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    fs_raku

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    童話パロ②(一二三とゆー)
    夢主からキャラへの暴力があります

    「じゃあ、俺は行ってくるからな。しっかりと戸締まりするんだぞ」
    「あ〜〜い、りりり〜〜! 独歩ちんが帰ってくるまで、絶対に扉は開けませ〜ん!」
    りっぱな白いれんがのおうちに、狼の元気いっぱいな声が響きます。さんざめく金色の髪と、ととのった顔立ちをした、うつくしい狼でした。対して、通勤かばんを片手にさげた猟師は、陰気で、暗く、この世のおわりにいるような面持ちです。
    「本当にわかってるんだろうな……俺以外のやつが来ても、絶対に扉を開けるなよ」
    「わあってるって〜、独歩は心配性だなあ! ほらほら、いってらっしゃ~い!」
    狼は、今日も猟師の出勤をけなげに見送ります。狼と猟師は、昔から仲むつまじく、あざやかな花畑の近くに、二人で住んでおりました。たのしいことやくるしいことを二人で分かち合いつつ、ここまで生きてきたのです。
    そんな彼らの生活を、おびやかす存在がありました。狼のことがだいすきな、たくさんの女の子たちです。狼も猟師もよい大人なので、二人それぞれ職に就いています。狼の職は、あまくやさしい言葉をささやいて、女の子たちに夢を与えるというものでした。狼は、ひとたびスーツをまとうと、ひとの心をくすぐるセリフをたくさん言えるようになります。たいていの女の子は、それが職業によって裏打ちされたものであり、夢をあたえてくれているだけだとわかっていました。けれど、中には、狼のリップサービスを、現実とごっちゃにするひともいるのです。
    少し前も、狼のことが大好きな女の子が、彼らのおうちに不法侵入してきました。それからというもの、彼らは家の戸締まりを厳重にするとちかったのです。
    ですが、それだけではありませんでした。なにぶん、狼に恋する女の子は、他にもたくさんいます。狼の後をこっそりストーキングして、むりやり家に押し入ろうとするものや、仕事中の狼に、朝になっても帰らないでほしいとすがるもの、さえない猟師といっしょに住むのはやめて、自分と住んでほしいと怒るもの、いろんな女の子がいました。きわめつけは、いっしょに死んでほしいとさめざめ泣き、するどくとがったナイフを、狼の腹にずぶりと刺した女もいました。狼はその傷を治すため、しばらく寝込むことにもなりました。
    たくさん怖いめにあわされた狼でしたが、スーツを着た彼は、そんな女の子たちをすべてひとしく愛していました。仕事だからというわけだけではありません。ほんとうに、心の底から、すべての女の子にしあわせになってほしいと願っておりました。そんな狼を見てやきもきした気持ちを抱えていたのは、猟師です。猟師は、あんまりにも狼が不用心なので、より徹底した戸締まりを狼に科しました。自分以外の声がしても、決して扉を開けるな、ときつく言いつけているのです。猟師は、自分が夜おそくに帰ってきたとき、狼が血まみれで倒れているところを、もう二度と見たくありませんでした。
    「さあて、独歩ちんが帰ってくるまでに、やることやるかあ」
    狼は、器量がよく、とてもよく働きました。明けがた仕事から帰ってきたばかりだというのに、猟師の分の朝ごはんを作り、猟師が出勤したあとは、おうちをまめに掃除します。洗濯をし、おふろを洗い、晩ごはんのしたごしらえを少ししてから、ようやく床につくのです。
    その日のお昼から夕方、狼はぐっすり眠りました。鍵を掛けているから、誰かが勝手に入ってくる心配は、もうありません。起きたときには、もう空は、暗くなりかけていました。夜からの仕事は、今日はおやすみです。夜おそくに帰ってくるだろう猟師のために、今日はいつもより、もっと腕によりをかけて晩ごはんを作ろうと、狼は決めていました。
    狼が、ぴかぴかにみがかれたキッチンに立った、そのときのことでした。玄関のとびらが、コンコン、と小さくなりました。
    「は〜い、どちらさまあ?」
    「こんばんは、狼さん。そこにいらっしゃるの?」
    狼は、びっくりして飛び上がりました。女の子の声がしたからです。スーツのない狼は、女の子が大の苦手でした。
    「お話したくて、会いに来てしまったの。よければ、とびらを開けてくださるかしら」
    狼はふるえあがりました。扉を開けるなんて、できっこありません。
    「どっ、ど、どっぽじゃない、と、開け、開けない、から!」
    とぎれとぎれの声で、なんとか言い終えます。女の子からの返事は、ありませんでした。しばらくしても、なにも聞こえてきません。きっと、あきらめたんだろう。がんばって、叫んだかいがあった。狼は、猟師の言いつけを守れたことを、うれしく思いました。
    「一二三」
    そう思っているうちに、今度は男の声がしました。猟師の声です。いつもより、ずいぶん早い時間でした。
    「俺だよ。開けてくれないか?」
    運良く定時で帰れたに違いない。猟師は、いつもいつも、ひどい残業に悩まされていました。連勤が重なるたびに、もともと暗い顔が、もっとしおしおになってゆくのです。狼は、猟師が過労死してしまわないか、毎日心配していました。
    「どっぴお帰り〜〜! 今日は早かったんだ、な……?」
    狼は、勢いよく玄関の扉を開けました。猟師の疲れた顔が、そこに待っていると期待していたのです。けれど、外には誰もいませんでした。
    「ごきげんよう、狼さん」
    「ひぃっ!」
    目線を下げると、そこには赤い頭巾をかぶった女の子がひとり立っていました。狼は、この子どものことをよおく覚えていました。狼と猟師の防犯意識を高めるきっかけとなった、不法侵入の女の子です。赤ずきん、と前に名乗った女の子は、腰を抜かした狼に近づき、家の中に入ると、後ろでに鍵を締めました。
    「な、な、なんで……い、いま独歩の、こ、声が」
    「もしかして、これのことかしら?」
    女の子は、手に最新式のボイスレコーダーを持っていました。ボタンをタップすると、わずかなノイズのあとに「一二三、俺だよ。開けてくれないか?」さきほど狼が聞いた声と、まったく同じものが聞こえてきます。狼は、おどろき、すくみあがってしまいました。
    赤ずきんは、もしものときのために、このボイスレコーダーを実の兄からゆずりうけていました。話して気持ちのよいものではありませんので、詳細は省きますが、合法的に手に入れた猟師の音声でないことだけは、確かです。もしものときのため、用意していたかいがあったと、赤ずきんは喜びました。
    「狼さん、ずっと会いたかったわ。またお話できて、とってもとってもうれしい」
    以前、赤ずきんが狼と出会ってから、長すぎもせず、短すぎもしない月日が経っていました。夏の四半期決算が近付いてきたとき、春のあのうららかな日を思いだした赤ずきんは、狼に会いたくて会いたくてたまらなくなったのです。赤ずきんは、狼からもらったあざやかな一輪の花を、押し花にして毎日毎日眺めていました。すこし強引だけれど、あまりある健気さを身に秘めた子どもなのです。
    「や、ひっ、く、来るなぁっ!」
    近づいてくる赤ずきんを恐れ、狼は家の奥に逃げ出しました。もつれる足で走り、猟師の部屋にある、あまり使われていないクローゼットに逃げ込みます。くらやみの中、狼は、見つかりませんように、見つかりませんように、と息を殺していました。
    「まあ、かくれんぼかしら?」
    赤ずきんの声が、遠くから聞こえてきました。いくら頑張っても、体のふるえがうまく止まりません。スーツをとりにいく、という選択肢は、パニックになった狼の頭にはありませんでした。あの少女を、少しでも視界に入れるのが恐ろしかったのです。
    「狼さん? どちらにいらっしゃるの?」
    声は、どんどん近づいてきます。狼にできるゆいいつは、祈ることだけでした。目をふさぐことはできても、小さな足音がこちらにやって来るのを、狼の大きな耳は聞き逃がせません。女の子は、もうすぐ近くにいました。心臓が、はやがねのように鳴ります。狼は、クローゼットの中で、ぎゅっと目をつぶり、恐ろしいものが過ぎ去るのを、ただじっと待ちました。
    「どこに行ったのかしら」
    クローゼットのすぐ前で、赤ずきんのしょぼくれた声がします。そして、そのまま通り過ぎていきました。
    やがて、声も足音も、すっかり遠くなりました。狼は、ほっと息をつきます。でも、ぐずぐずしてはいられません。ここでとどまっていれば、きっと見つかってしまうのは時間の問題でしょう。かくなるうえは、家を出て外に逃げるほかありません。狼は、決意して、クローゼットの中から静かに出ました。
    「見ぃつけた」
    声は、すぐそばでしました。狼の心臓は、悲鳴も上げられなくなるほど凍りつきました。赤ずきんは、クローゼットの近くで待っていたのです。遠くにいくふりをして、狼が自分から出てくるのを、ただじっと待っていたのでした。
    「狼さん、隠れるのがあまりおじょうずじゃないのね」
    「う、うわぁああぁッ!」
    狼は、何度もつまずきながら、また走り出しました。そのまま玄関までなんとかたどりつき、扉を開こうと手をかけます。けれど、どういうわけか、扉はいっこうに開きませんでした。鍵はあけたのに、なぜか、石のようにぴたりと動かなくなっているのです。
    焦った狼は、赤ずきんが追いつく前に、急いで新たな場所へ隠れました。キッチンの戸棚の中、机の下、おふろ場、大きな時計の影。けれど、どこへ行っても、どこへ隠れても、不思議なことに、赤ずきんにすぐ見つかってしまうのです。狼は、ほとほと疲れ果てた挙げ句、追いつめられてしまいました。もう隠れられません。もう、どこにも逃げ場はありません。
    「怖がらないで、狼さん。赤ずきんは、ただ、あなたとお話がしたいだけなの」
    「やだ、帰って、帰ってくれよぉ!」
    せまりくる赤ずきんに、狼の恐怖が、限界を突破しました。思わずそのするどい爪を、赤ずきんに向けて、ふるってしまったのです。
    はっ、と狼が気がついたときには、もう遅く、赤ずきんの大切なずきんは、まっぷたつにひきさかれていました。赤ずきんに怪我はないことが、不幸中の幸いでしょうか。いくら苦手な相手だとしても、狼は、決して傷つけたいと思っているわけではありませんでした。ただ、向こうに行ってほしかっただけなのです。
    「ご、ごめ、なさ……」
    はらはらと赤の繊維がまう中で、狼はひっしに謝罪の言葉をつむぎました。心の底からもうしわけないと思うと同時に、赤ずきんに凶器が及んでいなくて良かったと、少しほっとした気持ちもあります。
    「まあ、わるい狼さん。いけない子ね」
    赤ずきんは(ずきんがないので、もう赤ずきんとは呼べないのかもしれませんが)、怒ることも泣くこともなく、笑っていました。ひきさかれたずきんを手にとり、愛おしげにそっとなでます。
    「おそろしい爪を、もっているのね。いけない子だわ、わるい子だわ。そんなあぶないものを、どうしてお持ちなのかしら」
    「そ、そんなこと、言われたって……」
    この爪は、狼が生まれついたときから持っていたものです。耳も、目も、口も、すべて狼が最初から持っていたものでした。
    「わるい狼さん、そんなあぶないもの、捨ててしまったほうがよろしいんじゃなくて?」
    「そ、そん、そんな」
    俺、わるい狼じゃないよ。狼は、反論しようとしました。けれど、がたがたとふるえる口では、うまく言葉をはっすることができません。それに、赤ずきんの言うことを聞いているうちに、なんだかそうしまったほうが良いように思えてきました。のうみそが、ぼんやりするのです。狼は、ふるふると首をふって、その考えを打ち消しました。
    「お嬢さんの言うとおりだね。きみの爪で、あの子の肌を傷つけていたら、いったいどうやって罪をつぐなうつもりなんだい?」
    狼は、びっくりしました。スーツを着たもうひとりの自分が、うずくまってふるえる狼を見下していたのです。狼は、これはまぼろしだ、とすぐにわかりました。だって、狼は狼で、体はひとつだけなのですから、こうやってもうひとりの自分が自分を見下していることは、ぜったいにありえないのです。
    「危なっかしくて、見ていられないな。お姫様の仰せのままに、そんな爪は折ってしまったほうがいいだろうね」
    「はあ? な、なに言ってんだよ、俺っちのくせに、なんでそんなこと言うわけ」
    まぼろしとわかっているのに、つい、狼は口に出してしまいました。それほどまで、まぼろしの狼にムッとしてしまったのです。自分と同じ存在のはずなのに、まったく違うみたいだ、と本物の狼は思いました。
    「きみのためを思って言っているんだよ、狼くん」
    「なんだよ、黙ってろよ、なんでお前に言われなくちゃ……」
    狼が、自分自身との対話に夢中になっているときでした。狼さん、と耳元で声がします。あ、と狼が思ったときには、すべてが遅く、すべてがおわっていました。
    ぱきっ、と音がしたのです。狼は、はじめ、その音がなんの音かわかりませんでした。何かが折れたような音がするな、くらいにしか感じませんでした。
    実際、折れていたのは、自分の小指だったのです。
    「っ、ぐ、うう……!」
    気がついてから、急に痛みが広がっていきました。あらぬ方向にまがってしまった指をかかえるように、狼は倒れふします。痛みとひきかえにして、まぼろしはどこかへ消え去ったようでした。
    なにも不思議なことはありません。狼が自分と闘っている間に、ゆっくりと近づいた赤ずきんが、その小さな手で、彼の小指をぽっきりと折ってしまったのです。この指では、ひとをひっかくことはおろか、自由に使うことすらできないでしょう。だれも傷つける心配はありません。狼の額には、あぶらあせが浮かんでいました。
    「これで安心ね、狼さん」
    少女がとてもおそろしく、狼は、心のなかで猟師に助けを求めました。けれど、猟師はぜっさん残業中のため、もうしばらくは帰れそうにありません。猟師が納品した医療機器が、原因不明の故障を起こしたため、クレーム処理にあたらなければならないのです。猟師は、たったいま、なんのおかしなところもないのに故障している機器を見て、切れそうになっている最中でした。狼がひどい目にあっているとは、つゆとも知りません。
    「でも、いそがないと。あと九本もあるんですもの」
    赤ずきんの手が、うずくまる狼に伸ばされます。狼は、こらえきれずに涙を流しました。折れたところが、じんじんと痛んで、いたんで痛んで、仕方がないのです。
    もしかすると、この夜のなかで、狼の女性恐怖症は治ってしまうかもしれません。強い痛みを与えられたショックがいい方向に働けば、その可能性も、なくはないでしょう。けれど、もっとひどくなる可能性も、もちろん十二分にありえます。赤ずきんは、どちらに転ぶにせよ、やめるつもりはありませんでした。
    猟師は、まだ帰りません。夜は始まったばかりです。

    めでたしめでたし?
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