ゲタ水が餃子食べに行く話帰って来た!
愛しくて愛しくて大好きで、もうこれ以上があるものかと思う程に愛している恋人…養父でもある水木の帰宅の気配を感じたゲタ吉は、ウンウン唸りながら向かっていた宿題を放り投げてちゃぶ台にバン!と手を遣り、勢いよく立ち上がった。
「水木サーーン!」
そのままの勢いでダダダッ!と盛大な足音を立て、玄関へと向かう。そこには今まさに帰宅して靴を脱ぐ所であった水木がいた。
「ただいま、鬼太郎」
出迎えありがとうな。そう言いながらの、ほわりとゲタ吉だけに向けられる(と思いたい。いやそうでなければならない)柔らかな優しい愛に満ち溢れた笑顔。
はわわ……なんという破壊力のある笑顔なんだ。これには百戦錬磨の幽霊族も骨抜きにされちまう……。僕の愛は水木さんのカタチをしているんだ……。
上がり框に置かれた鞄を預かりつつそんな事を思い、縞々のシャツの胸の辺りをグシャリと握り締めてゲタ吉は悶えた。
「っと……ゲタ吉だったな」
水木がポリポリ頭を掻きながら廊下を進み、高校生活を送るにあたって鬼太郎から変えた名を呟く。
「貴方に呼ばれるなら別にどっちでも構やしないデスよぅ、水木サンのお好きな方で……」
「そうか……いや、うん、外でポロッと呼ばんように慣れんといかん」
律儀だなァ。そんなところも好きですが!
ゲタ吉は辛抱堪らず廊下の途中で水木の鞄を床に置き、そういやお前ゲゲ郎は……とネクタイを緩めつつ言いながらこちらを見上げて来た水木をぎゅっと抱き締めた。すっぽりと腕に収まる義父が愛しくてたまらない。
嗚呼、暫く昔に追い越した身長であるが、今日も感謝を捧げよう。父からの長身遺伝子と義父から与えられた栄養バンザイ。
「おい」
スリスリと水木の頭に頬ずりしていると、ムッとされてしまったようだ。可愛い。
「あ、父さんは今日は馴染みの妖怪達と飲むって言って出掛けましたよ」
「……そうか」
「ハイ。なので」
二人きり!!デスよ!!
下心に溢れた声色を隠しもせずに、抱き締めた腕を緩めて水木の顔を覗き込んだが、そうしたらふいっと顔を逸らされてしまった。
可ァ愛いなァ!ほっぺが赤いデスよ!
またまた辛抱堪らず、ゲタ吉は彼の唇に己のそれを寄せる。
ちゅう、と軽く触れた唇はカサついていて、くすりと笑みをこぼした。
水木は壮年の昭和の男であるので、女性のように唇の荒れを気にしてクリームを塗ったり、唇の手入れをしたことは無いようだ。冬場などは時折乾燥で唇が切れているのは知っていたので、なにか塗っては?と言ってみたのだが、男がそんなもの付けられるか!と呆気なく拒否されてしまった。
そうは言っても唇が切れては痛かろうに……と思ったのも束の間、まぁ切れてたら切れていたで幽霊族のチカラで治療を〜……と称してキッスをすれば良いかと、それ以上は何も言わずにおいた。
でもそろそろ暖かくなるので乾燥ともオサラバかなァ、ちょっと淋しい……なぁんて。そんなのはお構い無しに口付けるンだけれどね、と内心ニヤリとしてゲタ吉は長い舌で水木の唇を割った。
ぬるり、歯列すらすり抜けて、口内の奥へ。
逃げるみたいに縮こまった短い舌を捕まえて、絡める。
すると健気に応えてくれる舌が愛おしい……けれど。
(あ、あれ……)
いつもと若干、様子が……?
(ほんの少し、乗り気じゃない、気が)
いやいやそんな事はあり得ない。
恋人という立場を勝ち得てから暫く経ったが、以前なら兎も角この頃は時と場所さえ間違えなければ、ゲタ吉からのキッスに水木が応えてくれないことなど無い。
気のせいだ、ウンウン。
絡めた舌を解いて上顎をなぞり喉奥へ。不埒な侵入を果たさんとする舌を水木は受け入れて……
「!?」
ゲタ吉はピタリと動きを止めた。
チラリ覗き見た水木の顔が、表情が……
「…………」
ぎゅうと力いっぱい目を閉じて不機嫌そうな、ムーーーーッとしたものだったからだ。
え!?僕といつも口付けする時のトロリとした艶っぽい水木サンは!?どうして眉間に深い皺!?
……今日は時と場所を間違えた!?いやここは人前などではなく家だ。
それとも、ああそんなまさか、まさか。
「水木サンッ!!」
「ン……?」
「ど、どうしてそんなカオ、……良くなかったデスか?僕へたくそでしたか!?僕と口付けるのが嫌になりましたか!?まさか、僕のこ、こと、キライに」
「そんな訳あるか!あ、いや……」
違う、済まない。ゲタ吉から目を逸らして、水木が気不味そうに呟いた。
目を逸らされた……とゲタ吉はまたショックを受ける。そんな義息子件恋人の肩をポンと叩いて、水木が苦笑した。
「落ち着け……全く、飛躍し過ぎだお前は。……いや、俺が悪かったな。顔に出ちまってたとは」
「だから何が顔に出てしまってたンですかァァァ!」
「う、うるさいぞ。お前は何にも悪くねぇしこれは俺の問題だし口付け自体は、まぁ……悪くない」
「水木サァァァン!!それは僕とするキッスが好きって事デスよね僕も好き!!」
「だからうるせぇ!!」
ガバ!と、また抱き締めようとしたゲタ吉の腕からサッと逃げて、水木が床に放置されていた鞄を拾い上げる。
「ほら、さっさと着替えてメシ食って風呂入っ「逃がしませんよ?」
ニコッ!と物騒に笑ったゲタ吉が、そのまま歩こうとしていた水木の腰を今度こそ抱く。
だってまだ聞いてない。
「だったらさっきの表情の理由は何なんです?」
「しつこい」
「アンタの事ならそりゃァそうですよ」
「…………」
「ネェ、水木サン……教えて。僕の何がイケなかったンですか」
「だから……お前は何にも悪くねぇって言ってる」
「そうは言っても気になるじゃあないですか」
教えてくれるまで離しませんし、諦めませんよ?
水木の欠けた耳に唇を寄せ、直接囁きかける。
すると水木はそこを庇うように、バッと己の耳を手で塞いだ。また顔が赤くなって、少し震えている。可愛い……。本当に一挙手一投足仕草の全てが愛おしい存在だ。
「…………。笑うなよ?」
「?笑うような事なんデスか?」
「そうだよ!だから言いたくなかったんだ」
「はぁ」
フーーーー、と大きく息を吐いた水木が、何故かゲタ吉を睨む様に見上げて来た。その目線の角度と表情、ゲタ吉の心臓に何かがヒットした気がして、思わずングッ!と呻いてしまった。
そんなゲタ吉を余所に、水木は渋々と言った風に話し出す。
「昼飯に……」
「エ?お昼ごはん?」
「同僚に昼飯に誘われてな」
「……フゥン、なんてヒトです?」
「ん?ああお前も会ったことがある、家に来たこともあるあいつだが。それが今日は午後からもう接待も商談も無いからと、社の近くの中華に行こうと言われて」
「へぇ、美味しかったですか?と言うか何故接待と商談が中華に関係するんデス?」
「……」
ギロリと水木がまるで殺気を込めた様な目で睨んで来た。ヘァッ!?とゲタ吉が妙な声を上げる。
さっきのは可愛かったのに今回はこ、怖い……。
「行かなかった」
「ど、どうして」
「あそこ、餃子が兎に角美味いんだ!あそこに行って餃子を食わない手はねぇって程に美味い。皮はパリパリで熱々で、齧れば肉汁がジュワッとして……そうだな、客の九割は餃子食ってると思う」
「え、凄い美味しそう……ああ、だから接待なんデスか」
得心が行った!とゲタ吉はウンウン頷いた。
「そう、あの店に行くって事はニンニク臭をさせて帰って来るってことだ。だから人と会う仕事の前は厳禁……しかし今日はもうそういった仕事はなかった。絶好の餃子日和だったんだ」
「餃子日和……た、食べれば良かったのに……」
どうして行かなかったンですか?とゲタ吉は首を傾げた。
それに対して水木は、お前のせいだ!と言い切った。
何故??ゲタ吉の頭は先程からハテナが飛び交っている。
「毎日毎日お前が、俺が帰るとこうやって絶対にチュッチュチュッチュと吸い付いて来るから」
「えっ今のなんですか可愛い……じゃなくて」
うあ、まさかまさか。水木の言わんとすることがなんとなく分かってきて、ゲタ吉はまたシャツの胸の辺りを握り締めた。
ご先祖様がしわくちゃである。
「俺は立派なオッサンだぞ!?何でオッサンが!『帰ったら多分……されるからニンニクはちょっとな……』なんて考えにゃあならん!?そんな事気にした挙句結局食うの止めなきゃならんのだ!?オッサンなんぞ臭くて上等だろうが!」
「お、落ち着いてください」
「恥ずかし過ぎだろ、そんなの……!」
オッサンが!!と頭を抱えながら再び水木が叫ぶ。オッサンオッサン言い過ぎですよぅ……とゲタ吉はちょっと思った、が、事実水木は幾ら若く男前に見られようと実年齢的にはそうであるのだ。いや、そんなことよりも!
「……水木サァン……!!」
まさか。まさかである。
高確率で接吻されるのが分かっていてニンニク臭を気にしたのも、それを気にしてしまった己が嫌になったのも、結局食べるのを止めたのも、何もかも全てがゲタ吉の胸に特大の攻撃力を以てヒットしてしまった。
何だそれ何だそれ。
今日はするなと拒否する事だって出来たのに、最終的にそれはしないのを選んだんだ。
僕とチュッチュしたかったんだ……
うわぁぁァァァ!?
爆発しそうな衝動のままでゲタ吉はまた、背後から水木に襲いかかり、腕に捕らえた。
「水木サン!!」
「き、ゲタ、またお前……ンンッ!」
「水木サン、水木サン好き、愛してマスぅぅぅぅ」
「は、し、知ってる、うんッ……」
深く深く、先程よりも深く、噛み付くようなものから更に奥へ奥へと自身の長い舌を侵入させる。
ああもう、どこまで行っても足りやしない。
全く、自分の欲深さには際限が無くて、先へ、もっと、全部、と。
今日こそは……とゲタ吉はゴクリと唾を飲み込んだ。
「水木、サン」
「……」
「大好き……」
「……ああ」
「水木サンも……?」
「……そりゃァお前、……分かれよ」
名残惜しく離した唇で名を呼んで、そうして訊ねてみたら、仄赤くなった顔を逸らした水木が答えてくれた。
あの餃子諦める程度には、な。
そんな分かるような分かりにくいような……小さな声が届いて、ゲタ吉はちょっとぽかんとしたけれど、そのすぐ後に水木が。
「……それにしても餃子食いたかった……」
と呟いたので。
ゲタ吉は思わずプッと笑ってしまった。コラ、笑うなと拗ねた表情で言う養父件恋人の手を取って、ぎゅっと握り締める。
「フフ、食べに行きまショ!僕と一緒に今から」
「え」
「デートですよデート。餃子でもニンニクでも、二人で一緒に臭けりゃあ平気デス」
「えぇ……?そりゃあ……そうか……?いやでも……」
「丁度宿題に手こずってて、今晩のおかずナンにも考えてなかったんです。ご飯行きましょうよぅ」
「あ、ああ……そうだなぁ」
曖昧に頷く水木の両手を、ゲタ吉の両手が掴まえる。そっと持ち上げて指に唇を落とせば、照れた可愛いヒトはゲタ吉の手を振り払ってしまった。
「フフ、水木サンとデート!餃子食べて、帰ったら今日は一緒にお風呂入りましょ」
「えー?お前いい加減デカいから狭いんだが。あとエロい目で見るから駄目だ」
「そりゃァ見ますけど……良いじゃないですか。背中流しますから、ネ。それでそのアトは……ああ、ついに僕たち……」
「いや宿題やれよ。それに、……ソレは、お前が立派に高校卒業したらって何度も言ってる」
「フギャ!」
そこで父親に戻るのはナシじゃないですかァァァ……。
情けない声と表情を見せたゲタ吉の手が、今度は水木によって握られた。えっ、とゲタ吉が驚く。
「なぁに手繋いだ位で驚いてんだ。……デートなんだろう?」
悪戯っぽく笑うそのカオと言ったら。
もう、いつまで経っても叶わないなァ、アナタには……。
目と目を合わせ、アハハと二人で笑って、揃って玄関をくぐり抜けた。
その後無事に念願の餃子とついでにホッピーにあり付いた水木と、ラーメンと餃子をペロリと平らげたゲタ吉は、家に帰るなりゲタ吉のお願いを聞く形で一緒に風呂に入った。
その後の肝心なオネガイは、やっぱり水木が頑として首を縦に振らなかったので、ゲタ吉は泣く泣く残った宿題としっぽり過ごす羽目になったのであった。