夜更かしお題:夜更かし
とある夜のこと。
カチコミが深夜まで長引いて、その帰りのタクシーの中だった。
日付が変わるギリギリで、拙僧の眠気もギリギリで。だが長時間にも及んだバトルの興奮もあって、ちょっとおかしくなってたんだと思う。
「眠かったら寄りかかってええよ」
そういって簓がいつもより優しい声を出したのも拍車をかけた。別にそこまでして貰う必要はなかったが、何となく面白半分で寄りかかると簓の太ももに持て余した右手を置いた。つーか単純に体勢的にそっちの方が楽だったから。
「………………?」
そしたら拙僧の手に簓の手がポンと乗った。
「え? ちゃうかった?」
たりめぇだ、全然違ぇだろ。
だが拙僧は特に何も言わず、次はどうすんだ? とコイツの行動を見守る。
「………………」
重なった掌同士が不自然に擦れ、次第に指と指が絡まっていく。華奢そうに見えるがちゃんと厚みもあって骨ばった男の手が緩急つけて拙僧の手を撫でたり揉んだりする。疲れた拙僧にマッサージでもしてくれてんのかと思ったがそうじゃねぇらしい。何がしたいのか不思議に思って簓に顔を向けたら意地悪く笑い返されちまったから。
「次の信号左で」
まるで拙僧とのことなんて何でもねぇみたいに簓が言う。運ちゃんも全然気にしてねぇし。なぁそっちじゃねぇよ真っ直ぐだろ、と目で訴えたら、
「少し遠回りして帰ろ」
って耳打ちされた。
いや早く帰せよ。とも思ったが、深夜にタクシーに乗る経験もそんなにねぇし、やっぱり簓の好きにさせてやることにした。
こうなったら淋しい男の駆け引きにでもノってやるか。
……なんて。好き放題手を握られながら、偶に熱っぽい視線を感じて拙僧もそれとなく応えていく。普段はおちゃらけてる奴がまぁまぁそこそこ雄の顔してたのも興味深くて、もっと他の顔が見たくなっちまったのかもしんねぇ。じゃあ今度は拙僧の番な、とばかりに簓の肩に頭を擦り付けてみると「眠いん?」と聞かれた。
ねみぃわボケ。こちとら毎日九時に寝て四時に起きてんだよ。
ってのも言わねぇで視線だけ合わせると、あれよあれよと言う間に簓の胸に抱かれてポンポンと一定のリズムであやされる。拙僧は赤子じゃねぇっての。
「大人しくも出来るんやね」
「………………」
タクシーの揺れと背中を叩かれる心地好さでいつ眠ってもおかしくねぇのに、息を吸う度に煙草と香水のニオイを感じて目が覚める。多分今までで一番強く、一番近く。悪趣味だとは思うが不思議と嫌いじゃねぇから余計に身体が記憶していく。
「遅くなってもうたしなぁ」
絶妙なタイミングで頭を何度か撫でられ、その手が頬まで下りると包みこむようにして顔全体を持ち上げられた。数秒間、至近距離で簓と視線が重なる。あまり見ることのない瞳は今宵の月みてぇにまんまるで、きっと拙僧の魂はうっかり吸い込まれちまったんだろう。自然と瞼が下がる。
「ごめんな」
その言葉は拙僧の唇に押し当てられて消えた。
初めての夜更かしのことだった。
Fin