悪戯「わっ!」
純真な性格のポーンが覚者様の背中を軽く両手で叩きながら大きな声を上げる。最近彼女の中で流行っている遊びだ。
「………」
覚者様も最初は多少驚いたものの今ではすっかり慣れてしまい何の反応も無い。彼女が驚かそうとしているのを気配で察している様だった。
「も〜、覚者様なんでびっくりしないんですか?」
「いい加減諦めて下さい、覚者様もお困りです。」
不満げな声を漏らす彼女に私は自制を促した。覚者様が困っているというのは本当は嘘なのだが、そう言わなければ彼女はやめないだろう。規律を乱す行動は程々にして頂かなければ。
「別にいいじゃないんですか?覚者様別に嫌がってないんですし。」
突然今まで黙っていた奔放な性格のポーンが割って入る。いつも余計な彼の言動は同じポーンとは思えない。私が呆れていると彼は急に声を潜めて私に囁いた。
「…本当は貴方もしたいんでしょう?」
彼の言葉に胸がざわめいてしまった事に私は動揺するしかなかった。
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かねがね思っていた事がある。異界のマスター達とその専従ポーン達との関係を見てきたが、色々な形があるとはいえとても距離感が近い方々が多く、若しかすると私と覚者様の関係は些か固すぎるかもしれない、と。そう、だからこれは決してやましい事などではない、より良い関係を築く為に必要な遊び心というものだ。
「………」
荷物の整理をしている覚者様、さてどうしたものか。純真な彼女の様な真似は流石に気が引ける。覚者様の後ろ姿を眺めていると、そよ風が吹いてきて覚者様の綺麗な御髪をなびかせた。そうだ、髪を少し触ってみよう。それならば埃が付いていた等と言えば何とでもごまかせる。私は覚者様の後頭部の髪を指でそっとかき上げた。
「ひゃんっ…?!」
覚者様が声を上げる。それは予想外に甘く私を激しく動揺させるのに十分な響きだった。
「……?!」
こちらを振り返り髪を触った相手が私だと認識した覚者様もまた激しく動揺していた。珍しく大きく開かれ揺らぐ瞳、上気して鴇色に染まる頬。私は意外過ぎる覚者様の反応に弁明も忘れ食い入るように見つめてしまった。そんな私にまた、奔放な彼がどこからともなく背後に現れ囁いた。
「あなた好みのいい反応でしたね。」
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昨日の私の出来心による失態以降、覚者様は殆ど顔を合わせてくれなくなった。今も一切こちらの様子を確認することもなく私の少し前を歩き続けている。私を唆した奔放な彼は「別に怒ってはなさそうだし平気ですよ。」等と無責任に言っていたが、覚者様のこの態度からして何かしら抱いているのは間違いが無かった。しかし表情が見えなければ流石に私も覚者様の心境を把握出来ない。私は心苦しさにいてもたってもいられず、覚者様に昨夜の弁明をする事にした。
「覚者様、昨日の事ですが…」
こちらに振り向く覚者様、奔放な彼の言う通りその表情から怒りは感じられなかった。今の内に覚者様の心境を把握しておかなければ。覚者様のこの表情は…期待と不満、物足りなさ、寂しさにも似た……表情を丁寧に読み取る内に、一つの可能性に気が付いた。
(…もしや覚者様は顔を合わせてくれなかったのではなく)
答えに辿り着いたその瞬間、目の奥に火花が散った。