着脱お題:着脱
バンダナを外される瞬間が好きだ。
正確にはそれを外す簓を見るのが好きだ。
硬くなった結び目を引っ張る時、華奢な手の甲にボコっと骨と血管が浮き上がってちょっと意識してしまう。いつもはヘラヘラ笑っているだらしない口元が片方だけ上がり、柔らかくなった結び目に嚙みついて解していくその仕草に心が奪われる。下を向き、薄らと覗く瞳がこちらを向いて挑発してくるのもグッとくる。完全に解けたバンダナの端を持って、見せつけるようにしながらシュルシュルと剝がしていく時の得意げな表情が、堪らなく、好きだ。
「今日は一段とキツく結んでるやん」
「さっき一郎が結び直したからな」
「ふぅん。腹立つわ」
腹が立っているにしてはバンダナを丁寧にサイドテーブルに置いてくれるところとか。拙僧や一郎がどれだけそのバンダナを大切にしているのかを知っているからこそ、だ。
「ほな、先風呂入ってき」
「ん」
拙僧の指を親指でスリスリと撫で、そして、そのまま手の甲にキス。
どこの王子と姫様だっての。生憎拙僧はそんなガラじゃねぇし、じゃじゃ馬だから手綱なんて握らせやしねぇのに。それでも心臓は煩いし触れられた手の甲は熱い。早く風呂を済ませて、だけど隅々まで清めて、それで、後は……。
荒行をこなしていても煩悩に眩むことはある。それは拙僧がまだ未熟なことを物語っているわけだが、当時はまさか人と人が、ましてや拙僧がこんなことをするなんて考えていなかったからで。それにこの色欲には抗う必要がないのではないか。そうとすら思う始末で。
「行かへんの?」
左馬刻の事務所を出て一郎と明日の為に今日という日を別ち、そして簓の家で「Naughty Busters」の証を剝がされて〝波羅夷空却〟という一人の人間の性を剝き出しにされる。それが酷く心地好くていつの間にか抜け出せなくなっていた。
拙僧の命は相棒である一郎と共にあるが、心と身体は簓にくれてやっても良い。否、もうくれてやっている。
「どしたん?」
跪いていた身体を起こして簓が奇抜な色のネクタイを緩めた。拙僧には解かせてくれないのがちょっとだけ悔しくて、薄っぺらい胸板目掛けて抱き着いてやる。大人は狡い。
「一緒に入ろか」
「……ん」
そしてガキもまた、小賢しい。
***
アラームの音と共に意識が呼び戻される。夢は覚えていない。途中何度か隣で寝ている空却の寝返りに巻き込まれて起こされたけど、まぁそれなりに眠れたように思う。
「よぉ、やっと起きたか?」
「……アラーム通りなんやけど」
だけど少し自信がなくて握ったままのスマホをタップする。時刻は七時。時間通りだ。
「起きたんなら朝飯買いに行こうぜ! 冷蔵庫すっからかんじゃねぇか」
「んー、財布渡すから適当に買うてきて」
「一万円くらい入れとけよ」
「なんでやねん」
そういって散らばったままの衣類から財布を探し始めた。派手な色のタンクトップから尻たぶが覗いて目の毒すぎる。修行だか趣味だかで鍛えているお陰で筋肉の形がよく分かってしまうのも良くない。子供なのだからもっと丸々していても良いのに。
「先服着たら好きなだけ入れたるわ」
「おっ、マジか」
朝から一体何を買うつもりなのかは知らないが、嬉々として自分の服を集め出した空却に溜息を一つ。
「お前の服持ってきて、俺の方……ここ、せや」
そしてベッドにほぼ裸な空却と昨晩ひん剥いた服を並べ、今度は着させてやる。ヨレはじめたボクサーパンツと、毛羽立ちが目立つ黒いズボンと確実に高価であろう数珠。朝飯がかかっているからか大人しくされるがままで現金なやつ。
「スカジャンいる?」
「着てく」
「おん」
ちゃっかり腕まで広げて「着せてくれ」と強請り始める始末で。可愛いから着せてやるけども。
「財布……ズボンの方やったっけ……」
漸く布団から足を出してベッドの脇にあるズボンを手繰り寄せる。記憶は当てにならないもので、ジャケットと共に転がり落ちていた。
「おい、ついでにバンダナ」
「簓さんはバンダナじゃありません」
「寄越せ」
「もー……ほい」
「サンキュー」
「ん……」
空却がバンダナをつける瞬間が好きだ。
正確にはそれをつける空却を見るのが好きだ。
端と端を器用に持ってクルクルと巻いていく。猫のように吊り上がった大きな目がちょっとだけ細くなって険しくて、それが可愛い。ゴツさの中にも子供のあどけなさを残した手の甲からぷっくり骨が浮いて、肌が白いから血管の青もよく見える。一度結んだ箇所を器用に押さえる指先だとか、昨晩さんざん汚された口で二度目の方結びを仕上げる仕草とか。罪悪感と優越感がぐしゃぐしゃに混じって、生を感じる。それに、肝心のバンダナだけは絶対に着けさせてくれないところとか、特に、好き。
「つけた?」
「おう」
波羅夷空却という一人の人間から〝Naughty Busters〟の空却に変わる瞬間が、堪らなく好きだ。
この瞬間からもう空却は俺だけのものではなくて、一郎の相棒で。俺も左馬刻の相棒で。変かもしれないけれど、俺がメイクアップして人の元へ送り出している感じが好きなのかもしれない。
「あーーーー! 財布すっからかんやん!」
「はぁ!?」
「おろさなあかんから俺も行くわ。ちょお待っとって」
「んだよ、さっさとしろよ」
だけどやっぱりちょっと悔しいから、嘘を吐いて隣に並ぼうと思う。大人は狡いから。
Fin