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    莉 紗

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    莉 紗

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    謎世界観ニキひい
    ※ネームドキャラによるモブ殺しの描写があります。

    月で輝くナイフより 日がとっぷりと暮れた、夜半前。天城邸の裏手に茂る森では、凍える風が樹々の隙間を吹き抜けるのもお構いなしに、梟の親玉が鳴き声を太く短く奏でている。ここからは自分達の独壇場だ、とでも言っているかのようだ。次第に高く掠れた声、低く伸びやかな声が重なっていき、森の小さな合唱団によるコンサートが粛々と始まった。
     天城邸の森側には硝子窓が嵌められた廊下があり、耳をすませば彼らの歌声を聴くことができる。厨房の入り口はこの窓に面しているため、深夜に利用すれば聴衆になれるのだが。厨房に一人残っているニキは興味を持たず、廊下を素通りする日々を過ごしている。この時間、ニキが聞きたいのは待ち人である一彩が近づいてくる音のみなのだ。革靴が絨毯越しに床板を叩く音は、食事の準備を進めるニキに幸せな時間の始まりを告げてくれる。軽やかで時に忙しなく響くそれに、ニキは毎夜胸を高鳴らせていた。
     今宵の逢瀬に想いを馳せ、ニキは厨房備え付けの簡易テーブル上を整えていく。本日のメイン料理のポトフ用に鍋置きを中央に据え、それを挟んで各々の食器類を対称に並べる。最近になって本格的にニキも共に食事をするようになったため、二人分の用意が必要なのだ。好きな人と美味しい料理を食べる幸せは、何事にも変え難いことだと知ってしまったら、継続しない道理はない。
     あとはカトラリーを並べるだけというところで、扉の向こうから微かに靴音が聞こえてきた。つい先程まで考えていたが故の幻聴を疑ったが、途中不自然に鳴り止んだため選択肢から外す。
     常に真っ直ぐ厨房へ向かってくる一彩が、気を取られた存在とは何か。当然気になりはするが、入口のすぐ近くで立ち止まる気配がしたため、一彩を迎えることに集中する。数瞬後、彼は勢いよく扉を開けて現れた。
    「こんばんは椎名さん!」
    「こんばんは」
    「今日もふくすけさん達は元気だね!」
    「なはは~、弟さんも元気そうで何よりっす」
     脱いだジャケットを椅子に掛けてシンクへ向かう一彩を横目に、ニキはコンロ前へ移動し鍋を火にかける。レードルで渦巻く野菜たちを眺めながら、先程中断した思考を再開した。
     一彩が言っていた〝ふくすけ〟とはおそらく梟の名前で、合唱を聴くことで元気だと判断したのだろう。歩きながらでも確認できる気がするが、一彩のことだ、挨拶をきちんとしたに違いない。つまり、足音が途切れたのは梟の所為であるとニキは結論付けた。
     しかし、所詮は嫉妬を交えた推測にすぎず、濡れ衣を着せるのは少し後味が悪い。丁度良く一彩がハンカチで手を拭きながらこちらへ近づいてきたため、ニキは答え合わせをしてみることにした。
     ポトフもほどよく温まっており、手を止めて一彩の到着を待つ。
     ニキの隣に並び立った一彩は、鍋の中を覗き込んで顔を綻ばせた。身体を傾けた拍子に肩が触れ合い、不覚にもニキの心臓が跳ねる。恋人同士がするであろう行為は、AからCまで経験済みだというのに。慣れるどころか、新たな一面を知る機会が増えに増え、ときめきの供給過多に陥っているのが現状だ。
     一彩の視線が鍋からニキへと移り、穏やかな笑みが至近距離で襲いかかった。普段の一彩からは想像できない種類の笑顔は、度々ニキに対して繰り出される。
    「今日も美味しそうだね。流石椎名さん」
    「え――ーっと。弟さん、ここにくる前フクロウの鳴き声聞いてたんすか?」
    「そうだよ。久しぶりに会えたから挨拶をしていたんだ」
     予想は的中していたが、正直それどころではない。ニキは平静を装いつつ、鍋をテーブルへと運ぶ。意識は後ろから着いてくる一彩から逸らせず、セッティングするまでに何度も鍋の中身を溢しそうになった。
    「ふう、危なかった」
    「何か問題でもあったかな?」
    「大丈夫っす! だからナイフに手え掛けないで!」
     危険は危険でも命を脅かすものではなく、ニキは慌てて殺気立つ一彩を止めた。
     一彩は夜な夜な、マヨイと共に領主を狙う賊相手の汚れ仕事に勤しんでいる。ニキは薄々気付いていたが、本人から直接聞いたのは数週間前のことだ。
     隠したがっているものを無理に聞けず、もどかしさに耐えきれなくなっていた時。頑なだった一彩が打ち明けてくれた事実には、流石にくるものがあった。震えながら語った一彩の瞳から溢れた一雫が引き金となり、一晩中抱き合ったのはいい思い出である。
     さて、ひびが入ってしまうかと思われた二人の関係だが、そんなことは全くなく。むしろお互いの秘密を打ち明け合ったことで、一層仲が深まったのだ。現に一彩は今までなら絶対に有り得なかった、仕事に関わる言動を会話に挟んできている。ニキはというと、冗談なのか本気なのか判断付けかねるそれらへのツッコミを、少々物騒に思いながらも楽しんでいた。
    「冗談だよ。曲者が居たら気配で分かるからね」
    「もう! んじゃ、早く食べましょ。冷めちゃうっす」
    「それもそうだ」
     二人揃って椅子へ腰掛け、手を合わせて食べ始める。こうして本日も、深夜の食事時間が幕を開けた。
     取り分けたポトフや、特製ドレッシングをかけたサラダに舌鼓を打つ。ニキの向かい側で食べ進めている一彩は、美味しそうに顔を綻ばせている。楽しそうに食べる一彩の姿を見るのは、今も昔も変わらないニキの楽しみごとだ。
     共に食事ができる喜びにしみじみ浸っていると、一彩が申し訳なさそうに口を開いた。
    「明日なのだけれど、この時間に来れそうにないんだ。だから僕のぶんの食事は用意しなくて大丈夫だよ」
    「……またお仕事っすか?」
    「ウム。どうしても明日仕留めたいから」
    「分かったっす。気をつけてね」
    「ありがとう。できれば、ううん、明日は早く寝室に入ってほしい。約束だよ」
     ニキは一彩の言葉に力強く頷き、テーブル上で組んだ指へ視線を落とす。賊が活発化しているのか、最近は断りを入れられることが増えていた。ニキとしては避けたいところだが、頻度を減らすべきかもしれない。一彩が心安らげる居場所であり続けることを決めたにも関わらず、無理をさせては本末転倒であろう。
    「ここでの食事会、やっぱり減らした方がいいっすかね? 最近忙しそうだし、月一くらいに」
    「それには及ばないよ! ……不定期になってしまって椎名さんには申し訳ないけれど、頑張って早く終わらせるから。どうか、貴方に逢うことを許してほしい」
     ニキの手を痛いくらいに握り、必死に懇願する一彩の姿が目の前にある。ニキの心臓は、歓喜で破裂しそうなほど脈を打っていた。一彩も自分と同じように、この時間を必要としてくれている。今のニキにとって、これ以上嬉しいことはないだろう。
     いつまでも固まっているわけにはいかない。ニキは知らず溜まっていた唾液を飲み込み、なお渇きを訴える口を開く。
    「そう言ってくれて嬉しいっす。正直僕も減らすの嫌なんで、今まで通り来れなくなりそうなら当日でもいいから教えてね」
    「分かったけれど、どうして嫌なのに提案したのかな」
    「なはは~」
    「笑って誤魔化さないでほしいよ」
     不機嫌に膨れた頰をつついてやれば、一彩は机に肘をつき、ニキの方へと顔を近づけてきた。何が一彩の琴線に触れたかは不明だが、雰囲気なんぞ関係なく、したい時にするのが二人の通常営業なのだ。
     にやけそうになる口元をなんとかおさえ、ニキは一彩の唇を受け入れる。触れるだけの軽い口付けからは、コンソメ味と微かな甘さを感じた。
     ***
     日付は変わり、翌深夜。
     ニキは現在、非常に焦っていた。昨日一彩から忠告されたにも関わらず、仕込みが長引いたために未だ厨房に居るのだ。
     食事に来られないと断られることは度々あれど、早く部屋に戻れと言われたのは初めてのことで、素直に従うべきだと思っていた。それでもこの場に留まっているのは、本日披露する予定だった新作オムライス用のソースを、未練がましく煮込んでいたのが最大の原因である。自業自得ではあるが、ここまで長引かせるつもりはニキにはなかった。
    「マジヤバっすね」
     急いで全ての片付けを終え、エプロンの紐に手を掛ける。すると、廊下からバタバタと走る音と、梟達の叫びに近い鳴声が聞こえてきた。
     異様な雰囲気を感じたニキは、エプロンを脱ぎ捨てると一目散に扉へ駆け寄り、そっと廊下を覗く。相当なスピードだったようで、そこには既に誰の姿もなかった。
     こんな時間に、屋敷内で騒音を撒き散らすとは何事か。規律違反を咎める役割を担う一彩は居らず、そして恐らく、音を立てた張本人が彼だ。
    「もしかして、侵入者アリってやつ……?」
     こうなるリスクを想定して一彩が忠告したことを、ニキは事態に直面してやっと理解する。一彩達が手こずるということは、今回のターゲットは相当な手練に違いない。身近に迫る脅威の存在に、ニキは身体を強張らせた。
     直ぐにでも部屋に戻るべきなのだろうが、ここで気になってくるのは一彩の安否である。いくら一彩が訓練を積んでいるからといって、万人に勝てる訳がない。ましてや相手は他国からの賊だ。何か未知の技術を持ち、乗り込んで来ている可能性が大いにある。想像した〝もしも〟を振り払うように、ニキは頭を大きく振った。
    「行っても足手纏いになるだけっすよね。でもジッとしてるのも嫌だし……よし」
     とりあえず音の消えた方へ向かってみることにしたニキは、ドアを全開に廊下へと一歩踏み出す。瞬間、ニキの目の前に一人の男が降り立った。天井から文字通り落ちてきたのは、一彩の仕事仲間であるマヨイだ。彼はしばしば天井裏に潜んでいるが、今回も作戦の一環なのか近くに居たらしい。普段薫る良い匂いが全く無かったことに、ニキは驚く。
    「椎名さん! 意気込んで何処へ行く気ですか!」
    「マヨちゃん!? びっくりしたっす! こんばんは~」
    「こ、こんばんは……っと、呑気に挨拶をしている場合ではないですよ! どうしてまだ起きてるんですかあ」
    「仕込みが長引いちゃって。……ごめんね?」
     謝った矢先にジト目で睨まれ、冷や汗がニキの背中を伝う。どんな形であれ美人に睨まれると恐ろしい。ニキの脳内辞書にしっかりと登録された。
    「早くお部屋に戻りましょう。一彩さんにバレたらなんと言われるか……」
    「弟さんがどうし、っえ!?」
     マヨイの呟きの中に一彩の名前を捉えるも、詳細を確認することは叶わなかった。すぐ近くで、硝子が割れる音が聞こえたのだ。
     厨房には硝子製の食器があるが、ニキ以外に料理人は残っておらず、外部からの侵入は窓がないため不可能である。天井裏からであれば可能だが、マヨイが仕掛けているらしいトラップに阻まれるだろう。
     とすれば、厨房直結で隣室、廊下のどん詰まりに位置する食堂が音の出所だと、ニキは当たりを付けた。マヨイも同じ考えのようで、数メートル先の扉を睨んでいる。
     音が消えた先、つまり一彩が向かった先は食堂だったのだ。エントランス方向から聞こえた足音が消えたのならば、必然的に食堂に入ったということになる。扉を開閉する音がニキには聞こえず、確信は持てていなかった。
     不安に蝕まれたニキの心臓が、うるさいほど脈打つ。ニキの震える唇から、目の前に立つ男の名がこぼれ落ちた。
    「マヨちゃん」
    「……ご自分の部屋へ向かって下さい。走って、早く!」
     振り向かずにそう言ったマヨイは、食堂の入り口へと駆けて行き、すぐに扉の奥へと消えてしまった。
     ニキはこれからどうするか。そんなこと考える暇はなく、気が付いた時にはマヨイの後を追いかけていた。震える足はもつれそうで、今にも顔面と廊下がぶつかりそうである。しかし、大切な恋人の危機と思しき状況で、自分一人おめおめと引き返せる筈はあるまい。
     なんとか、食堂へと続く扉の前へ到達する。ニキは一つ息を吐き出すと、祈るような気持ちでドアノブへと手をかけた。
     ***
     鉄格子越しに割られた窓ガラスから吹き込む風が、虚しく音を立てている。最期の悪あがきに失敗し、一彩とマヨイにより仕留められた侵入者の気持ちを代弁しているかのようだ。
     空には満月が浮かび、騒動の終着点である庭の一部をスポットライトのように照らしている。綺麗に切り揃えられた芝生は彼らを中心に抉られており、この場で起こった出来事の激しさを物語っていた。
    「夢でも見てるんすかねえ」
     目の前で繰り広げられた非現実じみた光景に、ニキは突入して此の方、真っ暗な食堂でぽかんと立ち尽くしている。
     恐怖を抑えつけて食堂に乗り込んですぐ、賊に馬乗りになりナイフを構える一彩の姿が、ニキの目に飛び込んできた。知人、しかも恋人が殺人を犯す場面など、見たくないのが普通だろう。あるいは直面したならば、止めるべきだとも。しかし、月明かりの下で凶器を振るう一彩は遠目にも美しく、目を奪われたニキは賊を仕留める様を見届けることしかできなかった。
     ニキは事が終わった今も、一彩の一挙手一投足に見惚れている。初めて見る〝仕事〟時の一彩にときめきを感じているのは、紛れもない事実であった。
     視線の先の一彩が、ナイフを懐に仕舞いながら立ち上がる。そして、勢いよくニキの方へと首を向けた。暗闇の中にも関わらず目が合った気がしたニキは、夢見心地から一気に現実に引き戻される。
     一彩の後ろでは、身体を飛び跳ねさせたマヨイが、屍と化した賊を素早く麻袋に入れて撤収していく。焦ったような様子にニキは一瞬だけ頭に疑問符を浮かべるも、ずんずんとこちらへ迫ってくる一彩を見れば、マヨイの行動の意味が理解できた。一彩は何故か、とても怒っているのだ。
     割れた窓を潜り抜け、一彩が食堂へと入ってくる。近づいて来た一彩の頰に血が滲んでいるのを認めたニキは、彼の様子はお構いなしに近くへ駆け寄ると、傷口に指で触れた。
    「大丈夫っすか!? 他にも怪我してるところあったり」
    「……」
     おろおろと怪我の心配をするニキの前で、一彩は無言で佇んでいる。痛みで声も出せないのだろうか。そう思った矢先、頰に当てたニキの手が掴まれ腕を引かれ、そして力強く抱きしめられた。
    「お、弟さん!? どうし、」
    「……無事でよかった」
     長く大きな息を吐き出した後に零れた、至極小さな呟きだった。要らぬ心労をかけさせてしまったことに気付き、ニキは自分の考え無しな行動を反省する。やはりこの世界には、門外漢が首を突っ込むべきではないのだろうか。
     干渉できないことへの悔しさに顔を歪ませていると、一彩の身体が離され、次いで傷を示すように自身の頰へ触れた。
    「これは窓硝子を割った時に掠ってできたんだ。他に外傷は無いよ」
    「そうだったんすね。よくないけどよかったっす」
    「そんなことよりも」
    「んい!?」
     大きな怪我が無く安心したのも束の間、険しい顔の一彩に両肩を掴まれた。力加減は強すぎないのに、高い拘束力を感じるのは表情の所為か。鋭い眼光に射抜かれながらの、一彩による尋問が始まった。
    「僕、今夜は部屋に居てほしいって言ったよね?」
    「は、はい」
    「じゃあどうして今ここに居るのかな」
    「……仕込みが長引きました。すみません」
    「フム」
     ニキが素直に理由を吐き終えるとニキの瞳は見つめたまま一彩は再び黙り込んだ。まるで、ニキの心の内を覗き込まれているかのような沈黙である。
     数秒の無言の間、罰が悪くなったニキは至近距離に迫ったあおから逃げ続けた。やがて盛大なため息が吐かれ、
    「よし、分かった」
     と声がした。恐る恐る視線を戻すと、そこには満面の笑みを浮かべた一彩がおり、彼の兄と同じタイプのそれに嫌な予感がニキの背筋を這う。何らかの宣告が下されるのを、ニキは固唾を呑んで待つことしかできなかった。
    「明日はお休みにして一日じゅう僕と過ごそう」
    「え!?」
     想定外の提案に、ニキは素っ頓狂な声を上げた。まさか、休日を言い渡されるとは。加えて、一彩と共に居られるという。下手な事をしないよう監視する意図があるのだろうが、ニキにとってはむしろご褒美である。
     この直後、地獄に突き落とされるとは知らないニキの表情は、すっかり喜色に染まっていた。
    「厨房にも入らせないよ。僕が良いと言うまでご飯も抜きだ」
    「ちょ、っと待ってください! 何言ってんすか!?」
    「こんなところまで来てしまったのだから、当然だよね?」
    「……本気?」
     一彩は返事の代わりに、笑みを作った。正しく作ったと言えるのは、口元は弧を描いているが、よく見ると目が笑っていないからだ。
     これは、正真正銘の死刑宣告である。先程と打って変わり、ニキは顔面蒼白で立ち尽くすしかなかった。
     一彩の手が肩から背へと移され、今度は柔い力で抱きしめられる。ニキの全身をぞくりと走る感覚は、はたして彼の癖毛がくすぐる所為か。
     耳元から、吐息混じりに毒が流し込まれる。
    「だって、それが一番、椎名さんには効くだろう?」
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