星とワルツ磯の香りも、潮風のべたつく感じも、船の揺れすら慣れっこだ。
ただ、この船はとてもなんだか、うまく形容できないが、いつも乗っているような自軍のものとはなんだか違うように感じた。
……まぁそうかもしれない運用方法が違うのだから。
ルートだっていつもと全く違う。ここら辺はどこだろうか。なんとなく日本とは湿度が違う気がした。
さて、横にはスミスが居て、今は夜で、オーシャンブリッジではこじゃれたBARがOPENしていて、周りには裕福そうなカップル達が寄り添いあってムードのあるBGMが流れている。
マァマァマァマァ、と周りにあれよあれよとパッキングされたスーツケースとチケットを渡されたのがほぼ一週間前で、なぜかイサミは今いっとう豪華な船に乗せられている。このたいそうにキラキラと装飾をつけられた船はこの世界を一周するらしい。正直いうとまだイサミは自分の置かれている状況に実感がわかない。
こんなことをしている場合じゃとか、体がなまるとか、だいたいこんな時に豪華客船が運用してていいのかとか、こういう事に慣れてないからどう過ごしたらいいかわからないとか、なんでこのメンバーなんだとか、エトセトラエトセトラ、疑問がまだ脳内処理できていない。
[この豪華客船はお客様を快適な船の旅にお連れ致します。ホテルライクな環境で美しいオーシャンビューを眺めながらこの素晴らしい旅をお楽しみください!]
することが浮かばなくてここ数日イサミはパンフレットを読み込み、とうにこの旅行のキャッチコピーを覚えきってしまった。
とりあえず、一応体がなまらないように午前中は体を鍛えている。[ホテルライク]の通りこの船にはジムもプールもある。一方同行者のスミスとルルは、イサミとは違って思いっきり朝寝坊をしたり、朝から甘ったるい菓子を食べたり、船内を冒険に出たり、タブレットでアニメや特撮番組を見たり、筋トレにいそしんでいるイサミの邪魔をしたりあっという間にこの船旅に馴染んだみたいだ。そこまで自分もはしゃげたら楽しいんだろうか…と昨日イサミは思い二人の真似をしてみたが、寝坊なんて子供のころからあまりした覚えが無いし朝から食べたアイスは冷たくて無理だ!と一口でギブアップした。『イサミはイサミでいいんだよ、でもだらだら堕落も楽しいんだよ~』とソーキュートプリティガール 偉大なるルルはそう言ったがそうそう人間なんて変わらないものである。というかどこで覚えた堕落なんて言葉。スミスをギロリと睨んだら思いっきり否定のリアクションをしていたが、目を光らせないといけないなと思った。…スミスがルルに変な知恵をつけさせない。俺のこの旅の使命がそれはあまりにもすぎないか?いや、多分これはこの旅行が終わってもするかもしれないけれど。………いや、この旅行が終わった後はどうなるか全く今はわからないけれど。なんせ世界一周なんて何日かかると思ってるんだ。この旅が終わるころには世界情勢だって間違いなく変わっているだろう。
ふと音楽が耳に入ったのでイサミは顔を上げた。
あ、この曲どこかで聞いたことある。どこだったか、アップテンポなビート、…多分おそらくヒビキのスマホから流れていた曲だったじゃないだろうか。影響されてかミユも鼻歌でふんふん歌ってた気がする。あれははるかはるか、土煙と謎の生命体が襲ってくる怒涛すぎる日々より前の頃の記憶。
「——やっと顔を上げた」
あ、しまった。
イサミはぷいっと顔をそらして海を見ながら手に持ったアルコールを一口。
この時間も謎といえば謎だ。
時計を見れば現在22:42。良い子のルルは寝る時間で、旅行中の大人は寝るには少し早い時間。
旅行がはじまったこの数日間は軍のスケジュール通りに眠り起きたのだが、早朝すぎた船内は味気も無くつまらなく結果パンフレットとお友達になったイサミである。
スミスは早々にイサミのその行動に気づいて、結果二人は一昨日からなんとなく星空を見ながらブリッジで酒を飲むようになった。話す内容は様々で今日はルルと何をしたとか、昔見たヒーローはなんだった?とか、ぽつりぽつり。まだぽつりぽつり。前は隣のスミスに言いたいことがあったが旅行が始まる前にすべて言ってしまった。だからもうイサミに話のネタは無い。もともと口下手気味なのだ。この旅が終わるころにはイサミは饒舌になっているだろうか。
「相変わらず流れ星がすごいな」
不意にとんとんと肩を叩かれて、その指はそのまま上に向かった。
「それだけ空が綺麗だってことだろ。あとアイツらのせいで宇宙とかそういうの変わったんじゃねぇの」
「何年、何十、何百光年前の光なんだろうな」
「急に単位が飛んだな」
「全部言うのがめんどくさくなった。」
「お前俺と少しでも話したいって、」
と言いかけてイサミは止まった。いや、会話と言ってもただ単位を数えるだけなのは会話ではないのではないかという疑問が浮かんだからである。そしてあとちょっと今の自分のセリフはなんだか話をせがんでいるような、なんだか何かを受け入れたような、なんだかわからないけれどヘンで恥ずかしいセリフだと思ったからである。
「続きは?」
「言わねえよバカ」
「言わないと歌うぞ」
「どんな脅しだ」
「確かに。でも俺は少し願ってるんだ」
「なんだよ、俺がおしゃべりになれってか」
「君がもっと俺を見てくれるように。」
イサミは反射的に横のスミスに向かって肘鉄をかまして、案の定防がれた。
「口説くな部屋に戻る」
「口説いてないさ、ウソウソ、もっと親密になりたいと思うだけだよ」
「一緒じゃねえか」
「一緒か?」
イサミは歩き出して言った通り自室に戻ろうと思った。まだ22時だがまたパンフレットとお友達にでもなればそのうち眠れる。
「でも明日は一緒にジェラートを食べないか?チョコレイトフレイバーがうまかった。」
「……バニラがいい」
急にガシッと肩を掴まれた。
「なんだよ」
「流れ星に祈ると叶うって本当かもしれないな。これだけ流れてると叶わない気もしてた」
「はぁ?」
「こっちの話」
「そうか」
「そうだ」
不意にイサミは手に握っていた酒の瓶をスミスに取られた。そしてそのまま残りを飲まれた。
「…ハァ?」
「いや星に願うだけでもよくないなと思いなおして、」
そしてスミスは客室に続くドアを開いた。
「じゃあ今日はここまで。おやすみ、イサミ」
「お前は」
「もう少し星を見てる」
「そうか」
「そう」
ポンポンとスミスに肩を叩かれてイサミは自室に戻ることにした。
その帰路の間にふと今日最後に見たスミスの視線がなんだか眩しかったので、イサミはもう一つ『スミスと(できるかぎりナチュラルに)話す』とこの旅行の使命を見つけたのだった。