薫衣草学ランの袖に腕を通す、退院した翌朝。
コートから離れていた3ヶ月間。周りは驚異的な回復力だと言ってくれたが、オレにとってはそれしかやることが無かったから、焦燥を感じたくなかったから、一刻も早く戻りたかったから。
…気持ちを途切れさせたくなかった。
夜1人、灯りは消え静寂が訪れると否が応でも考える。治るのか戻れるのか、皆は迎えてくれるだろうか、待っててくれるだろうか。それはいつまで?いつまでオレに期待してくれる?
…オレは変わらず飛べるだろうか。
洋平達はともかく、アイツら以外誰も俺を待っていないような気がして、疑心暗鬼に脳内が支配され枕に顔を埋める。
怖い、怖い。
リョーちんやミッチー、見舞いに来てくれる奴らだってハルコさんの手紙にだって『待ってる』って言ってくれてる。復帰したらあたたかく迎えてくれるだろう。分かってる。
…全部違うのに、恐怖でどうしようもなくなる。
「ッ…、ゔぅ…」
オレは何をしているんだろう。
眠れない日は幾度とあった。
ただ考えても現状は変わらないし今は自分が出来ることをしようと切り替えリハビリに励んだ。
「花道」
「おめーら…」
支度を整えアパートを出て階段を降りる。名前を呼ばれて顔を上げると正面に洋平達が見えた。病院でも会ってたけど、違う。今此処に居る、コイツらと同じ場所に戻ってきた。それが嬉しくてむず痒い。
学校へ向かう道中、気にしないようにしゃべりながらもオレの緊張が伝わったのか連中は「何を気にしてるんだか」「考えるだけ無駄だろ」「オレらの大将は繊細でちゅね〜」わはは!と揶揄ってきたがそれが励ましだと分かってるから「うるせー!」と喚き、笑う。
「花道、大丈夫だよ。お前はどんと構えていればいい」と洋平が胸を小突いた。
結果的に言えばオレの杞憂に終わった。
放課後、オヤジに挨拶に向かうとオレをみとめたオヤジは朗らかに笑み「待っていましたよ」とオレの肩に手を添えた。
「皆さんも待っていますよ、行きましょう」と青空の下オヤジと共に体育館に向かう。
やっぱり怖い、な。
無意識に拳を握りしめると突然「桜木君、怖いですか」とオヤジが問う。無言を貫くと「ほっほ…それだけバスケットとバスケット部が大切なんですね。嬉しいです」と言った。「もう、無いなんて考えらんねー…それくらい大切」と桜木が答えると安西は彼の横顔を眩しそうに見つめては優しく微笑んだ。
安西はシャトルドアをゆっくり開けた。
予感がした。
「今日は皆さんに報告があります」
監督の一言に桜木が絡んでいると。
オレと桜木が会ったのは浜辺の一度きりでそれ以外は見舞った部員からあいつの状況を随時聞いていた。近く退院出来そうだとの報告以降明確な日付が知らされず、ある日学校で軍団の1人である水戸を見かけて尋ねるとのらりくらりとはぐらかされた。間違いねえ、桜木は意図的にバスケ部に伝えていない。監督や宮城キャプテンは知っているだろうが聞いて教えるだろうかと考えて否定した。そもそもオレが2人に確認した時点であのどあほうを待ちわびてるみてーじゃねえか。だから止めた。水戸はバスケ部じゃねーから外した。
「入ってきてください」
監督の声にのそりと赤い髪が現れドアをくぐり監督の横に並ぶ。
「おめーら待たせたな、天才のご帰還だぜ。嬉しいだろ!ハッハッハッ!」
不遜な態度で高らかに笑う姿とは裏腹に部員らを見渡す瞳は緊張が見え隠れしている。
緊張してんのか?こいつが?
「おーおー待ってたぜ、花道」
キャプテンが桜木に近づきわしゃわしゃと頭を撫でるとあいつは嬉しそうに表情を綻ばせた。
「えらそーに!」とか「待ってたよ!」とか部員が桜木を囲み迎える様子を眺めているとあいつが微かに安堵の表情を見せた。
洋平らには教えたが部員連中には退院日を伝えなかった。怖かったんだと思う。後はオヤジに任せたから知らねーけどリョーちんは聞いてたかもしんねーな、キャプテンだし。
「流川が花道の退院日を聞きに来たぞ」
教えてないけど。と、見舞いに来ていた洋平に伝えられ戸惑う。
「花道を待ってるんだよ」
オレに確認してまで。その呟きはオレの心にじんわりと染みた。
オヤジに促され体育館に入り声を張る。見抜かれるな。
そんな気負いに反しバスケ部はオレをあたたかく迎えてくれた。ミッチーやいつの間にかメガネ君と来ていたゴリとか言葉は素直じゃねーけど照れだって分かってる。
「桜木君、おかえりなさい。待ってたよ」
満面の笑顔を見せるハルコさんにオレは感謝を伝えた。
顔を上げた桜木と視線が交わる。
「ルカワ」
久しぶりの響きがこそばゆい、だがその目は気に入らない。気持ちを探るような。オレは待ってたなんて言わねーぞ。
「どあほう」
「あ?」
「オレに付いてくるんだろうが」
「誰がてめーに付いていくか!」
ガルルと桜木がオレに近付き威嚇する。
それでいい、おめーがしおらしいなんて似合わねえ。いつもみたく威張ってろよ。
「早くここまで来い。差が開く一方でいいんなら別にいーけど」
「なにおぅっ!?上等だ!てめーなんかすぐ追い抜いてやるよ!!」
ビシッと宣言する桜木を一瞥してシュート練習を再開した。
そのくれーじゃなきゃ面白くねえ。
「ほっほっほっ。桜木君には流川君が、流川君には桜木君が互いにカンフル剤の役割を果たし高みを目指す、すばらしい関係ですね」
はらはらと成り行きを見守っていた部員らの中、安西が穏やかに笑う。
「オレには告白に聞こえました…」
「強ち間違いではないでしょう。無意識に彼らは互いを必要とし強く引かれ合っていますから」
宮城の言葉に安西は頷き2人を再び見つめ目を細めた。
「これからが楽しみです」