【陰ギャル】キミはそれができる人⚠️V3本編の重大なネタバレ(冒頭から)
「私、ダンガンロンパに応募しちゃおうかな」
私達二人以外に誰もいない踊り場。つぶやいた独り言は壁と階段にはね返って、思ったよりも響いた。駅に併設された古びた百貨店内の階段は、家に帰りたくない中高生の穴場だ。
「…女子高生がすぐ『死にたい』なんてノリで言うけどさ、その代名詞としてダンガンロンパを使わないでくれるかな」
相変わらずくどい話し方。けれどもう慣れたというか、そういうものだった。
「ノリじゃないし」
「じゃあなんで出たいの」
手元の小さな画面を眺めながら、最原くんが空気みたいに問う。画面はまさにダンガンロンパの過去作を映しているけれど、片耳のイヤホンを外しているだけ私の話に耳を貸す気はあるみたい。
「私、コロシアイに向いてると思うから。基本的に人のことを信じてないし」
出した声音はちょっとだけ何かに揺れていた。じっと彼のスマホを覗き込む。私より一段下に座る最原くんは、画面にかじりつく姿勢のままで鋭い視線を一瞬こちらに寄越した。ああ、珍しくスルーされないパターンかも。彼の「それおかしくない?」が発動する時の合図。
「……本当に人のことを信用していないのなら、そんな事わざわざ言わないんじゃないかな」
「ダンガンロンパ観すぎだよ。すぐ人のこと論破しようとするのやめて」
私は呆れて天井を仰いだ。
「人の真意って、言葉より行動に出るものでしょ」
最原くんは私の言葉を無視して続けた。いつもなら簡単に黙らせるのに、今は少し睨むことしかできなかった。目が合ったことなんて多分ないけれど、彼はこちらを見なかった。
「本当に人間不信だったら、『人のことを信じてない』って口で言うんじゃなくて、実際に何でも疑ってかかる方が自然でしょ」
「疑ってかかってるよ」
「嘘だ」
「なに?」
「僕は…キミが根拠もなしに人を信じるところを見たから」
「何なの。探偵気取り?」
「そんなんじゃないよ」
いつもと違って、「探偵」を引き合いに出して揶揄っても彼は突っかかってこなかった。声は無言と同じくらい含みがないのに、冷たく沈んでいくような音だった。
「キミは人を殺す気なの?」
推理の続きは一旦置いたのか、彼が珍しく質問を重ねてくる。視線は、帽子越しだけれどきっと私を射抜いていた。
「別に、そう決めたわけじゃないけど」
「ダンガンロンパで勝つ方法、ちゃんとわかってる?」
口元しか見えないけれど、彼の語気は強かった。ダンガンロンパの話をする時だけはこうだ。
「誰かを殺して隠し切ることでしょ」
「あるいは、番組の真実に辿り着いて生存者が2人になるように溢れた人数分だけ外の世界へ帰れるけど。まあ、そこでの生還を期待する応募者は希少だろうね」
「そんな事どうでもいいから、いらないよオタク語り」
「……じゃあ、殺される気なんだ」
「さあ…別に、何でもいいよ」
ダンガンロンパに出るって言うなら、ちゃんと意義をもってもらわないと。そんな事を言われる気がした。けれど。
「あの日…初めて会った日にさ、僕が落とした限定のアクキー拾ってくれただろ」
「それ関係あるの?」
「あの時、キミは僕を…僕の話を信じてくれた」
あの日はたしか…この百貨店の文具屋で、たまたま最原くんが何か落とすところを見かけたから、咄嗟に拾って渡したんだ。
『落としたよ』
『えっ、えっ!あ…!あ、ありがとう、ございます…!』
『これ、なんかのグッズ?』
『え、えっと…ダンガンロンパっていう…』
『あ、聞いたことある』
『えっ、え、本当に…!? こっ、これ…大好きなゲームで…今も映像作品でずっと続いてて…』
『面白いの?』
『う、うん…キミが気に入るか、わからないけど…』
『へえ、面白いんだ。観てみようかな』
そういえば、そんな会話をしたっけ。
「拾っただけじゃん。信じるなんてたいそうな事をした覚え無いよ」
「あの日キミは、僕が『面白い』って言ったダンガンロンパを、『面白いんだ』って何の疑いもなく受け入れてくれた」
だって、その目は帽子の影が落ちていてもキラキラしていたんだ。そんなに夢中になれるものがあるっていいなあって。きっと面白いものなんだろうなって。そう思っただけだ。それが根拠なんだ。だから、私はそう簡単に人を信じたりしない…。
「本当は、キミは…」
最原くんはさっきまでの語気が嘘のように、帽子のつばを下げて黙った。
「いいよ。言って」
「誰かを信じたいんじゃないか…って」
「えぇ?なに、最原くんって意外とポジティブなの?」
そういえばさっき、彼は「本当に人のことを信じてないのなら…」なんて言い出したんだった。話はさっき止めた推理に戻ったらしい。
「思い出しライトの効果、知ってる?」
「え?普通の高校生を超高校級にするアイテムでしょ」
「そうだけど…その点も含めて、人の潜在能力を引き出す代物なんだ」
「ああもう、言いたいことあるならはっきり言ってよ!」
「こ、声あげないでよ、ここ響くんだから…キミが本当は誰かを信じたいと思っているのなら、ライトの効果でそんな性格に…人を信じられる前向きな性格になるかもって話だよ」
「え…」
私が、簡単に人を信じるようなお人好しに?想像つかない。そんな性格、損するだけだよ。そんな私が目の前に居たら…見ていられないと思う。人生そんな甘くないって、説得したくなる。
…でも。羨ましくもある。手放しに人の善性を期待できる人。同時に、誰かに信じてもらえるような行動を自ら選ぶことができる人。世の中は腐ってなんかないって、捨てたもんじゃないって、思わせてくれる人。
「でも、思い出しライトなんかなくても…キミはそれができる人…かもしれないなって…」
「煮え切らないなあ。私そんなお人好しじゃないよ」
最原くんは言葉を探しているみたいだった。
「…それにダンガンロンパに出るって言うなら、それなりの意義をもって臨んでもらわないと、納得いかないよ」
「ああ、やっぱり。そう言うと思った」
得意気に言って最原くんの顔を覗き込もうとすると、彼はまた帽子のつばを下に引っ張った。