体育祭の実行委員になんてなりたかったわけではない。
聖ルドルフは内部進学だから自主性を認められての内申が受験に役立つことはなく、ただ労力と時間を取られるだけだ。学校行事に対して無関心に徹するつもりはないが、かといってクリスマスの礼拝でテノールのソロを担うような栄誉とは違うから気乗りするわけでもない。
しかし、気づけば観月は立候補していた。クラスメイトたちが押し付け合うのを見ていて苛立ってしまったというのもあるし、部を引退して多少エネルギーを持て余していたともいえる。
引き受けたことを後悔するくらいの、退屈な打ち合わせと煩雑な雑務に追い立てられて、日々はいつも以上に早く過ぎ去った。
体育祭本番がいよいよ明日に迫り、倉庫がわりになっている体育館で備品の最終チェックをするのが実行委員の前日最後の仕事だ。
観月も担当競技の道具を検品していてふと手を止める。眉が自然と顰められた。
誰だ、こんなものを用意したのは。
用途を全然理解していない人間が用意したとしか思えない。
下手人をさがして観月は辺りを見回したが、忙しく立ち働く実行委員たちの中に、手配を担当したはずの生徒は見当たらなかった。
憤懣やるかたなく、袋を手に取って、中身をじっと見つめる。
「お、おまえ、あれみたいじゃん」
声をかけられて振り向いた。段ボール箱を抱えているのは赤澤だ。中身はなんだかわからないが大きさのわりには持ち重りしそうなので、玉入れの玉とかその辺りか。
実行委員でもないのに、よく働く。おおかた誰かに頼まれたのだろう。
観月以上に、この秋、何かを持て余していることが傍目から見てもわかるに違いなかった。
「あれって……? 話が雑なんですよ、君は」
クラスも違うし、そういえば二人で顔を合わせるのは久しぶりかもしれない。
しかしどんなに久しぶりであっても、憎まれ口が真っ先に出てくるのは変わらない。
「ほら、なんだっけ、観月の好きな映画のさあ」
「映画」
「黒い髪の、女の子のやつ。ヘイリーだったか?」
何を言いたいのだか理解して観月は心底からびっくりする。とはいえ顔には出さなかったと思う。
「『ティファニーで朝食を』のことなら、デニッシュらしいですよ、あれは」
主人公のホリーがティファニーの店頭に立って朝食を食べているシーンを指して、観月がしたり顔でそう言うと赤澤は「そうなのか」とか「アメリカのデニッシュって小さいんだな」とかどうでもいいことを呟いている。
デニッシュって割とあれくらいの大きさだろう、とこちらもどうでもいいことを考えながら、観月の口は自動操縦でこの場にふさわしいことを言った。
「ボクはただ、パン食い競走にクロワッサンを使うなんて、ぼろぼろこぼれそうだなって考えていただけです。走りながら食べるってだけでもはしたないのに、ジャージを食べかすまみれにしてるところを想像したらげんなりします。あんぱんとかクリームパンとかそういうのでいいのに、誰がわざわざ変わりだねなんて用意したんだか」
「おお、怒りのポイントがいかにも観月だ」
「裕太くんが出るんですから、テニス部の沽券にも関わりますよ!」
「じゃあ裕太には体操着の上からハンカチとかスカーフとか巻くように言っとくか?」と建設的なんだかなんなんだかわからない提案をして、赤澤は段ボール箱を置いた。逞しい腕の筋肉が動くのを見ていたら、観月の胸にむずむずと何かが込み上げてくる。
「見たんですか?」
半ば衝動的に、観月はそう尋ねていた。
「え?」
「映画ですよ」
「ああ! 見たよ。先週の土曜に見た。なんかお前ってどういうものが好きなんだろうって思ってさ」
会わない間に、自分のことを考えて、それで休日に自分の好きな映画を見たって、それは。
観月はほとんど立ちくらみのような衝撃に打たれた。周囲の喧騒が、体育館が、夏が終わったという事実が、遠ざかっていく。
こうして不意に知らされたのでなければ、ほどよく澄ました返事ができただろう。チームメイトの好みを把握しようなんて感心な心がけですね、とか。
取り繕う隙も与えない率直さが恨めしく、観月は赤澤のつま先を軽く踏んづけた。
「なんだよ」と笑っているから大したダメージは与えられなかったらしい。
もっとしっかり踏んづけてやればよかった。
◇
運動会のグッズの観月さんを見て『ティファニーで朝食を』では!?と思って書きました。
赤澤くんの思い浮かべているデニッシュおそらくはうずまきデニッシュなので大きい。
ミュージカルの運動会の見どころが盛りだくさんと知り、円盤を手に入れたいと思っているところです。日記。