先陣に立つ 陰に潜んでいた斥候は自らが短刀を投げる音を聞くよりも早く、その喉笛から呼気の漏れる音を聞いた。刹那、ぱっくりと裂かれた喉笛から鮮血を噴いて倒れる。
敵を一太刀に葬った二刀の剣士、アラミスは更に物陰から放たれる短刀を掻い潜ると瞬く間に残りの斥候を屠った。
「我々も続くぞ! 速攻だ!」
隊を率いる若き王、ギルベルトの号令が響くと共に後方に控えていた竜騎兵ヒルダのワイバーンが咆哮した。大気を震わせ地をも揺るがすかのようなその雄叫びに敵の一群は怯む。その隙を突き、斧鑓に黒炎を纏わせた黒騎士グロスタが狼狽する敵兵を一薙ぎすると周囲は禍々しい業火に包まれた。
燃え盛る炎の中、人の形をした黒いものが崩れていく。
その向こうにもまだ敵の姿はあった。グロスタは後方のヒルダに視線を送る。それを受け、ヒルダが手綱を引くとワイバーンは淀む曇天へと舞い上がった。飛竜が羽撃くと共に風が中空へと螺旋を描くように渦巻いていく。それを感じてアラミスが駆けた。
「グロスタ、彼女の準備が整うまで戦線を維持するぞ」
「畏まりました」
逆巻く風に長い髪が乱れるのも厭わずアラミスは陣頭に躍り出て敵を斬り崩す。傍らではグロスタもまた迫り来る次の一群に炎斧を振り翳した。
「来るぞ! 守りを固めよ!」
ギルベルトの檄が飛ぶ。
その指し示す方向には、鉄槌を担いだ重戦士たちが前線の二人に向け、突進する姿があった。全てを叩き潰す巨大な鉄塊の一撃は如何に堅牢な鎧に身を包もうともただでは済むまい。人どころか馬すらも粉砕せんばかりの剛撃。
グロスタはアラミスの前に馬体を進めると盾を構え、叫ぶ。
「お下がりください!」
だが、かつての近衛の声にアラミスは引き下がることなく鉄槌の軌道に双剣の峰を当て、巧みに重心を逸らす。蹌踉めいた重戦士の首をグロスタの斧鑓が薙いだ。
「案ずるな、それに……」
アラミスの双剣が風を切り裂く。風圧で生じた真空の双刃がグロスタに向かって斧を振り上げた二騎のグリフォンの片翼を落とす。飛兵は騎獣を失い、それぞれに墜落。鮮血を吹く騎獣もろとも土煙を上げて地面に叩きつけられ絶命した。
「姉様! 力を!」
彼らの遥か後方に控えていた僧侶プリムの祈りがヒルダの槍に白銀の耀きを与える。
「彼女の準備ができたようだ」
次の瞬間、プリムの祈りと暴風を纏った飛竜が空から敵陣の中央に急降下しヒルダの槍が地を穿つ。
──雌雄は決した。
「何故お下がりいただけなかったのですか」
敵軍を退け駐屯地の設営が進む中、グロスタは共に天幕を張るアラミスに零した。
「あの鉄槌には盾は役に立たない。それに飛来するグリフォンが見えたのでね」
アラミスは天幕の金具を引きながら、視線を移すことなく返す。
位置を確認して杭を打つ。
「ですが! 俺は貴方を……、二度と」
「死にはしないさ。私もただ項垂れたまま彷徨っていたのではないよ」
「アラミス殿……」
淡々と作業を続けるかつての主の姿にグロスタは言葉を返せない。かつて、と言っても彼の中でアラミスは未だ、命を捧げた主君であることに変わりない。
「私達は前衛を任されている。それに足る力があると期待されている、ということだ。お前の守るべきは私ではなく、後方の弟たち。そうではないかね」
杭を打ち終わり、アラミスは静かに双眸を向ける。
グロスタの記憶の中で人形の透き通る硝子眼のようだったその眼差しは何処か鋭く、熱がある。
「私達には今や多くの仲間がいる。独力で成せぬことも、彼らと共にならば成る。祖国を奪還できたように。その為ならば、私はただ剣であることに徹しよう」
そう告げるアラミスの顔には土埃と拭った返り血の生々しい痕跡。
アラミス生の躍動の名残り。
グロスタは己の血潮のざわめくのを感じた。
「それが、貴方のご意志であれば……」
かつて。
王宮の頂に飾られていた宝剣は、幾度毀れても折れず戦場に在る無銘の剣となった。
「私はね、グロスタ。お前と先陣に並び立てることを嬉しく思う。お前はどうだね?」
剣はそう言って戦友に目を細めた。