ミラクル シンフォニィ(新刊一部)月日「月島ァ!ちゃんと真正面からボール取れっ!」
「はいっ…!」
サボっているわけでも、疲れているわけでもない。たださっきの日向とのやりとりが頭から離れない。
日向に好きな子がいる。誰かは知らないしわからない。あんなに苦しそうな声は聞いたことがなかった。けれど告白する前から失恋という、本人の言葉の方が引っかかって離れない。
結果を気にしないタイプだと思ってるわけではないが、行動する前に諦めることもあるのかと思ってしまった。
そして日向が想いを寄せているのが誰なのかが気になって、午後の授業はほぼ頭に入ってこなかった。今もボールについていくことにやっとで、おまけにまともに返せていない。
いつかはそんな日が来ると思っていたのに、冷静でいられない自分に失笑する。こんなに動揺するとも思っていなかった。五本のレシーブを返すことに何度失敗したか分からない。
「おいおい。今日は不調か?月島〜」
タオルで汗を拭いていると田中が話しかけてきた。これは不調に入るのかどうか、さっぱり分からない。
ずっと清水に想いを寄せていた田中になら、この感情の扱い方もよくわかるのではないかと思い、月島はメガネを掛け直すとスポーツドリンクを飲む田中に問いかけた。
「田中さんは清水先輩をずっと追いかけてましたけど…先輩に好きな人がいたら、どうしてましたか?」
突然のバレーとは関係のない月島の問いに、田中は飲んでいたドリンクを盛大に噴き出した。
「は、はぁ?」
好きなタイプの話すらしたことないのに、いきなり恋に悩んでいるというようなことを聞かれるとは思わず、田中はあたりをキョロキョロと見て小声で月島に声をかけた。
「おまっ…え、なに、好きな子いんのか…?」
田中にそう言われて月島はハッと我に返り、無意識に聞いてしまったことに慌てて取り繕おうとした。
「ち、違っ、僕じゃなくて…」
「いいんだ…いいんだぞ、月島。男たるもの、好きな女の一人や二人…」
「いや、二人はダメでしょ…」
田中の言葉に思わずツッコミ入れてしまい、月島は静かに息を吐いた。それに自分が好きなのは女子ではなく…そう思い少し向こうにいる日向に視線をやった。
それに気付いた田中が同じように視線を向ける。
「?日向のことなのか?さっきの…」
またしてもやってしまったと、月島は「違います」ともう一度答え、誰のことかと話すまで引きそうにない田中の様子に、クラスメイトの話だと答えた。
「クラスメイト…ねぇ…。ま、いいか。そうだなぁ。好きな人がいたからって、俺の気持ちはかわんねぇし、そう簡単に嫌いにはなれねぇ。決定的な…例えば相手に恋人ができるとか、そういうのがあれば諦めるかな」
恋人ができたり結婚したり、そういう自分が入る隙がない状況になればあきらめざるを得ない。相手に脈がないのに、いつまでも好きだと言い続ける田中や西谷の気持ちがわからなかったが、今なら少しわかったような気がした。
日向に好きな人がいたとしても、この気持ちをすぐになかったことになんてできない。嫌いになることなんてできないのだ。
たとえ叶うことがないとわかっている想いでも。
わぁ!と体育館に声が響く。見ると三対三の試合で影山と日向の速攻が見事に決まったようだった。嬉しそうにハイタッチをする日向を見て、その相手が自分ではないことにやはりモヤモヤする。
同じポジションだけに、彼にボールを上げることはない。いや、それ以前に影山のような神がかったボールを日向に繋ぐことなど月島にはできない。
それでも…あの位置には立てないとしても、日向に想いを寄せる人がいても、もう自分の気持ちをずっと押し込めるのは止めようと思った。
「ありがとうございます。クラスメイトにも伝えます」
そう言って少し頭を下げると、月島はそのままコートへと戻っていった。
「あいつが…ねぇ…」
クラスメイトのことだと言った月島だが、自分のことでもあったのだろうと田中は思った。他人に興味のなさそうな月島に好きと思う相手がいる。それだけでも成長したなと思う田中だった。
練習が終わり、用具の片付けも終わりかけていた時、月島はモップで床を拭いていた日向に近付いて行った。
鼻歌でも聞こえてきそうな勢いで端から端までを何度も往復する日向は、月島がなんともいえない顔で近付いてきていることに気付いてなかった。
体育館の半分を吹き終わった時、
「ちょっと…帰り、付き合ってくんない?」
いつかどこかで聞いた言葉に振り返ると、不機嫌を顔に描いたような月島が日向を見下ろしていた。
「お…おう…」
日向は小さく頷き、さっきの倍の勢いでモップ掛けを再開した。