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    tobun

    @misomisoshiruko

    ささくう、いちくう小説など。
    好きなものを好きな時に。
    普段は1️⃣2️⃣でやらせて貰ってます〜

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    tobun

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    少し前に身内で「自カプ全体新生MCD本を出そう!」って企画で発行した本。簓が酷い奴になっちゃった。すみません。
    1️⃣2️⃣ですがほぼカプ要素ないです

    #新生MCD
    freshmanMcd

    新生MCDのいちじろ判定団「なぁなぁ、零。次の対戦相手ってブクロの三兄弟やんか」
    「んー? あ〜、ああ、そうだったなぁ」
    「ほんでな? ここだけの話なんやけどぉ……んっ、ふふ、聞いて驚くでぇ」
    「ほーう、随分勿体ぶらせるじゃねぇか」
    「そうやでそうやで、なんてったって本邦初公開やからな」
     おっほん! って白々しく喉の調子を整えてから、俺は零にら身体を近付けてまるでヒソヒソ話でもするかのようにそっと囁く。
    「……一郎って弟に手ぇ出しとんねん」
     それからパッと離れてゲラゲラ笑う。信じられへんやろ? って。勿論零も後に続いてゲラゲラ笑う。なぁにバカな事言ってんだとかなんとか言うに決まっとる。
    「ハッ、なにバカな事言ってんだっての」
     ほらな? 言うたやろ? 簓さんからしたらこんなん予想のうちにも入らへんよ。だって必然やもん。ほんで、次は一郎にそんな甲斐性なんてあらへん〜なんて抜かすんや。
    「大体あんな青臭ぇバカ真面目なネズミちゃんにンな度胸なんざねぇよ」
     ほら言うた。俺、知ってんねん。
     表情見たら大抵の事読めんねん。
     せやから、こうも思った通りに答えてくる零がおもろくてまたゲラゲラ笑った。こんなバカげた会話にノッてくれるんは嬉しいけど、でも、なんやろ? 今日の零はなんやちょっと……翳りがある気ぃするわ。



    1.新生と焼売と盧笙と

    「えー、右から三三九の焼売、崎陰軒の焼売、盧笙が昨日三十%引きで買った焼売やな」
    「せやな」
    「……いやおかしいやろ! 何でこの人数おって皆焼売買うてんねん!」
    「喧しいねん! 何も持って来てへん癖に文句ばっか言いなや、ボケカスゴミが!」
    「ゴミちゃうわ」
     イケブクロに敗れてから今日で丁度一ヶ月。同じくシンジュクに、シブヤに負けた空却と左馬刻を呼んで俺らは盧笙宅におる。ほんで気ぃ利かせて持って来た土産が揃いも揃って焼売っちゅーおもろい状況で、一人暮らし用のちいこい机が食べ比べ会場になっとる訳や。せやったわ、今日は焼売の食べ比べパーティーやったわ! ってなんでやねん!
     ………………。
    「で? 激務の拙僧をわざわざオオサカまで呼び出して焼売食わせようってか? 交通費のが高くつくだろーが」
    「ちゃうわボケ。しかも交通費出したん俺やし何なら土産代も俺の金や」
    「おい、ウダウダやってねぇでさっさと用件言えや。俺様はテメーと違って忙しいんだわ」
    「いや、言うとくけどお前ら二人暇人代表やねんけど。まぁ、ココに集まってもろたんは他でもない、一郎の事や!」
    「はぁ? クソダボの?」
    「一郎の……ってどういう事だよ。ンで拙僧が知らねぇ事をテメェが知ってやがんだ」
     粗暴な二人の動きがピタっと止まって俺に視線をよこす。一郎に激重感情抱いとるコイツらなら一郎の名前出せば乗ってくるのは分かりきってる。隣で盧笙が「ココ俺ん家や!」なんや言うて騒いどったけど、お人好しの所為で「一郎君の為ならしゃーないか」って水を配り始めた。なぁ、盧笙? 俺その浄水器初めて見たんやけど、大丈夫なやつなん? 月二万三十六回払いとかしょーもない事になっとらん? ちゅーか三人ともちょろ過ぎて心配になるわ。
    「単刀直入に言うで。一郎と上の弟クンは付き合うてますぅ!」
     場が一気に静まり返る。漫才中やったら耐えられへん空間や。せやけどこれも想定内。いきなりこんな事言われたらそら凍りつくわ。
    「え……簓、お前何言うてんねん。二日酔いなんちゃう? それとももうボケてもうたんか?」
    「若年性とちゃうわ」
    「簓ァ、テメェやっぱ目ぇついてねぇんじゃねぇのか?」
    「せめて閉じとるにしてもろてもええ?」
    「おいクソダボ簓さんよぉ。海と山、好きな方選べや」
    「ひどない!?」
     あかん、揃いも揃って暴言が過ぎる。俺が怒らへんとでも思ってるんちゃう? そらまぁ簓さんの九十八%は優しさで出来てますけども。
     いや、コイツらなら言いそうなん分かってたけど、纏まってこられるとキツイもんあるわ。ってのと同時に零には随分甘やかされてたんやな……なんてしんみりしてまうな。ほんまごめんやで。
    「ちゃうねん、ほんまなんやて」
    「ア? 別に拙僧らはテメェが嘘吐くなんざ思ってねぇよ」
    「はへ? いやでも、死ねボケ元反社青簓さんカッコイイ言うたやんか」
    「ッチ、ウゼェ。耳までねぇのかよ?」
    「男の癖に『でも』とか『だって』とか言ってんじゃねぇよ」
    「ちょ、会話成り立たなくなるさかい、それは一郎だけにしたってーや」
     喋りながら器用に焼売を放る空却を横目にはたと気付く。え、コイツ今「俺が嘘吐いてへん」って……言うたよな? それってもしかしてもしかすると──
    「ちょ、お前らもしかして知っとったん?」
    「知ってたっつーか……別に拙僧は一郎から聞いた訳じゃねぇけどよ」
    「見てりゃ分かんだろーが」
    「それは、そう……なんやけど」
     予想外の出来事に俺のクソデカ溜め息が部屋に響く。「見てれば分かる」って、いやまぁそうなんやけど。せやから問題なんやんかぁ。何でか盧笙まで頷いとるし。シンプルになんでや。
    「で、それの何が悪いっつーんだよ」
    「いやいや、アカンやろ。兄弟やで? お前だって合歓ちゃんに手ぇ出さへんやん」
    「舐めてんのか? 当たり前だわ」
    「簓。ンで急にくだらねぇ事言い出したか知らねぇけどよ、テメェは一郎をどうしてぇんだ」
     直球すぎる空却の問い掛けに今度は俺が動きを止めた。
     一郎をどうしたい、か。
    「一郎の罪を知り、例え止めたとして、テメェはどう導くっつーんだ?」
    「俺は……」
     空却からいつものクソガキっぽさがスッと消えた。お前、さっきまでアホ面で焼売貪り食っとったやんか。見た目も派手で尖っとるし、言う事もキッツイシし乱暴やし。せやのに正論かまして諭そうとするこの瞬間は何度見ても不思議やと思うわ。
    「………………」
     黙り込む俺を真っ直ぐ俺を見つめてくる黄色い目に吸い込まれそうになる。怒ってるんともちゃう、ただ静かに問うてくる空却の言葉をもう一度頭ン中で繰り返して自問自答。
     俺が一郎に何をしてやれるか。いやいや、そんなん決まっとるよ。そんなん当たり前やんか。
    「俺はなんも出来ひんよ。止めたって一郎は弟絡みになると人の言う事聞くタマちゃうやんか。そもそもコレは一郎達の問題やし……」
     ぶっちゃけ性的虐待やん? ってのはチラつくし、倫理的にも道徳的にもあかんってのは理解しとるけど。
    「ンだよ、テメェも分かってんじゃねぇか」
    「そら、まぁ……そうやけども、ちゃうくて」
    「知ったところでダボ共のクソみてぇな関係なんざどうでも良いだろーが」
    「いやあるやろ、見て見ぬふりやん」
    「……簓ァ。拙僧らが気付いてねぇとでも思ってんのか? とっととゲロっちまえ」
    「うぐっ」
     そうして今度は確実に責めるような目ぇで俺の事を睨む。あかん。適当な奴らやったら誤魔化せたのにコイツらは流石に無理や。このままスルー出来るとも思わへんし、こうなったら不本意やけど白状するしか……あらへんわ。
    「俺な、実はコレ……一郎の事零に言ってもうた」
    「は?」
    「ア?」
    「ハァァァァッ!?」
     三者三様の戸惑いの声が鼓膜を刺激する。そらそうや、そうなるわな。一人ごっつうっさいのおったけど。
    「オトンバレさせてもうてん……」
     どないしよ。そう小さく呟くと隣から盧笙が「簓……」って俺の名前を優しく呼んでくれた……ってのは気の所為でその直後にえっぐい一発を食らった。頬に。
    「痛ッ! ちょ、殴る事ないやんかっ! しかも顔!」
    「こんのドアホ! よりによっていっちゃんアカン奴にチクりよって!」
    「せ、せやからお前ら呼んでん!」
    「ア? 拙僧らをテメェの懺悔に巻き込むんじゃねぇよ」
    「おい空却、とっとと帰るぞ」
    「いやいやいやいやいや、待て待て待て待て待ってぇな!」
     そうと分かると薄情な二人は立ち上がろうとするし、盧笙はさっさと合鍵返せ、出禁や、五百円も返せとか言うし。出ていこうとする二人の足を引っ掴み、入らせへんようにしてくる盧笙からは合鍵を死守。ってなんやこの状況。いや、ちょっと想像はしとったけど。どちらかと言えば想定内の事やけど。
    「あんな、ちょお聞いて欲しいねん」
    「ァア!? これ以上テメェのクソみてぇな暇潰しに付き合ってらんねぇんだわ!」
    「ムシクソハムシみてぇに成り下がってんじゃねぇよ、ダボ」
    「なんて!?」
    「いやちゃうねん! 一郎の為に力貸して欲しいねん!」
     普段から壇上で磨き鍛えあげた簓さんのスッと通る美声のお陰か、漸く二人の動きが止まってくれた。流石一郎激重感情要因や。
    「さっきも言うたやん……。ちゅーかあん時の一郎て不安定やったやんか。心の拠り所が弟クン達に偏りまくっとったし、それもあって一郎の弟トークもヤバかったやん。せやから、あん時の俺もそれに引っ張られて本質見抜けとらんかったんやないかって。お前らのソレもそうや。一郎の歪な感情に引っ張られたんちゃう? 俺はソレを確かめたいねん。ほんでちゃうんやったら零や一郎に謝らなかんし……協力して欲しいねん」
     出来れば一郎も止めたらなかんけど。今それ言うたらまたさっきみたいに暖簾に腕押しになってまう気ぃするし言わんとこ。
    「せやから、お前らの知っとる『いちじろ』を俺に教えてくれ! 俺らは『いちじろ』を見極めて判定せなあかん責任があるんや」
     知らんけど。なんや、いちじろて。咄嗟にJK言葉みたいなん出てもうたわ。それでも俺はコイツらを引き留める為に続けた。
    「言うてる事はめちゃくちゃかもしれへん。でも一郎は止めなかんと思うし、俺もどっちかに謝らなかん……けど、そうなるとやっぱり証拠が必要やんか。俺も穏便に済ませたいし、平和的解決希望やし、ぶっちゃけ殴られたくないねん」
    「クソの理由だがや」
    「簓、人として最低やで」
    「ドグソトゲアリトゲナシトゲトゲ野郎ォ(※訳:どっちからも殴られてちまえ、このクソ野郎)」
    「あかん。最後人でもなくなってもうたわ。そらどっちにしたって俺が悪いんやけど、判定はせなあかん! 判定したいねん!」
     もうほぼ泣き言のように呟くと顔面がキツくて派手な割に面倒見のええ三人から溜息が漏れる。あ。コレもう一押しやわ。そう思うや否や真っ先に折れてくれたんは意外にも空却やった。
    「ったくよぉ相変わらず仕方ねぇな。拙僧からイってやっけど後でたんまり奢って貰うから覚悟しとけ」


    ---

     波羅夷の血筋なのか餓鬼ん頃からこの世の成らざるもんが見える。
     拙僧は僧侶だもんで人も霊も導いてやらなかん。だから霊が見えるってのは拙僧にとってなんのハンデにもならねぇし、寧ろ有益な事だ。怨念がエグくてヤベェ奴はまだ梃子摺るが、それでも見えると見えねぇの差はでけぇ。導くにおいて自分の力量を知り、更にダメなもんと大丈夫なもんとが判別できっからだ。
     それと同時に導く立場じゃなくても見えたり、祓えちまったりする奴もいる。拙僧と違って修行なんざしてねぇからたかが知れてはいるが、それでも日常生活に於いて知らず知らずのうちに徳を積んでる場合がある。
    「おい、ジロー」
    「なんだよ」
     それが拙僧のマブダチの弟、ジローだった。
     コイツは霊を見る事が出来ねぇ。だが、触れた場所や人間の悪霊を祓う事が出来た。当然見えてねぇから、自分が祓えてるなんて自覚もねぇ。だから余計に都合が良かったんだと思う。
     弟に負担をかけさせたくねぇ一郎と、兄貴の力になりてぇジローと。拙僧から見てもコイツらは良いコンビだ。
    「一郎にはテメェが必要だ」
    「はぁ? そんなん当たり前だろ!」
     そう顰めっ面を浮かべるジローの頭を乱暴に撫でて諭すように言う。正直いつまでも身を委ねたくなっちまうくらい、今は楽しくて心地の好い時間を過ごしてる自覚がある。最高のダチと気負わねぇ兄貴分。場所柄徳だって積み放題で修行のし甲斐がある。
     だが、時ってのは移ろい変わっていく。いつまでもこんな日々は続かねぇからよ……。だからせめて拙僧が認めた奴に大事なダチを託してぇじゃねぇか。
    「拙僧はいつまでブクロ(ココ)にいるか分かんねぇ。もし拙僧がこの地を離れたらよぉ。そん時ゃ、テメェがブクロの番犬になって、一郎と、一郎が大切にしてるもんを守ってやれよ」
    「だぁから、当たり前だっての! なんたって俺は山田一郎の弟だからな!」
    「ヒャハハッ、違ぇねぇ!」


    2.親友(マブダチ)の心臓繋げたりってなぁ!

     弟の話は一郎から聞いていた。複雑な家庭環境で、齢十七にして過酷な人生を送ってんなとは思う。それと同時に無理矢理にでも前に進もうとしちまうコイツだからこそ、そういうもんが次から次へと降ってきちまうんだろうなとも思う。まっ、不幸だろうが幸せだろうが、一郎なら目の前の壁すらぶっ壊せる男の中の男だってのはよぉく知ってる。何より、壁どころか弟を救う為に自分の鼓膜ですら破っちまうイカれた野郎だ。そんな奴に出来ねぇ事はねぇってのは過言かもしれねぇが、まぁそんくらい認めてるってこった。
     そうまでして救い出した弟達をマブダチはこう呼んでいる。
     「俺の心臓だ」……と。
     そして拙僧は過去に一度だけ心臓の片割れを預かった事がある。上の方の、だ。
     なんでも、下の弟が高熱を出しちまったらしく、ちょっとでも良いから弟同士の接触時間を減らしたいっつー事だった。当然一郎のバイトは休みになり、いつもそれにフラフラとくっ付いていた拙僧もフリーになった。ならば思い切って遊んじまうか! とも思ったが、そもそも拙僧には先立つもんがねぇ。左馬刻や簓に言やぁ惜しまずに小遣い以上のモンをくれるだろうが、それだと一郎が気にするに決まってる。これで一郎が全く気にしねぇ野郎なら今頃遊園地でアトラクションの三つや四つ乗り潰してっけど、生憎堅苦しい真面目野郎ときたもんだ。それに、
    『いつか弟たち連れてこういうとこ来てみてぇな』
     なんて言うもんだから、拙僧がわざわざバージンを奪う訳にもいかねぇし。数分悩んだ結果、結局こうしていつものように徳を積んでるっつー訳だ。
    「つーかお前の兄ちゃん注文多過ぎなんだっての」
    「え? にいちゃんに何か買い物頼まれてたか?」
    「ちげーよ、ったく」
     ジローは一郎と二つしか変わらねぇが、一郎が人生に揉まれ過ぎてる所為でやたら幼く見える。コイツの察しが良くねぇのも大いにあるが。顔は正直下の弟の方が一郎と似ているが、初っ端にそれを言ったらガチで怒り出したので一郎の言う「地雷」ってやつらしい。めんどくせぇー。別に似てようが似てなかろうが何だって良いじゃねぇーか、こんだけ愛されてんならよ。つーか訳分かんねぇスイッチなんざクリソクじゃねぇか。とも思ったが、余計面倒臭そうで拙僧はそれ以上突っ込まなかった。
    「つーか、ここってタバコ屋のばーちゃん家だよな?」
    「おう!」
    「せっそー、まだタバコ買えねぇだろ? そういうのはダメだってにいちゃん言ってたぞ!」
    「はぁ!? 何で拙僧がンな害しかねぇモンに金落とさなきゃなんねぇーんだよ」
    「だったら何で……」
     全くもって拙僧の意図に気付かねぇジローが頓珍漢な事を言う。好き好んで肺を汚すのは左馬刻のバカと簓のクソだけで十分だっての。
    「拙僧らが用事あんのはコッチ、それからアッチもだ!」
     そう言って煙草屋の両隣をそれぞれ指差してやった。
    「……空き家?」
    「おう」
     地域に一つはある入れ替わりの激しい場所。店が入っては潰れ、入っては潰れを繰り返す曰くつきの物件──……。
     数カ月前まではラーメン屋とパチンコ屋だった。その前は確かうどん屋と薬局だったか。一郎に聞いてみたらその前までもコロコロと入れ替わっていて、中々定着しねぇらしい。大体その手の物件の原因は同じで、まぁ、つまり……そういうこった。
    「そんじゃあいっちょヤっちまうか」
    「なにを?」
    「ヒャッハハ、まぁついて来な!」
     そう言って拙僧はポケットから鍵を取り出した。空き家とは言え当然持ち主はいる訳で、無断で入れねぇよう鍵は閉まっている。んじゃあ何で拙僧が持ってるかって?
    「へぇ、ココってせっそーのモンだったのか」
    「おー、まぁな」
     感心した口振りで二郎が言う。正確には拙僧のモンじゃなくて左馬刻率いるMCDのモンだが、まぁ拙僧もチームの一員だからジローの言う事も間違っちゃいねぇ。
    「ちっとばかしくれぇけど、まっ、そのうち目が慣れてくっからよぉ」
     慣れた手付きで開錠し、ドアを開く。曰くつきなだけあって毎度毎度バカみてぇに重い。錆のようにそこら中にこびりついた黒い影は拙僧が触れる度にジリジリと煙を出して消えていく。未練、怨念、羨望。それらが複雑に混じり合い、この暗くて狭い空間に所狭しと蠢いている様はいつ見ても祓い甲斐がある。たった一週間……。たった一週間でこの有様だ。
    「ったくよぉ! この世っつーのはどんだけ煩悩に満ち溢れてんだっての。ジローッ、危ねぇから拙僧の後ろに隠れとけ!」
     頬を伝う汗を袖で拭い、その一連の流れで腕を構えた。それだけで長年体に染み付いた経が全身を駆け巡り口元へと向かう。万が一、億が一、親友の心臓に何かあっちゃならねぇ。いつも以上に気を引き締め、口を開こうとした瞬間────
    「なぁ、せっそー。コレなんだ?」
    「ア!? パチ玉だわ!」
     拙僧の後ろにピッタリくっついていた筈の二郎がいつの間にか前方に回り込んでいた。
    「ッおい! テメェ勝手に動くんじゃねぇ!」
    「うおっ!? ……ってぇな! 急に引っ張んなよ!」
    「そりゃコッチの台詞だっての! ったくよぉ、兄弟揃って言う事聞かねぇのかよ」
    「あっ、お前今にいちゃんの事バカにしただろ!」
    「してねぇよ! どっちかつったらテメェだたわけ!」
    「あでっ!」
    「危ねぇから隠れとけつったろーが」
     ギャーギャー騒ぎ始めたジローの頭を叩いて無理矢理黙らせてやったが、不貞腐れて唇を突き出しす表情が一郎にソックリで思わず吹き出した。折角集中してたっつーのに興醒めじゃねぇか。だからつって投げ出す訳にもいかねぇし、今度こそジローを後ろに下げ、深呼吸の傍らそっと目を閉じる。先程よりも邪な気配が減ってんのは気の所為か。
    (……いや、違ぇ)
     空気の浄化が明らかにいつもより速い。修行の賜物かとも思ったが残念ながら違いそうだ。数日修行したところでこんなにも力が付くとは思えねぇし。だったら考えられるのは親友の心臓しかいねぇ。まさかこの空間の浄化が疲労感もねぇまま終わるとは思いもしなかったが。
    「………………終了だ。次行くぞ」
    「ん? おう」
     いまだに状況が読めずにいるジローを促し、すっかり綺麗になった空き家を出た。残すはもう片方の一軒。こっちもそれなりに溜まってるやがるし、ジローを試すには丁度良い。
    「つーか、せっそーって厨二病だったんだな……」
    「ァア!? ンだよ厨二病って。拙僧は仏も羨む健康体だっての」
    「だって暗い場所で呪文? って明らか厨二じゃん。まさかにいちゃんもお前の厨二病に付き合わせてんじゃねぇだろうな……」
    「たわけ。呪文じゃなくて経だわ。それに拙僧は歴とした僧侶だっての」
    「へぇ。そーいう設定かぁ」
     笑いながらも一郎とは違う眠たげな瞳が鋭く光る。兄貴の友人を品定めってか。一郎然りジロー然り。家族への強い執念を感じる。アイツはいつだって良い兄貴をやれているか、嫌われてねぇかを気にしてるが、この調子じゃ拙僧が導くまでもねぇ。まぁ、なんだ。双方互いに少々行き過ぎている気もするが……。
    「ウダウダ言ってねぇでコッチも行くぞオラ」
     拙僧の隣で騒ぐジローの頭をもう一度叩き、もう一方の空き家の扉を開く。案の定、どんよりとした重みがある。
    「おーおー、コッチもバッチリ仕上がってんじゃねぇか」
    「何が?」
    「見てみろ、真っ黒だろ?」
     先程同様、邪な気が黒くこびりついてやがる。この世の未練に引き寄せられて成仏出来ずにいる霊も数体目に付いた。
    「真っ黒って……そりゃそうだろ。電気点いてねぇもん」
    「……なるほどな。祓えっけど見えてねぇってか」
     怪訝な顔で拙僧を見つめるジローの頭を今度はぐしゃぐしゃに撫で回し、「うっし、ジロー! その辺適当に走ってこい!」と無茶振りをする。
    「はぁ!? 何でだよ! 俺は犬じゃねぇ!」
    「ヒャッハ、にいちゃんに言われてっからだ! 一郎に認められてぇんならつべこべ言わず行って来やがれ!」
    「えっ、にいちゃんが? んだよ、そう言うのは早く言えよな……っしゃッ!」
     そう短く叫ぶと暗い室内に向かってジローが一目散に駆け出してった。つーかよぉ、兄弟共々チョロ過ぎて心配になっちまうわ。
    「やっぱ犬みてぇだな」
     一郎曰く頭は悪ぃが運動神経はズバ抜けているらしい。そういやサッカーがどうのこうのって一郎が言っていた気がすんな。根は素直なのか、それとも一郎に認められたい一心なのか、ジローは言われた通りにそこら中を走り回ってくれている。拙僧の見た目通り、アイツが通った場所からは黒い影が消え、空気が浄化されていた。
    「へぇ〜、やるじゃねぇか。流石拙僧が認めた男の弟だな」
     変に見えてねぇからかジローが怖がる事はねぇし、だだっ広い場所を走り回れるだけの体力があるのも良い。歪なこの街にゃ何人いたって重宝する人材だ。
    「はっ、つってもコレじゃあ拙僧の修行になりやしねぇ」
     楽する所は楽させて貰うがコレは修行の一環だ。拙僧の専門分野を人に任せてちゃあ僧侶の名に恥じる。それにいくらコイツが祓えるつっても完璧じゃねぇし。よく目を凝らせば所々こびりつきが残ってやがる。取り敢えずさっさと残った奴らをどうにかしなきゃなんねぇ。室内を見渡し、早速数珠を片手に念仏を唱えた。どんな奴でもスッキリ成仏出来るように。生きていても死んでいても、迷いがあんなら拙僧が極楽でも地獄でも好きな方に導いてやる。拙僧の経とジローの足音がぶつかり合い、そして暫くしてどちらともなくそれは止んだ。まぁ、初めてにしちゃあ中々良いセッションだったとは思う。
    「……もう良いのか?」
    「おう」
    「ふぅん」
    「いや、なんか……せっそーが患ってから急に足が軽くなったから」
    「だぁから患ってねぇっての」
     厨二だのなんだのって一郎みてぇな事言いやがる。そういやぁ上の弟とはアニメやラノベの話で盛り上がるつってたか。ったく変な癖までリスペクトされやがって。
    「おい、何笑ってんだよ!」
    「ア? 一郎そっくりだと思ってな」
     仲違いしてあんな物騒な顔してたってのに、良かったじゃねぇか相棒さんよ。拙僧も嬉しくなんぜ。
    「まっ、せーぜー兄貴を大事にしてやんだな」
    「んなの当然だろ! せっそーに言われなくたって俺が世界一大事にするって決めてんだ!」
    「……はっ、そーかよ」
     そりゃまた盛大なプロポーズだわ。それ、一郎に面と向かって言ってやれよ。
     そう言ったらジローは「それはまだハズイ」つって顔を真っ赤にしながら笑った。ンだよ、予定アリかっての。拙僧が妬けるくらい見せつけてくれんじゃねぇか。だが、それでも悪い気はこれっぽっちもしねぇし、もしかしたら拙僧に弟がいたらこんな感じなのかもしれねぇな、とすら思っちまった。なるほどな。兄弟愛ってのはこんな感じなのか。毎日毎日飽きもせずに一郎が弟の話をするのも妙に納得で、愛情深いアイツなら余計に話さずにはいられねぇのかもしんねぇ。だからつってくどくど聞かされんのは御免だが。
    「あーあ、ったく。明日からはもうちっと真面目に聞いてやっか」
     仏の顔も三度まで。流石に限度っつーモンはあるけどよ。
     先程よりも身近に感じ始めたジローに視線をやれば、急に黙り込んだ拙僧を気にする事なく一郎の話をしている。どうやら兄弟揃って好きなモンには饒舌になるらしい。コッチもコッチでやっぱ面倒そうだわ。
    「さて、と。用も済んだしとっとと次行くか」
     空き家の鍵を閉めてポケットにしまう。これでココに来るのはまた来週だ。ほぼジローの手柄とはいえ煙草屋の婆ちゃんの健康は守られたし、アイツらから命ぜられた拙僧の仕事も終わっちまった。残るは一郎との約束だが、ただ単に連れ回すのもつまんねぇ。
    「せっそー?」
    「ア? これからどーすっかなぁ、ってよ」
    「……あのさ」
    「あ?」
     怒ったり赤くなったりしおらしくなったり。そういう所もやっぱり一郎に似とる。出会った当初こそ不愛想でぶっきらぼうな奴だったが、本当のアイツは案外表情豊かだ。きっと何事もなく平穏に育ってりゃあ次男坊みてぇにコロコロ表情を変える素直な奴だったんだろうな。それはそれでちょっと面倒そうではあるが。特にスイッチ入っちまった時なんかは。
    「いや、その……普段にいちゃんが何してんのか知りたくてさ」
    「一郎が?」
    「うん。俺らの前ではあんま自分の話してくんねぇから……せっそーは毎日にいちゃんといんだろ?」
    「まぁそう…………あ、そうか、良い事思いついたぜ! 善は急げってなぁ! 行くぞ、ジロー!」
    「はっ!? っ、おい、待てって!」
     そーだそーだ。名案じゃねぇか!
     コイツは知らず知らずのうちに空気を浄化出来るし霊を祓える。っつー事は今までもコイツがいる場所や通った場所は少なからず綺麗になってたって事だ。毎日きな臭ぇ仕事してる一郎がいつも身軽な理由がよぉく分かったぜ。拙僧が祓ってやってるんだと思ったがどうやら驕っちまってたようだな。拙僧が心配しなくたって、コイツはずっと昔から弟に守られてきてんだからよ。
    「ジロー! 今から拙僧と一郎が定期的に歩いてるコースを徹底的に叩きつけてやる」
    「はぁ!?」
    「これはブクロの治安を守ってるも同義! つまりだ! 一郎の力になれるってこった!」
    「えっ!? マジかよ!」
    「拙僧が嘘なんて吐くかっての。分かったらとっとと行くぜ! 時間は有限なり有効活用せよ、ってなあ!」
     いつも一郎と歩くコースをこれでもかってくらいにジローと駆ける。Aコースも、Bコースも、Cコースも。除霊できない一郎に変わり、ジローとブクロの隅々まで練り歩く。元々ブクロに詳しいのもあってか、コイツは一発でルートを覚えた。バカだとは思ったが、興味のある事に関しては飲み込みが早ぇ。ラップでもやらせりゃあ面白い事になりそうだが、となると一郎が煩そうだ。今の時代、ラップをやらせりゃあヒプノシスマイクに興味が出るだろうし、弟を過剰に守りたがるアイツがそれを良しとするとも思えねぇ。まぁ、生きてりゃあいつか何らかの形でヤれんだろ。今はコッチが先だ。

    ***

    「うっし、休憩だ」
    「だぁぁぁ、すっげぇ疲れた。せっそーの体力パネェ……」
    「あ? そりゃぁ普段から山籠もりしてっからな」
    「それ今度は何キャラだよ、厨二はそんな事言わねぇっての」
    「だぁから厨二じゃねぇって言ってんだろうが」
     なけなしの小遣いからコーラを驕り、次男坊に渡す。一郎が好きだからどうせコイツも好きだろ? っていう安易なアレだったが、拙僧の勘は当たっていたらしい。一郎と違って素直に受け取ると美味そうに煽った。
    「ヒャッハ、さいこーだなお前!」
    「ぶぁっ、ちょ、飲んでる時に叩くんじゃねぇよ! そういうのデリカシーがねぇっつーんだぞ!」
    「ヒャハハ、言ってっことマジ一郎じゃねぇか!」
     口から溢れたコーラを拭いながらジローが睨む。おー怖ぇ、なんて茶化せば「バカにすんなよ」と眼光が一層鋭く光った。へぇ、やっぱ素質ありそうだな。
    「バカになんざしてねぇよ。寧ろすげぇって認めてるくらいだからな」
    「別にお前に認められても……」
    「ンでだよ! 拙僧は一郎のダチ中のダチだぞ」
    「そうかもしんねぇけど……俺は別にせっそーの力頼んなくたって一人で時間潰せたし、三郎の看病だって出来た。今までだってやってたし……なのに」
    「……ああ、そういう事かよ」
     根は素直な癖に妙に突っかかってきたこの違和感。出会ったばかりの一郎とはまた違った不愛想さは要するに拙僧に嫉妬してやがったのか。大好きで尊敬する兄貴が真っ先に頼った先が拙僧で、家族の問題に入り込んじまったのも拙僧で。聞けばジローもジローで相当なブラコンらしい。そんな弟が熱出して苦しんでる中、移ると危ねぇからって追い出されちゃあ、そりゃあ面白くねぇもんな。
    「安心しろってジロー」
    「わっ、撫でんなって」
    「テメェは今日、一郎の代わりに……いや、一郎が出来ねぇ事をやってのけたんだからな」
    「はぁ? にいちゃんに出来ねぇ事を俺がやれる訳ねぇだろ」
    「ばぁか。アイツにゃ一生かかっても成し遂げられねぇっての。それだけじゃねぇ。今まで一郎を守ってたのは他でもねぇ、テメェだ、ジロー」
    「……俺?」
     そうだ、と力強く頷いた。霊ってのは祓いたいからって祓えるモンじゃねぇ。それに祓えるつってもたかが知れている。ジローのコレは最早生まれ持った才能ってやつだ。
    「だからテメェは胸を張れ。そんで、拙僧が叩き込んだルートを堂々と歩いとけ。そうすりゃあいずれどんだけテメェが凄ぇ男なのかってのが分かるからよ」
    「……よく、分かんねぇけど、なんかアリガト」
    「ンだよ、やっぱ素直じゃねぇか」
    「わっ、だからグシャグシャにすんなって」
    「本当はまだ他のディビジョンも叩き込んでやりてぇとこだが……そろそろ時間切れだ」
    「え? もうそんな時間?」
    「おー。あんま過ぎっと一郎から鬼電くっからよ。心配させねぇうちに帰って飯食おうぜ」
    「え、せっそーも来んの?」
     素っ頓狂な声をあげながら驚いて目を丸くするジローを見てニヤリと笑う。
    「今決めた。拙僧はテメェの事が気に入ったからな。だもんでもう一つ一郎のタメになる事を教えてやんだよ」
    「えっ、にいちゃんの!?」
    「そうだ。何事もまずは屈強な精神と肉体がなきゃ始まんねぇ。邪念を捨てて五感を研ぎ澄ます! アイツの好みは随分と偏ってっからなぁ。」
    「はぁ!?」
    「とっとと一郎の胃袋掴んじまえってこった。野菜買いにスーパー行くぞ!」
    「おい、せっそー大丈夫か? にいちゃんの胃袋が掴める訳ねぇだろ?」
    「まっ、それもいずれ分かんだろうよ」
     案の定的外れな事を言い出したジローは「子ども扱いすんな」とむくれた。それでも今日出会った時とは距離感が全然違ぇ。こうやって拙僧に心を開いてくれる様が一郎と重なり、拙僧の中で一つ、答えが導き出されていく。
    「にいちゃんさ……」
    「あ?」
     飲み終えたコーラのキャップを閉めてジローはゴミ箱に放った。そのまま拙僧の隣へ来ると「俺ん家あっち」と人気のない方へ指を向ける。どうやら案内してくれるらしい。まぁ、拙僧知ってっけど。今度はジローが先頭を切って歩き始め、その度に迷える魂が人知れず浄化し、ブクロの夕日に吸い込まれていった。
    「俺といると疲れが取れるって言ってくれるんだ」
     まぁ、そりゃあそうだろうよ。
    「俺、特になんもしてねぇんだけどさ。でも、今日せっそーから教えて貰った事やって、もっとにいちゃんの力になれるように頑張るよ」
     そう言ってジローは笑った。きっと一郎が見たら涙を流して「尊い」だとかなんだとか言うに違いねぇ。なぁに言ってやがんだ、なんて思ってたが、今なら拙僧もその気持ちが分かる。
    「まぁ……」
     そして言うかどうか迷ったが、口を開いた手前引っ込めるのも何か違う。クソみてぇなこんな世界でも、アイツにとって敵ばかりの世界でも、拙僧は違うと知って欲しかったのかもしれない。いずれ困難が訪れた時に、拙僧の代わりにジローが導いてくれたら……。そう思ってしまったから。こればかりは拙僧じゃ導いてやれねぇからよ。
    「まぁ、本来アイツはいっつも憑かれてっからよぉ。テメェが責任持って伴侶にでもなってやれや」
     今日、ジローと過ごしてよぉく分かった。
     大事な奴の大事な奴が笑ってくれるのは、なにものにも代え難い、ってなぁ。




    ---


    「あとは証拠が出てくればええねんけど……中々尻尾掴ませてくれへんなぁ」
    「見つけたらブチ殺してやんよ」
    「かぁ~~~~ッ! まぁた物騒な事言いよって。イライラしとったら何も掴めへんわ」
    「うるせぇっ、分かってんだよ! つーかテメェがとっとと証拠掴まねぇからだろうがッ! カナブンみてぇな頭しやがって」
    「せやねん、カナブン見習って艶ピカになるシャンプー使うてまんねん……って、誰がカナブンやっ、八つ当たりすんなボケッ! 俺かてお前の無茶聞いて飲まず食わずで一生懸命張り込んどるっつーねん」
    「……そらぁ」
    「あー、ほんっっまシンドイわぁ。前に飯食ったんは何十時間前やったろか……このままじゃ今日も飯抜きやろうし、ほんっっっまヘロヘロやわぁ! これ以上スレンダー簓さんになってもうたらどないし……げっ」
    『おーい、簓ァ! たいっっりょうのモック買ってきてやったぜ!』
    「あっ、ちょ、空却今はあかんて……ちょ、ちゃうねんサマ──」
    「チッ……死ねゴラ、うるせぇこのアブ野郎共がッ」


    3.俺様の責任の取り方

     クソみてぇに腹立つ声色であれやこれやと喋り倒していた簓の言葉を反芻する。目の前には簓から渡された瓶入りの金平糖。カラフルな色でいかにも女どもが好みそうなもんだ。で、今、MCDの大半の戦力を使って追っている代物でもある。俺様が仕切るこの街でヤクを捌こうなんざ良い度胸だ。
    「チッ、命の一つや二つ、差し出す覚悟は出来てんだろうなァ」
     苛立ちは抑えねぇ。その結果煙草が増え、合歓からの小言も増える。今朝なんて「おにいちゃん! ベランダで吸えば良いってもんじゃないんだからね!」とまで言われちまったし。いや、今はンな事どうでも良い。それよりもアイツらにどう落とし前つけさせて始末するかが先決だ。
    「左馬刻さん、大丈夫っすか?」
    「あ? ああ、悪ぃ。考え事だ」
    「そ、っすか」
     やや間があったものの、一郎は大して気にも留めずにガキどもの話を再開させた。
    「そんで、二郎が仕事で疲れてる俺にってくれたんっすけど、勿体なくて食えないんっすよね……」
    「おー」
    「コレって腐るんっすかね? 瓶入りだし、このまま飾ってても大丈夫な気もすっし……。つーか、さっきから気になってたんっすけど、左馬刻さんのソレってもしかして妹さんから貰ったやつっすか?」
    「ア?」
     ウダウダ続く一郎のブラコン話に空返事を続けていたが、ふと何か大切なワードを聞き逃したような気がしてパッと顔を上げる。目の前には困惑した一郎の顔と、どう見ても一郎には似合わねぇカラフルな金平糖。
    「ッ、一郎! お前ソレどうした!?」
    「え? どうしたって、さっき話したじゃないっすか。最近勉強とかバイトで慌ただしくしてたんで弟の二郎がくれたんっすよ。マジ可愛くないっすか? あ、可愛いってコッチじゃなくて二郎の方なんすけど、てかそん時の二郎がやべぇ尊くて動画撮ってんだった。左馬刻さんちょっと見て下さいよ、五分くらいで終わるんで」
    「……や、あー……あー、まぁそりゃ後でな」
     危うく一郎のブラコン圧に押されて大事な事を忘れちまいそうになったが、スマホを弄る一郎の手を止めさせてもう一度金平糖の事を聞いた。
    「弟から貰ったつったが、ルートは分かるか?」
    「……え?」
    「金平糖(ソレ)が流れてきたルートだ。出来るだけ詳細に知りてぇ」
    「ちょ、待って下さいよ、それって……まさか」
     一郎の手に力が籠る。と、同時に面白いくれぇに血の気が引いていく。そりゃそうだ。大事な弟から貰ったもんがヤクかもしれねぇんだからな。
    「実際ソレがヤクかどうかってのは分かんねぇ。けど、今俺らが追ってんのと関係してるってのは事実だ。ヤク関係だからテメェらには黙ってたが、簓の野郎……空却巻き込んでるみてぇなんだわ」
    「は? え、ちょ、空却ってどういう事っすか!?」
    「ああ? 俺様も知らねぇよ。帰ってきたらシメ上げるとして、まぁこうなっちまったらテメェにも一通り説明してやんよ」
     バレちまったもんは仕方ねぇ。ガキ共にとってマジでヤベぇ案件は意図的に伏せてはいるが、それは最早暗黙の了解で一郎も空却も首を突っ込んではこねぇ。ガキではあるがその辺の線引きはしっかり出来るらしく、「こっちに来んな」と言えば入ってくる事はない。だからこそ俺らも好き勝手動き回れてんのも事実だ。
     とはいえ、簓のバカがどんな理由であれ空却を巻き込んじまってんのも事実で。普段から自分の立場を弁えている一郎とはいえ、自分の相棒が知っちまってる上に巻き込まれてやがるんじゃあ面白くねぇよなぁ。

    ***

    「……つまり、普通の金平糖と金平糖によく似たヤクが混ざって流通してるって事っすか?」
    「ああ。ンで、今俺と簓とでルートを洗ってんだが、中々尻尾出さなくて行き詰ってたんだわ」
    「なるほどな……。つーかパケも中の見た目も一緒ってヤバすぎんだろ」
    「ったく、トコジラミ野郎どもふざけた真似しやがって」
     そう吐き捨てて本日何度目かの煙草に火を点けた。味なんてもう分かんねぇし吸いたくて吸ってる訳じゃねぇが、体が勝手に動いちまう。吸うためにわざわざ外に出ずに済むのも悪ぃ。ここで煙草臭ぇと言うのは空却くらいなもんで、その空却も今はいねぇしよ。
    「………………」
    「………………」
     一郎は資料に視線を落とし、そうかと思えば手元の金平糖と見比べて必死にヒントを探してやがる。生憎、テメェが血眼に探した所で何も出てきやしねぇよ。
    「……あの、左馬刻さん。ここに書いてある製造工場ぶっ壊しちまえば済むんじゃないっすか?」
    「ァア? そんなんで解決すんならとっくにやってるわ」
    「そうっすよね……」
    「その菓子工場は白だった。ヤクには関係ねぇ。寧ろ隠れ蓑にされてどっちかっつーと被害者だわ」
    「悪質っすね」
    「悪質ってもんじゃねぇだろ、クソだクソ。逃げ足が速ぇのかガードがかてぇのか折角ヤクを回収しても店から手に入れたって言われちまうと肝心のルートが潰せねぇ。その辺りは今簓が当たってるが、アイツも行き詰ってんな。で? テメェの弟はどっからコレ貰ってきたんだよ」
     そうして漸く振り出しに戻る。もしかしたら一郎の弟が手に入れたルートが何らかの手がかりになるかもしれねぇし、望みは薄いかもしれねぇけど聞く価値はある。
    「ヤクが出回ってる以上、どっかで捌いてんのは間違いねぇんだ。何でも良い、知ってる事全部話せ」
    「えっと……これ、二郎が買ったんじゃなくてダチから貰ったみてぇで。ダチがどんな奴か分かんねぇけど、アイツの交友関係はたかが知れてるだろうし。そうなるとあんま考えたくねぇけど、中学……なんだよな」
    「大人と繋がってる奴なんてごまんといんだろ。そのダチって奴洗うぞ」
    「っす。俺、心配なんで直接会って二郎に聞いてきます。」
    「……ああ、分かったら連絡しろ」
    「はい!」
     ドタドタと派手な音を立てて事務所を後にする一郎を見やり、改めて金平糖を手に取った。簓から手渡された金平糖みてぇなヤクと、一郎から預かったヤクかどうか分からねぇ金平糖。
     アイツが危惧するように、もしもコレが黒なら中坊が持っていていい代物じゃねぇ。
     が、実際のところ金平糖ブームは若い女共で巻き起こってやがるし、何より厄介なのは即効性がねぇって事だ。だから例え体に異変が起こったとしても直接金平糖と結びつくのは難しい。だが体は確実にジワジワと蝕まれていくし、知らず知らずのうちに中毒症状だって出やがる。
    『せやから、中毒症状出始めた頃見計らってスッと渡せるように顧客管理はしたいんちゃう? 実際はルートも完璧に決まっとると思うで。』
     そう、簓も言っていた。中毒症状を起こしただけじゃ意味がねぇ。生かさず殺さず、搾取し続けてぇからだ。
    「どこも違いがねぇ……つまり一郎のもヤクって事か?」
     手元にある瓜二つの瓶。シャッフルしちまえば、どっちがどっちかなんて分かりやしねぇ。デザインもラベルも一緒。挙句の果てに賞味期限も一緒ときた。食ってみりゃ違いが分かるのかもしれねぇが、生憎俺様がヤクに染まってやる義理もねぇ。簓の方は高坊からパクったつってたか。万が一合歓の周りにンなふざけたモンが蔓延るといけねぇからアイツには金平糖には関わるなとは言ったが……。そん時に一郎や空却にも言っておくべきだった。いや……今更ウダウダ言ったところで意味ねぇけどよ。
    「チッ、胸糞悪ぃ」
     せめて一郎が持ってきたモンがただの金平糖だったら良い。俺様の管轄内でましてや仲間内にまでヤクが出回っただなんざ考えたくもねぇからな。
    「クソがッ」
     一郎の事は最初はいけ好かねぇクソダボ野郎だと思っていた。生意気で不愛想で可愛げのカの字もねぇし。趣味なんざまるで合わねえし顔突合せりゃ突っかかってくるしオマケに図体も声もデケェ。目障りどころじゃねぇし、まだ人の親切を素直に受け取れる空却のが可愛げがあると思ってたくらいだ。
     ……が、何だかんだぶつかりながらも過ごしていくうちにアイツの事が分かるようになってきた。それと同時に一郎からも警戒心が解けて、案外気が合うとすら思うようになった。なんだよ、根性もあるし可愛げもある男じゃねぇか、ってな。
     そんな男が大事にしている弟の手にヤクがあったんじゃ面白くねぇ。この落とし前もキッチリつけてやるとして……。
    「ああ一郎か」
     アイツが事務所から出て数十分後。忙しなく震えるスマホを手に取ると受話器の向こう側へと意識を持って行った。


    ***

    「案外呆気なかったっすね」
    「あー……まぁ、簓の野郎がバカみてぇに派手に暴れまわったからな」
    「はは、長い張り込みでストレス溜まってたんすかね」
    「チッ。どいつもこいつも手間かけさせやがって」
     足元に転がった雑魚共に一蹴り入れるとその奥へと進んだ。厳重な扉には当然鍵がかかっている。いかにもな面構えだ。
    「一郎、ちょぉ、そこに転がっとるスーツの奴さん放ってくれへん?」
    「うす」
     べったり血の付いたバール片手に簓が言う。目がガン決まってるあたり、コイツも相当腹が立ってたんだろう。
    「虹彩認証やて。無駄に高度なモン使いやがって、そらぁ中々尻尾捕まらへんわ。ちゅーか意識トんでても認証出来るもんなん? ひん剥くん手間やからもう取り出したったらええか。なぁ左馬刻ぃ〜、後処理(コレ)頼んでもええ?」
    「やめとけバカが」
     一郎から手渡された男を乱暴に受け取ると「おおきに」と鼻歌交じりに簓が笑う。が、目は全然笑ってねぇ。既に簓の手中にある男に同情の余地は微塵もねぇが、あの状態の簓に捕まっちまって運がねぇなとは思う。案の定、隣にいる一郎が思い切りドン引いてやがる。
    「おっ、開いたわ」
    「とっとと中見せろ」
    「まぁそう急かすなて。この中のもんは逃げへんやん」
    「これ全部在庫とそっちの金庫は金とリストっすかね。にしてもすげぇ数だな……」
    「ンなもん後だ後。一先ず回収すんぞ。下の連中呼んで来い」
    「っす」
     床に転がる不快なゲジゲジ共を避けながら一郎がフロアを後にする。下には舎弟と空却が見張りにつき、押収物が出た際にはスムーズに運び込めるように手筈を整えておいた。一つ一つの瓶は小せぇが、数があればそれなりの大きさ、重さになる。それが何十個も入ってるダン箱がザッと百はあるときた。
    「まっさか、塾で売り捌いとるとは思わへんかったわ。東都の治安どうなっとんねん。なぁなぁ、これ、市販品に薬物コーティングしとるだけなんやて」
    「さっき俺様も聞いてたわ」
    「せやったせやった」
    「テメェがクソみてぇな拷問しやがるから食欲失せちまっただろうが」
    「なんでやねん。芸術やんか、コレとか特に見てみぃ。それにカチこみ終わったら四人で焼肉行こな~言うてたやんか」
    「言ってねぇよ、ダボが」
     そうやったっけ? なんてわざとらしくトボける簓に舌打ちを零す。どこまでもふざけた野郎だ。肉塊見た後に肉食えるなんざ訳分かんねぇし。つーかもうそれ以上弄り回すんじゃねぇよ。
    「おい、これ以上ガキ共ビビらせんな」
    「えらい優しいやんか。優しさとおもろさは簓さんの専売特許やねんけど」
    「どっちでもねぇわクソが」
     リミッターが外れてイカれた相棒にうんざりする。次からは長期の張り込みは避けさせるべきか。とは言えコイツがブチ切れたからこそ手っ取り早く終わったのも事実。出会った当初はもう少し堅気な野郎かと思ったが、早々に裏社会(コッチ)に染まりやがったし元々素質があったのかもしんねぇけど。
     考え事のついでで煙草に手が伸びたが流石に簓に止められた。匂いは残すなと言いたいらしい。腹立つがまぁその通りだから止めてやったけど。
    「戻りました」
    「ヒャハハ、ンだよ、この有様! でらヤベェ!」
    「コイツがやった」
    「なぁ、空却。コレ見たって~。めっちゃよぉできとんねん」
    「ギャッ! てめっ……拙僧に何見せてんだよ、ろくな死に方しねぇぞマジで」
    「え〜イヤや〜立派な戒名つけてお経くらいあげてぇや」
    「うぜっ、くっつくな!」
     ふざける簓をよそに、空却は舎弟と共にブツを回収して回る。見た目とは裏腹に片付けは得意分野らしく、確かに誰よりも手際が良い。事務所に取っ散らかっている押収品を誰よりも適切に片付けるのはいつだって空却だ。
    「左馬刻さん……」
    「一郎か。どうした」
    「その、有難うございました。お陰で弟の周りからもヤク取っ払えて助かりました」
    「そりゃあコッチの台詞だわ。弟からルート聞けなきゃ今もモダついてただろうからな」
    「っす」
     そう言って一郎は軽く頭を下げる。いつもであればこのまま作業に戻るってのに今日はまだウダウダと俺様の隣から離れねぇ。まさかこの惨劇にひよってる訳じゃねぇだろうし訳が分かんねぇ。
    「ンだよ、まだ何かあんのか?」
    「あ、いや……その、今聞く事じゃねぇのは分かってんっすけど」
    「いいから言ってみろ」
    「その……俺、今回ので確信しちまった事があって……。二郎ってほら、可愛いじゃないっすか。あ、勿論三郎もなんですけど」
    「おー……」
     ああしくった。まさかこんな時に限って一郎のブラコン話だとは思わず、瞬時に脳味噌が停止する。思わず視線を逸らすと簓と空却が揉めながらも手際よくブツを回収してんのが見えた。ンだよこの状況。
    「それで、元々あのテロ以降二郎が輝いて見えんなって思ってたんすけど、どう考えてもそんな事ある訳ねぇし。でも今回二郎が危ねぇかもって思ったらマジでキラついて見えたんですよね。あれはやっぱ俺の気の所為じゃねぇと思うし、二郎ってもしかして天使かなんかの生まれ変わりなんじゃねぇかって……。転生っつーか……はは、まぁそれは流石にねぇか」
    「あー……」
    「で、こっからが相談なんすけど、ルート洗ってる最中にアイツがダチの事めちゃくちゃ楽しそうに話してて。それはそれで良いんすけど、なんつーか他の野郎の話してるアイツ見てっと腹ン中がモヤモヤするっつーか、どす黒い感情がわいてくるっつーか……。今までは『にいちゃん、にいちゃん』って言ってくれてたのに、他の奴の話なんてすんなよって思っちまって。いや、してくれたからルートも分かったんすけど。コレってまだ俺が未熟で小せぇって事っすよね? もっとアイツらに見合う兄貴にならねぇとって」
    「おー……」
    「いやマジで何言ってんのか分かんねぇかもしれねぇけど、でもワンチャン妹さん同担絶許(ぜっきょ)の左馬刻さんなら分かってくれっかもって……だから何かアドバイス貰えねぇか左馬刻さんに聞いてみたくて」
     いや、全然分かんねぇ。一ミリも分かんねぇ。つーか一郎が何語喋ってんのかすら分かんねぇ、特に怒涛の後半。ンだよ、どーたんぜっきょって。童貞絶倫の若者言葉か? ア? 童貞絶倫ってどんな状況だよヤベェ猿の隠語か? いや、ヤベェ猿ってなんだゴラ。この俺様が童貞だろうがチャラついたフンコロガシ野郎だろうが合歓に寄せ付ける訳ねぇだろうがダボが。つってもここで一郎を突き放す訳にもいかねぇし……。視線が痛ぇ。
    「……あー」
     一郎は地頭が良い。それは簓も言っていた。けど、弟とよく分かんねぇオタクトークっつー事になると途端にクソ面倒なバカ野郎になっちまう。
    『ええか? あーいうのは否定したらあかんねん』
     確か簓はそう言っていた。隣に視線を向ければ、黙り込む俺に「ヤベェ」とでも思ったのか、すっかり勢いをなくした大型犬のソレで、ぶっちゃけ何で俺様が……とすら思う。が、俺らがモタついた所為でブクロのガキ共らにヤクが回っちまったのも事実だ。ここは俺様がケジメつけねぇと示しがつかねぇか。
    「あー……まぁ、男ならよ……キッチリ責任とって落とし前つけなきゃならねぇし、俺はテメェが間違ってるなんざ思わねえよ。俺様なら生涯責任取るわ」
    「えっ!? さ、左馬刻さん……ッ! あざっす! 俺、この気持ちと向き合ってみます!」
    「ア? あー……まぁ、精々頑張れよ」
     そもそもの一郎の相談の意味が分からねぇから間違ったかとも思ったし何だか踏み外させた気がしなくもねぇが、満足そうに去っていった一郎の背を見て溜息を零す。いや、何で俺様が。マジで訳分かんねぇけど、まぁ、気に入ってる後輩が笑ってられんならこんぐらいの気苦労は大した事ねぇ、か。
    「ハッ、たく。なんだっての」
     大人に一切媚びる事なく、生意気でクソみてぇな面構えしていた男があんなにも年相応に笑えてんだ。訳分かんねぇ事を言い出す時もあるけどよ、アニメとか弟とかそのお陰でアイツがアイツでいられんなら、思う存分、手元にいるうちは後悔しねぇくらい大切にすりゃあ良い。
    「チッ、腹減ったな。お前ら、とっとと終わらせて肉食いに行くぞ」
     深夜にやってる焼肉屋があんのかしんねぇけど。探しゃーどっかあんだろ。
    「「っしゃあ!」」
     そう言って足元に転がるゴミを気にせず燥ぎ倒すアイツらと、
    「うげぇ、この状況でよぉ肉なんて言うわ……」
     つって、さっきとは真逆の事を言う相棒(バカ)と。
     やってる事はクソみてぇな日々だけど、まぁそれなりに悪くはねぇもんだ。


    ---



    4.簓の大罪と盧笙の一郎(モノマネ)

    「えー……つまりはお前らが焚きつけたって事でええ? ファイナルアンサー?」
     すっかり空になった焼売の器を箸で叩きながら問う。
    「はぁ? 焚きつけてなんかねぇだろうが」
    「いやでも止めてへんやん」
    「だぁから何で止める必要があんだっての。アレだって拙僧が二郎に言ってなきゃ今頃一郎とブクロは怨念だらけだわバーカ」
    「そらそーやけども、ちゅーか関西人にバカはあかんて言うとるやん!」
     まさか一郎の弟にそんな才能があったとは思わんかったけど。でも、それとこれとは別もんやんな?
     そう言って左馬刻に視線を送れば呆気なくスルーされてもうた。
    「つーかよぉ、簓。テメェもちょっとは拙僧に感謝くらいしても良いんじゃねぇか?」
    「なんでや?」
    「短期間だったとはいえ、テメェに憑いたもん日々祓ってやってたのは拙僧だがや」
    「え? ちょぉ待ち……俺、そんな憑いとった?」
    「テメェ、執念深くて辛気臭ぇ面してたし趣味も悪かったもんな」
    「悪口やん」
    「いや事実だわ」
    「もっとタチ悪いねんボケ」
     心当たりがないわけじゃない。確かに盧笙と分かれて東都に来てから。いや、もっと正確に言うと左馬刻と組んでからや。ラップや喧嘩スキルが上達する一方でなんやえらい体が重たなったわ~……って思う事増えててん。それだけやない。頭痛とか耳鳴りとかもや。でもそん時は慣れへん環境やし、喫煙しとったしでそう大して気にしてへんかったけど。でも……でも、や。
     ……ぶっちゃけそうやねん。空却が言うように、コイツらとも組んでから今までみたいに体がスッと軽くなってん。最初は気のせいやと思ってんけど、空却と会われへんだけでやっぱり体が音をあげる。それもたった一日会わんだけでや。付き合いたての恋人かっ! なんちて。
     まぁ、せやから、本能的に空却とつるむようになっとったんやけど、まさかそんな理由があったなんて思わへんかったわ。
    「ちゅーか、俺、今は平気なん?」
    「盧笙がジローみてぇなもんだからな」
    「エッ!? あかん、俺もう盧笙の事一生離さへん」
    「うわッキショ! ちょぉいきなりくっつくなや」
    「先に言うたらええん!? やっぱあかん! 俺意外に安売りすな!」
    「訳分からへん事言うなやボケ!」
     盧笙の鋭いツッコミの余波が俺を越えて机の上の食べ物に向かう。つまみが足りひん言うてさっき温めた冷凍たこ焼きの「オカカ」が吹っ飛んだ。いや、どんな威力やねん。風圧すごっ。
    「簓、東都で随分ハードな事しとったんやなぁ」
    「エ!? あ、いや、実はそやねん……ア、ハハ」
    「俺も昔はヤンチャしとったからその辺のハードさはよぉ分かんねん。それにしても簓。お前にも尖っとった時があったんやなぁ。意外やけど、なんや、それ聞いて正直ちょっと安心したわ」
    「なんでやねん」
     どないな感情やねん、それ。
    「あ。そういえば、俺もあんねん。左馬刻くんや空却くんと違って過去の話やないけど……これも『いちじろ』いうやつに含まれんかな?」
    「はぁ!? なんやそれ! 俺聞いてへんし!」
    「うるっさ……」
     昔の話じゃないってつまりは今の話やんか。
    「はっ。いーじゃねぇか、盧笙センセーのオチねぇ話、俺様にも聞かせてみろや」
    「なんでやねん、オチつけさせろや!」
    「盧笙、それ多分ホンマもんのボケやで……」
    「ヒャハハッ、バッカだなぁ左馬刻ぃ、それ言うなら『滑らねぇ話』だろうが。ンだよ、オチねぇ話って。普段の簓じゃねぇか」
    「なんでやねん! おもろいやんか、簓さんの話!」
    「チッ、うぜぇ。良いからとっとと話しやがれ」
     皆して構えば左馬刻が苛立たし気にテーブルをどつく。あーあ、ほんま物に当たる癖直ってへんな。空き缶倒れてもうたし。このままじゃ盧笙ん家のテーブルが壊れてまうやんか。さりげなく左馬刻が殴った箇所を撫でてみせれば何故か盧笙に手を払われた。なんや。なんでや。盧笙もテーブルもそんなヤワちゃうでってか。
    「ほんならちょお待っとって。実際に見て貰った方が早いと思うわ」
     そう言って赤くなった簓さんの手を気にする事なく盧笙は立ち上がり、お目当てのもんを取りにキャビネットに向かった。それにしてもなんやろ、盧笙が知っとる事って。アイツらとも出会ってちょっとしか経ってへんし、あってもたかが知れてると思うねんな。
    「盧笙と一郎の繋がりてなんなん……?」
     思わずボヤいた俺の呟きを空却がご丁寧に拾ってくれた。
    「おっ。アレじゃねぇ? シャッフルの。確か十四と盧笙と一郎でチーム組んどったがや。そういや別ん時には十四と三男坊も盧笙ん家泊まったつってたぜ?」
    「嘘やん、繋がりしかあらへんやん」
    「アレだ。クソみてぇな魂入れ替えもあっただろうが」
    「……そや。盧笙と二郎クンが入れ替わっとってん。あの後な、盧笙えらい落ち込んどったんやで。高校生なのに九九が解けへん子ぉがおる……言うて、よぉ零に相談しとったわ。今思えばオトンに学校の成績嘆く教師やん、おもろすぎるやろ。零わろてたけど、どんな感情やったんやろか」
     ブクロとオオサカ。距離的には接点ゼロやのに接点しかあらへん。入れ替わりと言えば俺も一郎と入れ替わっとったわ。そういや弟クンらも一郎と全く同じ反応しとったなぁ……ほんま兄弟揃って塩すぎやで。アレは一郎の育て方があかんねんな。柄にもなく血ぃが騒いで殴り合いしてもうたし、一郎の奴相変わらず脳筋ゴリラやわぁ。あんな怒りっぽくてよう商売やっとるで、ほんま。にしてもちょい沸点低いとはいえ、一郎の体ゴツい割に軽くて流石十代って感じで心地良かったわ。アレも二郎クンの力のお陰なんやろうか。
    「で、センセーの探し物はあったのかよ?」
    「おん、あったで。コレやコレ」
     うんうん唸る俺を横目に盧笙は「またしょーもない事考えとったな」と吐き捨てテーブルにソレを置いた。見た目はただの分厚い本。ちゅーか、紛れもなく本。
    「えっ、タウンページ?」
    「ちゃうわ、ボケ。ちゃんとタイトル書いとるやん」
    「『主張を越えたモラトリアム』ってなんやねん。山田一郎×山田二郎て何? 山田零ってどゆこと? あかん、情報過多すぎて逆に冷静になってもうた」
    「これな……実は零が書いとんねん」
    「実はも何も見れば分かるっちゅーねん。そうやなくて、なんでこんなもんを零が書いとんのか聞いとるんやけど」
    「ほんでな、これ、一郎君と二郎君の話がメインやねん。結婚の挨拶する話やねんけど、二人の間にあるこの『×』ってのがポイントや〜言うてたで」
    「そやろな、いちじろやもん。せやから何で零が一郎と二郎クンの話を書いとんのか聞いとんねんけど」
    「俺な、コレ読んだ時えらい感動してん。一郎君の弟君達への葛藤と、二郎君が一郎君へ抱いてる心情がリアルに描かれとんねん。そこへ来ての父親との丁寧な和解描写や! 今まで離れ離れになっとったけど、誤解も解けて徐々に歩み寄ってくねん。家族の絆とか成長とか、良い所も悪い所も包み隠さず書かれとんねん、詳細に。フィクション言うてたけど、これノンフィクションちゃうんか? ってくらいリアルやで」
    「そらそやろ……例え捏造やったとしても父親が書いてんねんぞ。そら臨場感たっぷりやわ」
    「あいつ、ほんまは詐欺師やなくて小説家なんちゃう? 夢野先生に気ぃ遣って言えへんちゃうんかな」
    「ンな訳あるかいッッッ! 聞けや、俺の話!」
     一周回って何で俺がこんなツッコミ倒しとるんやろか……とすら思う。心なしか部屋の空気も薄い。え、俺吸い過ぎなんとちゃう? 俺だけ盛り上がってるんちゃう? なんて不安になって左馬刻達を見れば俺の苦労虚しく、零が書いたっちゅードギツイ本読んどるし。あの左馬刻が黙って視線を落としとるあたり、盧笙の言う通り面白いらしい。
    「なぁ、ロショー。一郎の親父が書いたっつー本読んで終わりか?」
     へぇ、中々よく書けてるじゃねぇか、なんて感嘆の声を漏らしながら空却が言った。なぁ零、お前の二次創作めちゃくちゃ評判ええよ、バズるんちゃう? 知らんけど。
    「いや、ちゃうよ。コレな、暗記とまではいかへんけど、一通り頭に入れて零と演じてん」
    「なんて?」
    「零が零役で、俺が僭越ながら一郎君演じさせてもろてん。俺らしかおらんかったから二郎君と三郎君は零がやってくれてんけど……」
    「配役の偏り酷ない?」
    「なぁ、簓。アイツ、ほんまは演出家なんちゃうか?」
    「今度はなんて?」
    「あのオッサンほんま凄いねん。演技指導めっちゃ細かくてほんで適切なんや。零のアドバイス通りにやってみたらびっくりするほど一郎君になれんねん」
     びっくりするほど一郎君てどないやねん。お前は何目指しとんねん。もう意味が分からんくなって温くなったビールを煽る。こんなん酔っぱらわんと対処できへん。
    「びっくりするほど一郎なァ……。よし、ロショー! 拙僧に見せてみろよ、判定してやっから」
    「判定して欲しいんは盧笙のモノマネやなくていちじろの方なんやけど……」
    「お、ええで! ちょぉ待ってな」
    「ええんかい」
     ゴホンゴホンと喉の調子を整え、盧笙が立ち上がる。気合い入りすぎなんちゃう?

    「クソ親父ッッッ!」

     薄い壁で囲まれた部屋いっぱいに盧笙の怒声が響き渡る。左馬刻は目をパチクリし、空却は一瞬驚きながらも腹を抱えてゲラゲラ笑いだした。俺はといえば隣の部屋から壁ドンされてその壁に向かって「すんまへ~ん」と謝っている訳で。うっさい盧笙とうっさい一郎が掛け合わさったらそらごっつうっさいわ。
    「ヒャハハハハッ、似てんじゃねぇか! 特に語尾なんか一郎そっくりだぜ。怒り狂ってる時の顔もよぉく真似できとる」
    「おおきに!」
    「……センセーよぉ、ちょっくら『左馬刻さん』つってみろや」
     その左馬刻の言葉に空却が「未練くせぇ」と益々笑う。それは俺も同感やな。
    「……さぁときさん!」
     こんな感じやろか? そう、不安気に問う盧笙に左馬刻は満足そうに「おー、いいじゃねぇか」とカッコつけ、空却は声にならんほど笑い転げて死にかけとるし。てか何で盧笙があん時のカッコ良かった左馬刻さんを慕う一郎知っとんねん。だったらコレもイケるんちゃうか?
    「なぁなぁ、ほんなら『簓さんってめっちゃ面白いっすね!』って言うてくれへん?」
    「は? 一郎君はそんな事言わへん。よって俺も真似出来ひん」
    「なんでやねんっ!」
    「ヒャーハハハッ! 一郎の塩っぷりまでマスターしてんじゃねぇか!」
    「……もうええわ。で、結局この本なんやねん。結婚の挨拶どうの言うてたけど、もちろん零は断っとるんやろ?」
     せやせや。コイツらが泉みたいにボケ吹き倒す所為で忘れとったけど、最終的にオトンが却下すればええんや。まぁ、あの一郎が素直に零の所に来るとも思えへんけど、いや来ぉへん方が自然やけど。盧笙もなんや絆されてもうてるけど、お前本来は止めなあかん立場なんやで? 児相に通報せなあかんねん。せやけど、それをしてへんって事は零はやっぱり反対派っちゅーこ……
    「笑って許しとったで」
    「許したんかいッ!」
    「あ、すまん。これ盛大なネタバレっちゅーやつやんな? あかん、やってもうた……。波羅夷君も左馬刻君も今の忘れてぇな」
    「俺にはないんかい」
     けど、肝心の零がオーケー出してもうたらもうおしまいやん。
    「俺が必死に止めた所で一郎も二郎クンもクソオトンも止まらへんやん。クソオトンに限ってはこの状況楽しんどるで」
     零は今度会ったらシめられる前にシメるとして。どないしたらええんや、この状況。
    「つーか別に一郎もジローも放っておきゃあ良くねぇ?」
    「ええわけあるか」
    「なんでだよ。別にアイツらがどうであろうがテメェにゃ関係ねぇし、どうこうしたがるタマでもねぇだろうが」
    「うぐ……」
     せやねん、空却の言う通りやねんな。デリカシーない癖に偶にこうやって正論でぶつかってくるんが厄介なんや。けど、正直コイツらの話聞いて確信してもうてん。「あ、やっぱ止まれへんのや」って。
    「ささらよぉ」
    「なんや、左馬刻……」
    「テメェが一番一郎のバカに発破かけちまったんじゃねぇのか?」
    「そんな事……」
    「だから俺ら呼んで判定だなんだつって罪の意識を分散させようとしてたんじゃねぇのか?」
    「最低だな、テメェ」
    「ちゃうって、ちゃうよほんま、ちゃうねん」
    「ちゃうちゃううっさいわボケ!」
    「あだっ」
     盧笙に叩かれた頭をさすりながら数年前の記憶を辿る。
     あれはなんもない平日の午前中。トレードマークとも言える単ランと赤パーカーを脱いだ一郎と、コイツらには内緒でちょっと変わった話をした事がある。
    「……確かにトドメ刺したんは俺かもしれへん。俺らが解散するちょっと前……里親コンカフェ潰した事あったやんか」
    「里親コンカフェ……ってガキ共斡旋してたあの悪趣味なやつか?」
    「せや。あん時に俺、余計な一言言ってもうてん。いや、二言かもしれへん」
     声量を落とし、左馬刻達にゆっくりと視線を巡らす。客の心を掴むためのちょっとした技や。視線を合わせて意識を俺に向ける。そうすればコッチのもんで、ギャースカ騒いどった三人の視線が「早く」と先を促すのがよぉく分かる。
    「もう白状するわ。俺が一郎と弟クンをくっつけてもうた話や」
     そう言って静かに始めた。


    5.お前の隣

    「一郎、そないな所でどないしたん?」
    「簓さん!?」
     平日の午前中。当然のごとく学生は学校に通い、勿論目の前の不良を語る真面目な学生もその対象の筈やった。「バイトも大事だけど学校も大事なんで」なんて言う不良がどこにおんねん、いやココか。なんてノリツッコミをし、もう一度一郎に問う。
    「学校行かへんの?」
     その問いにちょっとだけムッとし、そうかと思えば眉を下げて「ちょっと気になる事があって」と遠くを見つめた。
    「それ、俺が協力出来そうなやつなん?」
    「え?」
    「言えへんのやろ? 空却にも左馬刻にも」
    「あ……」
    「真面目~な一郎クンが学校サボってわざわざ制服まで脱いで。そんなん訳アリに決まっとるやんか。あ、でも俺じゃどうにも出来ひん~ってなったら場合によっては左馬刻に相談せなかん。堪忍やで、ホウレンソウやホウレンソウ」
    「……っす」
    「制服着とるうちは不自由な事もあるさかい、俺で良ければいくらでも協力するで」
    「はは、そうっすね……」
     気まずそうに会釈をすると、一郎はここじゃあ目立つからと移動を始めた。
     本当は見て見ぬ振りも出来た。訳アリなら放っておいた方が良い時もあるし。せやけど、俺の声で振り向いたアイツの顔がほんのちょっとホッとしとるようにも見えたから、なんや世話したらなかわぁ、なんて。面白さそっちのけでつい世話なんて焼いてもうたんや。
    「………………」
    「………………」
     必要以上の会話はない。空却のように友達やないし、左馬刻ほど慕われてもない。せやけど険悪さはなくて、ただ単に互いに程好い距離感を保ってるだけや。少なくとも俺はそう思うとる。確かに一郎は俺のギャグに笑わへんし、貶しもせん。芸人が一番辛いリアクションを取るような薄情な男やけど、それでも俺は一郎を可愛い後輩やと思ってるのは事実で。
    「なぁ、そろそろ話してくれへん?」
     そう言ってお茶を差し出すと、一郎はまた小さく会釈をした。狭いけど安いしリノベしたばっかやから綺麗で駅にも近い最高の部屋や。
     前の住人が自殺しとった点を除けば、やけど。
     それでも気味悪さ半分、面白さ半分で借りた部屋は左馬刻や空却もよう来てくれとるし、俺自身結構住んどるけど今の所変わりはない。
    「俺、弟が二人いるじゃないっすか」
    「おん」
     あ、しまった、弟クンの話か。こりゃ長くなるで~、なんて心の中で額を叩く。一郎は真面目やし賢いけど、弟クンの事になると高確率でアホになんねん。なるべくその手の話題は避けてきとったけど、今日は俺から踏み込んだ手前聞く以外の選択肢はない。
    「それで上の弟のカバンを整理してたら気になるモン見つけちまって」
    「おん……」
     ゴムやろか、とも思ったけど、そんな茶々を入れた日には一郎の地雷を踏みぬきまくって殺されてまう。前の住人に続いて連チャン仏さんは流石にホット(・ ・)け(・)へ〜ん、いうて。あ、コレめっちゃおもろいやん。ホット(・ ・)なケ(・)ッサクなんちゃう?
    「あの、簓さん?」
    「んぁ? あ、すまんすまん。で、何見つけたん?」
    「えっと……」
     そういや、アイツらの情報によると一郎は特に上の弟に並々ならぬ感情を持っとるらしい。親代わりやから多少愛情が歪むのはしゃーないけど、歪み方斜め上すぎひん? 俺が一人っ子やから分からへんだけで、コッチの奴らは皆こうなん? おっかなすぎひん?
    「実物は持ってこれなかったんで、写真撮ってきたんすけど。コレ……簓さん、どう思います?」
    「どうって……」
     そう言って一郎から差し出されたスマホを覗き込めば、ここブクロに限らず人がようさん集まる場所では珍しくないただのチラシやった。
    「ただの高額バイト……やんな?」
     この手のものにはありがちな胡散臭いチラシで、都合の良いワードがツラツラ並んどる。こういうの引っかかる奴案外おるんよなぁ。
    「でも弟クン、まだ中学生やろ? バイト出来ひんやん」
     しかも大抵風営法ギリギリか場合によってはアウトか。最悪パクられたり体壊されたり。まぁ、こんなビックリ箱みたいなんは普通の神経しとったらわざわざ開かんやろ、いうて。
    「それにココいらじゃチラシなんて日常茶飯事やん。断りきれんくって貰っただけなんちゃう?」
    「そうかもしれねぇ……けど、兄貴の勘っつーか……」
    「ほぉん。でも一郎も中学からバイトしとったんやろ?」
    「そ、っすね。俺は体もデカかったし丈夫だったんで、最初は工事現場でだけど。二郎は俺みてぇにイカつくねぇしどちらかっつーと美少女系っつーか、タレ目だし口元のホクロがそれに拍車かけてるっつーか、色気っつーのかな、ギャップとかそういう……ハハっ、何て言ったら良いか分かんねぇんっすけど、兎に角ンな怪しい高額バイトで働いて良い奴じゃないんで」
    「え、あ、うん、せやね……俺もそー思うわ」
     あかん。後半何言うてるんかサッパリ分からへんかったけど、取り合えず同意しとくに限るで。
    「それにアイツ、ちょっと常識疎い所あっから、この字面通り受け止めちまってっかもしれなくて」
    「高額バイト。年齢不問、履歴書不要で即日手渡し可能……。訳アリちゃんにはええ条件やもんなぁ。せやけど、一郎がちゃんと生活費入れとるんなら弟クンがバイトする必要あらへんのちゃう?」
    「それが……もしかしたら俺の誕生日に何かしようと思ってるのかもしんなくて。あっ、でも、ただの勘違いかもしれないんで、だったらちょっとハズイけど」
     一郎が視線を落とし、やや自信なさ気に俯いた。いつもは怖いもんなんてあらへんって顔しとる癖に、弟の事になると途端に自信をなくすんは一郎の悪い癖やと思うわ。普通こんな風に兄弟の事思えへんし、思えたとしても行動なんて出来ひんのに。
    「なるほどなぁ。大好きな兄ちゃんの為に即金が必要って訳や。でもそんな訳アリバイトなんかして欲しないし、そんな所で稼いだ金で祝われたくない……って事やんな?」
    「そうっすね……。金に関しては棚に上げちまってっけど」
     眉間に皺が寄り、グラスを握る手にも力が籠る。一郎にしてはどうにも歯切れが悪い。
    「ほんで? まだあるんやろ?」
    「えっ?」
    「顔に書いてあるで。ほら、俺そういうん見抜くの得意やんか」
    「あ、はは……敵わねぇな、簓さんには」
    「まぁ、空却と左馬刻に言われへん理由にもなっとらんかったし」
    「そうっすね……。実はこれ見つけたの三日前で。その日のうちに二郎に聞こうと思ったんすけど、簓さんが言うように偶々貰ってカバンに突っ込んだだけかもしれなくて。まぁ、それにしては綺麗に折りたたんであったからアイツの性格上ちょっと気になっちまって。それで、アイツが面接に行く前に実際に見に行ってみたんっすよ」
    「見に行ったってこの住所に!? ひゃ~……相変わらず行動力あるやっちゃなぁ」
     大げさに驚いて見せるともう一度一郎のスマホに視線を落とした。住所的にさっき俺と一郎が会った辺りや。近くには一郎が頻繁に行っとるアニメの青い店がある。
    「って事は今日もそこに張り込んどったんか」
    「はい。丁度あの場所からビルの入り口が見えるのと、午後にもし二郎が来たら止められるようにって。まぁその前に何の店なのか分かんねぇと意味ないからって、一度ビルの下まで行ってみたんすけど……見た感じコンカフェっぽいんすけど、客層見てっとどうも売春斡旋臭くて」
    「はぁ!? そんなもん即左馬刻案件やんかッ!」
     思わず声を荒げた俺に「そうなんすけど」と一郎が制す。
    「俺も直ぐに左馬刻さんに連絡入れようとしたんすけど、見知った顔が出入りしてて……。あの辺任されてる金髪に青メッシュの奴いるじゃないっすか。一応写真撮ってて。ほらコイツ」
    「……ああ、こんなんおったなぁ」
     名前はなんて言うとったっけ。左馬刻がいつも「おい」とか「なぁ」とかで済ますから覚えられへんねん。
    「あ、なぁなぁ? 煙草吸ってええ?」
    「どうぞ。つかここ簓さん家なんで俺に遠慮しないで下さい」
    「はは、それもそーやね」
    「左馬刻さん、こういうの俺らが関わるの嫌がるんでさっさと渡しちまおうかと思ったんすけど、白だった場合申し訳立たねぇし、空却にバレたら即乗り込もうってなるだろうしで正直ちょっと困ってたんっすよね」
     なるほどなぁ。俺からしてみればとっとと左馬刻に言えばええやん? って思うけど、確かに白だった場合の後処理は面倒やな。仲間疑われんのも嫌やろうし。
    「だから簓さんが話しかけてきた時ちょっと安心しちまって。こういうの、簓さん得意じゃないっすか」
    「うん……せやね、なんか意図せずそんな感じになっとるけど」
     別に俺かて得意な訳ちゃうけど、ここで生きてく上で磨かれた意外なスキルっていうん? 俺はアイツらほど殴り合いが得意な訳やないし、どっちかちゅーと考えて行動したり、穏便にすませたりする方が向いとるだけで。そもそもおもろいモン求めとったらなんや……こうクールでイカした簓さんが出来上がってもうてたわけで。
    「それで、弟の事もあるんである程度掴んでからぶっ潰そうと思ってて」
    「いやお前も大概やで……」
    「けど、誰かがヤんねぇと」
    「せやけど、なんや単純そうでえらい複雑に絡み合うとるなぁ~。ウチのシマで売春斡旋疑惑やろ? それに弟クンが引っ掛かりそうになっとって、ほんで仲間の裏切り疑惑。設定盛り込みすぎやて」
    「こういう時はどっからぶっ潰してけば良いっすかね」
    「せやなぁ……。あ、そや。もう一層の事弟クンを囮にするんどう? 勿論、危なくないよう俺らが守……ってのは冗談で」
    「笑えねぇっすよ」
    「あ、はは……ごめんて。まぁ俺も盧笙が囮になるんは勘弁やわ」
     一瞬にしてゴリゴリに室内温度を下げた一郎に引き攣り笑いを浮かべながら謝罪すると、「またロショオっすか」と鼻で笑われた。あ、ついうっかり地雷踏み抜いてもうたかも。なんて心配はよそに一郎は眉間に皺を寄せたまま考え始めた。
    「こういうのってイタチごっこっすよね」
    「おん?」
    「いや、俺らがいくらぶっ潰してもあの手この手ですり抜けてくるし……。つーか、バイトなんかの心配いらねぇくらい俺がもっと稼がねぇとっすよね。じゃなきゃまた変なバイトに手ぇ出そうとしちまうし。けど、そういうヤベぇのって口じゃちょっと教えにくいんっすよね。アイツまだ何も分かってなさそうだし」
    「んー……せやねぇ……。だったら体で教えればええんちゃう?」
    「エッ!?」
    「え?」
     あ、あかんやってもーた。まぁた一郎の語りが始まってもうたわ、なんて聞き流しとったらどえらい事言うてもうた。止めなかんのに焚きつけてどうするん、俺。しかも煽り方センスなさすぎやろ……なんやねん、体で教えればええって。スケベなおっさんやんか。
    「いやいや、俺ら兄弟っすよ……」
    「せやけど知らん奴に取られたらそれはそれで絶対お前落ち込むやんか。それにもうそういう意味じゃお前の隣は代わりはきかへん、たった一人なんやろ?(※BGM:お前の隣)」
     ちゃうちゃうちゃうちゃうちゃう! なんやねん、なんでやねん! 経験ありますぶってカッコつけとる場合ちゃうねん。一郎、お前もそんな顔すな! そうっすよねとか納得すなや、お前の理性の塊どこいっとんねん。
    「ここでお前の気持ちに正直に動かんと……あとで後悔すんで?(※BGM:お前の隣)」
     あかん、口から勝手に言葉が出てきてまう、なんでやなんでやなんでや、盧笙ッ! 心が二つあるぅ! いやでも間違った事言うてへんやんって気持ちもあって、あかんコレ。完璧迷子や。
    「なんか……はは、すみません、こんな話するつもりじゃなかったんっすけど。アイツが道を踏み外さねぇよう、俺も後悔しねぇよう正直に動いてみようと思います」
    「おん……まぁ頑張りぃ」
     いやいや、お願いやから頑張らんといて。弟クンどっちにしても道踏み外してまうやん。てかコレなんの話やったっけ。もっと真剣で臨場感溢れるカッコいい感じのやつやなかったっけ? え、どうしよ……、どないしよ? 俺の脳内がモーター全開でウォンウォン唸る。その横で一郎が「簓さんってギャグ言わなきゃすげぇっすね」なんて言うもんやから、余計に後に引けなくなってもうた。やっぱさっきのナシなんて言えへんやん。
    「まぁせやね。この年になると色々あんねん。ってなんでやねん、ギャグもおもろいわ」
    「はは……そ、っすね」
    「おん…………」
    「………………」
    「………………」
    「………………」
    「………………」
     えっ、気まずすぎひん!? 一郎のリスペクトとディスリスペクトの差が全く分からへんのやけど。俺どないしたらええねん。どんな簓さんでいたらええねん。
    「てか、高額バイト自体は解決しねぇっすよね」
    「そうやねぇ……午後になったら事務所行ってそれとなく近辺探ってみよか。お前より俺のが探りやすいやろうし」
    「っす」
     ああ、もうあかん、耐えられへん。この重たい空気苦手やねん。この部屋に何かおるんちゃうか、とすら思う。そんな空気が嫌で、全く気分じゃなかったし何なら二日酔いやったけど意を決して一郎に言った。
    「そうと決まったら昼飯食お! 一郎の好きなもん出前とったるわ」
    「あざす! ピザとコーラで」
    「あはは、予想通りの回答やね」
     そう言って俺が笑えば一郎も照れ臭そうに笑った。こうしとったら年相応のガキんちょやのに。ほんま、育った環境って皮肉やわ。


    ***

    「え? なんて?」
     一郎とピザを平らげ、適当に時間を潰すのにも飽きて間が持たんくなった頃、俺らは「そこで会いました~」なテイを装って事務所へ向かった。一郎はカバンに詰め込んでいた制服に着替え、代わりにさっきまで着とった服が放り込まれている。やっとる事がリストラされたサラリーマンのそれみたいで複雑な気持ちになったのは秘密や。
    「一度で聞き取りやがれダボが」
    「いや、聞いとったけど」
    「だから俺様のシマで売春斡旋してるクソサナダムシ野郎がいっからぶっ潰しに行くぞっつってんだろうが」
    「あっ、もっかい説明してくれるんやね、おおきに」
    「売春斡旋って……どこっすか?」
    「ぁあ? テメェがよく行くアニメの青い店あんだろ? その公園脇の雑居ビルだわ」
    「え?」
    「え?」
    「ア?」
     俺と一郎の声が重なり、左馬刻が怪訝な顔を寄越す。慌てて「そうなんや~」って誤魔化して咳払いを一つ。
    「少し前から異変に気付いた奴がいてよぉ」
    「エッ、金髪青メッシュの奴?」
    「あ? ンでテメェが知ってんだよ」
    「勘や勘。その辺仕切っとるからそうなんかな~って。なっ、一郎!」
    「えっ!? あ……はい」
     俺に振ってんじゃねぇと言わんばかりにちょっと迷惑そうな顔をしながら一郎が相槌を打つ。まぁ、そんなん左馬刻が気にする筈もなく、煙草に火を点けて、そのついでに俺にも勧めてきた。
    「行き場のねぇガキ共集めてカフェで働かせてるっつー話だ。行く当てもねぇのをウリにして『里親カフェ』なんてふざけたコンセプトでやりやがって」
    「は~、なるほどなぁ。気に行った子ぉがおったらそのままお持ち帰り……か。帰る場所もあらへんから双方ウィンウィンなんやろうけど、にしたって里親カフェってエグすぎひん?」
    「だからぶっ潰すつってんだろうが。つーかそもそも俺様のシマで好き勝手クソみてぇな事してんのが気に食わねぇ。ぜってぇ殺す」
    「いやいやお前も物騒やで」
     まさか一郎が警戒しとった場所でそんなヤバい事が起こってたとはなぁ。ま、でもコンセプトがこれやったら一郎の弟クンが面接来とってもアウトやったろうなぁ。なぁ、結果良かったんちゃう? そう耳打ちしようとしたものの、少し様子がおかしい一郎に気付いて咄嗟に言葉を変える。
    「一郎? どないしたん?」
    「………………」
     俺の問いかけにハッとした表情を浮かべて顔を上げた。顔色が悪い気がするけど、まぁそれもそうや。コンセプトに合わへんくて落とされてたかもしれへんけど、それは今回偶々や。コレが違うコンセプトやったら大切な弟クンが巻き込まれとったかもしれへんし。なんて考えたらやっぱり倒れそうになるわな。言葉変えといて良かったわ。
    「左馬刻さん……それ、俺も行って良いですか?」
    「ア?」
     地鳴りのように低く震えた声で一郎が言う。ああ、もう。ごっつ怒っとるやん。流石の左馬刻もその気迫を感じたのか、煙草の煙を吐き出すとハッっと笑った。相変わらずカッコつけてなくてもカッコついとるんが羨ま……腹立つわ。それにそのつもりやからコイツは一郎の前で話とったんやろうけど、一郎も一郎でちゃんと確認取るなんて律儀な奴やで、ほんま。
    「たりめーだ、ダボが」
    「っす」
    「今空却に見張らせてっからそのうち連絡くんだろ。アイツ、ちゃっかり報告聞いててよ。暇だから連れてけとか言い出しやがって。挙句の果てに昼飯……って、噂をすりゃあなんとやらだ」
     そう言って左馬刻は俺らに向ってスマホの画面を見せた。着信相手は勿論、空却や。悪態吐いとる癖にちょっと嬉しそうにしとるあたり、コイツらの関係も中々に良好や。そもそもの性質が似とるんもあるんかな? 無鉄砲な所とかアホな所とか横暴な所とかアホな所とか。
    「おう、どうだ」
    「……なぁ一郎」
     とっとと会話をし始めた左馬刻に聞こえへんように一郎に耳打ちをする。肝心のコレが共有できひんとシまらんやんか。
    「アイツは白やったみたいやね」
    「そうみたいっすね。早とちりで潰さなくて良かったっす」
    「じゃ、これで残る問題は一郎と弟クンの事だけやんな」
    「……っす」
     俺の変な気遣いは絶賛継続中やったらしく、兄貴ぶってまた一郎を唆してもうた。ああ、なんやもうアホみたいやん。ちゅーかこの訳分からへん感情を止めるんは難しいのかもしれへん。だって行き過ぎた大事な気持ちが止まらへんのは誰よりも知っとるし。止めようと思って止まるもんちゃうのも知っとるし。一郎がこの先どう進むのかなんて分からへんし俺にどうこう出来る問題でもあらへん。アイツらが一郎の事止めへんかったのちょっと分かってもうたわ。
    「オイ、何してんだ。ダバダバしてねぇでとっとと向かうぞ」
    「ほ~い。ほな行こか」
    「うす」
     せやから、一郎。
    「どうなったかまた簓さんに教えてな」
     左馬刻にバレへんようにウインク決めて一郎の背中を叩いてやった。普段は簓さんのパンチくらいじゃよろけへん体幹ゴリラが珍しくフラつきよって。これじゃあ結果はお察しやんか。
     まっ、結局一郎の口からは聞かれへんまま別れてしまったんやけど。


    6.基盤ならある

     平日の夕方。この時間にしては珍しく依頼もなく、だからと言って時間を持て余すのが勿体なくて学校帰りの二郎と合流した。俺を見つけるなりダチに別れを告げて駆け寄って来る姿にダメだって分かっててもちょっとばかし安堵しちまったりして。
    「おう、急に悪ぃな」
    「ううん、全然大丈夫だよ! てか珍しいね。今日依頼なかったっけ?」
    「あったんだけどよ。明後日に変更になっちまって。折角だから夕飯までブラつくかってな」
     ダチは大丈夫だったか? そう尋ねれば「アイツらは大丈夫!」と勢いよく答えた。聞けばゲーセンで遊んでから帰るようだったが、いつでも出来るからと俺の方に来てくれたらしい。じんわり満たされていく優越感と、試すような事しちまった罪悪感とが混ざる。もしかしたら歪な笑顔を向けちまったかもだけど、二郎はどこ吹く風で辺りを見渡していた。
    「どうする? にいちゃんどっか行きたい所ある?」
    「んー……不意にブラつきてぇなって思っただけだからこれといった目当てもなくてよ。お前こそなんかあるか?」
     逆に問い返せば二郎は直ぐに「それなら!」と目を輝かせてみせた。
    「俺さ、いつも回ってるルートがいくつかあって。今治安もヤバいし丁度良いからにいちゃんも付き合ってよ」
    「おう、良いぜ」
    「っしゃ。それならこっからだと……Cルートが良いかな」
    「Cルート……?」
    「そっ。あっちのサンセットからぐるっと回るんだよね?」
     聞き覚えのある言葉に眉を顰める。まさかそんな筈はねぇし、ブクロの街を歩きなれてる二郎なら効率の良い回り方を知っていてもおかしくはねぇ。多少モヤつきはしたが、張り切る二郎に腕を引かれるうちに「まぁそんなもんは良いか」と言ちて歩調を合わせた。
    「そんでさ、そん時に三郎が──」
     五分十分と過ぎ、二十分三十分とあっという間に過ぎていく。飽きもなければ疲労感もなく、他愛のない話をしながらブクロの街を練り歩く。きっと隣が二郎だからだ。肝心の二郎は買い物をする訳でも見て回るでもなく、文字通りブラブラと歩いているだけで。
     ……まるであん時の俺と空却みてぇに。
    「にいちゃんコーラ飲む?」
    「あ? あ、なら俺が出すわ」
    「良いってこのくらい。昨日にいちゃんからバイト代貰ったしさ。付き合って貰ってるお礼って事で」
    「いやお前それじゃあ意味ねぇだろうが……」
    「あっ、じゃあさ半分こしようよ」
    「は?」
     そう言って俺の返事を待たずに自販機のボタンを押せば直ぐに派手な音を立ててコーラが落ちてくる。こっちがペースを掴んでいるようで掴めていないこの感覚も随分と久しい。コーラ一本でもマジで身勝手で人格破綻してて。けど、目の前にいるのは二郎で、決してアイツじゃねぇ。妙な胸騒ぎに唾を流し込めば「やっぱ喉乾いてたんじゃん」と二郎が笑う。
    「はい」
    「……おう。サンキューな」
    「へへ。あ、でも俺と半分こだからね」
    「わぁってるよ」
     場所や状況がそうさせたのか、つい癖で一度口を付けたコーラに蓋をして手渡そうとした自分にハッとする。アイツがいっつも投げて寄越す所為で隣にいても蓋を閉める癖がついちまってたから。まさかそんなモンまで出てくるとは思わなかったから、コーラを寄越そうとしない俺に二郎がちょっとだけ戸惑いの声を上げた。
    「にいちゃん? 嫌なら俺も買おうかな」
    「あっ、や、違ぇって。ほら」
     すぐそこにいんのに蓋しちまったからよ。慌ててそう繕えば二郎はそんなの良いのにってケラケラ笑う。
    「おっ、二郎と一郎さんじゃん! ちっす」
    「おー、元気そうだな」
    「じろちん、今度スケボーしようぜ」
    「おう、治安良くなったらまた勝負しようぜ」
     ブクロの街を歩けば色んな奴らが声を掛けてくれる。高齢者から子供まで、年齢層はさまざまだが、それでもやっぱり二郎といると若い連中が多い。今日も例外じゃなく、ぶっちゃけ「またかよ」なんて思えるくらいには、だ。
     あん時と同じルートで、ただ何をするでもなくくだらねぇ話しながら二人で歩いて。偶にこうしてコーラの回し飲みして。そういや今みてぇにブクロの奴らから声かけられたら大抵空却の奴が返してたよな。俺はあんまそういうのが得意じゃなかったから、あん時は結構有難かったし、萬屋始めてからはアイツの面影を追いかけるみてぇにちょっと真似したりなんかして。ぜってぇ言ってやらねぇけど。
    「あれ。ココまた変わってんじゃん」
    「……ア?」
     二郎の声に釣られて視線をズラせばしょっちゅう店が変わる曰く付きの場所だった。この手の場所はブクロにも何か所かあって、前回はコンビニだったからまぁ大丈夫かとは思ってたが……。
    「コンビニでもダメだったかぁ。あっちはまだ空き物件のままだし」
    「一層の事更地にしちまうか駐車場のが良さそうだよな」
    「あ。今ってさ駐車場に冷食自販機とか宅配ボックスとか置いてっし、それ良さそう」
    「おっ。二郎にしては随分商売っ気ある事いうじゃねぇか」
    「ごめん。これこの間三郎が言ってたやつ」
    「ンなこったろうと思ったぜ」
    「……にしても訳アリに挟まれてるタバコ屋が強すぎんだよなぁ」
     ああそうだ。空却もよくここの婆ちゃんを気にかけてたっけ。元々ここは左馬刻達が管理してた場所だったからその一環で何度も立ち寄った事がある。一週間に一度の頻度で中に入って、アイツは経を唱えていた。俺にはその効果はサッパリ分かんなかったけど、空却がブクロからいなくなってからは店の入れ替わりが更に悪化したから、まぁそういう事なんだろう。確か、霊の通り道がどうのつってたか。
    「更地にしてくれた方が俺も敷地に入りやすいんだけどなぁ」
    「別にお前が入る必要ねぇだろ」
    「ん? んー、まぁそうなんだけどさ。俺の決意っていうか。あっ、にいちゃん。次はあっちの方行こう」
     そう言って指で示したのはやっぱり昔俺らが使ってたルートで。出来過ぎた偶然に気の所為かとも思ったが、コレは確実に空却との思い出をなぞってやがる。疑念が確信に変わり、そうなると尋ねずにはいられない。俺の一歩二歩前を歩く二郎の腕を掴んで引き寄せると、少し声量を落としながら言った。
    「なぁ、二郎。お前が歩いてるこのルートってもしかして昔俺が使ってたやつ……だったりしねぇよな?」
    「そうだよ!」
     モヤつく俺の気持ちとは裏腹に、二郎はあっけらかんと答えた。
    「そうだよって、何で知ってんだよ」
    「教えて貰ったんだよ、せっそーに」
    「せっそーって……はぁ!? 空却に!?」
    「ん~、そういやぁアイツそんな名前だったっけ。せっそーくーこーみてぇな事言ってた気ぃするかも」
    「奇跡的に自己紹介みてぇになってんな……。つか空却と接点なかったろ? 何で知ってんだよ」
     バトル後に会話してた記憶もねぇし、二郎の口ぶりからして大分前から続けてるに違いない。となると、やっぱり考えられるのは空却がココに住んでいた二年前しかねぇ。
    「ほら、三郎が熱出してにいちゃんがダチに俺の事任せた日あったじゃん、覚えてる?」
    「熱……あっ」
     そういやぁあった、そんな日が。三郎の熱があんまりにも高くて死にそうで、インフルだったらヤベェ、でも可愛い二郎を一人で放り出すのも嫌だつって空却に任せた日が。今の今まですっかり忘れちまってたけど。
    「そん時にせっそーに叩き込まれたんだよ。いつかせっそーがいなくなったらお前が歩けって。それがブクロとにいちゃんを守る術になっからってさ」
    「え?」
    「あとにいちゃんの胃袋から離れるな……みてぇな事も言ってたな」
    「俺の胃袋……?」
     なんだそれ。人格が破綻してる奴が言う事はよく分かんねぇが、それがよりによって二郎を経由した所為で更に正確さを失っちまってる気がする。困惑する俺を見るや否や二郎は「家寄ってアイツと色々作ったじゃん」と続けた。その言葉に瞬時に理解が追い付くと思わず溜息が零れ落ちる。
    「それ言うんなら『胃袋掴め』だろ……」
    「あ、それそれ」
     悪びれもせず二郎が頷く。まぁいつもの事だからどうって事ねぇけど、偶に心配にはなる。心配になった所で改善する術がなさそうなのも困るんだよなぁ……。
    「にいちゃん!」
     二郎は二郎で俺の心配をよそに嬉しそうに俺の事を呼んだ。声色からして何かを閃いたらしい。
    「にいちゃん、俺さ、今度のフェスはせっそーと組もうかな」
    「空却と?」
    「うん。もっかいアイツと話してぇし。にいちゃんのダチなだけあって良い奴だったしさ。偶に一人でブツブツ言って厨二っぽかったけど」
    「いやそれは多分……」
     幽霊相手にお経唱えてたんだわ。そう出掛けた言葉をグッと飲み込んだ。普段気が強くて喧嘩っ早い二郎だが、あんまこの手の話が得意じゃねぇ。弟かダチか。天秤にかけて真っ直ぐ弟に軍配が上がる。悪ぃ空却、お前なら何とかできんだろ。誤解解きたきゃ自分で解いてくれ。
    「なら後で空却に連絡取ってみるわ。早ぇ方が良いだろうし」
    「本当!? 有難う、にいちゃん」
    「おー」
     二郎が他の野郎とつるむのは正直今でも大っぴらに喜べねえし受け入れらんねぇけど、空却になら預けても良いと思えるのはやっぱり不思議で。これが親友(マブダチ)効果か、なんてハズイ事思っちまったのは内緒だ。
    「そういやさ、また金平糖ブームきてんの知ってる?」
    「マジかよ」
    「今回はヤベェのじゃなないっぽいけど、なんかあったら知らせるよ」
    「ああ……流石に同じ手は使わねぇだろうが。一応アイツにも知らせとくか」
     これもあん時にちょっとした騒ぎになったやつだ。何だか今日は懐かしい記憶を刺激される。しかも何の因果かどれも二郎絡みときたもんだ。そうなるとチラつく人物がもう一人。今も昔も掴みどころがなくてギャグとかマジで死ぬほどどうしようもねぇけど、それでももう一人の兄貴みてぇには思ってるあの人だ。バトルの前に会った時は頭に血が上ってまんまと踊らされちまったけど、よくよく考えれば俺の背中を押してくれたあの人があんな事言う訳ねぇよな。結局あの後の事は言えずじまいだったけど、まぁ、言うほど興味もなさそうだったし。あと普通にロショオって奴が実在してたのに気が付いて帰りの新幹線で死ぬかと思った。え、生きてんじゃんって。そういや「盧笙は生きとるし妄想ちゃうし!」って言ってたっけ。またか、って感じで聞き流してたから。アイツらに共有したかったけど、あん時は物理的にも精神的にもそれが出来なくてすげぇもどかしかったな。
    「今はまた治安悪くなってからよ……クソみてぇな商売考える輩もいるだろうから」
    「うん」
    「何かあったら俺に言えよ。制服着てるうちは不自由する事もあるだろうし」
     いつか受け取った言葉がスルスルと出てきちまう。もうアイツらはいねぇし、アイツらの面影を辿ったところでブクロ(ココ)は俺らが俺らの方法で守ってかなきゃならねぇ。それでも偶には懐かしんだって罰は当たらねぇだろう。俺が一人で藻掻いていた時に導いてくれたダチ、手を差し伸べてくれたセンパイ二人(MCD)の事を。案外気に入ってたから、あの人達もあの空間も。柄にもなくずっと続けば良いとすら思っちまうくらいには。何より、基盤はずっとココに残ってんだ。
    「なぁ、デート中に悪いけどやっぱ今電話するわ」
     シレっとそう言えば二郎はちょっと慌てふためいてキョロキョロと辺りを見渡した。
    「え……せっそー?」
    「と、アイツら」
    「アイツら?」
    「ああ。この間のバトルの時にグループ組んだんだわ。まぁ、そんな活用してねぇけど……って三人とも出るの早、ははっ、同時かよ」
     あん時とは違った関係性で、だけど少し前よりは縮まった距離感で、これはこれで悪くはねぇ。欲しかったもんが、大事なもんが一つずつ確実に手中に戻ってきているこの感覚。
    『いッちろぉッー!』
    『よぉ』
    『……どないしたん?』
     画面が切り替わると同時に同じ背景の三人が映り込む。二郎の腰に手を回して引き寄せるとそれを一緒に覗き込んだ。
     ンだよ、俺も呼べよなって、そう思うくらいにはやっぱ好きなのかもしんねぇ。そしたらさ、改めてコイツの事紹介させてくれよ。わざわざバカみてぇだけど、そんなバカ受け止められんのもアンタらだけだろ? ……なんて。

    「いや、話してぇ事たくさんあってよ」



    7.新生MCDと盧笙の判定

    「簓ァ。アウトォ! おら、ケツ出せ、拙僧が飛び切りの蹴り入れてやるよ」
    「嫌や! これ以上割れたない!」
    「これでもうテメェも言い逃れ出来ねぇな!」
    「何でそんな嬉しそうなん、自分!」
     予期せぬ一郎からの電話を切った途端空却が嬉しそうに俺に無体を働いてきた。いや、コイツのコレはいつもやわ。
    「『簓さん、あん時は背中押してくれて有難うございます』なんて言われちまったら認めざるを得ねぇよなぁ」
    「簓。大人として、人として一度言うた事は最後まで責任持たなあかん」
    「人格問題まで発展してもうた」
    「簓、テメェよぉ……あんだけ感謝されちまってんだ。テメェこそきっちり落とし前つけろやダボが」
    「絶体絶命背水の陣やん」
    「自業自得の間違いだろ」
    「自業自得やな」
    「自業自得だわクソが」
    「あ~~~~~~~~も~~~~~~~~ッ! せやねん、俺があかんかってん! 零にバラした事は後悔しとるけど背中押した事は後悔してへんもん!」
     そう叫んで一気にビールを煽る。これで今日何本目やろか。それと同時にまたお隣さんから壁ドンされてもうて、慌てて口を塞ぐ。もう遅いけど。
    「一発殴られてケジメつけさせてもらいますぅ!」
    「一発ですみゃーええけどな」
    「この際顔やられてもしゃーないな」
    「テメェもこのまま一郎に呼び捨てにされちまえ」
    「左馬刻だけ私怨酷ない?」
     一郎から電話が来た時、ふと思ってん。あ、これ神様からのお導きやわ、って。隣に僧侶おったけど。謝るんなら今がビッグチャンスやわって、思っててん。一郎の用件が終わったら謝ろうとしとったんやで、ほんまに。多分、左馬刻と盧笙は俺のそんな緊張感汲み取ってくれてたと思うわ。せやのに、や。
    『いっちろぉー! こンのボケが酔った勢いでテメェの父ちゃんにジローとの事バラしとったがや! 相ッ変わらずの酒カスっぷりで参っちまうよなぁ! で、テメェはどーすんだよッ、ヒャハハ』
     せやねん。いっつもコイツやねん。デリカシーゼロどころかマイナスの赤髪生臭坊主やねん。
     当然それ聞いた一郎が笑って俺の事許す訳ないやんか。いや、それはそれで怖いけど。ほんで、鬼の形相で「テメェ、簓ァ。首洗ってそこで待ってろ」ってリアルヤーさんも引くくらいの迫力でブチっと通話を切られたんが数分前。相変わらず物騒な顔と声やし、流石伝説の不良や。これから降りかかる惨劇を棚上げして「出会った頃と変わっとらんなぁ」なんて懐かしくなるわ。いやならんやろ。やめさせて貰いたいわ。
    「って何送っとんねん」
     先日組んだグループには「拙僧、焼売以外で」っていう空却のメッセージと盧笙ん家のマップが送られとった。それに続くようにして左馬刻のペーペー送金URL。どんなファインプレーやねん。焼売避けとるんもちょっとおもろい。お前もやっぱ飽きてたんか。
    「はぁ。一気に昔に戻った気分やわ。煙草でも吸うたろか」
    「煙草と喧嘩は俺ん家でやらんと外でやるんやで。終わったら一郎君と来てええから」
    「どんな気遣いやねん」
    「ン、おらよ」
    「ン、ちゃうわ。いらんて。吸わへんわボケ。簓さんの肺、ようやっとピンク色に戻りかけとんねん」
     俺様の煙草が吸えねえのかよ、とかなんとかぶつくさ言いつつも「まっ、大事にしとけや」とか言い出すからよう分からん。飴と鞭の使い方がめちゃくちゃやで。これ、もしかして簓さんある意味試されてるんちゃうか。盛大な溜息と共に丸まった俺の背中を空却が叩く。励ましてくれ……とる訳やなさそうやけど。もしかしてまた憑いとったんやろか。一郎の生霊とか、一郎の怨念とか。
    「そんで、簓。テメェの言う『いちじろ』の判定はどうなんだよ」
     その言葉に、ああそうやったな、と暫し黙り込む。最初は罪の意識からどうにかして一郎の事を止めなかんって思っとったけど、掘れば掘るほどアイツらの関係も俺の答えも明確になってもうて。
    「そんなん『アリ』に決まっとるやろッ!」
     も~、やめさせてもらいますぅ!
     半ばヤケ気味に叫べば三人がドッと笑った。   



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    tobun

    DONEドロライのお題「グータッチ」「匂い」を借りました。

    20×20のいちくうとMCD兄貴たち。
    人格破綻〜の台詞を見て以来、何年も空却に言わせたかった台詞を漸く使えました。開始2行で終了しているので内容はありません。皆総じて馬鹿です。
    20×20いちくう「グータッチ」「匂い」「お前、相変わらず人格破綻してんのな……」
    「ハァ!? 性壁が破綻してるテメェに言われたかねぇ!」
     店内に馬鹿デカい空却の声が響き渡る。すかさず「声がデケェ」つって頭を引っ叩いたものの、一度出た言葉は消えやしねぇ。何だ何だ? と客の視線が集まり、俺は頭をフル回転させた。このままだと山田一郎は性壁破綻者だと変な噂が立っちまう。そんな噂が立ったら弟達に顔向け出来ねぇ。性壁破綻者が育てた弟達はやっぱり性壁破綻者なんじゃねぇか、みたいに思われたら俺は、俺は──ッ。ラップバトルかってくらい脳がぐるんぐるん回って最終的に導き出されたのは、
    「簓さんに失礼だろーがっ!」
    「いやなんでやねーん!」
     目の前でポカンとした表情で俺らを見つめてた簓さんにぶん投げる事だった。悪ぃ、簓さん。アンタならなんとかしてくれんじゃねぇかと思って。そう心の中で謝ると、その火は更に飛んだ。それもよりによってめちゃくちゃ燃えやすい方に。
    2727

    tobun

    DONE27×20 ささくう
    付き合って三年目。灼空に挨拶に行く道中、真正ヒプノシスマイクを喰らった簓を空却と新生MCD達(他キャラも)が助ける話。

    <注意>
    ・皆和解していて仲が良いです
    ・婿入り前提
    ・死体が出てきます
    ・メソメソする空却がいます
    ・矛盾があるかもしれません、ふんわりとお読みください。(見直す時間がなかった…)
    ・地域表記→関西・中部・関東・東北・北海道(漢字)
    フラワー・シャワー「華がねぇな、お前」
     いつだったか、少々参っていた時。赤髪の生意気な僧侶に面と向かって言われたことがある。その直後、地面に落ちていた枯れ葉を拾うとあろうことか簓めがけてぶわっと放り投げてきた。どうせ投げるならこんな小汚い枯れ葉ではなくて綺麗な花弁であって欲しかったが、今ここには花がないのだから求めても無駄だ。何より、この僧侶の言い草や態度から見るに、ハナはハナでも鼻ではなくて花でもなくて華の方なのだろう。
    「え……なんや急に。名前からして花やんか、俺。俺くらいやで、生まれた時から花も華も背負っとるの」
     華がないとはなんだ、華がないとは。いきなり言われたものだからロクなボケも出来ずに「つまんねー」なんて言われる始末で。いや別にボケたわけでもツッコミを入れたわけでもなくて、ただ単に事実を言ったまでなのだが。まぁでも確かに面白くはないし、どちらかと言えばスルーして欲しいのでこれ以上深追いはしない。
    27889

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    「本物がおんのに皮(ガワ)だけ欲しがりよって…久々に会うたんやで簓さんの 2314

    Lemon

    DONE🎏お誕生日おめでとうございます。
    現パロ鯉月の小説。全年齢。

    初めて現パロを書きました。
    いとはじイベント参加記念の小説です。
    どうしても12月23日の早いうちにアップしたかった(🎏ちゃんの誕生日を当日に思いっきり祝いたい)のでイベント前ですがアップします。
    お誕生日おめでとう!!!
    あなたの恋人がSEX以外に考えているたくさんのこと。鯉登音之進さんと月島基さんとが恋人としてお付き合いを始めたのは、夏の終わりのことでした。
    一回りほどある年齢の差、鹿児島と新潟という出身地の違い、暮らしている地域も異なり、バイトをせずに親の仕送りで生活を送っている大学生と、配送業のドライバーで生活を立てている社会人の間に、出会う接点など一つもなさそうなものですが、鯉登さんは月島さんをどこかで見初めたらしく、朝一番の飲食店への配送を終え、トラックを戻して営業所から出てきた月島さんに向かって、こう言い放ちました。


    「好きだ、月島。私と付き合ってほしい。」


    初対面の人間に何を言ってるんだ、と、月島さんの口は呆れたように少し開きました。目の前に立つ青年は、すらりと背が高く、浅黒い肌が健康的で、つややかな黒髪が夏の高い空のてっぺんに昇ったお日様からの日差しを受けて輝いています。その豊かな黒髪がさらりと流れる前髪の下にはびっくりするくらいに美しく整った小さな顔があり、ただ立っているだけでーーたとえ排ガスで煤けた営業所の壁や運動靴とカートのタイヤの跡だらけの地面が背景であってもーーまるで美術館に飾られる一枚の絵のような気品に満ちておりました。姿形が美しいのはもちろん、意志の強そうな瞳が人目を惹きつけ、特徴的な眉毛ですら魅力に変えてしまう青年でした。
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