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    hune_chan

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    hune_chan

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    5/9まにあわなかったので半分だけ供養するネ👉👈;

    #魔師弟
    magicMaster
    #飯P
    #ピッコロ記念日
    #ピッコロ
    Piccolo
    #悟飯
    Gohan
    #悟飯の日
    gohanDay

    【足掻く、居場所への渇望】 この世に生を受けてから、オレは何度この運命を恨んだろうか。
     到底数え切れないことだと自覚しているくせに、考える度に胸が苦しくなる。
     平和などなくなってしまえばいい。喜び溢れる場所など滅んでしまえばいい。幸せを甘んじて享受する人間など消えてしまえ。
     そう思いながらも、心の中はどこか帰るべき居場所を探しているようだった。


    ◇◇◇

     ぱきり、ぱきぱき

     卵から孵る。

     親にあたる人物の、邪悪な欲望から生み出された存在。それがこのオレ。
     孫悟空という少年を殺すためだけに産み落とされた、極悪非道・ピッコロ大魔王の生まれ変わり。
     あくまでも『生まれ変わり』である以上、オレの本当の名などありはしない。それどころか、呼ぶ名がないからといって、名を付けてくれるようなものも、呼んでくれるようなものも、いなかった。

     殻の中から生まれた己。
     初めて見た景色。
     流れる川口、震えるような広さの空、この身を包むような木々。

    「…美しい」

     世界は綺麗だった。
     されど平和が憎いと感じた。

     何故ならば、生まれた時からオレは大魔王の鳥籠の中だったからだ。

    ーーー大魔王の仇、孫悟空をこの手で殺せ。
     世界を征服しろ。
     支配することへの喜びを見いだすのだ、ピッコロ。
     
     呪縛のような運命は、オレの思考や選択を雁字搦めにして押さえつけていく。自然に、平和や人間に歯向かう悪の心が芽生えていく。悲鳴をかき集めるために人間どもの住む家を壊す。対抗する奴らをこれでもかと痛めつける。お望みじゃあないが、そうでもしないとやっていけないかった。俺は荒んだ。殻から生まれて、たった半年で。

     幼いオレは、愛や幸せを大切にするアイツら人間どもの顔に嫌悪感を覚えるようになっていった。煩わしくて、見る度に鳥肌が立つ。
     人間どもは、オレが『ピッコロ大魔王』だとわかった瞬間、敵対心丸出しの眼差しを送ってきた。嬉しくないのに、そんな視線は、望んでいないのに。嫌でも与え続けられる、苦痛と受難。
     生まれたばかりのオレは、何故嫌われるのかが分からず、ただただこの世に落とされた目的ばかりを必死に追い続けてきた。投げられる石からも、罵倒からも、ひたすら泣きながら耐えてきた。そうしていつの日か、生まれた意味を遂行するため、邪魔になっていく奴ら全ての行為に、今度はこちらから嫌悪の感情を沸かすようになっていたのだ。


    ◇◇◇
     

     満を持して闘った天下一武闘会から三年。
     負けたあの日を思い出しながら、オレはがむしゃらに修行を続けてきた。孫悟空、そいつの命を奪うその時を楽しみに待ちながら。



     そうしてある日突然、不穏の影が見えた。
     宿敵の兄だと言うサイヤ人が現れ、突然始まる戦い。思わぬところで共闘することとなる宿敵、孫悟空。
     彼と戦う羽目になったのは、何か誰かを守るためではない。オレのためだ。全て己が起こす事象は、全て己のためにある。
     結果として世界を救うことになっても、孫と共に強敵を倒すことになっても、終わり良ければそれでよし。己のためであると思った。そうと考えないと、何故か燻るプライドが許さなかった。
     そうして必死の戦いの最中、不本意という形ながらも、孫悟空を殺すことになった。まさかここで、父の望む『打倒、孫悟空』という目的を達成するとは。

     だが、そこで一つ問題が起きる。

     倒したあとは?
     生まれてきた意味を成し遂げたあとは?
     どうすればいいと、言うのだ。

     オレは、この先どうすればいいのか分からなくなっていった。

     平和を嫌う、その意味をなくした。
     必死に生きていた意味が達成された以上、灰となって燃え尽きた。
     そうしてオレという存在が、どんどん大魔王の範疇から逸脱していく。

     路頭に迷ったオレはふと、かつて望んでいた『世界征服』という、大それた野望を思い出した。悪と恐怖に満ち溢れた、居心地のよい世界。大魔王が目指す、最終の理想系。
     サイヤ人といったか。そんなデタラメな力を持った異星人が地球に来てしまえば、世界などオレが征服する前に滅ぼされてしまう。そんなの、面白くない。
     抗って抗って、抗わなければ。
     だが、現実は非常である。

    「わたしは、死ぬのだ。あと一年後にな」

     脳内に直接話しかけられるような感覚。
     分離した片割れ、地球の神が自身の死期を悟った。

    ーーーオレは、一年後死ぬ。殺される。そんな予感がする。何に?誰に?どうやって?
     そんなの、分からない。薄ぼんやりの中、これだけは確信する。死。これは逃れられない、不回避的な運命。

     もとは一つの魂だった以上、その死の対象はオレも含まれる。つまり、神が死ねばオレも死に、オレが死ねば神は死ぬということだ。そして、結果として神が死ねばドラゴンボールも使えなくなってしまう。この世の終わりだ。いや、この世が消える前にオレが死ぬのなら変に不安がる必要はないのか。いや、ある。あと一年後の未来に後悔という二文字を刻み込まぬよう、オレはその運命に抗いたい。
     
     自由などない、全くもって最悪な人生を、変えて見せたい。運命を、超えてやりたい。
     これまで父の意志を受け継ぎ、父のために必死に生きてきた。忌み嫌われ続けてきたような望まない運命。望まない人生に狂わされる己の精神を、どうにかしなければ。

     これから先のことなど、とうに諦めていたつもりだった…が。必死に生きて生きて生きて、遂に孫の命も奪うことが出来たのだから、少しくらいは我儘に生きたって構わないだろう?

     あと一年の命。
     生まれた意味に囚われず、何をしたいか、と問われれば。オレは迷わずに、この世界にオレが生きてきたんだという『何かを残す』と言う。具体的に何を、と問われればオレの『意志』を世界に残したいと言う。
     生まれてからの七年間、オレはよく踏ん張ってきた。世の中の憎悪に打ち負かされない屈強な意志を研いてきた。ならば、それを残すべきだろう。だが、必死に守ってきたその意志を後世に受け継ぐことは、一人ではできまい。
     しかしながら、欲を口に出すことはなにも悪いことじゃない。もう一つくらい欲張って願いごとを考えてもいいだろう?

     そうだなーーーーもう一つ願うとしたら。
     オレがこの世に生きていてもいいのだという、『居場所』を作ってみたい。
     今まで罵倒を浴び続けたオレには無縁なものだったが、あの暖かい何かをオレも感じてみたかった。変な好奇心だが。

     ふ、はは。漏れた笑い声が口の中で反響する。
     迫り来る死期を前に、新たな生きがいを見出したオレは、仇の息子を担がえて、荒野に飛び出していた。

    「お前に賭ける。オレの意志を、願いを、居場所を、そして
    ーーー全てを」



    ◇◇◇



    「甘い!こんな攻撃も見切れんのか!」
    「いたあっ!」

     まだ自立の『じ』の字さえ分からぬような子供を半年の間荒野に置きやったオレは、己の修行と並行して彼の一挙手一投足に神経を研ぎ澄まし、苦行を与えた。
     まだまだな面もあるが、その精神は少しずつ戦士のそれに近づいてるようだ。

     彼は腹に蹴りを入れられ、うつ伏せになってもがいている。が、そのもがきは、ただ単に痛みからくるものではなく、脚に力を入れ、どうにか立ち上がろうとする意思からの行動であった。
     よくやった、悟飯。その意気だ。
     
     意思は大切だ。必死に生きようとするその意思は大切だ。いくら殴られようとも、叱責されようとも彼は逃げない。いや、逃げようとしたことはあれど、踏みとどまった。己の自制心で。
     強い奴だ。彼は、オレが想像した以上の奴だったのだ。

     その意志に支えられ、半年を無事生き延びた奴と、オレは今こうして組手をしている。実感する、むず痒い感覚。

     ははは、思わず顔が綻ぶ。
     これほどの喜びはない!
     彼の考えや動きのフォーム、気の練りがどんどん己に近づいていく。こいつは、あと半年で死にゆく俺が残すに価する、最もふさわしい人物であったようだ。

    「どうした、もう立てないのか。こんな体たらくな守りで、サイヤ人に勝てると思っているのか!」

     それ、折れぬ心にちょっかいをかけてみろ。彼は面白いくらいに足掻こうとする。
     何のために足掻くのか分からんが、彼にとってそれは並々ならぬ想いがあるのだろう。
     面白い。

    「…ううう!まだ、もうちょっとだけがんばるので…特訓させてください!」
    「…よく言った!」

     はい、と大声を出して勇んでくる彼。
     その瞳は燦々と煌めいている。
     どうやら、泣いてばかりのガキは、『形だけ』はまともになってきたようだ。

    「うりゃっ!」

     並の武闘家なら殺せるほどの鋭い拳を左方向から繰り出してくる。彼の瞳には、やはり変わらず光があった。

    「まだまだっ!」

     ひらりと躱し、繰り出されたその拳を右手で天に向けた。
     あっ、と驚いたような彼の顔。
     オレは、しめたと思い、そのまま彼に全体重を掛けて地面に叩き潰そうとした。
     しかし彼は、咄嗟に足を踏ん張りオレに反撃の体勢を作る。ギリリと強く歯を食いしばると、この腹目がけて思いっきり蹴りを入れてきた。

    「くっ!」

     まさかの反撃を食らうと思わず、オレは一瞬頭が空っぽになった。このオレが彼に、怯むとは。
     そうこうしているうちに、このマヌケ面を見るなり彼は、間髪入れずに、腹に力いっぱい頭突きしてきた。
     咄嗟に左手でガードを作ろうとする。だが、半年前に切られた腕は再生したものの動きが鈍く、動きは未だ不完全。晒されるその腹。一拍遅れて、オレのガードが間に合わず、モロに直撃を受けてしまった。

    「っう、あああ!」

     響く、腹の痛み。頭突いた彼にだって、とてつもない反動が出ただろう。が、それを必死に耐えて、オレに全力で力をぶつけてきた。

    「…と、とりゃあーっ!」

     目いっぱいにオレを倒す。
     飛び込んできたのは、双眼全てに映る夕焼け空。
     ああ、オレは遂にこいつに負けたのか。倒されたのか。
     だが、その敗北は不思議と悔しくなかった。

    「ふふ、ふふふ」
    「…何が、おか、しい」

     絞り出す声。痛む腹。まだガキがその上に乗っかっている。小さいながらも負傷したばかりの部分に全体重を置かれるのは、辛くて仕方ない。

     それなのに、ええ、だってね、えっとね。余程嬉しいのか、言葉がポンポン出てきてまとめられないのか、どちらにせよ珍しくしどろもどろしている彼が、綻ぶ笑顔をこちらに向け、腹にギュッと腕を回してきた。
     小さな腕。ぎゅうぎゅうと力いっぱい満ち足りた顔で抱きしめられる。
     う、痛い。痛い、辛い。
     だが、オレはやめろと言わなかった。

    「ついに、ついについに、ピッコロさんをたおせたんだ!ボク、ついにやったんだ!」
    「…」

     言わない。言えない。

     嬉しそうに笑う彼を見ると、オレまでその感情が伝染してしまいそうで。
     だから今は、今限りはこうやって好きにさせてやる。

    「よく、やったなあ。悟飯」

     笑う度に小刻みに動く、この小さな身体を。
     そっと包んで、痛む腹に押し付けてやった。

    「ボク、幸せです」
    「…ん」
    「これって、ハグっていうんですよね。ハグは幸せ、です」

     痛みさえ甘さに変わるように。
     辛ささえ幸せに変わるように。
     そうだ。
     オレは、変わったのだ。

    ◇◇◇

     その日は稽古を早く切り上げた。
     月の位置がいつもより低い。

     何、傷が痛くて動きたくなかったんじゃあない。ただ、そうだな、奴への褒美というヤツだ。
     本来なら、早く切り上げて夕食の時間にするなどという愚行、サイヤ人襲来まで残された数少ない日を無駄にするようで気が引けた。が、たまにこんな日があるのも悪くないんじゃなあないかとも思えた。
     今日限りで、彼に対してもオレ自身に対しても甘えさせてやることにする。

    「ボク、たくさん組手してるから、ピッコロさんのクセがわかっちゃったんです」
    「何?」

     パチパチと爆ぜる火の粉の音。

    「まもる時、いつもみぎてから先に動き出すでしょ」
    「そう言われればそうだな」
    「さいしょは利き手だからかなーって思ってたけど、こうやっていっしょに生活しててきづいたの。ピッコロさんは、クセでひだりてをかばっているんだね」
    「クセで、左手を?たしかに、完治していない手が動かし辛くて、咄嗟に出てこない節はあるが…」
    「そう、そこにきづいちゃったの、ボク」
    「…厄介なクセを見つけられたな。カバーしないと、ゆくゆく面倒なことになりそうだ」

     いい着眼点でしょう、褒めて褒めて。そう言わんばかりの彼の目の輝きを直視出来ず、オレはそっぽを向きながら彼の小ぶりな頭をガシガシと撫でてやった。
     掌の下でううう、と唸る声が聞こえる。少しだけ力を抜いてやると、満足そうな笑い声を漏らして『ありがとう』と呟くのであった。



     月が段々と頭上に登っていく。
     見上げなければならないほどの高さに差し掛かった頃、彼の腹の虫がぐう、となり始めた。

    「ボク、ちょっとたべもの探しに行ってきます。ピッコロさん、そこで待っててね」

     そわそわと落ち着かない様子で話しかける彼に、「そう不安がるな、オレは逃げん」と軽く諭す。するとその揺れる瞳に輝きが戻り、彼の姿はあっという間に荒野の彼方へ消えていった。

    「全く、騒がしい奴め」

     眉間に皺を寄せ、ため息を吐く。
     煩いものを嫌うくせに、こんな騒がしい生きものを傍に置いておくオレは、うつけものだと言われるだろうか。物好きだと言われるだろうか。そもそも、オレにとやかく言うやつなど、この荒野にはいないのだ。どう言われようが、どう思われようが、誰かが見ている訳ではない。オレの好きに生きるのだ。
     自由こそが、今のオレには必要なのだ。

    ーーーピッコロさん、そこで待っててね

     オレは、逃げないと言った。
     逃げる訳がないだろう。逃げれば、お前を育てた意味がなくなってしまう。己の意志を残さず終わってしまうだろう。抗うために、お前を生かしているのだ。
     だが、不思議だ。
     オレが、お前に必要とされているということが、この心のどこかに火を灯す。何を燻っているのか分からないが、その火がオレに語り掛けるのだ。
     その感覚を、忘れるなと。
     感傷的な気分に浸り、オレは微睡む意識に身を任せながら夢に落ちた。


    ◇◇◇



    「ピッコロさん、見て。花が咲いたよ」

     頭がふわふわとしている。
     意識がぼんやりとする中、目の前の黒髪の青年に声を掛けられた。
     親しげに話しかけてくる青年の隣で、オレは何故か水のいっぱい入ったじょうろを持っている。足元には、藤色の小ぶりな花たち。
     周りを見渡せば、シュロだかヤシだかの木が生えており、白い地面と見渡す限り晴れ渡る青空に囲まれていた。
     神殿、と言うやつだろうか。
     であれば、何故オレがここにいる?
     オレは、ここに住む奴の顔が気に食わんのでなるべく生活から遠ざけていたが…。何故、オレはここで穏やかな心を持ちながら青年と話をしているのだろうか。
     今はいつ?ここに来た理由は何?こいつは誰?オレは…何をしている?
     戸惑うオレに、そいつは咲く花をひとつ摘んで差し出してきた。咲くまでに一年かかりますからね、これまで一生懸命成長してきたそれを摘むのは、ちょっと気が引けますが…ぶつくさ言う青年の言葉を無視し、口を一文字に結んでそれを左手で受け取る。
     …あれ、何故左手がスムーズに動くのだ?

    「おい、これは…」
    「プレゼント。と、言ってもまあ一緒に育てたものですが」
    「…一緒に?」

     奴の言っている意味が分からず、俺はつい怪訝な顔で聞き返した。すると、彼は何をどう勘違いしたのか、慌て話を訂正しだした。

    「あああ!もしかして、一緒に…とか言ったけど、途中で育てたのサボっちゃってたこと、根に持ってます!?やだなあ!これでもボク、最近は放課後、毎日通っていたじゃありませんか!」
    「…?」
    「これでも、神殿に来るのは結構疲れるんですよ!ここに住んでいるあなたと違って!ちょっと大変なんです!」

     やはり、意味が分からない。
     ここに住んでいる…、となると、神の記憶が俺の頭に流れ込んできてしまったのか?いや、こんな辺鄙な記憶、あの神がイタズラにオレに送ってくる訳がない。
     では、変な時空に飛ばされてしまったのか?いやいや、そんなメルヘンチックな考えはガラじゃあないだろうが。
     敵の攻撃か?いや、こんな荒野にオレを襲うような輩はいない。
     では、これは夢か?

     ベラベラとよく喋る隣の黒髪を無視して、オレは自分の頬を思い切り抓った。痛くない。
     なるほど、夢の中だからこうも左手が軽やかに動くのか。心の中で、ああ!と、納得する。

    「いや、まさかね。マメな人だとは思っていたけれど、これほど元気に咲くとは…。やっぱり、ピッコロさんは育ての才能があるのかも。まあ、今までの経験もありますがね」
    「馬鹿言え、オレがまともに育てたのは悟飯だけだろう!」
    「ええええ!?まさかピッコロさん、トランクスや悟天の修行は手を抜いているってことですか?!」
    「誰だ…?そいつらは」
    「とぼけるのも大概にしてください!まあ、一番弟子であり、あなたの愛弟子である人物がこのボクっていうのは、確かなようですがね!嬉しいなあ、参っちゃうなあ!」

     へへん、と誇らしげに胸を張る。
     何?お前のようなデカブツ、育てた覚えはないぞ。オレが知っている人物は、オレの膝丈未満のクソガキで…。と、言うよりもあの子供が弟子に入るのかどうかすら怪しいが。…ていうか、愛弟子とはなんだ。愛弟子とは。
     騒がしい奴め。全く、ため息が出る。

    「はあ、分かった。分かったから、そんなに喋るな。聞いていて疲れるだろうが」

     夢の中だからだろうか。
     見ず知らずの人間に対して向ける感情は、憎悪ではなく途方もない呆れであった。この大魔王の生まれ変わりであるオレ様に、畏怖せずベラベラと話すとは。
     余程肝の座っている野郎なのか、それともただの馬鹿なのか。

    「いやあ、でも育てた甲斐がありましたね。ホントに綺麗だ」
    「…そうだな」

     フ、と微笑む。すると、一瞬目を見開いたかと思うと、お喋りな隣の黒髪はだんまりとして、ゆるゆる俯き始めた。

    「おい、どうし…」

     耳が赤く染まっている。鋭い聴覚から聞こえる心音はバクバクと激しく音を奏でた。心做しか、奴から甘いような、くどいような、感情を受け取る。
     なるほど、こいつは肝の座っている野郎でもあり、ただの馬鹿であり、かつ、それも通り越すような…
    ーーーオレに恋をする大馬鹿野郎であるようだ。

    「…そんな感情を有しながら俯くとは。お前、変なところで度胸がないな」
    「…え」
    「花に水をやるためにここに来るというのは単なる口実で、本当はこのオレに会いに来たんだろう」
    「…!なな、なんてことを、言うんですか!そんな訳ないじゃ…いや、あるけども!」
    「…何を抗っている。自由はできる時にするべきだろ」
    「ま、まあ…そうなんですけれど…」

     あけすけに言えませんよ、そんなことっ!有り余る声でそう言うと、彼は何かを決心して、その真っ赤な顔をオレの胸いっぱいに押し付けてきた。

    「う、お」
    「ボク、ずっとこうしたかったんです!どう、あの頃よりも随分背が伸びたでしょう?」

     あの頃?
     あの頃とはいつの頃だ。オレは、お前と長い間関係を紡いできたという訳か。だから道理で、お前に向ける感情は憎悪や尖ったものではなく、ごく自然に滲み出る純粋な感情であったというのか。
     そして今感じる心の安寧は、お前がオレに与えてくれているというのか。そしてこのオレも、自由にさせてやっているだけの、特別な感情を有している。

    「足にしがみついたりもした。倒れたあなたの腹に乗って、必死に腕を伸ばしてハグをした。そして今、こうやって大きくなった身体で、腕で、あなたを抱きしめることができている…。ボクは幸せものだなあ」

     幸せ、幸せ。
     そうか、お前が感じていてくれているのなら、オレも本望だ。

    「ボク、あの時ね。あなたに褒めてもらいたくて、痛くても辛くても、どんな時でも頑張ってきたんです。思い切り蹴られたし、殴られたけど、そんなことされて、折れる訳にはいかなかったんだよなあ」

     どっと溢れる安心に、青年は再びペラペラと喋り出す。だが、もう騒がしいだなんて思うことはなかった。
     今は、彼から発せられる一言一句に頷いて、全てを肯定してやりたい。若干混じるその不安な震え声さえも、包み込んでやりたい。

    「地球を守ることもそりゃ大事ですけれど、あの頃のボクにとって、あなたから貰えるその優しさこそ全てだったんですからね」
    「何を言う。優しさなど、このオレにあるものか!」

     眉間に皺を寄せて威嚇すると、くくく、と笑い声を出しながら青年が肩を揺らし出した。

    「好き、大好き。ホント、そういうところが好きなんだよなあ、ボク。…悟天やトランクス君になんて、絶対ぜったい渡すもんか」
    「だから、誰なんだそいつらは」
    「んもう!ハグの時に他の子のことなんて考えるなって言いたいんですね!そうですよね、ごめんなさい。ボク、ピッコロさんのことしか考えないですから!」

     そうか。
     オレは今、こいつに必要とされている。
     溢れる、幸せ。

    「…ああ、そうしてくれると嬉しい」

     暖まる心を感じながら、オレは彼の背中に手を回した。
     大好き、大好きと繰り返す彼の姿こそ、自由な姿なのだろうか。ならば、オレも同じくらいの自由で彼に答えてやらなければ。

    「ああ、愛おしい。お前と、ずっと…」

    ーーーずっと一緒にいたい。

     永遠なんて、ある訳ないのに。
     目の前に広がるあの花々のように、オレもゆくゆくは枯れて、命を燃やす運命を持つのだ。それまでに、オレは花のように種を残し、そこにいたという証を残すことが出来るだろうか。
     ああ。
     夢の中と言えど、オレに残される命は残り半年だと言うのに。

     オレは、お前を愛する馬鹿野郎であったようだ。

    「ピッコロさん、だあいすき」

     なあ、こいつはお前なんだろう?
     悟飯。

    ◇◇◇

    「ただいま、ピッコロさん」
    「…ん、

     睡眠などいらない体を持つくせに、心地良くてついうたた寝していた。
     くわ、と小さな欠伸をして小さな彼を見やる。懐かしい気分。夢の中で何故か、こいつのような気を感じていた気がする。

    「寝てたの?まだゆっくりしてても良かったのに」
    「お前に寝首をかかれたら終わりだからな」
    「ええ!ボクがピッコロさんをころそうとするワケないでしょ!」
    「…どうだかな」
    「ボク、そんなにワルなやつじゃないよお!」

     彼が、泣きそうな顔をしながら必死に訴えかけてくる。

     まさか、こいつに寝姿を見られてしまうとは不本意だった。
     今日は疲れすぎているのか…?
     いつもなら、こんなことはないのだが。こんなに近くに彼の気を感じていながらも寝転けるとは、我ながら恥ずかしいことをしてしまった。
     まあ、とやかく言うのは野暮だが、コイツに寝首をかかれて殺されるなど、このオレがやられる訳ないが。

    「ね、一緒に食事にしませんか。ピッコロさんのぶんの木の実ももってきたんです」
    「残念だが、オレは食わん」
    「えええ、食べないの?ぐあい悪くなっちゃうよっ!」
    「ええい煩い。聞け、ガキ。オレは水しか飲まないんだ」

     なるほど。
     帰ってくるのが少し遅かったのは、オレの分の食料も採ってきてくれたからか。
     すまないが、オレはその食べ物を食うことは出来ない。
     正直に伝えると、彼はみるみるうちに眉間に皺を寄せ、無粋な顔になった。

    「…何それ。ボクのこと信じられないのっ!?毒なんて入ってないってばっ!ほら、ボクだって食べられるやつなんだよ!」

     大声で怒鳴り上げる。
     今まで、彼がそんなに感情を爆発させたのは、半年前の戦い以来かもしれない。久しぶりに鼓膜が揺れる感覚を感じてびっくりする。
     どうやら彼は、自分を警戒していると勘違いしたらしい。信用していないと感じた彼は、その大きな瞳いっぱいに水の膜を張り、わんわんと泣き出した。

    「ま、待て。悟飯、勘違いするな」
    「かんちがいって何さ!ピッコロさんの、ばか!ばか!」

     罵倒にカチンと来る暇もなく、必死に彼をあやす。
     罵倒など慣れたものだ。このガキから言われるということに関してはプライドが許さないが、今はそれどころではない。罵倒のかわし方は知っていようとも、ガキのあやし方は分からん。当たり前だ。ガキと暮らすなど、オレにとっては初めてのことなのだから。

     生まれてからのこの七年で、オレは水以外を必要としないということを知った。食い物を口にしてもすぐに吐き出した。水を飲めば、己の体にしっくりきた。
     自分が魔族だからかと推測し、同類に聞き出したことがあったが、『魔族にはそんな体質はない』と言われた。
     周りには、本当の同族というものがいないのではないか?魔族と思い込みながらも、実はそうではない何かなのでないか?
     己の出自と共に、彼に昔話をする。
     すると、より一層声を上げて泣き出した。

    「オレとお前は違う。そして、オレとこの星の奴らは違う。大魔王のために生み落とされたこの命は、地球人から忌み嫌われ続けてきた。お前の父親である孫悟空を殺すという目的を与えられ、世界征服の夢を追いかけ、人々の恐怖の声と憎悪の視線、罵倒に揉まれながら生きてきた」

     四歳のガキにこんな小難しい話、しても無駄かもしれない。だが、あやし方が分からない。だから、はっきり伝える。

    「おじさんは、悪いやつなの?」
    「分からない。お前がそう思うのなら、そうなのだろうな」
    「あ、あのボ、ボクはそうは思わないからね!だっておじさん、いい人だもん」

     純粋無垢な顔で見つめられる。以前にもこのような言葉を投げかけられた覚えがあるが、やはりどうにも落ち着かなかった。

    「ちっ、何故かその言い方をされるとむかっ腹が立つな」
    「…ごめんなさい」

     一部の命に魔族の魂がある以上、その言葉に不快感を感じる。だが、オレは変わったのだろうな。今や、苛立つそれすら面倒だと思えた。

    「まあいい」

    ーーー本来この星の人間共は、誕生した生命を尊び、喜ぶものであるのに、オレはその経験がなかった。生まれ、空気に触れた瞬間、感じたのだ。人々の憎悪に。祝福ではなく、その苦痛に。だから、嫌いだった。平和も笑顔も、何もかも。

     そう伝えると、彼は更に泣き出した。
     それは怒りから来るものではなく、悲しさからくるものだった。

    「何故泣く」
    「ボク、悲しいんです。もしボクがピッコロさんの立場だったら、さみしくてさみしくて、きっと生きていけないだろうから」
    「寂しい、だと?」

     うん、と頷き涙を一つ落とす。これ以上、何を泣く必要があると言うのか。

    「ボクのだいすきなピッコロさんが、そんな辛い思いして生きてたんだなって思うと、くやしくてたまらない。いやでいやで仕方ないんです」

    ーーーだ、だいす…き?

     慣れない言葉に耳が動く。歪んだまま顔が固まる。何故か体温が上がった気がした。
     不思議な子供だ。オレの出自を聞いて、涙するとは。オレの生き様に共感し、心痛めるとは。
     この大魔王の子に、まともに取り合ってくれる、とは。

    「変なガキだ。オレに肩入れするなど、将来碌なことにならんぞ」
    「それでもいいんです。ピッコロさんの悲しみとか、辛さとか、ボクも一緒にかんじて、すこしでも軽くしてあげたいから。ボクね、ピッコロさんがだいすきなの。ずうっと一緒に、いたいんだよ」

     無理なことを言うな。ガキめ。オレはこの先お前に言うつもりはないが、半年後死ぬんだぞ。お前といるのは、この荒野での修行きりなのだぞ。

    「…もし、半年後ホントにサイヤ人が来て、追い払うことが出来たら、ピッコロさんと一緒に色んなところにいきたいねえ」

     赤く晴れた目元。瞳は膜を張りながらも焚き火の明かりに照らされて、キラキラとしている。オレは、『無理だ』とも、『断る』とも言えず、ただただ彼の無計画な望みを聞くばかりだ。

    「ボク、ピッコロさんのためならなんだってするね。だから行きたいところあったら、すぐに教えてね。そしたらどこへだってついて行きますから」

     出来ることなら、してみたいものだ。できることならドラゴンボールに願ってでも叶えてみせたい。孫に怒られるだろうか。怒られるだろうな。

     ぐうう

    「あ、いっぱい泣いたからお腹減っちゃった」

     ふ、自由なヤツめ。
     ペラペラと喋りやがったあとは、腹が減る、か。
     このオレを前にして、随分肝が座ってやがる。

    「辛気臭い話に付き合ってもらって悪かったな。それ、オレがそいつを食えない理由が分かっただろう。食えない代わりに隣で見ててやる。気まずいだなんて言うなよ。オレにはそれしかできないんだからな」
    「フフフ、わかりました」

     こいつの笑った顔に、安堵する己がいる。
     孫悟空を殺した今、生きる意味を見失いこそすれど、その中でオレはひと時の自由を得たいと思った。
     そう。抗ってみるのさ、運命とやらに。

     悟飯。
     残り少ないこの人生を割いてまで、お前と修行している理由は、お前にそれほどの価値があるからだ。安心しろ、オレはお前を殺しはしない。
     例えオレが死んでもお前は死ぬなと願うように、オレはお前の命の価値に、並々ならぬ想いを持っている。

     
    ◇◇◇



     『その時』は、予想より早く迎えた。
     この一年、伊達に生きちゃあいない。オレは、いついかなる時でもその時が来てもいいように、後悔残さず生きてきたんだ。
     どうにもならんような、不回避的運命から逃れるよりは、覚悟をして生きた方が何十倍も生きた心地がする。


     戦いは不利を極めていた。
     いくらオレたち以外の戦士が特訓しようと、奴らサイヤ人とは力のベクトルが違う。
     サイヤ人と渡り合うには、やはりサイヤ人でなければ。
     だからといって天国から向かっている孫悟空を頼る訳にはいかないし、隣で震え上がるチビが自発的に挑むのを待つなど無理な話だった。
     オレはしくじったのだ。そして気が付いた。二人で特訓しようが、実戦経験がなければそいつはただの足でまといに過ぎない、ということに。冷や汗が出るほど青ざめた。
     悟飯は生まれてから一度も本当の戦いをしたことがない。そんな中、死にゆく戦士の姿を見てみろ。そりゃあ尻込みするだろう。

    ーーークソッタレが。

     これでは、オレが残す意思や希望を、思わぬところで途切れさせてしまう。まずい、どうにかしなければ。


     孫悟空が帰ってこない。
     奴の強さに興味を惹かれ、時間に猶予をくれると言ったサイヤ人も戦えずイライラしている。サイヤ人共の怒りが暴走してしまったら、今度こそおしまいだ。三時間は思ったよりはやく過ぎてしまう。やはり、孫悟空が来るまでこの状況を打破する他ないのか?

     咄嗟に思いついたアイデアを、生き残った数少ない戦士たちに耳打ちする。地球滅亡を阻止するのに、震え上がる悟飯を挑ませるのは苦肉の策だった。下手をすれば、奴もまた殺されかねん。希望である彼を失ってしまうのは、絶対に避けなければ。

    「今度はもう、にげたりしないから。だ、だいじょうぶ!」

     当たり前だ。サイヤ人襲来までのあいだ、オレがお前を鍛えたんだぞ。ここに来て逃げるなど、許すもんか。地球の運命は、お前のウデにかかっていると思え。

    ーーー注意を引きつけろ!

     サイヤ人はシッポがだということは、孫悟空の兄との戦いで承知済みだ。そこを狙えば…!
     と、思っていたが。

    「はっはっは。とんだ計算違いだったな!オレたちがそんな弱点をいつまでも鍛えずにほおっておくと思ったのか!?」

     誤算だった。
     そこからは、タガが外れるようなスピードで地獄がオレたちを追い詰めていった。
     正真正銘、終わりの始まり。

    「…う、あ!」

     しまった、と思ううちに相手から肘打ちを食らわされる。ぐらりと視界が振れた気がした。

     こんなところで死んでたまるか。

     絶え絶えの意識を、万が一に備えて必死に繋ぎ止める。果敢に挑むも悟飯が突き飛ばされる。痛みにもがく。もう一方の戦士も、抵抗の攻撃を放つが、いとも容易く突き返される。策を思いついて不気味に笑う目の前の敵に、それに笑われる己の命運。無様なこった、こんな奴らに殺される運命だなんて。
     
     向かってくる孫悟空の気。
     向かってくる己の死期。

    「ピッコロさん、逃げて!」

     劈くようなガキの声が耳に入った。揺れる鼓膜と揺れる視界。力んで立つ力が、さらに強ばった。

    「おとうさんが来るまで、なんとかボクが食い止めるよ!」

     べそをかいていたガキが、遂にこんなことを言うまでに成長しやがった。オレも、泣き言言わずにやってやるか。
     ここで死ぬ運命から流れを背いて、抗ってやる。
     いずれ戦いが終わったらあいつが言うように、色んなところを旅してやろう。色んなところに行って、それで、それで…。
     オレの考えはこいつに絆されてしまったようで、奴らを倒したら孫悟空もろとも息子を殺すなどという気はとっくのとうに消滅してしまっていた。


     きっ、と音がするような険しい表情をし、悟飯が目の前の敵に突っ込んでいく。無謀すぎる、だが、大きな進歩だ。目にも止まらぬ速さで奴の眼前に移動し、大きく脚を振りかぶった。瞬間、ばきっと音を立てて敵の顔が他所を向いた。蹴ったのだ。触れたのだ、悟飯が。
     オレたちが苦労して与える攻撃をいとも容易く交わしてしまうサイヤ人に対して、一撃当てたのは幸運だ。いや、これは悟飯の実力なのだろう。
     蹴られた衝撃で吹き飛ばされた図体は、オレの前を通過し、岩肌にぶち当たった。やった、アイツに蹴りを食らわしたのは良い方で思わぬ誤算だった。これで戦況が変われば…。

     くるり

     だが、めきめき、ぱらぱらと嫌な音を立てながら奴が立ち上がる。その怪力で、岩肌から抜け出す様は、オレたちを震撼させた。
     こ、こいつ、なんて言う体力を持ってやがる。バケモノだ、完全にバケモノなのだ。サイヤ人は。
     奴が左手に気を集中させる。気功波の類でも撃つつもりだろうか。逃げろ、悟飯。攻撃を当てたお前でも、あれを食らったらひと溜りもない。

    「…ガキィ、これまでだあ!」

     遂に恐れていた、『サイヤ人の怒り』に触れてしまった。奴が悟飯を狙う。明らかに刺してくる殺意に戦く。彼は青ざめた顔をしながら、ただただ死を待つ様にそこから動けずにいた。
     
     何をしている。
     やめろ、こいつだけは。
     オレはばくりと心臓が鳴った。
     本能が警鐘を鳴らす。
     ここで守らねば、後先が立たぬぞ、と。

     眩い光の波動を感じた時、オレは躊躇する間もなく悟飯の前に出た。身を呈し、敵からの攻撃を守る。
     お前をここで殺す訳にはいかない、悟飯。死ぬ、な。…悟、飯。
     戦うことの真の意味と、浮き上がってくる勇気を、お前はこれから知っていくのだ。長い長い人生で、お前はそれを学んでいくのだ。お前が知らない世界は、この世にごまんとある。そしてそれを知ってゆくのだ。そういう人生。悟飯、お前はそんな未来を迎えて欲しい。
     戦いと恐怖以外何も知らぬいたいけな子供を、今ここで見殺しにする訳にはいかない。

    「ーーーっあ!」

     光に、当たる。
     息を飲む動作で開いた口から、これでもかと言うほど堰を切る叫び。喉が潰れるほどの声が出た。

    「うわああ!」

     ああ、なんて痛さなんだ。
     覚悟を決めた腹に、衝撃がこれでもかと己を貫いた。

     道着が溶ける。
     皮膚を貫く。
     肉が断たれる。
     臓器を潰される。
     目が眩む。
     頭も痛い。
     痛い。
     いたい。
     いた、い。



     トドメとでもいうように爆風が舞い上がる。

     ばたり

     オレは足元から崩れ落ち、倒れた。
     痛い以外の何も感じられない。辛い以外の何も考えられない。ただただ虫けら同然の呼吸をひたすら繰り返した。運命の流れに逆らうようにもがくその手は、段々と消えかかっている。まだだ、まだだ、と認めぬオレの代わりに、神殿にいる神が確信した。オレは遂に、ここで死んでしまうのだと言うことを。くそ、もうひとつの分身のせいで、嫌でも死期を悟ってしまう。

    「ピ、ピッコロさん!ピッコロさん!!」

     我に返った悟飯が、目の前のサイヤ人のことなど気にも留めない様子で駆け寄ってくる。
     何故、こんなボロ布同然のオレを慕うのだ。何故最後の最後まで、オレに情けを掛けようとするのだ。
     純粋無垢な彼を、抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、身体が言うことを聞かない。それが悔しくて悔しくて、たまらなかった。

    「ピッコロさん、どうして、ボクをた、たすけて…」

     彼は嗚咽で、言葉を紡げないようだった。
     なに、避けきれなかった悟飯が悪い訳じゃあない。
     咄嗟に守ろうと身を呈した、このおせっかいなオレが、オレ自身でしくじっただけなのだ。
     だから、泣いて欲しくない。ほしくないのに、こいつはわんわんとべそをかいた。
     オレは痛む身体に鞭を打ち、彼へ笑みを向ける。

    「は、はは。なんてひでえ面しやがる、悟飯」
    「…だって、だってえ!」
    「…へ、へへ」

     口元が裂けているが、それでも微笑んだ。

     いつだって厳しくしてきオレが、お前にこんな表情を向けることなんて滅多になかったはずだ。お前は今の俺を見てなんと思うだろうか。珍しいと思うだろうか。それとも、歪んだ笑顔がおかしくて笑いだしそうだと言うだろうか。
     至って純な笑顔を見せたのは、お前きりだ。
     不格好な笑顔を向けられて、思いっきり笑ってくれよ。可笑しい、って。滑稽だ、って。
     悲しみに暮れるよりも、笑い飛ばしてくれよ。死を悟りながらと、笑みに包まれ死にゆくこのオレのように。

    「やだ、死なないでえ…」

     人は、後悔して死ぬことがないよう、死の直前まで必死に足掻くと云う。
     オレの場合は、どうなんだろうか。
     何に足掻いてきただろうか。
     この一年、オレは、何…に。

    「ピッコロさん、ピッコロさん」

     話しかけるな、悟飯。もうオレには返答出来るほどの気力がない。辛い、全身が痛い。再生しようにも、細胞が上手く動かない。くそ、くそ、くそ。オレは今更何故、何に足掻いている。

    「やだ、待ってよう。死なないでえ」
    「ぐずるな…。泣く、な悟飯」

     身体に残る僅かな力を込めて、彼に言葉を投げ掛ける。今までしてきた彼への叱責ではなく、慰めのような声色で。
     オレのためではなく、彼のために。

     オレが起こす事象の全ては、全て俺のためにある。
     今までは、それが当たり前だと思っていた。物事の根幹だと思っていた。まるで大魔王に意識を捕縛されているように、傲慢で悪どかったのだ。

     しかしながら、この一年でオレは随分と変わった。
     いや、変えた。という言い方の方が正しいだろうか。もちろん悟飯や、孫に突き動かされた要因もあっただろうが、オレは最後の最後に大魔王からの鳥籠から逃げるために必死に足掻いていたのだ、多分。

     そう、足掻いたのだ。お前のために。

     大魔王のような、非道で残虐な人物の元から飛び出し、オレはお前と共にどこまでも自由な存在になりたい。そして、どこまでも行きたい。遠く、遠く、大魔王の手など届かない場所まで。そうして、いつの日か戻ってきた時に帰る居場所がお前の場所であれば。お前もオレも、ずっとずっと、とびきり幸せだ。

    「う、うう」

     だが、そうは上手くいかない。現実は、オレを死に追いやっていく。気が、徐々に小さくなっていく。

    ーーーもし、半年後ホントにサイヤ人が来て、追い払うことが出来たら、ピッコロさんと一緒に色んなところにいきたいねえ。

     残念ながら、本当に再野人が襲撃してしまったぜ、悟飯。それも、予想より早く。オレがお前と行きたい場所はどこだろうかと、考える余裕もないうちに。すまない、すまない悟飯。もう、あの話の続きをしてやれそうにない。

     上手くは言えないが、そうだな。どこに行きたいかと言われたら、今のオレだって迷ってしまうな。だが、ああ、お前となら、どの景色だって美しいんだろうなあ。
     卵から孵り、初めて見た世界。流れる川口、震えるような広さの空、この身を包むような木々。地球は美しいことこの上なかったが、そのどれよりも綺麗で。
     だってそうだろう。オレの望む世界を、お前は初めて創ってくれたのだから。だから、どこへでも行きたい。お前と一緒なら、きっと大丈夫だ。

    「ちっ、バカめ。殺す順番が変わっちまったが…。まあいい、どっちにしても同じことだ」
     
     オレに一撃与えた憎き敵がひとりごちる。
     オレは死ぬ。避けられぬ現実。

     幻のような日々もじき終わり、枯れた花は来春に向けて種を残す。オレも、そうであれただろうか。お前は、オレの分目いっぱい生きて、これから見ていく景色を目いっぱい焼き付けて、幸せを噛み締めて欲しい。
     どんなに遠く離れても、お前を見守ってやる。お前がオレを呼ぶ時は、身を乗り出してあの世から、どうした、と、言葉を返してやる。
     オレが死ねば、ドラゴンボールはもう使えない。望みも叶えられないが、もし、またどんな望みも叶えられるとしたら、生き返って、お前を驚かせてやりたい。そして言ってやるのさ、ただいま、と
     
     帰る場所は、いつだってお前の元なのだから。

    「聞け、悟飯」

     ぜえ、ぜえと浅い息を吸って吐くと、胸が焼けるような痛みがする。大魔王も、腹に風穴を開けられた時こんな苦痛を感じただろうか。

    「オレとまともに喋ってくれたのは、お前だけだった」

     石を投げられて。
     罵倒を浴びせられて。
     人間どもの手から逃げて。
     この世の平和などなくなっちまえばいいと、そう願っていたのに。

     気味悪がられて。
     見るなり悲鳴を上げ逃げられて。
     自ずと誰にも見られないように隠れて生きてきて。
     幸せをかみ締める奴らなどいなくなっちまえばいいと、そう願っていたのに。
     
    「うわああん」

     オレは、お前の親父を殺すために、人生の全てを捧げてきたと言うのに。

     お前は、何なんだろうな。悟飯。
     オレの人生の、何なんだろうな。
     あの人間どもとは違う、純粋な眼差し。
     それを向けられて、自然と心が熱くなった思い出。
     お前だけが、大魔王の面ではなく、このオレ自身を見てくれたのだ。
     溢れ出る満足感。同時に、込み上げる感謝。
     いつか、お前にそれを返そうと思っていたんだ。
     だが、まあ、随分遅くなっちまったがなあ。

    「貴様といた数ヶ月、悪くなかったぜ…」

     オレは足掻く、お前のために。
     オレは足掻く、今までの運命からの解放のために。

     まったく、最後に起こす行動が、お前のために命を張ることだったとは。

    「おじさん、ピッコロのおじさん」

     やめろ。身体を揺さぶったって、じきにこの命は尽きるんだぞ。
     耳が篭もる。
     意識が遠ざかる。
     瞳に水の膜が張っては決壊を繰り返す。

     おしまいだ。もうすぐオレはここから飛び立つんだ、悟飯。
     いつかまたオレがお前の元に行くというのなら、それは『戻る』ではなく、『帰る』と云うように。オレの帰路はお前に続くものでありたい。

     悟飯、オレ…は、お前を。

    「死ぬなよ、悟飯」

     じくじく。
     腹の痛み。
     あの時のような、鈍い痛さ。
     いまや、あの痛みさえ愛おしく感じるんだ、悟飯。
     これって、なんて言うんだろうな。
     お前を思うだけで熱くなるこの心。

    「あああ!」

     泣くな、また逢える日まで。その涙を取っておけ。
     悟飯、悟飯。
     今までありがとう。
     オレは、この上なく、この先出会う誰よりも、お前を一党愛している。

     だから、お前を愛する大馬鹿野郎を。
     いつかその声で呼んでくれ。
     その声で、おかえり、と言ってくれ。




    『足掻く、居場所への渇望』
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