戦争と乙女アヤネさんはイケメン好きで有名である。
一癖も二癖もあるATFメンバーの中で、ある意味アヤネさんも変わった人である。
世界は現在まるでフィクションの世界で、宇宙から謎の生命体Xが毎日コンニチワと世界を壊している今日この頃、アヤネさんは『人間は極限状態になると結婚したり子供を残したりするっていうでしょ。だって。』と元々隠し気味だった本性を(そんなに隠れていなかったが)、宇宙人Xの来襲により開花させた。……まぁ要するに、アヤネさんはビッ、………恋多き人なのである。
今日もプルプルの唇やツヤツヤのネイルがとても綺麗なアヤネさんは肌もツヤツヤで、暑いからと絶妙に制服をはだけさせてるその姿はとても魔性の女の子ちゃんだ。さすが宇宙人Xの来襲後すぐ、こうしちゃいられないとまだ開いているデパートに駆け込んで貯金をはたいてデパコスを買いあさり、エステの本やヨガの本を買いあさり、美にまつわる色々を買い込んだアヤネさんである。ちなみにアヤネさんが宇宙人Xが襲ってきた時、まず最初にした事は家に寄生してる顔だけはいいヒモの彼氏を追い出したことである。
あの日、宇宙人Xが襲ってきたあの日、さんさんと輝くピンクの光を見て『恋せよ乙女、命短し』とアヤネさんは心から思ったのである。
という訳で現在アヤネさんが恋しているのは、というか攻略したいと思っているのは超超超高嶺の花のルイス・スミス少尉である。ウワサではそろそろ中尉に昇進するのだとか。うんうん。だってあの日米の極秘で開発していた機体に選抜されたエース中のエースパイロットだもんね。
アヤネさんはスミスとぜひお手合わせしたいと思っている。もっと言えばできちゃったから結婚までいっちゃいたいと思ってる。だって高嶺の花なんだもの。でもあたし、スミスよりちょっぴり上の地位アオ・イサミは顔が好みじゃないんだよね…。目がちっさいから。あとなんかキビシソーだし。
一方スミスはいつも爽やかで他の女子管制官メンバーはじめ掃除のおばちゃんまで人気だ。やだやだあたしが絶対最初に手に入れちゃいたい。だってあたしだもの。最初から狙い定めてた。
なのでちゃくちゃくメイクスキルも相手の男もレベルアップしきていよいよスミスへ手が届くまでスキルアップしてきたアヤネさんである。
他の女子隊員みたいにスミスにラブレターを贈るぐらいじゃアヤネさんはスミスは落ちないと分析している。あの手の男はプライベートより使命を優先する男だ。アヤネさんは男をよく知り尽くしている恋多き乙女なのである。
が。しかし。
が。しかし。
アヤネさんは焦っていた。
一つ目はスミスをオトすと誓った日から半年ぐらい経ったこと。
二つ目は世界がそろそろマズいことである。
男もだいぶ減った。こんなアタシでも仲良くしてくれた同僚ちゃんも辞めた。ちなみにヒモ彼氏は死んじゃったとかなんとか。
世間はいよいよ終わる世界に合わせて結婚ブームである。なのにアタシはスミスをまだ攻略できてない!!!!ヤダヤダヤダ!!!!!!!『これを期に俺たちも…』と日々あたしを口説く男も多くてくらっといきそうになりそうな夜もあったけれど、ヤダ!あたしはスミスがいいの!だってかっこいいもん!と正気を保ってきたアヤネさんである。
なのでアヤネさんは最終手段に出た。
強行突破である。
アオ・イサミへの接触である。最近アオ・イサミどころか、パイロットたちがいるエリアにはあまり近寄ってはいけないと言われてるけど、物資を届ける名目で行けないことはない。人手が本当に減っちゃったのでATFは今猫の手も借りたいぐらい忙しい。そのおかげでスミスとアオ・イサミが操作する機体の管制官(サブのサブだけど!)まで上り詰めたアヤネさんである。なので物資補給作業+あいさつをアオ・イサミに接触してキューピットになってもらおうと思ったのである。
だってスミスに話しかけても顔もいまだに覚えてくれないんだもの。こいつソッチの趣味の男か?と思った日も最近多くなってきたけど、その考えは考えないようにしている。だってそしたらここ半年間のアタシがバカみたいじゃない。それに顔や名前を憶えてくれなくても、メインの管制官のカレンさんは『以前はああいう人じゃなかったのよ…』って言ってたもん。宇宙人が悪い。バカヤロー!お気に入りのマニキュアがもうストック切れちゃったのよ!早くどっか別の星に行けバカ!
と思いながらパイロット待機エリアが見えてきたのでアヤネさんは表情を引き締めた。
「失礼します」
そそくさと待機エリアに向かう。待機エリアには誰もいなかった。手に持った物資を所定の位置に置いていく。
パイロットエリアの部屋構造は把握済。問題はパイロットたちの人間関係だけど、カレン先輩は『色々あるのよ。そっとしといてあげなさい』と教えてくれなかった。だったら自分の目で確認するしかなーい!のでアヤネさんは物資補給を終えた後、挨拶を名目にアオ・イサミの部屋に向かった。最近はあの機械の使い過ぎて大変だと聞いてたけれど、アヤネさんはカワイソーと思うけれどあまり興味はなかった。いろんな男に愛想を振りまくアヤネさんだが決して慈悲深い乙女ではないのだ。
さてパイロット待機エリアに到着である。小さいミラーを取り出して髪をサッと整える。何時いかなる時も余裕ってモンが必要なのだ。うん。今日もあたしかわいい。制服も乱れ無し。
よぉしと気合を入れて
「失礼します」
とアオ・イサミの休憩室をそっと覗き込んだ。(この新しい基地はドアがないのだ。)
するとばちっ!とよりによってスミスと目があった。
スミスは横たわっているアオ・イサミのすぐ側で座っていた。
「あ、しょ、少尉」
「…君は……」
返ってきたスミスの声は疲れ切っていた。アヤネさんが普段聞くような高らかで凛々しい声ではなかった。…ま。戦闘後だから疲れてるんでしょとアヤネさんは即口角をきゅっと上げた。まさかアオ・イサミの部屋にいるなんて。ラッキー。念のためグロス塗っといてよかった。
「失礼します。物資補給で伺っ——」
「——ここは大丈夫。必要ない。」
が、が、ぴしゃり!とスミスに拒絶されてしまった。せっかくのアヤネさん必殺スマイルも形無しだった。
「そ、そうは言われましても…」
「ここは必要ない。…それにこの部屋は一部の人間以外立ち入り禁止だ」
「ですが…」
「出てってくれ。」
零度。アヤネさんの頭にふと浮かんだ単語が『零度。』だった。返ってきたスミスの声の温度のことだ。
「わ、わかりました…、し、失礼しました…!」
慌ててアヤネさんは部屋から離れた。
……今日の戦歴もまぁいつもとだいたいおんなじ感じだったわよね…?
アイツらが現れたのも三日ぶりだったし。
てかなにあの状況。
アオ・イサミがぶっ倒れてたのは脳波がウンタラカンタラでしょ。で、スミスが介護してたのかしら。前々から思ってたけど大事な大事なパイロット様なんだから医務室に寝かせておいたらいいのに。
ちぇ。
と思ったアヤネさんはまた今度と今日はすんなり撤退することにした。そしてそそくさとパイロット待機エリアから出ようとして
「——おい」
と鋭い声に呼び止められた。
振り返ると鋭い目つきをした赤髪。ミシマ2等陸尉だった。
「はい?」
「アイツらに近づくな。金輪際ほっとけ」
「え」
え、え、何?何?何言ってるのこの子と思ったがそれ以上ミシマ2等陸尉は何も言わず、きゅっと膝を抱えなおしその膝に顔をうずめた。
「………し、失礼しまーす…」
何なのと思ったが今度こそアヤネさんは撤退することにした。
そして自分の部屋に戻る途中で、ミシマ・アキラ、あの子もしかしてスミスが好きなのかしら…という可能性に気づいて、物資不足な時代だがスキンケアに力を入れなおそうと決意したのであった。
——さて。
そんな終わり気味の世界でもたくましく明るくむしろ気合が入っていたアヤネさんであったが、その恋はあっけなく終わった。
愛している、とスミスが慟哭している声を無線越しに聞いたのだ。
シグナルはロスト。ロストというか、NONE、ゼロ、の方が正しいのだろうか。
無線から流れてくるあまりにも悲痛な叫びに司令室は静寂、のちに誰かがすすり泣き出して、そんな空気の中アヤネさんは思った。
あー、そういう事ね。もう世界も終わりそうだし仕事辞めて好きに生きちゃおうかしら。
アヤネさんは『命短し恋せよ乙女』を信条に掲げているのである。なのでこんなことではめげてられないのである。
とりあえず高速で今後の算段を立てた後、周りに倣って終わってしまった自分の恋と彼に追悼をした。