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    tobun

    @misomisoshiruko

    ささくう、いちくう小説など。
    好きなものを好きな時に。
    普段は1️⃣2️⃣でやらせて貰ってます〜

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    tobun

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    27×20 ささくう
    付き合って三年目。灼空に挨拶に行く道中、真正ヒプノシスマイクを喰らった簓を空却と新生MCD達(他キャラも)が助ける話。

    <注意>
    ・皆和解していて仲が良いです
    ・婿入り前提
    ・死体が出てきます
    ・メソメソする空却がいます
    ・矛盾があるかもしれません、ふんわりとお読みください。(見直す時間がなかった…)
    ・地域表記→関西・中部・関東・東北・北海道(漢字)

    #新生MCD
    freshmanMcd
    #作品でグータッチ
    #4人のグータッチ
    #ささくう
    operationalSpace
    #簓空

    フラワー・シャワー「華がねぇな、お前」
     いつだったか、少々参っていた時。赤髪の生意気な僧侶に面と向かって言われたことがある。その直後、地面に落ちていた枯れ葉を拾うとあろうことか簓めがけてぶわっと放り投げてきた。どうせ投げるならこんな小汚い枯れ葉ではなくて綺麗な花弁であって欲しかったが、今ここには花がないのだから求めても無駄だ。何より、この僧侶の言い草や態度から見るに、ハナはハナでも鼻ではなくて花でもなくて華の方なのだろう。
    「え……なんや急に。名前からして花やんか、俺。俺くらいやで、生まれた時から花も華も背負っとるの」
     華がないとはなんだ、華がないとは。いきなり言われたものだからロクなボケも出来ずに「つまんねー」なんて言われる始末で。いや別にボケたわけでもツッコミを入れたわけでもなくて、ただ単に事実を言ったまでなのだが。まぁでも確かに面白くはないし、どちらかと言えばスルーして欲しいのでこれ以上深追いはしない。
    「またお前はしょーもないこと考えてるんちゃう?」
    「ア? テメェのクソ寒いギャグとちげぇっての」
    「はぁ!? どこがや! おもろいやんけ!」
     簓のギャグに一切ハマらない失礼な恋人を睨みつけると予想外にも目が合った。空却は睨むでもなく笑うでもなく、ただ静かに簓を見つめている。先程放り投げた枯れ葉のカスがちょこんと髪の毛に付着し、表情とのギャップもあってなんだか間抜けだ。
    (黙っとったら綺麗なもんなんやけどなぁ)
     いつもならば大して聞きもしないでさっさと歩き始めてしまうのに。
    「え、なに?」
    「………………」
     本人曰く仏も羨むほどの見目で何秒も凝視されたのでは身が持たない。普段は粗暴な男がこうして静かに佇む様はどこか品があり、こんな男に「華がない」などと言われてしまえば人類の多くがそれに該当するのだろう。
    「なぁ、簓」
    「なんや」
     先程よりも僅かにしおらしい声色で呼びかけられ、スーツの袖をちょいちょいと摘ままれる。それだけで数秒前の理不尽な出来事なんてどうでもよくなるのだから、惚れた弱みどころではない。我ながらちょろすぎだ。
    「拙僧アレ食いてぇ」
    「はぁッ!?」
     ああ、うん。前言撤回。
     全然しおらしくなんてないし可愛くもない。まぁ、可愛いなんて言った覚えはないけど。




    **** *** ****

    フラワー・シャワー

    **** *** ****



    「クソっ、おい! おい、しっかりしろ!」
     僅かな差だった。空却が簓を庇い、その瞬間庇い返されてしまって。
     理不尽で暴力的な衝撃が簓を襲うのをその腕の中で嫌という程に感じた。「ぐっ」と小さく呻いた後、簓は糸の切れた人形のように力が抜けて動かなくなってしまった。当然動揺したがそれ以上にさっさと仕留めなければと、ああもう何で自分のアビリティは一郎や左馬刻のように攻撃的なものではないのか! 先に庇われたら拙僧が庇い返せたのに、と、次から次へと思考が忙しない。それでも煮え繰り返る感情をぶつけてしまえば良いのだとマイクを掴み立ち上がったその瞬間、相手がマイクと共にドサっと崩れ落ちたのだ。
    「……は? おい、おい、待てよ……これ……」
     カラカラと音を立てて足元に転がってきたマイクを掴み、敵と、簓に恐る恐る視線を移す。
    「これ、真正ヒプノシスマイクじゃねぇか……」
     状況を理解すると空却は先程倒れた敵に駆け寄った。髪の毛が黒い。乱数のクローンではなさそうだ。そしてすぐにダラリと伸びた手首に視線を移して脈をとってみたが、残念ながらピクリともしないし魂の鼓動も感じない。ヤバイ。こいつはマジなやつだ。
    「ヤベェ、どうなってんだこれ」
     流石の空却もパニックに陥るが、考えている暇はない。グズグズしている間に中王区が全てを回収に来るかもしれない。どうして狙われたのかとか、何で人間が真正ヒプノシスマイクを持っていたのかとか、そんなものは後で考えたら良いのだから。
     思考をフル回転させ、今の状況を整理する。このまま簓を近場の病院へ連れて行くのは危険だ。死体も素手で触れてしまった手前ここに置いておけない。何より、ここで真正ヒプノシスマイクが使われたのだという証明になってしまう。ならば二人をどこかへ隠す必要がある。けれど普段から鍛え上げている空却とはいえ流石に無理だ。
    「獄……」
     そうだ、ここからなら獄の事務所が近い。高級車を汚すのは申し訳ないが緊急事態なので致し方ない。震える指先でスマホを取り出して履歴を漁るも、こういう時に限ってここ最近通話なんてしていなくてモタついた。漸く繋がったかと思えばいつもの我慢ならない文句を聞かされ、だけどそんなものを聞いてやる時間もない。もう頭も心もグチャグチャだ。別に獄が悪いわけではない。それもこれも普段の自分の行いが悪い所為なのは分かっているが、それでも今は頼まなければならない。
    「獄頼む! 人命がかかってんだ! 後でいくらでも説教でも文句でも聞いてやる、だから頼む、すぐに来てくれ……頼む……マジでヤベェんだ……」
     グスッ、と鼻を啜る音まで入ってしまったかもしれない。一先ず場所を教えたので数分もすれば迎えに来てくれるだろう。懸念があるとしたら死体を載せてくれるかどうか、だ。
    「そうだ、コイツもなんとかしねぇと」
     白目を剥いて倒れている男。これが真正ヒプノシスマイクでなければ誰に雇われたのか、何が目的だったのか聞けた筈なのに。いや、それこそ今考えても仕方がない。取り敢えず真正ヒプノシスマイクをポケットにしまい、死体をズルズルと引き摺って簓の近くに放った。簓の状況が分からないので、こちらは無闇に動かしたくない。
    「おい、簓……聞こえてんのかよ、返事しろ、おい」
     頬をペチペチ叩いても反応がない。だが規則正しく脈は動いているし呼吸もしているので取り敢えずは大丈夫だろう。訳の分からないこの状況の中で簓は生きている。それだけが救いだ。
    「眠っちまってんのか? 簓、ささら、聞こえてるか?」
     乱数に受けた時とはまた違った症状だ。あの時は昏睡状態ではなく、意識はあったがズキズキと頭が痛んで考えることもままならなかったから。
    「おい、空却! って何だ、この状況は……!?」
    「獄、悪ぃ……。マジで助かった」
    「車の中でしっかり聞かせて貰うからな! くそっ、俺の車が……おい、どっちから運べば良いんだ?」
    「簓から頼む。拙僧はこっち持つからお前は脚を」
    「分かった」
     そういうと急いで後部ドアを開けて簓を担ぎ上げるのを手伝ってくれた。
    「空却が先に中に入って寝かしてやれ」
    「ああ」
     体を小さく丸めて簓に衝撃がいかないよう丁寧に後部座席に寝かせる。息があるとはいえどんな後遺症が残るか分からない。丁寧に越したことはないだろう。そして静かに頭を置き、すぐに車を出る。それを待って獄が簓の脚を曲げて寝かし終えると、すかさずトランクを開けた。
    「こっちは拙僧が一人でやる。テメェは触るな」
    「はぁ!?」
    「こいつはさっき拙僧が素手で触っちまった。獄にゃ悪いけど場所だけ借りさせてもらう」
    「ンなこと言ったって……まぁ、良い。さっさと突っ込め」
    「おう」
     ズル、ズル……と乱暴に引き摺りながら車まで運ぶ。ここが人通りのない場所で助かった。後部座席に寝かされた簓ならまだしも、こっちはトランクだ。絶対見られる訳にはいかない。
     そして、トランクを閉める前に横たわる死体の写真を収める。もしかしたら使えるかもしれない。
    「おい! もう出せ、詰め込んだ!」
    「分かった。早く乗れ」
    「シンジュュクの寂雷の病院まで頼む」
    「ああ」
     その間僅か五分。信頼出来る男が来てくれたお陰で大分落ち着きを取り戻せたのも大きい。
    (電話……まずは電話しねぇと)
     空却は簓の頭を太ももに乗せるとスマホを取り出した。
    「獄。事情説明してぇとこだが、何件か電話させてくれ。スピーカーにすっからそこから情報拾ってくれても良い」
    「だったらBluetooth繋げ」
    「ああ」
     信号待ちでカーナビを弄り、空却のスマホに連携してくれた。それを確認すると真っ先に一郎に電話をかける。いつだって頼りになるのは相棒である一郎だ。
    『空却か? どうしたんだ? 今日って確か……』
    「悪い、一郎。大至急調べて欲しいことがあんだ」
    『……どうした?』
    「簓が真正ヒプノシスマイクを喰らった。意識はねぇが息はしてる。真正ヒプノシスマイクと死体の回収はした。使い手は乱数のクローンじゃなく人間だった。で、ソイツと簓を乗せて拙僧は今獄の車で寂雷のとこに向かってるとこだ」
    『情報量がすげぇな……けど大体事情は分かった。空却、少し待ってくれ。弟たちにも手伝わせてぇからスピーカーにするぞ』
    「ああ、構わねえ」
     すると一郎が二郎と三郎を呼ぶ声が響き渡り、先程空却が言った事をほぼ丸々弟たちに伝えてくれたようだ。テキパキとした指示に弟達も素直に従ってくれている。
    『空却。俺と二郎は真正ヒプノシスマイクの出所を調べてみる。三郎には天国さんの車を各地のカメラに映らねぇよう細工させっからナンバーを教えて欲しい』
    「獄」
    「ナゴヤ七五八、あ一八だ」
    『有難うございます。三郎いけるか? …………よし! ヒットしたみてぇだ。あ、三郎に代わるな』
     数秒ガサゴソと雑音がした後、子供らしさの残る高い声がスピーカーから流れてきた。
    『これでデータ上ステルス状態に出来るからその点は安心して走れると思う。検問が敷かれたら抜け道も教えられるけど、職質だけは避けられない。少し待って貰えれば警察に妨害電波を発生させる事も出来るかもしれないけど……それは毒島に相談してみるよ。とにかく暫くは僕のお陰で安心して走れるってこと』
     所々高圧的だが頼りになる。流石親友が頼りにしている弟だ。
    「一郎、悪い。マジで助かった」
    『お前なぁ! あん時ですら謝んなかったってのに……まぁ、今は良いけどよ。とにかく簓さんを無事こっちまで運んで来いよ』
    「分かってる」
    『寂雷さんには?』
    「次に電話するとこだ」
    『そうか。じゃあ俺らも調べに出るからまた何か分かったら連絡する。三郎にはお前の番号伝えておくから』
    「ああ。サンキューな」
    『当然。こちとらまだお前の命預かってっからな。んじゃ、また連絡するわ』
    「ああ……頼む」
     まずい、ちょっと泣きそうだ。心許せる親友の声を聞いて。それだけで何とかなるかもしれない、と思えてくる。意地でもこれ以上取り乱すわけにはいかない。次は寂雷だ。連れて行ったは良いものの肝心の寂雷がいなければ無意味であるし、受け入れ可能かも分からない。仮にも簓は売れっ子芸人で顔も名前も知られている。こんな状態を見られたらかなりまずい。
    『もしもし、空却くんですか?』
    「ああ。久しぶりだな寂雷……」
    『少し様子がおかしいですね。何かありましたか?』
    「今大分ヤベェ事になっちまってて寂雷の力を借りたい」
    『詳しく聞きましょうか』
     寂雷の声色がワントーン落ちる。ただならぬ気配を察知してくれたらしい。そして空却は一郎に話した内容に加えて、一郎たちが何をしてくれているのかも告げた。
    『真正ヒプノシスマイク……ですか』
    「もし分かればで良い。洗脳を二度喰らったらどうなる? あん時乱数から喰らった時と全く症状が違ぇんだ。もっとこう、あん時は頭が割れる程痛くて意識はあんのに何考えてんだか分かんなくなって……だが今回は息もしてるし脈も安定してるのに全然目が覚めねぇ。これは二度目の洗脳だからなのか?」
    『……残念ながら詳しくは分かりません。けれど、命令が精神に干渉しているので症状が異なっていてもおかしくありません。同じような症状でずっと眠っていた子を私はよく知っています。呼吸や脈が安定しているのならば取り敢えず〝命〟は安心でしょう。到着次第すぐに診れるよう内密に手配を進めておきますよ』
    「悪いが、簓は任せた」
    『ふふ、私は救うためにここにいますからね。あとは……獄の車に積んである死体……ですか』
    「ああ。マジで厄介なことになっちまったが、これもアテがある」
    『ふむ。なるほど、左馬刻君ですか。彼は確かに……それにヨコハマには入間君もいますからね』
    「そういうこった。それじゃあ拙僧は左馬刻に電話するからよ。また何かあったら連絡くれ」
    『ええ。では私はこれから診察がありますので』
     そういって寂雷の方からすぐに電話が切れた。もしかしたらかなり忙しかったのかもしれない。そんな中こうして時間を作ってくれるのだから非常に有難いし、寂雷の声を聞いて更にリラックス出来た気がする。流石は医者だ。
    「簓ぁ、聞いてっか? 皆がテメェのためにやれることを全力でやってくれてる。だからテメェも早く目ぇ覚ましてくれ」
     空却は簓の頬を撫で、無造作に投げ出された右腕を引き寄せた。脈は落ち着き、肌の温もりもある。また腕がずり落ちないようにギュッと握ってやった。そしてもう片方の手で左馬刻の連絡先をタップすると早々に左馬刻が出てくれた。左馬刻も出ない時は本当に電話を取らない男なので、こちらも運が良かったようだ。
    『おー、空却。どうした? 珍しいじゃねぇか。つーか今日は簓がそっ……』
    「左馬刻、落ち着いて聞いてくれ」
    『……ア?』
     空却の険しいトーンに釣られて左馬刻の声も強張る。
    「簓が真正ヒプノシスマイクにやられた。マイクの出所は一郎が、簓の受け入れは寂雷に頼んである。拙僧らは今獄の車でシンジュクに向かってるところだ」
    『……おい、真正ヒプノシスマイクつったな』
    「ああ。ちゃんと診ねぇと分からねぇようだが、三年前に拙僧と簓が喰らった時とは症状が違え。眠ってはいるが脈も呼吸も体温も正常だ。……悪い、拙僧がついていながら」
    『ふざけんじゃねぇ! どこのどいつだ、その蛆虫野郎はッ俺様がぶっ殺してやんよ!』
     左馬刻の怒りがスピーカーを通してモロに伝わってくる。三年前に真正ヒプノシスマイクで相棒を失い、漸く和解したと思ったらまた真正ヒプノシスマイクに邪魔をされる。左馬刻の怒りも当然だ。
    「左馬刻……今回真正ヒプノシスマイクを使ってたのは乱数のクローンじゃねぇんだわ」
    『ァア!? …………そういや使った野郎はもれなく死ぬんだったな』
     左馬刻がハッ、と乾いた笑いを漏らした。
    「そのクソ野郎も今一緒に載ってんだよ、車にな」
    『チッ。で、俺様に連絡寄越したわけか』
    「生憎ソッチに詳しい方が喰らっちまったもんでな。拙僧にゃ手に負えねえ。だがあのまま放置してたら回収に来た奴らがすぐに拙僧や簓に辿り着いちまう。何で狙われたのか分からねえし、実際に中王区が絡んでるのかも分からねぇ。とにかく今はこうする他なかった」
    『写真は』
    「撮ってある」
    『送っとけ。それと、シンジュクに近くなったら連絡寄越せ。俺様が直々に迎えにいってやる』
    「左馬刻……悪い。恩に着る」
    『簓は俺様の相棒だが……空却。テメェもまだ俺様の弟分だってこと忘れんじゃねぇ』
    「ハッ。そうだったな」
     プツ、と電話が切れるや否や空却から重たい溜息が零れ落ちた。とはいえ、まだ休んでいる場合ではない。左馬刻へ犯人の写真を送らなければならないし、同じく真正ヒプノシスマイクを扱わされていた乱数にも情報を教えておいてやった方が良い。空却と簓がブクロを離脱した際に中王区の元関係者とひと悶着あったらしいし。何より、もう一人──。
    「獄、悪い。Bluetooth切ってくれるか?」
    「ああ」
     スホマの連携が切れたのを確認すると空却は灼空に電話をかけ始めた。
    「親父か? ああ、そうだ。大分厄介なことに巻き込まれちまってて、今簓をシンジュクの病院に連れてってるとこだ。ああ、獄も一緒にいる。暫く帰れっか分かんねえけど……悪い、今日空けて貰ってたのに」
     また連絡する。そういうと空却は電話を切った。簓も空却も、そして灼空も。今日が節目になる筈だった。丁度今日は付き合ってから三年目で、灼空に挨拶をする予定を立てていたのだ。これは付き合って早々に空却が由緒正しい寺の跡取りだと知った簓が自分と別れて妻を娶るのを心配して提案してきたことだった。
    「由緒正しい寺に婿入りするんはどうしたらええんやろ」
    「クソ親父でも倒しとけ」
    「でも例え倒したとしてもお前子宮ないやん……今もケツで受け止めたばっかやんかぁ。俺の所為で子孫残されへんのは嫌やな。せやけど別れるのも無理や、辛くて死んでまうし地縛霊になって夜な夜な枕元に立ってまう……子作り邪魔するかもしれへん」
    「おい、気色悪ぃ妄言とか俺の所為とか言ってんじゃねぇ。これは拙僧が自分で決めた道だ」
    「……なら、こうしよ。お前が二十歳になったら親父さんに挨拶に行こ? いや、未成年やし今すぐ行った方がええんか? 未成年淫行でそのまま警察に突き出されたらどないしよ、何回セックスしたとか聞かれるんかな……何回やっけ」
    「今は拙僧が帰りたくねぇから三年後な……つーか眠ぃんだよ、それ以上ウダウダ言うんじゃねぇ」
     なんて情事後のどうでもいいやり取りが結局守られようとしていたわけだが。それも何者かの所為でおじゃんになってしまった。
    (簓……クソッ。何でこんなことに)
     人の気も知らないでスゥスゥと寝息を立てて眠る簓の頬を撫ぜる。こうして黙っていればそこそこ良い男なのに、いざしんと静まり返るとひどく物足りない。
     ああ。華がないのだ。ただ綺麗なだけではこの男の魅力が何も伝わらない。よく回る口と軽快な動き。それから緩急のある喋り方につまらないギャグ。その癖板の上では誰よりも面白くて、途端に人々を笑顔にさせてしまう。そうかと思えば少し冷淡なところもあって、とにかく飽きない。簓は生きているからこそ華があるのだ。今の状態は例え生きていても枯れ行く一方だ。
    (何で拙僧のこと庇ったんだよ)
     簓の気持ちは分かる。間違いなく空却が簓を庇った時と同じ理由だからだ。けれど、自分の所為で、あの時もっとどうにか出来たら。そう考えたら居た堪れなくなってしまい、空却は視線をふいと逸らしてしまった。
    「空却」
     漸く空却に隙が生まれたのを感じとったのか、獄が口を開いた。
    「大体の事情は分かった。お前がただ単に巻き込まれただけだってのも分かって安心した。だが幾つか質問させてくれ。十四にだって言ってやらねぇと怒るだろ」
     簓の手を握り空却がミラー越しに獄の顔を見つめる。当に巻き込まれる覚悟を決めたのか、迎えに来た時とは違う温かな目をしていた。
    「ああ。答えられる範囲でな」



    /***/



     今日は結構良い一日だった。バトルも決まったし勿論ギャグも決まったし、四人で入った定食屋は美味かったし。
     だから疲れていても何だか身も心もフワフワと軽かった。
    「そういや簓さん。今日のアレ、すげぇ良かったっすよ」
    「おん?」
    「ほら、さっきのバトルの……。俺ちょっと笑っちゃいましたもん」
    「え~、ほんまに? おおきに!」
     さっきのバトルを思い出したらしく、ちょっと悔しそうに笑いを嚙み殺すのは弟分の一郎だ。弟分なんて言いながらも俺よりちょっと……いや、かなりガタイは良いけども。
    「ちょ、笑うならもっと楽しそうに笑ってくれへん?」
    「やっ、ククッ、そういうんじゃなくて……ははっ」
    「あかんやつやん」
     掌で顔を覆い、何だったら笑ってる自分にちょっと項垂れているようにも見える。いやいや、なんでやねん。盛大に笑ってええとこやんか。どんだけクールキャラ守りたいねん。なんてツッコミがすぐそこまで出てきたが、当の本人は何だかもうダメそうだったのでトドメを刺すのはやめておいた。こんな無愛想で自販機サイズのデカい男とはいえ、箸が転んでもおかしいお年頃がちゃんとあるらしい。知らんけど。
    (まっ、笑ってくれるんは嬉しいもんやな〜)
     こんな仕事(なんて言ったら左馬刻に張っ倒されるかもしれないが)をしていても人を笑かすのは好きだし、やっぱり自分の根底には笑いがある。それに、普段全然笑わない男の笑顔はちょっとだけ特別感があるので、一郎がこうしてちょくちょく笑ってくれるのはシンプルに嬉しかった。最初こそ気難しい子供なのかと思っていたが、なんてことはない。簓のギャグと相性が良いらしく、頻繁に刺さってはこうして笑ってくれている。
    (せやけど、こうやってちょっとずつでも笑てくれたらコイツも変われるかもしれへんし)
     まだ肩を震わせて黙り込んでしまった一郎から視線を外し、ちょっとだけ前を歩く左馬刻に「なぁなぁ」と話しかける。最初こそじゃじゃ馬刻だったが、今ではすっかり気を許してくれている。面白くて優しくて情に厚いのに喧嘩っ早くて、カッコつけているわけではないのにカッコついて見えるのだからズルい。こちとら演じないとカッコつかない時が多いというのに。
    (まぁ、大概アホやけど……)
     なんて言ったら危うく殺されかけるし、それを左馬刻が愛する妹に「そんなことあったんやで~」などとチクったものなら「え~なにそれおもしろぉ~い!」と笑われるのがオチだ。ってどこがやねん。これでボケていないのだから兄妹揃って恐ろしい。
    「おい」
    「あ、すまんすまん。明日もバトルあるんやったっけ?」
    「おう、明日も頼むわ。これでいよいよ関西も俺らのもんだな。日本統一、悪かねぇ」
     そう言って左馬刻が「ん」と拳を突き出してきた。
    「おん」
     迷わず自分も拳を作ってコツンとぶつける。ああ、良いな。こういうの。人と人との繋がりを直に感じられる。ましてや苦労して心の扉をこじ開けた男が自らこうして差し出してくれるのだから。
    「んじゃ、テメェらも遅れんじゃねーぞ」
    「うっす」
    「おう」
     数秒だけのちょっとした立ち話の直ぐ後に信号が変わり、左馬刻と一郎の二人と別れる。ここでうだうだ話さなくたってどうせ明日も変わらずまた会える。何より男四人が名残惜しそうにしているのは気色悪いだろう。だけど何となく二人に視線を向ければそれすらもバカバカしくなるくらいで。最初は喧嘩ばかりしていた二人が今では笑顔を向け合っているのにホッとしてしまうのだ。
    (やっぱ笑いが一番や、うんうん)
     そう嚙み締めていると右隣から乱暴に呼ばれてしまった。
    「おい、簓ァ」
    「なんや」
     視界にチラチラと赤い髪が映り込んでいたのは気が付いていた。背は簓よりも幾分か低いが筋肉量は負けている気がする。こっちも弟分で、一郎の相棒でもある空却。四人の中では最年少で背丈も一番小さく、だけど凶暴でデリカシーがない男。一郎曰く、人格が破綻してるとかなんとか。一郎も一郎でいくらマブダチとは言え人にそんな暴言を吐けるのだから似たようなもんだ、とは思う。
    「飯」
    「俺は飯ちゃうし、かーちゃんともちゃうし」
    「ァア? いちいち面倒くせぇな。んじゃ財布よこせ」
    「ATMでもあらへんし」
    「ったくシケてんな。なら拙僧も帰るわ」
     この男の切り替えの早さはトップレベルだ。言い終わる前に踵を返して簓に背を向けて歩き始めている。その後ろ姿は簓と財布に対して綺麗なまでに未練ゼロ。
    「ちょちょちょ待て待て待てい! ガチなテンションやめーや」
     これじゃあまるで本当にATMではないか。後頭部で組まれた腕をガッチリ掴んで強引に振り向かせればこちらの考えなんてお見通しらしく、ニタリ、と笑った。ああもう腹立つ。お前人格破綻しとるやんけ! と地団駄を踏み、空却がそれを見て笑う。
     空却と二人きりの時は大抵こんな感じで、不本意ながらいつも振り回されている。四人でいるとそんなことはないのに。寧ろ暴走しがちな左馬刻や一郎を後ろからサポートしてやることが多く、見た目に反してサポートタイプなのか「流石坊さんやなぁ」などと思っていたのに。
    「んで? どーすんだよ」
    「どうするも何もこの後も簓さんといたいんちゃうん?」
    「そらテメェだろーが」
    「ほんまつれへんなぁ……あ、ほな唐揚げ行かへん?」
    「おッ! テメェにしちゃあ気が利くじゃねぇか」
     やっぱりこの男の切り替えの早さはトップレベルだ。顰め面が一瞬で満面の笑みに変わった。
    (人の気も知らんでよう言うわ)
     きっと華があるというのはこういうのを言うのだろう。ただ笑っただけで周りを明るくし、ただ在るだけで世界を色づかせる。黙っていれば端正な顔立ちで絵に描いたように美しい。ただ、空却の場合は華よりも太陽の方が近い気もするが。
    「はぁ……ほんまにお前は……」
     気が利くも何もちょっと前に知った空却の好物を言っただけで、別に特別な事は何もしていない。「大好きです」って書いた顔を向けて欲しかった。それだけ。いや、大好きなのは簓ではなく唐揚げの方かもしれないが、この際そんなのはどっちだって良かった。
    「かわい」
    「あ?」
    「ん? はよ行こか。ほんで飯食って家帰って二次会しよ~や」
    「しゃーねぇな。ダメな大人に付き合ってやれんのは拙僧くらいだからな」
    「なんやそれ。ダメな大人ちゃうし、体も心もスマート簓さんやし」
    「つまんねー」
     そう言ってニカっと笑う。これだから参るのだ。生意気で粗暴な波羅夷空却という男からどんどん抜け出せなくなるのが分かる。そういえばいつだったか一郎が言っていた。
    『空却って一度沼るとヤバイタイプなんっすよね。人格破綻してっけど』
     その時は意味が分からなくてオタク特有のアレか、なんて思ったが、今ならよく分かる。ヤバイ。事実、男四人での名残惜しさはないが、空却との名残惜しさは大いにある。それも毎日、だ。今日は帰るんかな? 今日はまだおれるんかな? そんなことばかりが頭を巡る。
    「なぁ、空却」
    「ぁ?」
     目的地が分かれば容赦なく数歩先を行くこの男。ガニ股でドカドカ歩いて頭のてっぺんからつま先までとにかく煩いこの男。それでも成長途中の細い腰に手を添えて耳元でこう囁けば途端に大人しくなるのだから本当に「沼」なのだ。

     帰したないなぁ────

     服越しからでも分かるくらい身体が熱い。





     狭いベッドの上で男が二人。こうして朝を迎えるのは今日が初めてではない。カーテンの隙間から微かに朝日が漏れて、外では鳥が鳴いている。なるほどこれが朝チュンか……などと寝起きの頭の隅を過ったのは昨日ぶりか。
    「朝やで」
    「んー……」
    「はよ起きて朝飯食わんと左馬刻にどつかれてまうよ」
    「ンなもんどつき返してやれよ……」
    「って俺かい!」
     僧侶の癖に朝が弱い。簓のツッコミに微動だにせず、またスヤスヤと眠ってしまった。後一時間くらいであれば眠っていても構わないので偶には寝かせといてやるか。
    (ん? 偶にはってなんや、コイツはいつものことやんな?)
     はて……。何かがおかしいのにそれが何かが思い出せない。違和感があるのに分からない。
    (まぁええか)
     分からないものは無理に考えたって仕方がない。実際今困っていることはないのだし。そう心の中で言い聞かせると少しだけ痛み始めた頭を休ませるようにして簓も横になった。後一時間ゆっくり休めば夜更かしした疲労も多少はマシだろう。自分はともかく空却の負担は大きいだろうし。それに今日のバトルは必ず勝たなければならない。関東制圧・東北と北海道制圧、そして空却の地元がある中部を制圧していよいよ簓の地元「関西」の制圧がかかっている日だ。
    (負けたないなぁ)
     これで勝ったら数々の制圧を土産に空却のご両親に挨拶をして、白膠木簓という人間を認めて貰って、お付き合いや婿入りの約束も取り付けて……。新生MCDとしてもだが、簓にとっても非常に大事なバトルでもあるのだ。
    「…………え?」
     今何を思った? 思わず開いてしまった口元を慌てて抑えて隣を確認する。空却はぐっすり眠っていた。
    (いやいや、おかしない!? どないなっとんねん!)
     確かに左馬刻と組んでいたMCDに一郎と空却が仲間に入ってきたけれど、こんなトントン拍子ではなかった。何よりチームを組めていたのはほんの僅かな期間だったのだし。というのも、ゴタンダとのバトル前に空却と一緒に洗脳されてしまったのだから。それで色々、本当に色々あって漸く約束の三年目を迎えた筈だった……のだけれど。
    「………………」
     一気に血の気が引いたのが分かる。心臓はドクドクと騒がしく、もうここまでくると嫌な予感しかしない。
    (せや、スマホ)
     持ち前の回転の速さで何かを閃くと簓は慣れた手つきでスマホを操作して左馬刻とのメッセージを開く。丁度新しいメッセージが来ていた。
    『そういや盧笙が書いたネタはいつやんだ? 俺様はいつでも良いぜ。今回もおもいっきりどついてやんよ』
     え……? 盧笙……?
    「ありえへん……そんな、だって……」
     左馬刻が盧笙と知り合いなのも、盧笙自らネタを書くなんてことも、ましてやそれを〝さささま〟でやるということも。まるで意味が分からない。
    「せや、盧笙や」
     震える声でそう呟き、簓は次いで盧笙とのメッセージを開く。本来であれば全く連絡を取っていなかった時期なのにトークルームは左馬刻の下、二番目にあった。一日に数度、簓は左馬刻たちとのことを、盧笙は学校であったことを話している。
    「えっ、てことは今何年なん!?」
    「……うるせぇ」
    「あ、いや、すまん」
     まずい。頭が痛い、ズキズキする。それに吐きそうなくらい気持ち悪い。色んなことを思い出したいのに思い出せない、思い出したくない。ここはどこで、なんで違和感があるのか。
    「痛ッ、」
    「……おい、大丈夫か?」
     流石に様子がおかしいことに気が付いたのか空却がのそりと起き上がり簓の顔を覗き込む。血の気が引いて青白くなった頬に触れ、そのまま掌を滑らせて額にあてる。
    「熱はねぇな」
    「はっ、なぁ……今ってH暦何年……?」
    「あ? ンだよ、今は四年だろ」
    「四年!?」
     そんな筈はない。そんな筈はないのに何でそう思うのか分からない。それでも諦めずに思考を巡らす。そう、そうだ。確かこの四人でチームを組んでいたのはほんの僅かで、それでもトーキョーの半分を制圧したけれどゴタンダとのバトル前に……そこで終わったからだ。
    「わけわからへん……けど……」
     嫌でも思い出してしまった。先程まで覚えていたことがスルスルと消えていくこの感覚。これはまさに、
     ────洗脳。
     あの時と同じ、激しい頭痛と嘔吐間、そして記憶の混濁と喪失。
    (間違いなく真正ヒプノシスマイクや)
     一度受けた簓なら分かる。が、この感覚もいつまで覚えていられるか分からない。手汗を拭き、息を整えると簓は急いでスマホのメモ帳を開いて文字を打ち込んでいく。真正ヒプノシスマイクの攻撃を受けていること、ここは簓のいる世界ではないこと、自分達が過ごした新生MCDというチームはとても刹那的だったということ。とにかく今覚えていることを打てるだけ打ち込んだ。そうして全てを打ち込み終えた頃、視界を塞ぐようにして目の前にズイと水が差しだされた。
    「なんか変だぞ」
    「え? あ、あー……飲み過ぎたんかな」
    「飲んでねぇだろ」
    「偶にあんねん、頭痛」
    「あーいつものアレか」
     どうやら空却には心当たりがあるらしく、これ以上深堀されずに済んだ。一気に飲み干したペットボトルをサイドテーブルに置き、ふぅ、と溜息を吐く。時間の経過はどうであれ、ここは確かに以前簓が住んでいた家だ。それに、変に思い出さないようにすれば頭痛は治まるので、当面の生活には問題ない。……のだが、これをするうちに数カ月で洗脳が解けて、靄のかかった曖昧な記憶のまま生活しなければならないことも思い出す。アビリティだって出せなくなっていた筈だ。
    (これも書いといた方がええか)
     スマホをもう一度開いてササっとメモを打ち込んだ。
    「なぁ? 四年ってことは空却ももう二十歳やんな」
    「そうに決まってんだろ。お前マジでどうした?」
     空却があからさまに顔を歪めて覗き込む。確かにうんと大人びて色香も強く、綺麗な顔が更に綺麗になっている。それに言われてみれば一郎も制服を着ていなかった。
    「噛み締めとんねん、今までの月日を」
    「はぁ? 相変わらず変な野郎だな」
    「お前にだけは言われたないねん」
    「まっ、今日もサクっと勝ってクソ親父んとこ行こうぜ」
     そういって空却がニカっと笑うと拳をこちらに向けてきた。
    「おん」
     そして簓も拳を作るとコツンとぶつける。こうしている間にも記憶が消え、曖昧になり、そしていつしかこの世界に馴染んでしまうのだろう。怖いのがこの世界は簓の欲しいものが全て揃っているということだ。まるで都合の良い夢のようで、ここに閉じ込められてしまうのではないか……とすら思う。実際、もしも本当に真正ヒプノシスマイクを喰らっているのならば、それぐらいされてもおかしくはない。どうして狙われたのかは分からないけれど、空却を庇えたのは良かった。一人残してしまったので怒っているだろうか。それとも悲しんでいるのだろうか。
    (あかん、頭おかしなりそ……)


    /***/



     シンジュク中央病院。
     その看板を見た時、どれだけホッとしただろうか。三郎や毒島の協力のもと網の目を潜りすんなりと着けはしたが、本当に辿り着くまでは空却と言えど不安でいっぱいだった。そしてそれは運転手の獄も同じだったのだろう。寂雷を見るや否や安堵の表情を浮かべた。
    「悪いな、寂雷」
    「構いませんよ。それでは早速病室に連れて行きましょう。部屋番号は先程伝えたものと変わりありません。左馬刻君も一郎君も、終わり次第来てください」
    「ああ。先生頼んだぜ」
    「俺からも、宜しくお願いします」
     レッカーに乗せられた簓を見送り、三人で獄の車に戻る。簓は一先ずもう安心として、問題はこっちだ。
    「獄も悪い、こんなもん載せちまって」
    「気にすんじゃねえ。もう載せちまったもんは仕方ねぇだろ」
    「そういって貰えると助かる」
     覇気のない空却の肩をポンと叩き、獄がトランクを開けた。
    「おい、詰めろ」
     左馬刻が命令するとすぐ傍にいた舎弟が数人集まり、それ用の車に手際よく運び込んでいく。左馬刻は気が良い兄貴分だからついつい忘れてしまうが、こうして目の当たりにするとアンダーグラウンドで生きているのだと実感してしまう。死体を運ぶと同時に他の舎弟がご丁寧にトランクの中も拭いてくれていたが、これは清掃なんかではなく文字通り証拠隠滅の為だろう。
    「アイツはどうすんだ?」
     バラすのだろうか。そして海にでも棄てるのか、はたまた山で燃やすのか。ふと気になって左馬刻に尋ねる。すると口角を上げてハッと笑った。
    「一先ずは保管だ。このことは銃兎にも言ってっから安心しろ」
    「ああ」
    「弁護士センセーもよぉ、あんたが運んだのはただの荷物だ。ご協力感謝すんぜ」
    「……ああ」
     左馬刻なりの気遣いではあるが獄は複雑な表情を浮かべた。まぁ、それはそうだろう。言葉だけで安心できるようなことではないのだから。
    「おい。獄はどうする?」
    「帰る……って言いたいところだが、ここまで来てそうもいかねぇだろ。丁度明日はシンジュクで仕事だから資料やら服やらは十四に持ってこさせて、俺らはアイツん家にでも泊まらせて貰うとする。で、俺はこれから手配だなんだとあるから、気にせず行ってこい」
    「そうか」
     十四か。騒ぎを知ったら煩そうだが、知らなきゃ知らないで煩いのだろう。本当は弟子を巻き込みたくはなかったが、家族である以上知らせないわけにはいかない。当事者にならないようやんわりと状況を伝えてくれた獄と、自分もまた深入りせず傍観者の立場に回った判断は正しい。
    「空却、そろそろ俺らも行こう」
    「ダバダバしてんじゃねぇ、とっととしろ」
    「ああ、そうだな」
     簓が眠る病室に向かうエレベーターの中で一郎に「大変だったな」と言われた。そして力強く抱き締められ、思わず涙腺が緩んだ。安心した後の優しさは痛いほど染みる。左馬刻からも「まっ、テメェの方は無事で良かったじゃねぇか」と言われた。自分の相棒が大変なことになってるにも関わらず、だ。心が軽くなってしまった自分に居た堪れなくなって二人には結局何も言えなかったけれど。
    「おや。早かったですね」
    「舎弟に任せてきた」
    「そうですか」
    「寂雷、簓はどうなんだ?」
    「ええ。今の所落ち着いています。症状も衢君のものと殆ど同じですね」
    「って事はやっぱ目が覚める見込みはあるってことっすよね!?」
    「ええ、おそらく。それでは早速ですが状況を整理しましょうか」
     そういうと寂雷がベッドの脇にある椅子を指さした。この状況を見越してか丁度四脚用意されている。
    「ではまず一郎君、どうですか?」
    「俺の方は真正ヒプノシスマイクについて調べてます。二郎は乱数の護衛も兼ねて一緒に行動させてる。デスペラードのこともあったからな……。出所については空却からマイクを預かったら親父に聞いてみるつもりだ。俺らの中じゃアイツが一番詳しいだろうし」
    「なるほど、確かにそうですね。左馬刻君はどうですか?」
    「俺様の方はクソ野郎が何者かってのとその処理だ。さっき空却から送られた写真を銃兎に送って調べさせてる。死体もこの後銃兎に引き渡す。なんかあったら連絡くんだろ」
    「そうですか。では現状〝待ち〟の状態ですね」
     一同がコクっと頷き、沈黙の時間が流れる。
    「あ、一郎。コレ渡しとく」
    「ああ、早速親父に聞いてみるわ」
    「おう……」
     真正ヒプノシスマイクを一郎に預けた直後、緊張の糸が解れたのか目の前がグニャリと歪んだ。確かにずっと緊張状態ではあったが、視界が歪む程のガタがきているとは思わなかった。
    「空却君、大丈夫ですか!? 君の分のベッドも直ぐに」
    「いや、いい。拙僧はコイツと……」
     今にも途切れそうな意識をどうにか繋ぎ止めて空却は覚束ない足取りで簓の元へ向かう。わずか数歩とはいえ気を抜けば意識が持っていかれそうになる。けれど今ここでどうにか踏ん張らないと本当に取返しがつかなくなってしまいそうで。布団の中をゴソゴソと探り、簓の左手を見つけ出すと簓の小指と自身の小指を引っ掛けた。こんなまじないみたいなことで何かが変わるとは思わない。せめて現を抜かさないように、と。
    「おい空却! お前まさか簓さんと一緒に喰らったんじゃねぇのか!?」
    「ァア!? 時差で来たってことか!?」
    「きっと白膠木君が空却君を庇ったからでしょう。ですが庇いきれず、その精神干渉が今きたようですね。寧ろここまでよく我慢しました」
     そういうと寂雷は空却の体を支えて椅子に座らせた。
    「空却君、幸い今は待ちの状況です。君たち二人が戻って来る頃には全て解決しているでしょう。だから心配せず眠りなさい」
    「……ハッ、本当に情けねぇな」
     何が人を導く僧侶になる、だ。あれから修行を積んで、弟子や家族、ダチ、それから簓と共に少しは成長したつもりであったが、結局「つもり」だったらしい。こうして守られてばかりで、大切な人間が大変な時に自分は何もできやしないのだ。
    「空却君、それは違います」
     空却の心中を察した寂雷がキッパリと言う。
    「肝心な役目は君しか出来ないのだから」
    「空却、さっさと簓さん連れ戻して来いよ」
    「簓に会ったら全力でぶん殴って連れ戻して来い」
     ポン、ポン、とかつての仲間たちの温もりを背中に感じ、そのまま空却は意識を手放したのだった。


    /***/


    「ひゃー、やっぱ新居はええね。ほぉ~んま、しんきょーちやわぁ、新居だけに!」
    「クソつまんねぇんだよ」
    「え~、折角の記念ギャグやのに」
    「くだらねぇこと言ってねぇでさっさと運ぶか開けるかしろ」
    「相変わらず簓さん使いが荒いやっちゃな〜」
     テキパキと荷物を運び、荷解きをしていく空却を横目に簓はスマホに視線を落とした。関西地方を束ねるディビジョンチームをサクっと倒したのが先月の話。それを手土産に空却の父灼空に婿入りの許可を貰い、無事に今日新居へ引っ越してきたのだ。空却はナゴヤディビジョンのリーダーも兼ね、修行の一環でトーキョーにある遠縁の寺を任され、そして新生MCDとして活動もしているので中々に忙しい。そして簓もまた、ピン芸人として全国を駆け回り、今回から新たにオオサカディビジョンのリーダーを務め、新生MCDとしてもマイクを握る。左馬刻はヨコハマで若頭を、一郎は此処イケブクロで弟たちと萬屋を。それぞれ立場は違えど、新生MCDは解散していない。けれど、関西地方とのバトルがあった日に打ち込まれたメモがどうにも引っ掛かっている。
    (どういうことなんかサッパリ思い出せへん。新しいネタ……にしては笑えへんのやけど)
     真正ヒプノシスマイクだとか、解散だとか。
     ネタにするにはあまりにも突飛で、非現実的過ぎて簓のネタとは程遠い。何度か空却に聞いてみようとも思ったが、それも違うような気がして結局消せずにそのままでいるわけだが。
     スマホをしまうと簓は空却の隣にしゃがみ込み段ボールにカッターを当てた。空却の肩がピクリと跳ねる。間違えて右側に陣取ってしまったものだから邪魔だと怒られるのだろうか。
    「あ、すまん。俺左行くな」
     そういって立ち上がった簓の腕を空却がガシっと掴む。なんだか少し体温が低い気がする。
    「ささら」
    「おん?」
     そして空却の顔がゆっくりと上がり、簓に向く。連日の疲労が溜まっているのか、何だか表情も暗い。疲労であれば休ませればいいだけで、けれどこれが所謂うんちゃらブルーの類だとしたら非常に困る。空却に限ってそれはないと思いたいが、人生何があるか分からないからこその人生なのだ。
    「…………幸せか?」
     その質問にポカンとした表情を浮かべた。てっきりやっぱり止めよう、などと言われるかと構えていたからだ。けれどそれを問う空却の表情はやはりパッとしない。それに空却の突飛な言葉はこれが初めてでないような気がして、なんだか気にかかる。
    「そりゃ勿論幸せやで。お前と一緒におれて、欲しいもんは全部あって、左馬刻も盧笙も一郎もおって、新生MCDとしてもラップできて、なんや……都合のええ夢みたいで怖いくらいやけど幸せやで。お前は、その……ちゃうん?」
     頭をフル回転して出せた言葉がコレだ。気の利いた言葉の一つも出せなかったが嘘ではない。恐る恐る空却の瞳に視線を移せば今までの暗い顔はなんだったのかというくらいにパッと花が咲いた。
    「幸せに決まってんだろ」
     見た人を元気にさせるお日様のような笑顔だ。「ええな、お前は。喋らんくても華があって」そう嘆いた簓を宥めてくれたのはちょっと前のことだったか。
    『あ? 別にテメェもだろ。そのうるせぇ口閉じてた方がよっぽど男前だってな』
     それはそれでどうかと思うが。
     珍しく空却にフォローされたにも関わらず、何故だか心は晴れなかった。
    「……飯買いがてら外の空気でも吸いに行くか」
    「あ、うん。せやね」
    「こういう時はやっぱ蕎麦か?」
    「ええね、引っ越し蕎麦でパーっといこか ズルズル〜っと傍におりまひょ〜ってことで」
    「くだらねぇこと言ってんじゃねぇ」
    「つめたっ」
    「ちゃんと財布持ってけよ」
    「おん」
     やれやれと眉を下げ、それでも言われた通り素直に財布を握りしめると玄関へ向かった。
    「くうこー?」
    「今行く」
     いつもであれば真っ先に空却が玄関に向かうのに、今日は珍しく簓の後を大人しくついてくる。場所が分からないでもあるまいに、まさか本当に具合が悪いのだろうか?
    「なぁ、俺らならシナガワのが住みやすそうやったけどブクロで良かったん?」
    「ああ」
    「まっ、ここなら駅も一郎ん家も近うてええか」
    「おう」
    「……なぁ、ほんまに良かった?」
    「あ? 良いつってんだろぅが。しつけー男は嫌われんぞ」
    「すまんて」
     やはり様子がおかしい。先程までは「新居だ、高ぇ、広ぇ!」と大はしゃぎだったではないか。それなのに突然テンションが急降下してしまって、表情にもどこか翳りを感じる。それがまた中々に色っぽいから困るのであって、簓は必至に邪な思いを消しやった。
    「……なぁ、どしたん? 考えごとでもあるん?」
    「はぁ?ちげぇよ」
     話しかけても隣に並ぼうともせずに後ろをひょこひょこと歩く空却に不安になるも、手を指し出せば握り返してくれたので嫌われてはいないらしい。それにホッと胸を撫で下ろした。ここまできて「やっぱり一緒に住みたくない」などと言われるのはかなり堪えるし、今更空却がいない人生なんてそれこそどうしたら良いか分からなくなってしまう。
    「具合悪いんやったら俺一人で行こか?」
    「いや、いい。少しばかし目ぇ覚まさねえといけねぇからな」
    「そんな夜更かししてへんやん。あっ、もしかして楽しみ過ぎて眠れへんかった?」
     パっと表情を変えて簓が笑う。寧ろ楽しみ過ぎて眠れなかったのは簓の方で、ちょくちょく起きては隣でグースカ眠る空却の頭を撫でていたのだが。
    「まぁそんなとこだ」
    「ほーん」
     はぐらかすようにやや適当に答えられて簓は口を噤んだ。地雷を踏んだつもりはないが、確実に何かがおかしい。だけど心当たりがなさすぎて、強いて言えばすぐに荷解きせずスマホを弄ってしまったことだろうか。そんなことで今まで怒られたことはなかったけれど、環境や状況が違えばいつも気にならないことも気になってしまう、というのはままあるが……。
    「………………」
    「………………」
     居心地の悪い沈黙の中、重厚感のある長めの廊下を歩いてエレベーターに乗る。最上階に近い所為でエレベーターに閉じ込められている時間も長く、扉が開くや否やちょっとホッとしたりなんかして。「いってらっしゃいませ」とご丁寧に見送られ、高級感のあるエントランスを抜けるとよく見知った景色が広がる。イケブクロ駅と山田家のある萬屋に挟まれるようにして建つタワーマンションを見上げ、そういえばここを決めたのも空却やったなぁ、と思い出した。
    「別に忘れとったわけちゃうよ」
    「覚えてんのか!?」
    「おん。真っ先にお前がココがええ言うて俺に契約させたやん」
    「……ああ、そうだったな」
    「…………?」
     はて。簓の読みは外れてしまったようで、一瞬驚いた表情を浮かべた空却の顔がまたすぐに曇る。だがこれで「簓が何かを忘れていること」は確実のようだ。
    (俺、やっぱ何か忘れてるんやろか……)
     靄のかかる頭で考えたところで正解なんて出てこないのだが、それでも答えを探してしまう。そうしていくうちに頭が痛くなり、結局考えることを止めてしまうのだけれど。
    「簓」
    「おん?」
     ちょいちょい、と繋いだままの手を引っ張られて「ああ可愛いなぁ」などと呑気に思う。普段動きが大きいからだろうか。小さな動きをされると妙に愛おしく感じてしまい、ほんの少しばかし強く手を握り返した。
    「地下の蕎麦屋行こうぜ。片付けとか面倒臭ぇし、食って帰ろうや」
    「ん? おん、せやな。折角やから唐揚げもつけたるで」
    「マジかよ、ラッキー」
    「なはは」
     ……やっぱり空却に感じた翳りは気のせいだろうか。いつも通り遠慮のない空却と、それを受け入れてしまう自分と。だけど何かが引っ掛かって、思い出そうとしてもチクチクと頭が痛む。結局会話をする気になれずに、無言のまま数分。「あかんやっぱもう限界や、耐えられへん!」と口を開こうとした瞬間、今度はかなり強めに腕を引っ張られた。
    「うおっ!? 何!? って、ぶっは、ちょ……なにすんねん!」
     なにかと思って振り返れば目の前には枯れ葉のシャワー。薄ら目を開けばその奥には険しい顔をした空却の顔が覗いた。
    「もぉ、いきなり何すんねん! 投げてええのはボールとリリックだけやボケ!」
    「うっせぇヴァーーーーーーカ! 喋らねえテメェなんざ華なしの枯れ葉で十分だ、たぁけ! やっぱ拙僧にゃ耐えらんねぇッ!」
    「はぁ!?」
     全く何を言っているのだろうか。前は喋らない方が男前だなんだと言っていたというのに。そりゃ確かにわけが分からなくて数分黙り込んではいたが、それもこれも急に様子がおかしくなった空却に原因があるわけで。簓も負けじと「それはお前が」と言い返そうとした瞬間、左頬に激痛が走り街路樹目掛けて吹っ飛ばされた。木に背中を打ち付けなかっただけマシではあるが、不意打ちの暴力こそ痛いものはない。
    「痛……」
     正直暴力ではこの粗暴な僧侶に勝てる筈もなく、けれども一方的にやられてやるわけにもいかない。マイクを取り出そうとポケットに手を突っ込んだが、そうはさせまいと空却が馬乗りになってきた。待ち行く人が足を止めてなんだなんだと見てはいるが、それが天下の新生MCDメンバーだと気づくと誰も止めようとはしなかった。
    「これは左馬刻の分!」
    「はぁ!?」
    「そんでコレは言われてねぇけど一郎の分ッ!」
     そういってもう一発左頬に喰らった。あまりの衝撃に一瞬意識が飛びかけた。星が飛ぶというのはまさにこんな時をいうのかもしれない。
    「なん、なんやねん、いきなり!」
     奥歯いったんちゃうか? そう嘆いて左頬に手を添えて目を開ける。視界に広がったのは雲一つない青空と、空却の……涙の滲んだ痛々しい顔で。
    「え……ほんまになんなん……?」
    「バカ、アホ、簓のクソ野郎」
    「は? ちょ、俺全然状況理解できひんのやけど、いたたた……」
     あの粗暴でデリカシーが欠如していて泣き顔とは無縁の空却が街中で泣いている。殴られた事実よりもそちらの方が衝撃的で、頭が真っ白になってしまった。
     なにかしたのだろうか? あの空却がこんな顔をするような酷いことを。左馬刻や一郎からも殴られるような裏切り行為を。同担拒否の気さえある簓からしてみれば浮気なんてあり得ない。だから本当に原因が分からないのだ。
    「それとッ、クソっ……これは! テメェが置き去りにした拙僧の分ッ!」
     もう一発くる!
     そう身構えて奥歯を噛み締め、ギュっと目を瞑った。
     案の定激しい衝撃が顔面を襲い、その数秒後に頭突きされたのだと気が付いた。額がジンジンと痛い。そしてそのまま、唇と唇が重なる。さっきまでの衝撃が嘘みたいな優しいキスだった。
    「……幸せそうにしやがって、腹立つ」
    「………………」
     髪の毛は乱暴に捕まれたまま、顔も身体も動かせない。唯一動かせる右腕で空却の背を抱き、ポンポンとあやす。これが正解なのかはサッパリ分からないが、身体が勝手に動いてしまった。
    「ごめんな……」
     ごめん。
     泣かせてごめん。置き去りにしてしまってごめん。寂しい思いさせてごめん。まだまだ弱くてごめん。それから────……
    「忘れて、すまんかった」
     ズッと鼻を啜る音の後、簓の頬に涙がポタポタと落ちる。涙が溢れてしまったことに気まずそうな表情を浮かべるとすかさず乱暴に目元を拭い、上体を起こした。赤くなった目元と鼻先があまりにも痛々しくて、思わず手で触れる。
    「そら、怒るよな」
    「………………」
    「俺も忘れへんよう必死で。せやけどあん時みたいに頭痛が酷くて気が付いたらなぁなぁになってもうたわ。ほんまにしょーもな……」
    「………………」
    「さっき来たん?」
    「ああ」
     そうか、だから少し様子がおかしかったのか。今までのことが腑に落ちると腹に乗る空却をどかして簓も起き上がった。
    「折角庇い返したっちゅーのに」
    「……テメェが庇ったから遅れてこっちに精神が引き摺りこまれたみてぇだわ」
    「あっちの俺はどうしとるん?」
    「寝てる。寂雷の病院で」
    「え!? シンジュクまで運んでくれたん!?」
    「ああ。獄が車出してくれて、一郎と左馬刻も色々やってくれて。だから拙僧も安心してテメェをぶん殴りに来れたってわけだ」
    「はへ~……そりゃあえらいすんまへんなぁ」
     緊張感のない返事をした簓が気に入らなかったのか、控えめ程度にケツを蹴られた。気が付けば野次馬も散り散りになり、いつものイケブクロの街並みに戻っている。騒がしい街は元通りになるのも早い。
    「せやけどこれってどうやって戻るん?」
    「知らねぇ」
    「エッ!? あかんやん!」
    「けど……また意識が引っ張られてる気がする」
    「言われてみれば……せやな」
     昔のことを思い出しても頭痛はしない。寧ろ鮮明に思い出せる。自分が何でここにいて、どうして空却が助けに来てくれたのか。本当は新生MCDなんてとっくに解散していて、それでも今も尚四人の絆は続いていること。そして、三年目の約束を果たす途中だったこと。
     今まで考えようとしても頭痛に邪魔され、いつしか考えるのをやめてしまっていたが漸く点と点が繋がった。視界が開け、今日の青空のような清々しさが広がる。
     解けたのだ、洗脳が。
    「ほな、もどろか」
    「今度は置いてくなよ」
    「おん。帰ろうや、一緒に」
     そういって簓が小指を差し出せば一瞬驚いた表情を浮かべてすぐにニカっと笑い、空却も指を絡めた。
     ああ本当に。イケブクロは今日も今日とて騒がしい。



    /***/



    「……ぅ、」
     一人で眠るには広すぎる病室に簓の声が微かに漏れる。それにすぐに気が付くと空却は簓の名を読んだ。
    「ささら!?」
    「んー……」
     空却もつい先ほど起きたばかりだったが、寂雷をはじめ、左馬刻や一郎は既にいなかった。どうやら事件解決に向けて動き回ってくれているようだ。
    「くぅ、こ……?」
     掠れた声で、細い目で、簓が問う。ああ、戻ってきた。一日にも満たないほんの半日程度だったけれど。それでももう勘弁だ。簓の声が、笑顔が、つまらないギャグがない人生なんて。

    「テメェがいねぇと拙僧の人生にゃ華がねぇんだわ」

     結ばれていた小指がピクリ、と動いた。



    ***



     あの後寂雷に連絡をしたら文字通りすっ飛んできた。喉が渇いたと訴える簓に水分補給をさせ、それが落ち着くと左頬と額がすこぶる痛いと言った。心当たりのありすぎる空却は視線を逸らせ、寂雷もまた何かを察して「じきに治ります」とだけ言った。医者というものは案外冷たい。
    「迷惑かけてもうたわ」
    「いいえ、気にしなくて良いですよ。左馬刻君も一郎君もすぐに来てくれるようです。あ、獄にも連絡しておきました」
    「ああ、助かるわ」
     それから寂雷が軽く診察をし始めたので、空却はぼんやりとその様子を眺めた。嘘のような本当の話。夢か現か、現か夢か。時間の流れも環境も違うのに確かに存在していた自分たちのもしもの未来。簓は都合が良すぎて怖いと言った。それはもしかしたら、あの日の自分たちが洗脳されていない世界だったのかもしれない。そう思うともう少しだけ見ていたくもなったが……。
    (いや。それはコッチがあるから良く見えるってだけだ)
     風に煽られたカーテンを眺めながら空却は一つ伸びをする。簓が起きたので一先ず安心ではあるが、まだまだ解決せねばならないことがある。とはいえ、一郎や左馬刻が動いてくれているのでわざわざ出しゃ張る必要もない。寧ろ簓を見ていろと怒られてしまうだろう。
    「簓さん、空却!」
    「よぉ、イチロー!」
     なんて考えていたらドスドスと重たい足音と共に扉が開き、一郎と左馬刻がやってきた。聞けば人目を避けるべく車内で情報を整理してくれていたらしい。
    「簓……テメェ俺様に許可なく変なもん喰らってんじゃねぇ」
    「いや、なはは……すまんすまん」
    「空却から電話貰った時はマジでどうしようかと思ったけど、意識が戻って良かった……」
    「一郎にも心配かけてもうたな」
    「ハハっ、元気そうっすね」
    「それが左頬と額がごっつ痛むねん。効いたわ、ほんま」
     あははと渇いた笑いを零す一郎と、「たりめぇだダボ」と暴言を吐く左馬刻と。その二人を視線だけで行き来し空却は深々と溜息を吐いた。
    「はぁ……今回は流石にヤベェって思ったわ」
     けれど、昔を知る面々に会って漠然と「もう大丈夫だ」と心が落ち着いた。チームを組んだあの時からこの四人でいると妙な安心感があったから。危なっかしいけどなんとかかなりそうで。飽きなくて楽しくて結構頻繁に腹は立つけどそれでも数秒後にはまた笑って。
     ああ、幸せだ。と思うのは、やはり積み重ねてきた日々があったからだろう。
    「はい。もう大丈夫ですよ」
    「おおきに!」
     簓の元気な声が病室に響いてここにいる誰もが安堵の声を漏らす。真正ヒプノシスマイクの重みを知っているから余計にだ。
    「それで……何か分かりましたか?」
     寂雷がそう問うと再び椅子に座るよう促した。一郎と左馬刻がコクリと頷き腰を掛ける。その表情は険しく、だが「心配はいらない」と目配せされた。どうやら本当になんとかなっているらしい。
    「あのマイクはやっぱり中王区のもので間違いない。話自体は結構シンプルで、マイクを持ち出したのが中王区の人間。それを犯人に渡して使わせたって構図だ」
    「ふむ。それでは中王区と犯人の繋がりはなんでしょう?」
    「親父曰く、あのマイク以外にも何本かなくなってたらしい。現状乱数のクローンは使えねぇし目的はまだ分からねぇが、真正ヒプノシスマイクの使い手に困ってたんじゃねぇのかって話だ」
    「それで人間が……」
     向かいでキョトンとしている簓に視線を移すや否や、空却が補足を入れた。
    「拙僧らに真正ヒプノシスマイクを使ったのは乱数のクローンじゃなくて生身の人間だ」
    「へ!?」
    「テメェの意識が逝った後にソイツは死んだがな」
    「それは……なんちゅーか……。怖い思いさせてもうたぁ、空却」
    「……拙僧は別に」
     皆の前で真面目に心配されて思わず顔を逸らす。職業柄遺体は見慣れているが実際にああして死ぬ瞬間を目の当たりにしたのは初めてのことで、何より間違いなく殺意が自分たちに向いていたのだから怖くなかった筈がない。まぁ、それを「怖かった」と泣きつくようなタマでもないのだけれど。それを分かっているからか、簓も一郎たちも苦笑を浮かべ、すぐに話に戻った。
    「んで、こっからが俺様の番だ。銃兎の情報によるとテメェらを襲った奴は昔俺らが潰した組織の人間で間違いねぇ」
    「えっ、それって逆恨みってことなん?」
    「いや、それだけとも限らねぇ」
     チッと左馬刻の舌が鳴る。
    「まぁ聞けや」
     そういって胸ポケットを探ろうとしたが、ここが病室なのに気がついて再び舌打ちを落とす。
    「……犯人の身辺を調べたらサイタマのとある密輸倉庫がヒットした」
    「密輸倉庫……?」
    「空却。テメェが突っ走って俺様達が来る前にボコボコにした挙句貴重なサンプルをお釈迦にした件だよァア? 覚えてんのかこのドクソ野郎」
     そこまで一気に捲し立て本日三度目の舌打ちを落とす。左馬刻の言う通り確かにそんな事件があったような、なかったような。いまいち思い出せないが、助けてもらっている手前反発するのも不義理かつ面倒なので「あん時ゃ悪かったな」と素直に謝った。恐らく空却の本音に気が付いていないのは左馬刻だけで、一郎にチラッと視線を移せば呆れた顔でこちらを見ていた。
    「ん? ちょっと待て。てことは狙われてたのは拙僧の方か?」
    「恐らくな。一郎の親父の情報を元にもう一度サツのデータと照らし合わせてみたら残り二人……ついさっき怪しい奴がヒットした」
    「二人? それやと数が合わへんやん」
    「ああ。狙いは別に俺らじゃねぇからな。胸糞悪ぃのはこっからだ」
     皆に見えるよう、左馬刻がスマホの画面を中央に向ける。そこに写った二人のうち一人は見覚えがあった。
    「こっちの方、俺が潰した奴の仲間やんな? 泳がせとったけど捕まってもうたん?」
    「ああそうだ。テメェが海に沈めて消した野郎の片割れだ。コイツらの組織は結局あの後パクられて散り散りになった」
    「ほぉん。ちゅーことはもう一人の狙いは俺か」
    「そうだ」
    「じゃあこっちは誰なん? 俺と空却ともう一人……共通点がある奴なんてそうおらんやろ」
     確かに。一郎でもない、左馬刻でもない、ときたら他に当て嵌まる人間はそうはいない。スマホを握る左馬刻の手にギュッと力が入り、ケースが軋む。どうやら相当腹が立っているようだ。しょっちゅう怒っているような男ではあるが、左馬刻がここまで怒りを表すのはかつての一郎と最愛の妹を誑かす人間くらいのもので……。そこまで気がつくと残りの一人も検討がつく。
    「合歓か」
    「なるほど……中王区の目的は再洗脳ですか」
    「なぁ、それって乱数のクローンが使えねぇ今、洗脳成功者からもデータを取ってるってことか? 俺らも洗脳されかけたけどあん時は空却達に助けられたから完璧じゃねぇし……」
    「詳しいことは分かんねぇけど、銃兎が言うにはその線が濃厚みてぇだわ」
     ……となると、やはりあの場から早々に退散して正解だった。死体は文字通り処理され、再洗脳された簓の方を実験体として持ち帰る予定だったのだろう。
    「合歓ちゃんは平気なん?」
    「ああ。その点は問題ねぇ」
    「なぁ一郎。データを集めてるってことは元々マイクを扱えてた乱数もやっぱ危ねぇんじゃねぇのか?」
    「そうだな、二郎が付いているとはいえ……」
    「でしたらこちらに連れてきて下さい。飴村君は先週の診察も無断でキャンセルしていますからね。丁度良かったです」
    「……乱数の奴。それじゃあ二郎には適当な理由でこっちに呼び出します。本当のこと言うと馬鹿正直に乱数に伝えちまうからな」
     早速二郎に連絡を始めた一郎を横目に、ならば自分はどうすべきかと思考を巡らす。警察が動いているのならば、これ以上することはない。とはいえ中王区が今まで散々卑怯な手を使っているのも知っているし、いくら強いとはいえ高齢の親を一人残しておくのは少々怖い。十四も恐らくこちらに向かってきているであろうし、であればやはりこのままナゴヤに帰るしかなさそうだ。
    「寂雷さん、今向かって来るそうです。二郎とシブヤの面子が一緒なんで逃げ出すことはねぇと思うんすけど……」
    「ありがとう。いざとなれば力技で大人しくさせましょう」
    「あ……はは、程々に」
     父親と似たような底知れぬパワーを感じ、苦笑する一郎に反して空却は眉間に皺を寄せる。
    「んじゃ拙僧は一足先に寺に戻る。親父一人残して来ちまったからな。それと、拙僧らの為に力を貸してくれてマジで助かった。感謝する」
     そういうと空却は深々と頭を下げた。獄にも礼を言いたいところではあるが、それはまた改めるとしよう。
     じゃあ何か分かったら連絡頼む。そういって立ちあがろうとした空却を制したのは簓だった。
    「待って。ほな俺も行くわ、ナゴヤ」
    「は? テメェも狙われてんだからまだこっちに残ってろよ」
    「嫌や、俺かて心配やもん。身体はもう先生のお墨付きやし、な?」
     ええやろ? と可愛く強請られても生憎空却には通用しない。が、簓を救う形で口を挟んだのは一番の味方である筈の一郎で、
    「だったら二人送ってってやるよ。どこで狙われるか分かんねぇから電車も使いにくいだろ?」
     と、尋ねる割に有無を言わさぬ口調で背中を刺す。
    「いや、拙僧は新幹線で帰る」
    「時間なら気にすんな。今頃もう親父が寺にいると思うから」
    「は?」
    「え、零がおるん?」
    「俺も左馬刻も不在の時に弟や妹が狙われてっから、念には念をってことで。それにいざとなればマイクオフするだろうし」
    「はへ〜。オフノシスマイク、流石やな」
    「だったらテメェのバンを舎弟に挟ませるわ」
    「ヤクザの護衛か。またすげぇことになっちまったな」
     そういって一郎が笑う。どんな要人だよとは思うが、実際再洗脳は笑えないので空却も簓も有難く左馬刻の案に乗った。……というか、こうなった以上寧ろ拒否権はなかったように思う。話が落ち着いたところで空却が席を立つと次いで一郎と左馬刻が、そして簓がヨロヨロしながらベッドから降り立った。大丈夫とはいえ、大分体力を削られてしまっているのだろう。
    「お前ら、何から何まですまなかったな。落ち着いたらナゴヤに来い。そん時ゃ拙僧が嫌って程もてなしてやっから」
    「期待してんぜ」
    「ふふ、楽しみにしていますよ」
    「ぬりぃことしたらタダじゃおかねぇ」
     簓が「俺も楽しみやなぁ」なんて言えば左馬刻から「テメェが一番モテなさなきゃなんねぇんだよ」とシンプルにキレられていてちょっと笑った。こんな時でも緊張感がなくて簓らしいと言えば簓らしいけど。
     こうして問題はまだ残っているものの一先ずは解散となったのだ。



    /*/



     それが数ヶ月前のことで、結局あのあとトントン拍子に解決した。空却も簓も合歓も狙われることなく、またその身内に危害を加えられることもなく、そして公になることもなく。つまりは揉み消されたのだ。
    (まぁ真正ヒプノシスマイクなんてもんが存在してることも他の奴らは知らねぇしな)
     聞いたところによると、中王区側でクーデターが画策されていたらしく、真正ヒプノシスマイクのデータを必要としていたらしい。当初は空却達三人が狙われていると思われていたが、押収した資料には正規マイク保持者はもちろん、マイクを持たない一般市民の名もあったようだ。偶々最初に狙われたのが再洗脳目的の空却だっただけで、あそこにいた全員が危なかったのだ。今思い返してもゾッとしてしまう。
    「はぁぁぁ〜……よーやく連休もぎ取れたわ」
    「その売れっ子設定まだ続いてんのな」
    「設定ちゃうわ」
     そういって簓が笑う。約束の日からは少々過ぎたが、こういうのは本人の気持ちとタイミングが大事なのであって、日にちなんかは後からついてくるものだ。
    「おおきに」
     空厳寺まで送ってもらったタクシーに礼を言い、簓は「ほい」と手土産を差し出した。以前灼空が美味いと言っていた饅頭と、高そうなお茶だ。
    「ちゃっかりしてんな」
    「当たり前やん」
    「拙僧宛のがねぇ」
    「お前はええねん」
    「はぁ!?なんでだよ!」
    「オオサカでええもん食うとるし」
     まぁそれはそうなので一度黙るとして。空却は紙袋を無造作にぶら下げると長い階段をタッタッと軽快なリズムで上る。
    「はぁ〜。毎度この階段がしんどいねん」
    「テメェは鍛え足んねーんだよ」
    「身体張らんタイプの芸人やもん」
    「婿に入ったら徹底的に鍛えあげてやっから楽しみにしておけよ」
    「う〜……嫌やわぁ」
     段々と声が遠くなり、案の定簓のペースが落ちている。婿入りしたとして、簓がここに住むとは限らない。やはりオオサカディビジョンの代表でもあるし仕事の問題もある。流石にオオサカの顔を奪うのは気が進まないし、移動時間や疲労だってバカにならないだろう。ひとつ言えるのは、空却はここを出る気はないし、タワマンなんてもっての外だということだ。とはいえ、どこに住むにしても少々身体を鍛えてやった方が良さそうだ。これでは弟子である十四にすら負けている。
    「おっ。見ろよ簓」
    「……ぇえ? もぉ、なにー?」
    「花吹雪」
    「ほんまや……綺麗やねぇ」
     境内に植えられた木々から一斉に花弁が散った。天を見上げれば青々とした空に淡い色が方々に散らばり、なんとも見事だ。
    「祝福にはまだ早いんちゃうか」
    「クソ親父がカンカンに怒ってたからな」
    「ぇえッ!? もー……どないしよ……ほんま」
    「ヒャハハ! まぁ精々意識飛ばさねぇこったなぁ!」
    「つい最近飛ばしてもうたからなぁ、今回は勘弁やわ」
    「なぁにシケた面してやがんだよ!」
     階段の疲労もあってか心底うんざりした簓を見て笑う。先程舞った花弁がフワフワと落ちてきて二人の間に薄い膜を作る。それがまるでシャワーのようで、確かに祝福のようだ、と空却は思った。それから饒舌多弁。煩いくらいの簓にはこのくらい華美な方が良い気もして。
    「待ってぇ〜」
    「嫌なこった」
    「ひぃ〜、あかん」
    「ヒャッハ、くそダセェ!」
     偶に情けなくて寒くて腹立つこともあるけれど……でもまぁ人生には華がないとつまらないのを知ってしまったから。
    「サンキュー、ささら。これからも宜しくな」
     誰にも聞こえない声でそっと呟くと、三日前くらいからソワソワし始めた父親の元へ一足先に向かったのだった。




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    tobun

    DONEドロライのお題「グータッチ」「匂い」を借りました。

    20×20のいちくうとMCD兄貴たち。
    人格破綻〜の台詞を見て以来、何年も空却に言わせたかった台詞を漸く使えました。開始2行で終了しているので内容はありません。皆総じて馬鹿です。
    20×20いちくう「グータッチ」「匂い」「お前、相変わらず人格破綻してんのな……」
    「ハァ!? 性壁が破綻してるテメェに言われたかねぇ!」
     店内に馬鹿デカい空却の声が響き渡る。すかさず「声がデケェ」つって頭を引っ叩いたものの、一度出た言葉は消えやしねぇ。何だ何だ? と客の視線が集まり、俺は頭をフル回転させた。このままだと山田一郎は性壁破綻者だと変な噂が立っちまう。そんな噂が立ったら弟達に顔向け出来ねぇ。性壁破綻者が育てた弟達はやっぱり性壁破綻者なんじゃねぇか、みたいに思われたら俺は、俺は──ッ。ラップバトルかってくらい脳がぐるんぐるん回って最終的に導き出されたのは、
    「簓さんに失礼だろーがっ!」
    「いやなんでやねーん!」
     目の前でポカンとした表情で俺らを見つめてた簓さんにぶん投げる事だった。悪ぃ、簓さん。アンタならなんとかしてくれんじゃねぇかと思って。そう心の中で謝ると、その火は更に飛んだ。それもよりによってめちゃくちゃ燃えやすい方に。
    2727

    tobun

    DONE27×20 ささくう
    付き合って三年目。灼空に挨拶に行く道中、真正ヒプノシスマイクを喰らった簓を空却と新生MCD達(他キャラも)が助ける話。

    <注意>
    ・皆和解していて仲が良いです
    ・婿入り前提
    ・死体が出てきます
    ・メソメソする空却がいます
    ・矛盾があるかもしれません、ふんわりとお読みください。(見直す時間がなかった…)
    ・地域表記→関西・中部・関東・東北・北海道(漢字)
    フラワー・シャワー「華がねぇな、お前」
     いつだったか、少々参っていた時。赤髪の生意気な僧侶に面と向かって言われたことがある。その直後、地面に落ちていた枯れ葉を拾うとあろうことか簓めがけてぶわっと放り投げてきた。どうせ投げるならこんな小汚い枯れ葉ではなくて綺麗な花弁であって欲しかったが、今ここには花がないのだから求めても無駄だ。何より、この僧侶の言い草や態度から見るに、ハナはハナでも鼻ではなくて花でもなくて華の方なのだろう。
    「え……なんや急に。名前からして花やんか、俺。俺くらいやで、生まれた時から花も華も背負っとるの」
     華がないとはなんだ、華がないとは。いきなり言われたものだからロクなボケも出来ずに「つまんねー」なんて言われる始末で。いや別にボケたわけでもツッコミを入れたわけでもなくて、ただ単に事実を言ったまでなのだが。まぁでも確かに面白くはないし、どちらかと言えばスルーして欲しいのでこれ以上深追いはしない。
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