自室にある桜色の可愛いドレッサーの前に座り、三面鏡の正面を見つめればいつもの自分。
ゆるふわ髪を愛用のブラシで優しく丁寧に梳かし、毛先を指でちょいちょいと直していけばいつも通り…いや、もっと可愛いかも。
普通よりも小ぶりなメイクボックスの蓋を開け、お気に入りのコーラルピンクのリップクリームを取り出し唇につぅ…と塗れば、薄く彩られる。
また鏡を見つめ細かく最終チェック。見てく度に恥ずかしくなってきたな……。
「…………ここまでやると女々しいな、でもいっか」
そう……今日はちょっと大事な日だから、いつもよりトクベツなことを…。
話を少しだけ前に遡ろうと思う。
それは、先月僕の恋人であるハルリットとふたりだけのお茶会でのこと。
「………真ん中バースデー?」
「この間、サナーから聞いたんだ。仲の良い友人や恋人同士、ふたりの誕生日を割った日が『真ん中バースデー』になるらしい!調べたらオレ達は6月11日らしいんだよ!」
キラキラと輝かしい瞳で僕を見つめながら熱く言葉を伝えた。
僕は紅茶の入ったティーカップを口元に持っていき、一口こくん、と飲み込む。
しかし、女子みたいな事を言ってるなぁ……と思いながら飲み終えたカップをソーサーへ置き、頬杖をつきながらハルリットに声を掛ける。
「で?その事を僕に言ってきたってことはさ、何かしたいの?その日に」
どうやら図星だったらしく、ハルリットは『分かってもらえた!』と実際には生えていない犬耳や尻尾がものすごく動いているように見えた。
「ああ!記念日だしふたりで出掛けたいんだ!カフェでケーキ食べたり…あと一緒に行きたい所があるんだ」
「ふーん……すでに色々計画してるんだ。ま、いいよせっかくの記念日だもんね」
「ありがとうメロルド!当日楽しみにしててほしい!」
そんな約束をして、迎えた本日6月11日。
集合時間5分前、待ち合わせ場所にハルリットはいつもの装いで、手には薄ピンクの紙袋を持ってすでに到着していた。
もう……何か渡す気満々じゃん……ホント、贈るの好きだよねぇ……。まぁ、渡されたら素直に喜んであげよっかな、素直に…ね♪
こちらから声を掛けようとしたら、相手の方が先に気付き、太陽と同じくらいの眩しい笑顔を向けて手をぶんぶん!と振っている。
「メロルドっ!おはよう、いい天気だなっ!!」
「……おはよう、元気だね~」
「当たり前だろう!今日は特別な日なんだからっ、じゃあ早速向かおう!」
ハルリットは空いている手で僕の手を取り、ぎゅっ、と恋人繋ぎを堂々とする。
普段、こういうこと毎回許可を得てからじゃないとなかなかしてこないのに…相当浮かれてるな、全く、このお子ちゃまめ……。
僕は、手を繋いで彼に導かれるまま、目的のカフェにやって来た。店員さんに席まで案内してもらい、その際に「仲良しですね」と声を掛けられた時に気づいた。そうだよ、手繋ぎっぱ、しかも恋人繋ぎ。
しかも、ハルリットはすごくいい返事を店員さんに返す。………こっちは恥ずかしいのにさ。
席に到着した時にやっと手は解放され、向かい合わせになるように席に座る。
テーブルに置かれたメニューを取ろうとしたら、どうやら同じ事をしようとしたらしくハルリットの指が軽く、ちょん、と当たり、早々と離れていった。
「わ!ご、ごめん……先、どうぞ……見てくれ」
「いや、一緒に見ようよ。ほら…何にするの?」
手に取ったメニューを開き、ふたりで見れるように置いて、お互いに好きなものを決めていった。
「はぁ~最っ高だった…!評判通りの美味しいケーキと紅茶で僕、満足だよ♪」
「ホントに美味しかったな!良かった、こんなに喜んでくれて」
僕達は、カフェを離れ別の目的地に向かうため歩いていた。先程まで季節の紅茶と、見た目美しいイチゴタルトとタルトタタンを堪能し、僕は笑顔がずっと綻んだままになっていた。
「連れてきてくれてありがと、ハルリット。それで、この後は?僕なんにも知らないんだけど…」
そう、カフェは元々、ハルリットから行きたい所として聞かれており、その後の事は僕は何も知らないのだ。
そう尋ねると、「到着するまでナイショ」と、人差し指を唇にちょん、と付け、しぃっ、という仕草。なんか可愛いことしちゃって。………ま、ハルリットが計画した記念日のお出かけだし……僕は素直に従ってあげるか……。
歩くこと数十分、たどり着いたのは街から少し離れた場所にある、撮影スポットなどで人気のある教会だった。
「……ここって、僕が知ってる限りだと予約必須の場所じゃ……」
「流石メロルド、よく知ってるな!事前に予約しといたんだ…ちょっと、したいことがあって…」
頬を染め、恥ずかしそうに僕を見ながら、彼はそう言った。
教会でしたいこと………いや、まさかね。該当しそうなことを考えたけど、そうしたら僕まで恥ずかしくなりそうだったので一旦落ち着いた。
スタッフさんに教会のドアロックを解除して貰い、注意事項等を聞き終えた後、「ごゆっくりどうぞ」のスタッフさんからの声と共にゆっくりドアが開く。
目の前に広がるのは、とても幻想的な空間。日の光が当たり、キラキラと光るステンドグラス。そして、中には美しい彫刻や小物が飾られており、まだ入口だというのに見入ってしまう。
「これは…すごいな………」
「…………綺麗」
しばらく見惚れていると、突然ハルリットから片手をきゅっ、と握られ、「中、行こう」と声を掛けられ、一歩ずつ教会内へ進んでいく。
たくさんのチャーチチェアが並ぶ間を、僕たちは手を繋ぎ、ゆっくり、ゆっくりと進み、一番奥にある祭壇を目指す。その時、気づいた。
これ、完全に結婚式みたいなこと……してるよね!?したいことって……もうそれしかないじゃん!
チラリ、とハルリットの方を見ると、こちらにすぐ気づき、ふわりとした笑顔をこちらに返す。僕はそれを見て、身体の体温がぶわっと上がる。
お願い…僕の表情筋と体温、あそこにたどり着くまでにいつも通りに戻ってよ……。
祭壇の前までたどり着くと、ハルリットはチャーチチェアにずっと持っていた紙袋を優しく置いた。
「ねぇ、それの中身……なんなの?」
そう、彼が大事そうにずっと持ち歩いてた例の物。僕がそう聞くと、びくっ!とした反応を見せる。聞いちゃいけないものなの…それ。
「えっ……と、うん、今から見せるから………待ってて」
なんだ…問題ないやつだった…。そうすると、ハルリットは紙袋の中から物をそっ……と取り出した。出てきたのは長方形の少し大きめの箱。
それをチェアの上に置き、蓋を手に取り、ゆっくりと開いていく。
中に入っていたもの……それは、とても美しい装飾が施された綺麗な白いベールだった。
薄ピンクのバラのコサージュがふたつ、ピンクと赤のリボンで結ばれ、所々にパールビーズが散りばめられており、美しい柄のレースチュールが更に華やかさを出していた。
「これって…………」
「……ロマリシュに頼んで、作ってもらったんだ。装飾のアイデアは、オレがこうしたいっていう意見出して………」
そういえば、ロマリシュが数日やたらと僕に何かを見つからないようにコソコソしてるなぁ……と思ってたけど、コレだったのか。なるほどね……。
「被せてもいいかい?メロルド」
ハルリットにそう問われ、僕は小さくこくん、と縦に頷く。
彼の手で箱の中からベールが持ち上げられ、ふわり、と僕の頭の上に彩られていく。
「……うん、すごく良く似合ってる…綺麗だよ、メロルド」
ベールを着けた僕自身は見れていないから分からないけれど、『綺麗』という言葉を聞けただけで、それだけで充分だった。
こほん、と軽い咳をしたハルリットが、僕を真剣な瞳で見つめる。
その瞳をまじまじと見てしまい、雰囲気のせいもあるのか…ドキドキと心臓の音が高鳴り、身体の体温がじわっ、と感じる。
彼の手が、そっ、と僕の両手を握る。すると、僕の左手、中指につけている指輪を外していき、その指輪を薬指にはめた。
その行動の驚きに、僕が声を出す前に、ハルリットは僕の左手を自身の口元にまでもっていき、薬指の指輪に軽いキスをする。
「病める時も、健やかなる時も、愛し合う事を……誓ってくれますか?」
優しそうに微笑む彼を、ベール越しから見つめ、僕も同じように優しく微笑みながら彼に言葉を紡ぐ。
「……誓います」
「………ありがとう、誓いにキス…してもいいかな?」
「そのつもりでしょ………」
ちょっとぶっきらぼうに言ったのに、ハルリットの表情はパアッ、と明るくなり、彼の両手はベールを優しく握り、段々と持ち上げていく。
それを頭の上でキレイに整えられ、彼を見つめた時にはもう、唇が重なるまでの距離は数センチしかなく、気づいた時にはキスされていた。
程なくして唇が離れると、彼の唇にはカフェの後に塗り直ししたコーラルピンクのリップクリームが薄くだが彩られていた。
「ふふっ、ハルリットが僕色になった……」
「え?それってどういう………」
「教えな~い。……ねぇ、素敵な記念日をありがと……好きだよ、ハルリット」
今度は僕の方から、彼にキスをする。どうやら、ふいうちにびっくりしたのか顔を真っ赤にさせて驚いていた。
「なっ、えっ、メロルドっ!」
いつもの彼が、少しずつ戻ってきた。こっちがずっと…ドキドキされっぱなしなのはイヤだからね。
ね、ハルリット。今度は僕らの友人と主を呼んで、着飾って、お祝いしよう。
なんて………今は言わないけど。
-このまんなかのきねんびにおくる、ちかいを-