20×20いちくう「グータッチ」「匂い」「お前、相変わらず人格破綻してんのな……」
「ハァ!? 性壁が破綻してるテメェに言われたかねぇ!」
店内に馬鹿デカい空却の声が響き渡る。すかさず「声がデケェ」つって頭を引っ叩いたものの、一度出た言葉は消えやしねぇ。何だ何だ? と客の視線が集まり、俺は頭をフル回転させた。このままだと山田一郎は性壁破綻者だと変な噂が立っちまう。そんな噂が立ったら弟達に顔向け出来ねぇ。性壁破綻者が育てた弟達はやっぱり性壁破綻者なんじゃねぇか、みたいに思われたら俺は、俺は──ッ。ラップバトルかってくらい脳がぐるんぐるん回って最終的に導き出されたのは、
「簓さんに失礼だろーがっ!」
「いやなんでやねーん!」
目の前でポカンとした表情で俺らを見つめてた簓さんにぶん投げる事だった。悪ぃ、簓さん。アンタならなんとかしてくれんじゃねぇかと思って。そう心の中で謝ると、その火は更に飛んだ。それもよりによってめちゃくちゃ燃えやすい方に。
「流石の俺かて左馬刻サマには敵わへんわ〜」
「ァア!?」
「ほな、さささまでショートコント『性壁破綻者』……ってアダッ! どつくんまだ早すぎやろ!」
「うるせぇ! くだらねぇ事やってねぇでとっとと飲め!」
簓さんと左馬刻の大声が店内に響く。当の空却は我関せずで唐揚げ食ってっし。それ俺の食いかけだったのに。左馬刻も酔ってる所為でいつも以上にズレてっ事言うわ、簓さんは簓さんでこっからがオモロイとこやったのにってブツクサ言うわ。つーか四人中三人は性壁破綻者になってんだぞ、お前ら皆どういう神経してんだよマジで。
「んで、どういうことなん? 一郎って性壁破綻してるん? どんな感じなん? 簓さんに教えてや」
左馬刻に殴られた右頬を摩りながら簓さんが悪い顔をする。まぁそうなるよな。こういう人だよ、この人は。そういうとこあんだよ、この人は。だから嫌なんだよ。
「いや別になん────」
クソみてぇな会話を終わらせようとした俺を制したのは人格破綻者代表の空却だった。マジでお前は黙っててくれよ。っていう俺のささやかな願いは虚しく散った。
「それがよぉ、コイツでらやべぇんだわ」
「おい、もうお前黙っとけって」
「良いじゃねーか! コイツらとシモい話すんのも中々ねぇしよ」
「そういう問題じゃねぇだろ、俺の性壁をバラすって事は受け入れてるお前も性壁破綻者って事なんだぞ!?」
「いや言うてもうてるやん」
簓さんの冷静なツッコミに固まる。やべ、マジだ。このメンツだからつい昔のノリでやっちまったけど内容が内容だったわ。あークソッ、もうここまで来たら腹括るしかねぇのか、俺が空却にあんな事とかこんな事とかそんな事するのが好きって事をッ!
「まぁもう観念しろや、童貞の山田一郎くぅ〜ん」
「うるせぇ! お前に言われなくても当に腹括ったんだよ!」
「え。一郎実は結構酔っとる?」
「コイツこの間缶ビール三本でインポになって朝まで爆睡」
「零の息子っちゅーのに微妙なラインやな……」
「ァア!? クソ親父と比べてんじゃねぇ!」
俺は! 全然! 酔ってねぇ! そう言って目の前の酒を煽ると何故か左馬刻も煽った。いや、そういう勝負じゃねぇから。多分。わかんね〜けど。
「で、空却。何の話だったか?」
「だぁからテメェの性壁が破綻しとるって話だが」
「あー、ははは、そうだったな」
そう笑う俺を見て簓さんがゲラゲラ笑った。いや俺ボケてねぇし。何だこの人。
「で? さっさと教えろや、一郎のクソ性壁」
「ヒャッハハ、良いぜ! そうだな、最近は……拙僧の匂いが好きだつって定期的に脱ぎたてのパンツの郵送要求してくんだわ」
「それ裏垢系でよう見るやつやん!」
「いや、簓さんの性壁とかどうでも良いんっすよ」
「性壁ちゃうわ」
そう言って簓さんが左馬刻をどつく。当然何百倍にもなってどつき返されるわけで、ギャーギャー騒いだ数秒後には二人して拳突き合わせてるし訳わかんねぇ。相変わらずこの人達馬鹿だなって空却と顔を見合わせた。
「なぁ空却。俺らはこんな大人にならねぇようにしようぜ」
「同感だ」
「ハッ。相変わらず甘ちゃんだな、テメェらは」
「んだと!? ならお前が言ってみろよ、俺よりもやべぇやつ!」
「ああ、良いぜ。お子ちゃまにはまだ早ぇが特別に俺様のとっておきを教えてやんよ。テメェもだ、簓ァ!」
「えっ、俺もなん!? まぁ、ええけど。なっ、空却!」
「おうよ、絶対ぇ拙僧が勝つ!」
そう言って始まろうとした勝負は店長っぽい奴によって止められた訳だが、俺らの勝負熱がコレぐらいで消える筈もなく────。
翌朝。
朝って言うには早すぎるくらいで、だけどやけに冷える身体と痛む頭で目が覚める。どこだここは。
「だぁぁぁ、痛ぇ……」
頭と腰を庇いながらよっこいせと身体を起こす。なんかこういうクソみてぇな仕草、数年前によく見てた気がすんな……。まさかそれを俺がやるなんて思いもしなかったけど。
「いやどこだよ、ここ」
辺りを見渡す。どうやらビルのエントランスらしい。そして俺の足元にはだらしなく眠る人間が三人。なるほど、ここで寝落ちたか。つーかディビジョンリーダー四人が縁もゆかりもねぇビルで雑魚寝とか迷惑すぎんだろ。ましてやここは(多分、変に移動してなきゃ)ブクロだし、示しがつかねぇ。
「……五時か」
スマホの時計に視線を落とし、大分草臥れたビルの扉を開く。辺りはまだ薄暗くて、誰にもバレずに退散すんなら今のうちだ。
「おい、お前らいつまで寝てんだ! 迷惑にならねぇうちにとっとと…………」
そう言って振り返れば、ここはなんて事ねぇよく見知ったビルで。四人揃って泥酔して、誰一人疑問に思いもせず身体が覚えてるままここに流れ着いちまったのか。
「こうはなりたくねぇって思ってたのにな」
「空却。起きてたのか」
「おー。今さっきな。ふぁ〜……ねみぃ〜。やっぱ酒に魅力なんてねぇな」
「マジでそれな。次からはコーラで良いわ」
「拙僧も」
目を擦りのそのそ起き上がった空却が残り二人の頭を思い切り叩いた。いやお前そういうとこだっての。
「二人とも起きろ。始発間に合わなくなるぞ」
身体の重たさに反して心が軽い。何か大事なもんを失った気がしなくもねぇけど。
結局、新幹線の始発を待って俺らは解散した。じゃあまたな。そう言って拳をぶつけて、夜明けの痴態からは考えられねぇ程あまりにも綺麗な解散で。
まぁ、それも……その数時間後に揃いも揃って全部思い出しちまってさ。四人のトークルームが大荒れしたのはまた別の話ってことで。
fin