Galateia　この本丸の近侍である山姥切国広が戦場に出陣するのを、今まで一度も目にしたことがなかった。彼は専ら審神者の秘書のように付き従い、黙々と仕事をこなしている。誰かが「どうして出陣しないのか？」と聞いても曖昧に濁し、「主の命令だからな」と少し困ったように答えるばかりだった。
　ある日、彼が『開かずの間』と呼ばれる部屋に入るのを見かけ、好奇心から扉の隙間から覗き見てしまった。するとどうだろう。彼のなめらかな象牙色の肌の下から、鋼色の無骨な金属が物々しく剥き出しになっている。
　鋼色をした背骨や首の骨は大小何本もの管で繋がれ、さながら糸で吊られた操り人形のよう。元来表情の乏しい能面のような白い顔は今は生気すらなく、瞬きすることを忘れたヴィリジアンの瞳はただ光を反射するばかりの硝子玉のようだった。精巧ではあるが一目で『物』だと分かる無機質さ。これは山姥切国広に似せて造られた機械人形の類だろうか。否。
　彼はこちらに気付きややぎこちない動きで首を動かすと、「見てしまったのか」と困ったように聞いてきたのだった。その仕草、眉や口の動かし方、視線のやり方まで自分のよく知る山姥切国広そのものだ。身体のあちこちから機械の部品やら管やらが飛び出していなければ、の話ではあるが。彼は明らかに自分の知る刀剣男士と身体の造り自体が異なっていた。
「……とりあえず中に入って、扉を閉めてくれないか。この姿を見られるのは恥ずかしいんだ」
　誘われるがまま室内に入ると彼は管を引き抜き、ぱたぱたとまるでよくできたからくりのように露出させていた機械の骨や内臓を皮膚の下に収納した。その上にばさりと薄汚れた布を羽織るとそれはいつもの山姥切国広だった。先ほど目にした光景は白昼夢であったのかとすら思う。
「この本丸でどうして俺だけこんな身体なのか、気になるという顔をしているな。いいだろう。絶対に口外しないというなら、話してやる」
　彼は淡々と、それこそ機械めいた声で説明をはじめた。
「俺はこの本丸の初期刀であった、山姥切国広を模して主が造らせた機械人形だ。……ああ、察しのように初期刀の山姥切国広は既に折れている。折れた刀は戻ってはこない。しかし主は諦めきれなかったのだろう。折れた刀の破片を心臓部に組み込み、機械の身体に審神者の力をもってして、再び山姥切国広を蘇らせようとした」
　愚かなことだ、と山姥切国広は聞き分けのない子供に向けるような苦笑を浮かべた。
「機械に宿ったのは、初期刀の山姥切国広だったかって？　……そんな訳はない。今の俺はこの刃に宿る記憶と審神者の記憶から再構成された……『山姥切国広』のようなもの。限りなく近い模倣ではあるが、決して本物にはなれない。……皮肉なことだな」
　と言って、彼は唇の左端を持ち上げてみせる。機械人形は演算で弾き出された反応をただなぞっているだけで、そこに感情は宿っていないのだろう。それを見た「こちら側」が「そうあって欲しい」という感情を乗せているに過ぎないのだ。それを空虚だと断じるのは、心あるものの傲慢であろう。
　国広の傑作でありながら写しである、そのことに葛藤を抱えていた山姥切国広を更に模して生まれた機械人形。しかしその在り方こそが、『山姥切国広』の名を冠した彼らしいとも思えた。人の血肉を得ていたとしても刀剣男士は本性が刀である。道具、武器、美術品——物として、彼の在り方はとても共感できる。美しいとすら思う。心なき物にも、心なき物としての自然な在り方がある。ああ、しかしその感覚も、血肉を備えた今では大分遠いものとなってしまった。
「戦わないのは何故かって？　それはこの身体が戦闘に耐えられないからだ。きっとあんたよりもずっと脆いぞ、俺は」
　最後に彼はこう言った。たとえ戦闘に適した身体を手に入れられたとして、審神者は彼を戦場に出さないだろう。
　山姥切国広は何事もなかったかのように今日も審神者に付き従っている。影のように、月のように。その白い皮膚の下に美しい秘密が隠されていることを自分は知っている。自分もまた慎ましく隠し続けるのだろう。彼の姿を目にする度、ほのかに後ろめたい優越感を抱きながら。


了