度も腕が痛いと訴えようともアベンチュリンが手を離すことはなかった。
=====
④
無言の中で辿り着いた屋敷。そのままアベンチュリンの部屋へと連れてこられるなり、その身はベッドへと沈められる。
「こんな時間に外を出歩くなんて、正気?」
彼の手が、体を抑えるようにレイシオの肩を掴んだ。
ここがどんな星なのか、患者の診察を通して既にレイシオも理解していたはず。
それにも関わらず、不用心にも深夜に外へ出るという危険行為を犯した彼女への、ちょっとしたお仕置だった。
本当のことを言うべきなのだろう。しかし、アベンチュリンから初めて向けられる強い怒りの感情に、先とは違った恐怖がレイシオを支配している。
「それとも、僕以外の男とこういうことしたかった?」
「違……僕は……」
大好きなはずの彼の瞳が怖くて仕方がない。
普段優しい人ほど、怒った時に怖いとはよく聞くもの。
弁明しようと口を開くものの、優しいアベンチュリンの姿との差があまりにも大きく、唇が震えて言葉が出なかった。
大切にすると約束した指輪を無くし、勝手に夜に外へ出ては他の男に強姦されかけ、きっと彼は自分に失望した。
一度そう思い始めてしまえば、悪い考えというのはなかなか消えないもの。
彼女の瞳から一筋の涙が流れると、それを機に耐えきれずに決壊した涙腺からはぽろぽろと涙が零れてしまう。
「すまない…………僕が……指輪を、無くして…………」
普段ならば絶対に涙を見せることのない彼女の弱々しい姿に、アベンチュリンの中で罪悪感が生まれてしまう。
悪いのは犯罪を犯そうとした男達であり、彼女は悪くない、むしろ被害者であることは分かっている。
背中を預けて共に戦えるほどに、レイシオの腕も信頼している。
ただ、心配だったのだ。
彼女を大切に思うからこそ、できる限り危険な目には合わせたくはない。
本当は、レイシオの首に掛けられていたいつもの指輪がないことに気付いていた。
彼女が必死に隠そうとしていたから、あえて話題にはしていなかっただけ。
本当に困っているのなら、そのうち自分を頼ってくれるだろうと思っていたからだ。
レイシオは紛失の事実をアベンチュリンに話すことはなく、それどころか彼の気を逸らせようとあのような強硬手段さえとってきたことには驚いたものだった。
すんすんとしゃくりあげながら、彼女はアベンチュリンに何度も謝罪の言葉を口にする。
怖い思いをしたばかりのレイシオに、追い打ちをかけるようなことをしてしまった。
肩を掴んでいたいた手を離すと、アベンチュリンは優しくレイシオの体を抱き締める。
「ごめんね。僕も言い過ぎた」
彼女を安心させるために、撫でるように髪へ触れていく。
先の威圧感は消え、彼の雰囲気がいつもの優しいものへと戻ったのが感じられ、少しずつレイシオは落ち着きを取り戻していった。
「今日はもう寝よう。指輪は明日一緒に探そうね」
その言葉にレイシオは口を噤んだまま静かに首を縦に振る。
アベンチュリンの手によって就寝準備を整えられ、気付いた時には再び彼と共にベッドの中。
ほんの少しあった暗闇に対する恐怖も、大事にレイシオを腕に抱き締めたまま眠るアベンチュリンの温もりで緩和されるような気がした。
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「結局、見つからなかったね」
この星での仕事を全て終えたレイシオとアベンチュリンはピアポイントへと戻る準備を進めていた。
あれから何日も、それぞれの仕事が終わったタイミングで合流しては二人で無くした指輪を探すが、出てくることはなかった。
貧困層が大半を占める星では、指輪といたった装飾品など彼らにとっては食べ物を得るための貴重な収入源なのだ。
恐らく偶然拾った誰かが、どこぞの商人にでも売って信用ポイントにしたのだろう。
「すまない……高価なものだったろうに……」
あれ以来、見つからないとなるたびにレイシオは落ち込んでいた。
多忙なアベンチュリンに指輪探しの手伝いをしてもらったにも関わらず、見つけることができなかった悔しさや申し訳なさからだろう。
「気にしないで。指輪のことは残念だけど、君がこうして僕の隣にいてくれることが一番だから」
確かに指輪にもたくさんの思い出がある。それでも、無くしたのならばまた買うことだってできる。
しかし、レイシオという存在には代わりなどいない。当然、お金で得ることもできない。
アベンチュリンにとって、指輪以上に大切なのだから。
「報告書を提出したら休暇が貰えるんだ。今度は一緒にお揃いの指輪を見に行こう」
「──ああ。そうだな」
すんなり頷いていたレイシオであったが、彼が選ぼうとしている指輪が結婚指輪だということに、気付く気配はない。
数日後。その事実を知った時、彼女はアベンチュリンからの遠回しにプロポーズを受けることになる。
驚きの余り、ちょうど手に盛っていた売り物の指輪をポロリと落としてしまい、今度は宝石店の店内で、またも指輪の紛失が起きかけたという。
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