帰り道、遠回り「今夜の店もなかなか良かったな」
もう幾度目の『逢瀬』だろうか。
駐屯地を二人抜け出し、近隣の街で心惹かれるまま選んだ店に入り食事を摂る習慣は解放軍として各地を転戦するにあたっての、ささやかな楽しみとなっていた。
この夜の主菜はほろほろチキンの香草焼き。大蒜と香草を漬け込み香りを移したオイルでマリネした鶏肉に更に香草を乗せ、野菜とともに鉄鍋で焼く。ハーブに精通するエルフの料理らしい一品。香草の種類は香りで判別がついただけで五種類は使っていただろう。もしかしたらもっと多いのかもしれない。
「ええ。香草には薬効のあるものもありますから、味覚にも滋養にも優しい豊かなお食事でした」
傍らの男の表情も以前より柔らかくなった。
これは昔から眉間に皺を寄せてばかりで、あまりにしかつめらしいから知らぬ者には怖い顔、などと言われてしまう。よくよく見れば端整ではあるし、厳つい図体にそぐわぬ可愛らしい顔をすることもあるのだが、それは多くに知られなくてもいい。
よく笑うようになった、と、以前この男に言われた。
お前もだろうと思う。
尤も、それは最近になって漸くだった。
贖罪を誓い、祖国を取り戻して。漸くこれは笑うことを自身に許したのだろう。
或いは──。
「グロスタ」
立ち止まり、その分少し先を行った男を呼び止める。
「急に立ち止まられて、如何されましたか?」
こちらを向き、歩を戻す。
穏やかな眼差し。緩やかに結ばれ微笑みの形をした口元。
或いは──私のために笑ってくれるのか。
そう思った途端に、なのか。
いや、きっかけは後付の理由にしかならない。
それは一瞬で、逡巡だの判断だのの間など僅かも無かった。ただ、そうしたかった。
「……──っ」
片手で軽く寄せた頭。
柔らかく少し厚みのある温かい唇。
「──?!」
目の前の黒い双眸が見開かれ、瞳孔が揺れる。
驚くのも無理はない。この奇妙に凪いだ心持ちの方こそ、きっとどうかしている。
茫然とした顔を窺いながら離れた唇をぺろ、と舐めると、微かな香草の香がした。
「あ、アラミス……殿?」
心なしか震えた声で名を呼ばれ、それが妙に可笑しくて口角をあげる。
「ソースがついていたのでね」
そんなものはない。
失礼いたしましたと慌てて布巾を取り出し、しかし今度は拭うのを躊躇うようにそれと私を見比べている。
ほら、可愛らしい。
私達は互いに繕いすぎるから、時には不測の事態を起こしてやらねばならない。
「帰ろうか」
未だ布巾を握りしめている男の横を通り過ぎ、駐屯地への帰途に向かう。すぐに踵を返し追ってくる気配が嬉しい。
次は手を伸ばしてみようか。
甲ではなく、掌の方を。
あと何度、こうして食事をしたらその機が訪れるかな。
お前とはしたいことがたくさんある。驚くべきことに、それは日々増えていくのだよ。順序などに拘ってはいられない程度にはね。
それを思うと自然と唇が綻んでしまって、後ろを歩く男を振り返りたくとも振り返れない。
「それとも、腹ごなしに少し遠回りして帰るかね?」
嘯いて、歩を止め星空を見上げる。
男が並ぶ前に元の平静を取り戻す。
「グロスタ?」
「はい。では遅くならぬよう、少しだけ」
そう返してグロスタは困ったように笑った。
きっとそれは私のために、ではなくて。
零れてしまったものだと思っておこう。