青白い皮膚にへの字に固く引き結ばれた唇。そこから飛び出す言葉はいつも容赦なく辛辣だ。
そして不思議なカーブを描く下がり眉。その下の赤い瞳に睨みつけられたら、確実に周囲の温度が下がるのではないか。
(本当に医者か?本当は殺し屋とかじゃねーの?いや、呪いを行う呪術師とかかも)
キッチンで作業をしながら、敬はカウンター越しにソファの村雨を盗み見る。
この、何にも動じない鋼鉄の男を驚かせることが出来たなら、さぞ痛快だろう、と敬は思う。
これから告げる敬についてのニュースは、村雨を驚かせることができるはずだ。
当事者である敬自身、まだうまく飲み込めてないのだから。
せっかくだから悪戯を仕掛けてみようか。
いささか趣味の悪いことだが、怒ったり動揺したりする村雨の姿を見たい気がする。
いつも振り回されている立場なので、たまには驚かせる側にまわりたいのだ。
機嫌が悪いわけではないのに、ずっと苦いものを噛んでいるような渋い顔。
何かに怒ってるように見えても、実はまったくそんなことない。
むしろ穏やかに優し気に見える時の方が仕事用の気を張った状態なのだ。
付き合いの深い(長くはない)敬にはわかる。
勤務先から獅子神家へ「帰宅」した村雨は、敬が淹れたお茶を前にすっかりくつろいでいる。
最近の村雨は、自身の本来の自宅へ帰る頻度が極端に少なくなっている。獅子神邸へ入り浸っている半同棲生活から「半」の文字は取れかかっているといっていい。
数日前の休日にはたいそうな量の冬物の衣類を持ち込んでいる。いよいよ生活の拠点を獅子神家におくつもりだろうか。
「なにか?」
村雨が不機嫌そうなのは表情だけではなく、話し方もだ。
表情を動かすことなく、必要最低限の言葉で会話を進めようとするからそう見えるのだ。
笑いかけたり言葉を足したりすると爆発でもするのだろうか?とたまに呆れる。
しかし、言葉は最小限の村雨なのだが、洞察と観察力については決して怠けてはいない。
敬が「背後の無数の眼」と名付けている、村雨が持つ独特のオーラは常に周囲の状況を探っている。
今は眼の大半は敬に注目し、残りは周囲を死角なく探っているのがわかる。
敬がなにか言いたいことを抱えているのはとっくにバレているようだ。
「べつに?」
不意にこみあげてきた笑いをかみ殺そうとしたが、失敗して声がわずかに震えた。
敬は目を伏せ口元を手で隠そうとしたが、こちらに顔を向けた村雨に見つかるほうが早かった。
この世の恐ろしさを煮詰めたような男をまさか自分が愛するようになるなんて、数か月前の自分に教えてやりたい。
もう一度、敬は村雨に視線を戻す。
彼は眉を跳ね上げ、敬の方を向いて無言のまま不満の意を表して見せる。
やはりコミュニケーションについては省エネな男だ。質問の言葉はない。表情だけで敬の言葉を催促してくる。
――ダメだ。ニヤニヤが抑えきれない。
ニュースを聞いた村雨がどんな反応をするのか想像してしまった。
愉快な反応とは限らない。おそらく、嵐になるだろう。
めったに動揺しない彼を驚かせたら敬の勝ち。そんなくだらない賭けを心の中でしてみる。
笑いというものは、なぜおさえようとすると余計に発作がこみあげてくるのだろう?
敬は頬の内側を噛んでうつむく。
「獅子神、あなたは」
いつの間にか村雨は敬のいるキッチンまで近づいてきた。
村雨がカウンターのこちら側まで入り、敬の正面に立つ。
何か苦いものでも食べたような顔。
眉根を寄せて、今にもキビシイ言葉を言いそうに(実際は言わない)ゆがめた口元。
(この顔が好きなんだ。仮にも恋人を前にこんな表情をするなんて、何考えてるんだ?)
「あなたは妊娠しているな」
疑問ではなく断定で言い切る村雨に、敬が目を瞠った。
「な…んで言う前にわかるんだよ」
驚かせるつもりだったのに。
悔しさを隠さず眉根を寄せて唇を尖らせる敬の頬を、村雨の両手がそっと包みこむ。
「ここ最近あなたの体温が高めなのが気になっていた。生理周期から計算して…」
「あ、やっぱいい!そういう説明、言わなくていい!」
敬はあわてて村雨の口を両手で抑え、それ以上の発言を封じた。
が、村雨は敬の両手をやさしく外しながら話し続ける。
「体調は良さそうで安心した。健診の日は私も同行するので日程を知らせるように。それからお互いの実家に報告を……どうした?」
珍しく早口になっているのは興奮しているせいだろうか。
しかし村雨の言葉を敬は遮った。ゆるく首を振って両手のひらを村雨に向け制止したのだ。
いぶかし気に敬に視線を返す村雨に、敬はカウンターの上に置いた自分のスマートフォンを見せた。
「まだもう一つニュースがある」
村雨の興奮に冷水を浴びせるようで心苦しいと思った敬だが、知らせなくてはならないことがあったのだ。
カラス銀行発信のメール文面が見えるように、村雨の目の高さに端末を持ち上げる。
「獅子神、これは…!」
「うん」
短いメールの文章を読み終えた村雨は、今度こそ驚愕に目を瞠った。
「ワンヘッド昇格だ」
静かに告げる敬を見つめて、村雨の顔が絶望に昏くなる。
村雨の傷ついた様子は敬にも堪えた。
悪趣味な伝え方をするんじゃなかったと後悔しても遅い。
話し合いは荒れることは必須だし、長くなりそうだ。
敬はひそかにため息をついた。
不穏なままEND
*** 次回予告 ***
真経津「子供できたのに結婚してもらえないなんて、村雨さんかわいそー」
黎明「ちょっと非常識だよねー。生まれたらオレのことパパって呼ばせるぞ♪」
村雨「あなたたちが常識を語るな!!」
獅子神「実はもうひとつニュースがある」
天堂「…双子か。2倍の祝福を贈ろう」
村雨「私は諦める気はない。必ず方法を考える」