赤目兎は蜜月の夢を見るか(未完)「俺を『雄』と仰ったのは貴方です」
目前に迫る黒曜の眸に、微かに赤い火が灯っていた。褐色の肌と黒い髪同様に、本来の彼の眸は月のない夜のような深く暗い色をしている。だが、虹彩の妙がそう見せるのか。ほんの時折、その双眸は鈍い赤光を返す。記憶にある限り、それは戦いのさなか魔炎に身を焦がしながら敵を焼き払うときの色。
そして──。
「本当に……兎、みたいだな」
赤い眸を揶揄したのは期待と強がり。
尤も、向き合う彼は自身の眸の色など見えていないだろうから別の意味に捉えただろう。
『孤独のあまり死んでしまう程、寂しがり屋で』
『番えねば気が狂ってしまうほど欲深で』
つい先刻、彼に話した兎の生態を思い出す。それはどちらかといえば自分の方だな、と青年は状況にそぐわぬ冷静な自嘲をする。両腕を押さえ込まれていなければいつもの癖のように、きっと顎に指をやっていた。
「アラミス殿……」
兎が熱を孕んだ吐息と共に、苦しげに喉を詰まらせ名前を吐き出した。
寝台に縫い付けるように組み敷いた青年に赤光を注ぐ彼はかつての従者。
その下で長い金の睫毛に縁取られた碧眼を向けるアラミスと呼ばれた青年は主。投げ出された長い金髪が白い敷布に有機的な模様を描く。
「グロスタ……」
アラミスはグロスタの双眸を見上げる。
寄せられた眉、眉間に刻まれた皺がより深くなる。ランタンの灯が映す陰影が彼の顔貌を際立たせる。平時、厳格に見えるその顔は何かに耐えるようで、困惑と動揺に僅かな切なさが混じる。吐息が荒い。
はぁ、と釣られるようにアラミスも息を零す。
のし掛かり双腕を押さえ付けるなどという姿勢の割に体重をかけ過ぎぬよう腹に力を込めている、器用な、或いは不器用なしもべ。
ああ、赤い。微かに、赤い灯が見える。
眸の鈍い赤光は、黒騎士と呼ばれる彼が血塗れになりながらも必ず仕留めるのだと敵を屠るときの色。
戦いのさなか魔炎に身を焦がしながら敵を焼き払うときの色。
そして──。
──私の中で果てる時の色。
主は、俄に唇を綻ばせた。