横恋慕「六平の息子か」
「……どうも」
もみ上げか髭かわからない特徴的なスタイルの男がエレベーターに乗り込んできた。確か、亥猿という名の幹部だったはずだ。薊さんから聞いた話によると、六平否定派の男。否定派と言っても妖刀が危険だからだとか色々な意見はあるが、この人に限っては妖刀は危険なものであるという真っ当な意見、そして父さんと仲が悪かったが故の否定派だと聞いた。
亥猿さんは俺をジロジロの見下ろしていたと思うと、急に顎を掴まれる。
「!?」
咄嗟に手を振り払おうとするが、びくともしないで顔を左右に動かされた。そして、フッと笑ったかと思うとアイツの好きそうな顔だな、と呟いたのが聞こえて眉を寄せた。
「アイツ?」
「柴だよ。あの野郎、引くぐらいお前さんの親父に惚れ込んでやがったからな」
そう言う亥猿さんの顔にある笑みは嘲笑と呼ばれる部類のもの。
「神奈備辞めてお前の護衛をやってるってことは、お前にも相当惚れ込んでるんだろうな。アイツとはもうヤったのか?」
「ヤった……柴さんと?」
そんなことはしていない。あの人は、俺の気持ちを知っていてもそれを許してはくれない。
「純ぶってやがんな。俺とヤった時は六平六平って散々泣いてやがったのに、お前さんとは寝てくれねェのか」
父さんと柴さんに友人以上の関係があったから知らない。だが、亥猿さんと柴さんは体の関係があったのだろう。どんな経緯かは知らないが、柴さんが受け入れたのなら趣味が悪いとしか思えない。
顔が熱い。きっと、頭に血が上っているんだろう。顎を掴んでいた手を今度こそ振り払うと、亥猿さんはオーコワと冗談めかして呟いてからわざとらしく咳払いした。
「ヘンなこと聞いて悪かったな。相手にされてないってんなら仕方ねぇ。アイツのためにも忘れてやってくれ」
勝ち誇ったような笑み。この人と柴さんの関係がどんなものなのかはわからないが、悪い関係でなかった時期もあったのかもしれない。
だが今は険悪だと聞いた覚えもある。険悪な相手の話なのに、どうしてこの人は俺に対して優越感を持っているのかが理解できない。
それを問いただそうにも俺はこの人と良好な関係と言うわけでもなければ、互いに好感を持っているわけでもないから聞いたところで真偽は不明のままだろう。
そして、タイミングよく目的の階に到着する。ここまで誰も乗ってこなかったのも含めて何ともと間の悪い偶然だ。
勝ち負けで計るものではないが、柴さんの寝たという時点でこの人の方が俺より近い位置にいるのは確かだろう。
それに対する負け惜しみでしかないが、これだけは言わないと気が済まなかった。
「貴方は柴さんと寝たくらいで俺に……いや、父さんに勝ったつもりなんでしょうけど、あの人はかつては父さんの、そして今は俺のためにいる。そして、今後柴さんの命が国のために消費されることはありません」
ーーあの人はずっと六平の所有物ですから。
それだけ告げると、返事を聞くよりも先に軽く黙礼してエレベーターを降りる。
柴さんがあの人とどんな関係だったか気にならないと言えば嘘になる。でも、あの人はもう俺と共にいることを選んだ。だから、俺はその言葉を信じてあの人と行くだけだ。
少し先の休憩スペースに伯理と柴さんの姿が見える。二人の横顔は明るい。
気づかれないよう気を引き締めると、俺は二人の元に歩を進めた。