だって大好きなんだから「あれ。化粧のしかた変えた?うん、俺そっちの方が好きだよ。可愛い」
にこやかな笑みでそんな、剛士からすれば欠片も興味の持てない会話に花を咲かせている健十を見れば、そこには余りにも見慣れた光景が広がっていた。
ドラマの撮影の合間、見知ったヘアメイク担当や衣装担当の女性スタッフに健十が囲まれるのは最早お馴染みで、新しいネイルがどうの、オシャレなカフェがどうのと毎度様々な話で盛り上がっている。女性のグループの中でよくもまあそこまで話の種が尽きないものだと思うばかりだ。仕事仲間と言ったって、女性が自分の顔を何でどう飾っているかなんて剛士にはさして興味が無い。
耳を傾けて話題を拾うのを辞め、手元の雑誌に視線を落とす。贔屓にしているブランドの新作や、何となく文体がサバサバとしていて気に入っているライターのコラムなどを眺めていれば、横から不躾に雑誌を覗き込まれた。
「何読んでるの」
「雑誌」
「それは見ればわかる」
短い返答にがくりと肩を落とすのが少し面白くて口角を上げれば、「意地悪な顔」と失礼なことをぼやかれた。
先程まで盛り上がっていた話題はどうやら終了したようで、集まっていたスタッフたちも他の準備や片付けに散っている。阿修は撮影の真っ只中だ。帰ってきたら今の四倍は騒がしくなるだろう。
雑誌を閉じて机に放り、すっかり頭に叩き込んである台本を手繰り寄せて次の撮影の箇所を開いていれば執拗い視線を感じる。
「…?何だよ」
まだ話が終わってなかったのだろうか、と首を傾げてみるが、じっとこちらを見る健十の顔は話題を半端に千切られたときの不服そうな表情とは違って見える。うまく形容し難いが、不思議そうに、というか、興味深そうにというか。念入りに手入れされた肌触りのいい長い指で自分の唇に触れながらじっと剛士を見ていた健十は、首を傾げる。
「ううん。剛士、いつもより髪短めに切ってもらったのかなって思って」
「あ?……あー。ドラマの役作り、……つーかそんな分かるほど変わってねえだろ」
「そう?短くなったなって思いながら見てたけど、後ろから見ると分かりやすくって。なんか、新鮮」
言いながら襟足を指先ですくって確かめる仕草に眉根を寄せて身を引くと指の間からさらさらと黒髪が逃げる。それをさして気に止めた様子もなく笑う健十になんとなく腹が立って、自然と目つきが険のあるものに変わってしまうのは仕方の無いことだ。
「そういうのは女に言うことだろ」
「あれ。もしかして聞いてた?」
「あんなデケー声で喋られたらな。オマエ、じろじろよく見てんだな。化粧とか、髪型とか」
「そうか?見てたら気づくと思うけど……あ。もしかして剛士」
微かに調子の変わった声と機嫌の良さそうな表情に、これは禄なことを言わない顔だと早々に察しがついた剛士は手に持っていた台本をぱたんと閉じた。
「妬いた?」
こいつのこういう性格の悪いところを知った上で女はきゃあきゃあ騒ぐのだろうか。お気に入りの漫画の次の展開に期待するような楽しそうな表情で問いかけてくる健十に、思わず優秀な肺を空っぽにする程長い長いため息が漏れた。
「何そのため息」
「オマエと話すのは疲れんだよ」
「ちょっと。酷くないか?だって、妬いてくれたんじゃないの?」
言葉の割に大して傷ついた様子でもない健十の再びの問いに、やっと剛士は少し真面目に考えてみる。
妬くという気持ちを知らないではないし、嫉妬や羨望は少なからず剛士も持ち合わせている感情だ。大きなステージで歌っているアーティストを見ればいつかその地位に上がってやると思うし、負けず嫌いも手伝って対抗心を燃やすことは多い。
しかし、と健十の顔を見る。果たして女性と親しく話す健十を見ている時に自分が妬いているかと言われれば、
「……?いや?」
「うん?」
「妬いてねえ」
「妬けよ」
意地を張るでもなく素直に思ったまま回答すれば理不尽にも不機嫌になった健十から、間髪入れず不満を投げられた。
重ねて思うが、こいつのこういう面倒くさいところも知った上で、女性たちは色めきたっているのだろうか?
あからさまに拗ねた様子の健十の傍若無人とも取れる発言を軽くいなして、話は終わったと視線を外せば肩を落とした大きな体が力なく椅子に腰を下ろす。意外と表情がころころかわる忙しない所は少しかわいげかもしれない。その背中をちらりと盗み見たあと、気まぐれに口を開く。
「なあ愛染。今度服買いに行きてえんだけど、暇なら付き合えよ」
「あ、新作の?」
「そ。代わりに前言ってたとこ付き合ってやる」
「ほんと」
放ったらかしにされた大型犬のような哀愁を漂わせていた健十が見る見るうちに表情を明るくするのが、視線を向けなくてもわかる。
ほら、自分の趣味でもないのに剛士ですらさっき知った新作を把握していたり、一緒に出掛けると言っただけでここまで分かりやすく嬉しそうにしたり。
こんなに分かりやすく好意を示してくれるのに、嫉妬するなんて不毛なことだと思うから。
「…?俺なんか変な事言った?」
「別に」